11-4 齢五百歳の仙人の身の上話

***


 儂はここから遥か遠くの国で産まれましてな。

 この国は一年中雪に覆われているとお聞きしましたが……、儂の国では春と秋しかござらん。春秋の国じゃ。


 春は桜……先ほど桃色の花弁をお見せしましたな、アレのことじゃ。アレがそこここに咲き乱れ、秋には真っ赤な色を付けたもみじが山を彩る。きれいですぞ。もし、テナ殿が見てみたいと言うのであれば、いつでもお見せしましょうぞ。


 まぁそう頑なに首を振らんでも良いじゃろうて。その時はもちろんプーヴァ殿も一緒にのぅ。


 儂は十五人兄弟の末っ子でしてな。

 聞くと末っ子というのは親からも上の子達からも大層可愛がられるものらしいのぅ。しかし、それは裕福な家の話じゃて。儂の家はその日の食い扶ちにも事欠くほど貧しかったもんで、何度捨てられかけたかわからん。はっはっは。



――ハハハじゃないわよ。あなたよくここまで生きてこられたわね。



 まぁ、捨てられ『かけた』というよりは、実際に何度も捨てられたんですな。ただ、その都度、どうにか自力で戻ったというのが本当のところじゃて。



――自力で……?



 儂が戻ると面白くないのはすぐ上の兄じゃな。とはいえ、十は離れておるがのぅ。

 儂がいなくなれば、その分飯も食えるし、わずかでも親の目に留まるからの。睨まれるくらいならまだマシな方で、殴る、蹴られる、飯は盗られる、酷い時は崖から突き落とされたこともある。



――何それ、ひっど……。そんな家、さっさと出れば良かったのに。



 酷いのぅ。

 でも、どんな扱いを受けても、やはり『兄』は『兄』じゃし、『親』は『親』なんじゃよ。身体が覚えとるんじゃ、たった一度でも抱きしめられたことを。慈しまれた瞬間があったことを。それが枷になる。居場所はここしかないのだと思ってしまう。まして幼い子どもじゃ。まだまだ甘えたい年じゃったからのぅ。もしかしたら、今日こそは、なんて思いながら日々を生きておりましたなぁ。



――ま、まぁ、よくわからないけど、苦労したのね、あなた。



 いまとなっては良い思い出じゃよ。そういう環境にあったからこそ、仙人になれたのかもしれんしのぅ。ただそれでも、もしももっと子が少なかったり、裕福な家庭に産まれていたら、と考えることはありますなぁ。ほっほっほ。



――とりあえず、はっきり言わせてもらうけど、あたし、あなたと結婚する気なんてないからね。



 おや、手厳しい。構いませんよ。今日会ってすぐに気に入って貰えるとは思っておりませんでな。まずは茶飲み友達から、ということでも。




***


「お話、盛り上がってる?」


 トレイの上にカップを三つ乗せてのそのそとプーヴァがやって来る。テーブルの上にそのトレイを乗せ、タオの前に淹れたての紅茶が入ったカップを置いた。


「おや、これはこれは」


 タオは顔をほころばせてカップを手に取ると、ゆっくりとその香りを楽しんでから口をつけた。


「初めて飲む味じゃ」

「口に合わない?」

「そんなことはございません。このふくよかな香り、美しい色、どれをとっても素晴らしい。白熊殿はお上手ですなぁ」


 褒められて悪い気はしない。特にプーヴァは素直な性格なので言われたことを額面通りに受け取る傾向がある。謙遜することもせず、彼は頬を赤らめて(もっともそれは分厚い毛皮に阻まれて表に現れることはなかったのだが)笑った。


「ねぇ、タオはテナのことが好きなの?」


 プーヴァはテナの前にハチミツ入りのホットミルクを置き、椅子に座った。自分はタオと同じ紅茶である。テナはプーヴァの質問にぎょっとした顔をしてから、慌ててカップに手を伸ばし、俯きながらそれを飲んだ。


 タオは切れ長の目をさらに細くしてにこりと笑い、客用のカップをソーサーの上に置く。つるりとした白い頬や艶のある黒髪を見れば、まさか五百も年を重ねた仙人だとは思えない。どこからどう見ても働き盛りの青年である。


「そうじゃなぁ。まさかこんなに立派なお相手がおられるとは聞いていなかったからのぅ」

「お相手?」

「僕のこと?」

「五百年も生きると、皆儂を置いて逝ってしもうての、儂もそろそろ良い年じゃて、長命な魔女殿となら『家族』になれるかと思ったのじゃが。……何もお二人の仲を割いてまでとは思っておりませんで」


 にこにこと人懐こい笑みを浮かべながらそう話す。

 穏やかに笑ってはいたが――、


 何とも寂しそうな笑みだとテナは思った。

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