第6話

 緊急出動なんて、そうそうあるモンじゃない。

 俺には、また平穏な日々が戻ってきた。

 ローテーションに従って詰め所に待機し、操縦の腕が鈍らないようシミュレータを使い、万一の際に修理の手順を間違わないよう最新情報をチェックする。

 ただし、緊急出動がないからといって万事予定通りって訳でもない。

 独身者用居住室コンパートメントで惰眠を貪っていた俺を叩き起こしたのは、個人端末に届いた〈職務・重要・至急〉扱いのメッセージだった。

「……何だよ……」

 ベッドから身を起こしてチェックすると、本来今日の当番だったステファンが休んでいるため、代わりに出勤を要請するというものだった。

 出動が稀でも、緊急対応要員に欠けを出す訳にはいかない。病気や怪我、家族の事情などで急な欠勤があった場合、ローテーション変更で対応するのは初めてじゃない。

「……ったく……。仕方ねえな」

 シャワーを浴びて身支度を調え、レンジで暖めた握り飯を空きっ腹に押し込みながら、もう片手でアミーナにメッセージを送る。

 ここふた月ほどは彼女の方が忙しいので、デートの回数も減っていた。久々に互いの都合が合うかと思った矢先に、コレだ。

 アミーナからは、すぐに返信が届いた。

『仕事なら仕方ないね。次を楽しみにしてる』

『そっちの予定が決まったら、早めに連絡してくれ。代休はそこに合わせる』

 俺も即座に返事する。

 管理担当には、絶対に今回の埋め合わせをさせてやる!

 スケジュールのしわ寄せはどうしても独身者に来るから、やっぱりそろそろ正式に結婚登録した方がいいのかなぁ。単なる形式といえば形式なんだが、形式なりの意味はあるって事なんだから。

 そんな風に考えながら、俺は公用コミューターに乗り込んだ。

 市内の地下--一階層下に張り巡らされた公共交通機関。

〈ユミル〉内の街は、天井や壁に囲まれた薄べったい四角い箱を、重ねて並べてるようなものだ。

 ただ、壁も天井もずっと遠いので圧迫感を覚える事は少ない。俺たちにとっちゃ生まれた時からの当たり前の環境だしな。

 建物にしたって、天井まで届くような高層建築はタウン内にひとつあるかないか。屋根の上には広々とした空間が広がっている。

 学校で習った事だけど、サイズがサイズなんで無理矢理にぎっしり詰め込む必要がなかったという事らしい。日常生活の印象では、資料で目にする地球時代の都市と大差ない。

 まあ、天気の変化だけは娯楽タウンの体験ドームじゃなきゃ味わえないけど。

「おはようございまーす」

 緊急斑待機所ハンガーには、見慣れた顔が並んでいた。ローテーションはしばしば組み変わるから、いつもと違うタイミングでもお互い知った仲だ。

「ステファンの奴どうしたんですか? 風邪とか?」

「いや。連絡がつかないんだ。無断欠勤だよ」

 ハンガーの片隅、デスクに就いたスケジュールディレクターが大げさに肩を竦める。

 俺は努めて2年目だけど、事前の届け出どころかメッセージの一本もなしに仕事をすっぽかしたなんてのは初めてだ。ステファンに限らず、他の誰でも。

 首を傾げつつ、予備機を含めて26台並ぶ有腕重機のうち、愛機に向かう。

 愛機といっても、俺の専用機という訳じゃない。

 通常のローテーションなら俺とステファン、それにもうひとりヤンって男が同じ機体を交替で使っている。だからこそステファンが欠勤すれば俺にお鉢が回ってくる。

 機体の各部を自分でチェックし、コクピットに座って各種設定を自分用に合わせる。操縦桿の重さ、ペダルの固さ、パネルの位置。どれも規定値通り。

 勤務の初めに必ず実行する手順だ。

 整備士を信頼してない訳じゃない。むしろ互いに信頼していて、その上でヒューマンミステイクもマシントラブルも起こりうるのを知っているからこそ、ルーティンをきっちり守る。

 そもそも俺たち緊急斑の仕事が、そういうレアなトラブルの存在を前提にしている。

 それに設定通りの抗力設定になっているペダルの踏み心地で、自分の方のコンディションを確かめる事もできる。

 特に今回は、予定外の出勤だからな。

 こいつが終わったら、後は待つのが仕事みたいなもの。

 緊急出動なんて滅多にあるものじゃないから、適度な緊張感を保つのが難しいくらいだ。

 だが、この日は違った。

「何ですって! は、はいっ!」

 俺が来てから一時間ちょっとが経過した頃、不意にディレクターが大声を上げた。

 暇つぶし半分に他エリアの出動ログを確認していた俺も、思わず顔を向ける。

「どうかしたんですか?」

「……いや……ステファンのコンパートメントで、人が死んでたって……」

 その場にいる30人以上の同僚が一斉にざわめいた。

 通常の手段で連絡が取れないので、一応用心のためという事で居住区画の警察に一報を入れた。警官もさほど重大な事とは考えず、定例パトロールのついでに訊ねてみたのだが、室内から一切反応はない。

 念のため、公務用万能ポリスマスターキーで開錠して踏み込んだら、寝室に死体が転がっていたのだという。

 青ざめた顔で、何度も呼吸を整えながら、ディレクターは説明した。

「強盗か何か? ステファンが欠勤したのは、殺されたから……?」

「いや」

 同僚の質問に、ディレクターは首を振った。

「死んでたのは妻子だけ。ステファンは……行方不明だ」

 絞り出された言葉に、さっき以上のどよめきが起きる。

 居住区画の公用通路はともかく、各居室コンパートメントはプライベートスペースとして監視システムは設置されていない。居住者自身が何らかの形で記録ログを残していない限り、そこで何が起きたのかはわからない。

 俺の背筋を、冷たいものが伝っていく。

 ローテーションの関係で、俺はステファンとはさほど親しい訳じゃない。機体更新などの際に顔を合わせる程度だ。

 それでも陽気で人懐こい奴だと、知っている--知っているつもりだった。

 隙あらばくだらないジョークを飛ばし、大げさなボディランゲージが当たり前。事あるごとに妻や娘の写真を見せびらかす。

 けれど、状況から真っ先に連想するのは、ステファンが家族を殺害して姿を眩ましたって可能性だった。

「……取りあえずこの件は、後は警察任せだ。変な情報を流して悪かった」

「構いませんよ。どうせいずれ知れる話だろうし。みんな、気持ち切り替えて仕事に戻ろう!」

 頭を下げるディレクターに最年長の整備班長が答え、パンと大きく手を打ち鳴らす。

 その音に、耳障りなアラームが重なった。

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