11-終 めでたし、めでたし

 二人の仲。

 二人の仲。

 二人の仲。



 テナの頭の中でその言葉がぐるぐると回る。



 自分達の仲が良いのは否定しない。

 仲ならとっても良い。

 じゃなければこんな狭い丸太小屋で一緒に何年も暮らせない。

 でも、何だかそういう意味ではないように思うのだ。


 タオの寂しそうな笑みがちらつく。

 違う。あたしは自分とプーヴァ以外のものに興味なんてない。だけど確かに、心のどこかで思ったのだ。


 力になりたい。と。

 薬を作ってくれ、助けてくれ、と訪ねてきたわけじゃないこの客人に対して、ほんのちょっとだけなら、魔法の力じゃなくて良いなら、と。


 何考えてるんだろう。

 馬鹿みたい。

 あたしは魔女よ。

 魔女は馴れ合わないの。

 プーヴァは……別だけど。

 


「確かに僕とテナは仲良しだけど。テナがタオのことを好きになったら、やっぱり僕は出て行かなくちゃいけないのかな?」


 首を傾げ、それなら困ったなぁ、とプーヴァは呟く。


「いやいや、そういうことではなくてのぅ。ほっほっほ」

「ここにいても良いなら、僕は別に……」

「ダメよ! ダメダメ! ぜぇーったいダメ!」


 立ち上がり、急に声を荒らげたテナに、プーヴァは目を丸くした。タオでさえもその細い目を大きく開けている。


「どうしたの……テナ?」

「ダメよ! プーヴァは絶対あたしとここにいるの!」

「えっ。だから、別に僕は出て行かないってば」

「そうじゃよテナ殿。安心してくだされ」


 タオもまた立ち上がり、テナに着席を促すように彼女の前で右手を振った。


「儂はもうお暇させていただきますんでな」

「え~? タオ、もう帰っちゃうの? また来てくれる? 僕、海の向こうの国の話とかもっと聞きたいなぁ」


 のん気な声を出すプーヴァをテナはキッと睨んだ。



 一体どうしたというんだろう。

 僕何かおかしいこと言ったかな。



「そうじゃなぁ……。テナ殿さえ良ければ……」


 そう言って、ちらりと彼女を見る。しかし彼女は下唇を噛んで俯いてしまい、一言も発さない。


「テナ……?」


 一言もしゃべらなくなってしまったテナを見て、二人はやれやれといった顔をして苦笑した。


 プーヴァはタオに対して何か声をかけようとしたが、彼は無言で首を振った。そして懐から人型に切り抜いた白い紙を取り出すと、それにふぅ、と息を吹きかけ、手を放す。次に、彼の息でひらりと宙に舞ったその紙を同じく懐から取り出した扇子で扇いだ。

 タオがハタハタと扇ぐ度、その紙は上へ上へと舞い上がっていく。あともう少しで天井に届くというところで、今度は扇子をまるで空気をかき混ぜるかのようにくるくると回し、小さな竜巻を生み出した。

 やがて、その扇子から薄桃色の花弁が噴き出し、竜巻の中に飲み込まれていく。その中心にある人型の白い紙はふわりふわりと漂っている。彼が現れた時と同じだ。


 タオは扇子を畳んで懐にしまうと、依然俯いたままのテナをちらりと見、困ったように笑ってからプーヴァと視線を合わせた。


「馳走になりました。それでは――」


 また、とは言わなかった。

 ということは、彼はもうこれっきり、ここへは来ないということだろう。


「また来てね」


 プーヴァののん気な声がテナの耳に届く。先ほどのタオの声ももちろん聞こえている。



 良いじゃない。茶飲み友達くらい。

 自分は何をそんなに意固地になっているのだろう。



「ま……っ」



 また来ても良いよ。



 そう言おうとして顔を上げた時にはもうタオの姿は無く、その代わりに『桜』と彼が言っていた異国の花弁がテーブルの上に二片落ちていた。


「行っちゃったね、タオ……」


 名残惜しそうなプーヴァの声が彼女の背中をトン、と押した。そんな気がした。



 そうよ。

 じゃなければこのあたしがそんな行動を取るはずなんてない。



「えっ、ちょっと、テナぁっ?」


 彼女は無言で歩き出した。

 ゆっくりだったその歩みは、狭い小屋の中で少しずつ速くなる。

 あっという間に玄関に到達したが、そこに彼女の靴は無い。テナはこの小屋から出ないのだ。絶対に出ないという意思表示のためか、彼女は頑なに靴を用意しようとはしなかった。


 だからテナは、プーヴァのブーツを履いた。それは小さな彼女の足にはとても大きかったのだが、そんなことは関係なかった。彼女は震える手でノブをつかみ、勢いよくドアを開けた。冷たい風が彼女の頬を撫で、スカートの裾を揺らす。


「タオ! あたし! あなたの家族にはなれないけど、茶飲み友達ならなってあげる! また来てね! きっとよ!」


 真っ暗な夜空に向かってそう叫ぶ。彼に届いたかはわからない。



 わからないけど、仙人だって言うんだから、これくらい聞こえてるわよね? 聞こえてないんなら、あたしはもう知らない。



「……でも、あたしが一番好きなのはプーヴァだから。あたしは、プーヴァとずっと一緒にいるって決めてるから」


 誰にも聞こえないくらいの声でそう呟いて、もう一歩踏み出そうとしたところで雪に足を取られ、「ぷぎゃ!」と、テナは顔から転倒した。受け身の取り方なんて知らないのだ。ついでに言うと、雪の上の歩き方も知らない。

 プーヴァのぶかぶかのブーツには雪が入り、彼女の足から体温を奪っていく。


っめたぁ……」


 雪まみれの状態でブーツを脱ぐ。何も履いていない彼女の小さな白い足は真っ赤になっている。それを擦る小さな手もまた同様だ。


「だっ、大丈夫? どうしたの、テナ? 君が自ら外に出るなんて……!」


 慌てて飛び出して来たプーヴァは彼女の身体を抱きかかえると、そのままUターンし、小屋の中へ運ぶ。雪で濡れたテナの身体をそぅっと暖炉の前に下ろすと、ふかふかのタオルをたくさん持って来て、彼女を優しく拭いた。一拭きする度に新しいタオルを使い、丁寧に丁寧に拭き上げた。


「さ……っむ! 寒い! 寒すぎる! プーヴァ、早く温かい飲み物持って来て――――っ!」

「はっ、はぁいっ!」


 いままでに聞いたことのない彼女の叫びに、プーヴァは勢いよく立ち上がり駆け足でキッチンへ向かった。


「その前に毛布!」

「はぁいっ!」



 ハチミツ入りのホットミルクを飲み、テナはほぉ、と甘い息を吐いた。


「もう、どうしたのさ。びっくりしたよ、僕」

「あたしだってびっくりしたよ。雪があんなに冷たいなんて」


 そう言って、真っ赤な足を真っ赤な手でさすった。


「びっくりしたの、そこ? そうじゃなくてさぁ。まさかテナが外に出るなんて」

「……そうね」

「どうしたの?」

「……別に。ブラッド以外にも『友達』がいたって良いでしょ。それだけよ」

「そうだね。『友達』はたくさんいても良いね」

 


 あなたの家族にはなれないけど、茶飲み友達ならなってあげる。

 また話を聞いてあげるわ。

 それならもう寂しくないでしょ。



 テナはカップの中に桜の花弁を浮かべ、それをミルクごとごくりと飲んだ。



 北の森に時折、桜の花弁が混じる春の風が吹くようになったのは、それから間もなくのことである。

 




――終わり

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テナ&プーヴァと厄介な客人 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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