第8話

 研究所ラボが見えた。

 逆噴射とエアブレーキで減速する。

 正門から有腕重機が二台、押し入ろうとしているのを警察が車両をバリケードにして食い止めている。

〈ユミル〉内では大がかりな犯罪に利用可能な物資機材は、しっかり管理されている。だから警察も、こんな規模の暴動とやり合うなんて想定していない。武装強盗などの重犯罪対策部隊もあるにはあるが、別の場所に出払っている。

 そして〈ヴァンダル〉以外に外敵がないから、軍隊もない。

 有腕重機相手に戦えるのは、有腕重機だけだ。

「警察隊、退いてくれ! 緊急修理斑だ! そいつは、俺が相手をする!」

 外部スピーカーで呼びかけ、四本のアームで着地。

 即座に、後尾の二本だけで立つ姿勢になる。

 俺のと同型の有腕重機の片方が、立ちはだかる。

 もう一機は抵抗の弱まった警察官たちを払いのけ、仮設バリケードを乗り越えて研究所ラボのゲートを突破する。

 ヤバい!

 だが、今はまず目の前のこいつだ。

 うっかり迷ったら、背後から隙を突かれる。

 目の前の敵が、こっちと同様の直立姿勢で襲いかかる。

 ペダル操作。

 バックステップで回避する。

 完全な同型機じゃない。

 細部にいろいろ違いがあるし、コクピットハッチに赤いストライプが引かれている。識別のためだろう。研究所ラボ内へ向かった方は青だ。

 待てよ?

 この有腕重機はどこから持ってきた?

 悪用されれば危険なレベルの代物だ。予備機・廃棄機まで含めて管理されているし、もちろん一般に流通してるモノじゃない。個人が購入できる機械は、もっと簡易で低パワーのものだけだ。

 どうしてテロリストが、緊急修理斑と同じ機体を持ってるんだ?

 ここにある二台だけじゃないだろう。

〈ユミル〉全域で起きている件数を考えれば、あちこちで似たようなのが暴れているはず。

 いや、考えるのは後だ。

 まず敵を倒す。

 アーミアを助けに行く。

 機体が同じでも、こっちは仕事で毎日乗ってるプロだ!

 飛び込もうとする俺に、レッドストライプが真上から右のハンマーパンチを振り下ろす。

 敵は、ド素人じゃない。

 即座に判断する。

 人体と構造が異なる機体じゃストレートやフックの有効性は低い。腕そのものの遠心力を活かした方が効く。

 こちらの動きに軸線を合わせてるから、回避も難しい。

 そこまで理解した上で、機体を操っている。

「だがな--っ!」

 声が漏れた。

 倒れ込みながら、左捻り90度。

 さっきまでの「左脚」と「左腕」で立ってサイドステップ、前進。

「右脚」だったもので敵の攻撃を払いのけながら、「右手」でレッドストライプの機首--2本のアームの基部を殴りつける。

 4本のアームが同一の機能を持っているし、人間の形じゃないからこそ、こういう芸当も可能!

 ガギッ!

 衝撃と反動が、こちらにも伝わってくる。

 二発、三発。

 同じポイントにパンチをぶち込む。

 敵がバランスを崩した。

 逃がさない。

 後尾の2本で立つ元の体勢に戻り、残り2本のグリッパーで相手の「両脚」を掴んで引っ張る。

 すっ転びかけたレッドストライプは、他のアームを「脚」にして立とうとする。

 敵機のパイロットがド素人じゃないなら、当然の選択。

 だが、その程度はこっちも読んでる!

 機体を支えるはずのアーム基部から、火花が散った。

 動作不良で、レッドストライプが仰向けに倒れる。

 使い慣れた機体だからこそウィークポイントも熟知している。整備チェックリストだって毎日見ている。

 テロリストが同型機を用意したとして、そっちには本職のエンジニアはいるか?

 整備工場や補修部品は準備できてるか?

 こっちは常に万全のコンディションを維持してるんだ!

 無様な大の字--というより「工」の字に倒れたレッドストライプへ追い打ちをかけようと接近する。

 だが、まだ機能しているアームを駆使して敵は立ち上がった。

 弾丸のように。

 リニアチューブ内を飛ぶように。

 真っ直ぐこちらへ体当たりしてくる。

 捨て身だ!

 勝つのではなく、少しでもこちらにダメージを与えて、仲間を助けようとしている!

 冗談じゃねえ!

 こっちはこれからアミーナを助けにいかなきゃいけないんだよ!

 人間で言えば仰け反る動きで、飛びかかる敵機を受け止めて後方へと投げ飛ばす。

 姿勢制御しきれなかったレッドストライプがバリケードに突っ込んだ。

 轟音と同時に、濛々と埃の柱が立つ。

 動かない機体に警官が群がる。俺も、愛機に乗ったまま近づき、アームで非常スイッチを操作し、ハッチを開いた。

「犯人を確認。意識不明の模様! 身元は、これから確認します」

 警官のひとりが、通信機に向かって報告する。

 俺は、レッドストライプの操縦者を知っていた。

 よく知っていた。

 ステファンだ。

 恐らくは家族を殺し、無断欠勤した同僚。

 こいつなら有腕重機の操縦技術があるのは当然。

 ただ、耐G作業服やヘッドギアがないから、戦闘の衝撃に耐えられなかった。

 恐らくは脳震盪を起こしてるらしく、操縦席で動かない。

 何故、何のために?

 頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになったが、ぐずぐずしてる余裕はない。

 研究所ラボの中に入っていった奴を追いかけなければ!

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