太陽系で殴れ!
葛西 伸哉
第1話
72時間以内に作動角を0.4度修正しないと、人類が滅びる。
俺の乗る有腕重機は「胸」から「右肩」へ、真空チューブの中を音速の20倍で進んでいる。
全長7メートル程度の機体じゃ慣性制御なんて装備されてないから、耐圧作業服でも強烈なGで身体が押しつぶされそうになる。
『マサト! お前もビンゴだ。正確な座標を送る』
ヘルメット内側のインカムから、聞き慣れた上司の声。区画管制室から送られたデータがモニタに表示された。
破損は二箇所。そのうちのひとつに、最も近いルートを移動しているのは俺の機体だ。
ただし、チューブ内移動だけではたどり着けない。
一度、「
「外かよ! 俺、本番の体外作業は初めてだぜ?」
押しつぶされそうな肺から声を絞り出して答える。
ハイスクールを卒業し、訓練を終えてメンテ要員になってたったの二年。
緊急出動で本番に当たったのは、不運か幸運か。
『シミュレーション通りにやりゃあいい。頼むぜ、お前に人類の未来がかかってんだからな』
ほとんどタイムラグなしで軽口が戻ってくる。
最寄りの管制室からなら、まだほぼリアルタイムだ。
『優秀でかわいい恋人のためにも、ちゃんと任務果たせよ!」
「了解だけど、プライベートは関係ねえだろ!」
ひきつる顔で苦笑しながら答え、操縦桿を握る。
人類の未来がかかってるってのはその通りなんだが、別に俺が特別なヒーローって訳じゃない。
可能性がありそうな場所にそれぞれ派遣された十数人のメンテ要員のうち、俺がたまたま当たりくじを引いたってだけだしな。
他の奴は、そのまま元通り待機へと戻る。
真空リニアチューブの岐路が「外」へのルートへ切り替わる。
前方のハッチが開く。丸く切り取られた暗黒が機外モニタに表示される。
グローブの中で、汗が蒸れるのを感じる。
コクピットハッチ、モード切り替え。
「ギタジマ・マサト、体外に出る!」
俺の有腕重機は外の世界へと放り出された。
機体が、不意に頼りないほど小さく思える。
目の前に、左右に、頭上に、宇宙空間が広がる。
もちろん肉眼で見えている訳じゃない。表示を疑似透過モードに切り替えたから、コクピット内面のスクリーンが透明キャノピー風になっているだけだ。
リニアチューブから貰った速度を失わないよう、指示された目標地点へ向かう。
親指でトラックボールを回して姿勢制御したので、今度は上方に見えるのは人工物だ。
人間の視界レベルでは、どこまでも平坦に広がるパネルの集合体にしか見えない。
俺自身、知識としては知っていてもコレを外から見るのは初めてだ。
相対位置を示すモニタの表示スケールを切り替える。
巨大な平面がどんどんズームアウトしていく。
俺の現在座標が意味を持たないほどに縮小され、人の形のシルエットが表示される。
身長150
スペックを思い浮かべても無意味。
巨大すぎて、相対した人間が実感したり把握したりするなんてやっぱり不可能だった。
かつて存在した木星。
その公転軌道直径にも匹敵する、史上最大の建造物。
この巨人こそが40億人の人類が住まう全世界であり、破滅に立ち向かう砦あり、武器なのだ。
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