第7話

『非常事態発生。非常事態発生』

 赤いライトが瞬く中、柔らかいが緊張感を高めるアルトがアナウンスする。

『〈ユミル〉各所に於いて、施設の破損発生』

 デスク上の端末に〈ユミル〉のシルエットが浮かび上がる。

 ダメージを示す数え切れないほどの赤点が光っている。

 特に被害が大きいのは右腕だ。

 肘から手首までの半ばの位置に、まるで線を引いたように光点が並んでいる。

 俺たちが担当する右胸ブロックだけでも、十箇所くらいの被害が出ていた。

「何だ、こりゃあ?」

「警察から連絡! 事故じゃねえ! 破壊活動テロだ!」

 テロ--政治的宗教的な主張のために直接暴力でアピールし、恐怖を引き起こす行為。とっくに「歴史上の用語」に成り果てていた単語の意味を思い出すのに、俺は半呼吸の時間を要した。

 爆発物や重機類を使った破壊活動があちこちで起こり、治安当局にも抵抗を続けている。

 襲われた場所に規則性はない。

〈ユミル〉運行に重要な施設や警察の施設もあれば、単なる物資倉庫や通路もある。バラバラで何か意味があるとは思えなかった。

 そして研究所ラボも。

 同じリアルタイムデータを個人端末に表示して、研究所ラボの情報をズームアップする。

 研究所ラボ正門でテロリストと警察が衝突中。

 死傷者など詳細は不明。

 アミーナは無事なのか?

 今は、勤務中のはずだ。

 握りしめた手の内側が、ぐっしょりと湿る。噛みしめた奥歯がぎりぎりと痛む。走り出したくて膝が小刻みに震える。

「施設管理局の命令と警察からの協力要請が入った! 破壊された場所の修復。必要ならば作業の障害になる抵抗者の排除だ!」

 ディレクターが叫ぶ。

 室内に緊張と昂揚が広がる。

「マサト、お前は研究所の担当だ! 現場で有腕重機が暴れてるらしい。そいつもぶっ潰せ!」

 真っ先に、期待していた声がかかる。

「いいんですか?」

「どうせ誰かを送らにゃならん。他のところを任せても、かわいい恋人の安否が気になって集中できないんじゃ効率が悪いだろうが! 今は人手が足りんからな。なるたけ効率よく人を動かす。行ってこい!」

 プライバシーがバレてるのを、初めてありがたいと思う。

「はいっ!」

 短い答を言い終わるより早く、俺はヘルメットを手に有腕重機に飛び込んだ。

 同じブロック内だ。

 ハンガーから居住タウン産業タウンを挟んで、ラボまでは約90キロ。目と鼻の先だ。

 加速用リニアチューブを経由するより直に出向いた方が手っ取り早い。

 俺の機体はハンガーから直接発進する。

 四本のアームを展開してカエルのように地面ゆかを蹴り、電磁推進システムを全開にする。

 吸い込んだ空気をイオン化して圧縮噴出し、安定翼を広げて空を切る。

 避難命令のサイレンがやかましい。

 照明が赤く明滅している。

 テロの影響か、空の一部に四角く黒い欠けが生じていた。環境表示システムに不具合が出ているらしい。

 コクピットの視界は疑似透過モードのまま、制音に切り替える。これで外の音は拾いながら、耳障りな音量はカットできる。

 通常の任務ではリニアチューブを利用する有腕重機は、自力の推進力で大気内を飛ぶのはあまり得意じゃない。街中じゃ最大でもせいぜいが亜音速だ。

 屋根から屋根へとジャンプで移動する。

 前部の右アームを突いた屋根の縁が砕ける。

 一瞬。

 自分の足が踏み外した感触。

 次の一瞬。

 そのは消える。

 拳大の破片が、街路にばらまかれる。

 機体のバランスが崩れる。

「おわっ!」

 右手は操縦桿を引く。

 右足でペダル踏み込み。

 左足がスラスターの角度調節。

 左手ではアームをコントロール。

 機首上げ。

 後部のアーム二本で地面ゆかに着地。

 関節で衝撃を吸収。

 反動で機体を立て直す。

 スラスターを全開に。

 飛行を再開。

 大丈夫だ。

 有腕重機は、機械だ。

 俺の能力を拡張するが、単なる肉体の延長じゃない。

 誰かが作り、整備して、意識と頭脳と手足でコントロールするものだからこそ、人間には不可能な事が可能になる。

 再び屋根の上に飛び出した機体を、再加速する。

 サイレンのお陰で市民が屋内やシェルターに引っ込んでるのはありがたい。

 多少のトラブルは気にせず、全速で飛ばせる!

 無人の街の、閉ざされた空を俺は進む。

 アミーナを、〈ユミル〉を救う。

 ただのギダジマ・マサトには無理でも、この機械があればできる!

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