第2話

 今から300年以上昔。

 俺が、親父が、じいさんが生まれるよりもずっと前。

 そう、まだ「地球」って惑星が存在していて、人類の大半がその表面で生活してた時代の出来事--と学校の授業では教わった。

 きりん座の方角でいくつもの超新星が観測されるのと前後して、地球に接近する未知の人工物が発見された。

 史上初の、地球外生命--それも知性体とのコンタクトに世界は色めきたったけれど、もたらされたのは明るいニュースではなかった。

 カプセルに込められていたのは、破滅の宣告だったのだ。

 正体は不明。ただ知的生命体を星系ごと滅ぼす怪物が存在している。

 異星人は自分たちが滅びる前に、残された全ての資源とエネルギーを使って全宇宙に警告とありったけの情報、対策のヒントをばらまいたのだ。

 人類は警告者をCiMカナリー・イン・ザ・マイン、炭鉱のカナリアと呼んだ。

 敬意と哀悼の念、そして彼らの犠牲を無駄にせず、絶対に生き残るという決意を込めて。

 メッセージに記されていた怪物の全長は、概算で120億キロメートル。

 太陽系そのものよりも巨大な化け物。

 そいつには「文明を滅ぼす者」--〈ヴァンダル〉というコードネームが与えられた。

 どういう手段でかはわからないが〈ヴァンダル〉は文明を持つ惑星を感知し、亜光速で正確にそこを襲う。惑星どころか恒星系そのものを破壊するという。

 そして〈ヴァンダル〉の軌道から判断すると、CiM母星の次は太陽系へと向かっているらしい。

 逃走という選択肢はなかった。

 こっちが光より速く逃げ続けられない以上、逃げた先にもまた〈ヴァンダル〉は追ってくる。必ず追いつかれる。

 CiMからもたらされた超空間跳躍は「生体を運べない」「質量にも制限がある」という代物だったし、人類自前の超高速航法もない。

 唯一の救いは〈ヴァンダル〉の方も移動は亜光速だって事だった。

 何かの手を打つ時間は、ある。

 充分かどうかはわからないけれど。

 まずCiMがそうしたように、地球人類の記録と〈ヴァンダル〉の情報データを収めたカプセルが作られ、超空間跳躍でばらまかれた。

 その上で、ご先祖様が選んだのは破滅に立ち向かい、駆逐する事。

 CiMが構想し、しかし実行には間に合わなかったアイディアのひとつを採用したのだ。

 巨大なロボットを建造し、接近する〈ヴァンダル〉の中心角にカウンターで拳を叩き込む。

 充分に巨大なら鉄拳は亜光速まで加速し、ヒットの瞬間の質力と衝突のエネルギーは限りなく無限大に近づき、理論上は〈ヴァンダル〉を粉砕可能だ。

 問題は、その「充分な巨大さ」のレベルだった。

 150ギガメートル--人間の一千億倍に達する巨人を作るには、太陽系の全物質をかき集めなきゃならなかった。

 地球はもちろん、太陽そのものさえ凝縮されこの巨人の動力源である疑似恒星炉機関の中枢として、みぞおちの位置に納まっている。

 もちろんこいつを作り出す時に反対意見がなかった訳じゃない。

 CiMが嘘をついているかも。

 もっとマシな手段を考えるべき。

 母なる大地や太陽を作り替えるのは不遜。

〈ヴァンダル〉は摂理であり、滅びこそ神意。

 けれど、あらゆる可能性を検討した結果、計画は実行に移された。

 人類存続の可能性が、最も高い選択肢として。

 なんだかんだで全人口の20パーセントが死んだとも言われてるけど、残りの八割は生き残り、その子孫である俺たちは巨人の内部で生きている。

 巨人の名前も、ごく自然にあっさり決まった。

〈ユミル〉

 神話では、巨人が解体されて世界が生まれた。

 人類は、世界を作り替えて巨人を生みだした。

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