四柱、揃う
「あー………ねみー………」
お昼も過ぎたと言うのに、さっきから欠伸ばかりしている北嶋さん。
無理も無い。あれから家に帰ってきた私達は、印南さんのご馳走になり、美味しい物を沢山食べた。
北嶋さんは当然、お酒もガブガブと呑んだのだから、眠くて当然なのだ。
印南さんは朝早く帰宅するからと言って、あまりお酒を呑まなかったのは、流石刑事と言った所だ。
「でも良かったわね。生乃と印南さんのお付き合いが始まって」
本当に良かったと思う。
印南さんは誠実そうで真面目そうだから、生乃を悲しませるような事はしないだろう。
生乃は可愛いし、優しいから、きっと大事にして貰える。
「桐生なぁ。天パが好みとは知らなかったぜ」
「別に天パは関係無いでしょ?」
とか言いながら、実は知っていたような北嶋さん。
恐らく、鏡を掛けた時に、何らかの情報が視えたのだろう。
勝手な行動をした印南さんを、お咎め無しにしたあたりが、何よりの証拠だ。
そんな談笑をしながら裏山を歩いていると、工事の時に発生した残土を盛った少しばかり高い山に到着した。
「ここがいいのか?」
くるりと振り返る北嶋さん。
――仕える事をお許し頂けたばかりか、某の所望した場所に神体を鎮座して頂けると言うお心遣い、誠に感謝致して候……
後ろに付いて来ていた最硬の武神様が恭しく頭を下げる。
「仲間になるなら、他の奴等と同じ条件にしないとな」
くわーっと欠伸をしながら返事をする。
「御神体は既に手配しておりますが、届くのは2、3日後になるそうです」
――忝のう御座います奥方様
「奥方様って!まぁ、奥方様になるんですが……」
様はいらないけれど。それは兎も角、やはり、しどろもどろになる。
奥方様って呼ばれ方は、やはり慣れないかもしれない。
「亀!お前は本当に素晴らしい亀だな!こうなったら社も奮発するぞ!」
北嶋さんが天を仰いで涙する。
昨日からこんな調子だが、まぁ、喜んでいるみたいだから、いいかな?
って、いいのか?
「さて、測量するか。神崎、ちょっとそこにメジャーを当てて」
「ここ?」
北嶋さんの指示に従って測量の手伝いをする。
なんか、ゆったりと過ごしているような感覚に陥り、顔がにやけてしまった。
材料も手配していた為、工事自体はスムーズに進む。
北嶋さんがスマホを開く。
「まだこんな時間か?随分とはかどったなぁ?」
北嶋さん自身も驚いている。
まだ夕方になったばかりだと言うのに、社は既に8割は出来上がっていたのだ。
平坦な地面に建立しているとは言え、あまりにも進み具合が早い。
――勇殿、どうか無理せず、ごゆるりと行って下され
「……もしかしたら、お前の仕業か亀?」
最硬の武神様は頷く。
――この地には既に三柱がおりますな。しかも、三柱それぞれが普通では有り得ない現象を起こしておる様子。なれば、某も負けておられませぬ故……
最硬の武神様は、この社の周りにゆったりとした時を創ったのだ。
のんびり過ごす、ゆったりとした時間は癒やしの空間でもある。
「つまり、ここに来れば、のんびり過ごせてリラックスできる訳ですか?」
――左様に。今はゆるりとした時のみですが、社建立の際には、色々な種類の苔を生やしたいと思っております
それはつまり、地面に直接座る事も可能で、もし光苔が生えたなら、夏の夜とかならば、もっと癒やされる空間となるだろう。
食べ物至上主義の北嶋さんには少し物足りない加護かもしれないが、私にとっては、まさに至福の空間になる!
「最硬の武神様!ありがとう御座います!」
深々と頭を下げる。
――奥方様が喜ばれるならば、勇殿もきっとお気に召す筈…
いきなり振られた北嶋さんは、声を裏返して言った。
「も、勿論だ!か、神崎が喜ぶなら、俺も満足さあ!」
恐らくは食べ物じゃない事をがっかりし、それを隠すよう、必要以上に喜んで見せていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
なんやかんやで亀の社は2日で完成した。
したのだが、俺は何故か工事を続けている。
「何だってんだ!!面倒くせぇーなぁ!!」
今まさにデカい石を穴掘って並べている最中な俺。
昨日神崎が…
「ゆったりとした空間…日本庭園みたいにしたら、もっと素敵で快適に過ごせるかも!!」
と、興奮し、水谷の日本庭園の写メを俺にグイグイ見せてきたのだ。
「ふーん。ばあさん家は金持ちだったからなぁ」
なんか川を表現しているらしい砂の道やら、和傘を模した休み場所やら、京都でこんなん見た事あるある、的な日本庭園だ。
「師匠は桜を植えていたけど、私達は藤にしましょう!!」
手をパンと叩いて『良い事思い付いた』的な顔の神崎。
「私達?」
当然嫌な予感がして聞き直した。結構な冷や汗が出ていただろう。
「だから、この日本庭園を最硬の武神様の社の周りで再現するのよ!!」
やはり冷や汗ダラダラで、更に聞き返した。
「だ、誰が作るんだ?」
「当然、北嶋さんがよ!」
ビシィっと俺に指を差す神崎。流石に溜め息MAXで反論した。
「あのさ、そんな庭園は作った事無い訳でさ、確かに俺は土建現場でバイトしていたから、土建工事は何とかなるが、造園はやった事無い。故に無理だ」
キッパリと否定する。無理なモンは無理なのだ。
「大丈夫大丈夫!北嶋さんなら何とかなるって!」
鼻歌を歌いながら材料の手配の電話をする神崎。
「おい!俺には無理だってば!おい!」
しかし神崎は聞きはしない。
庭石の値段交渉やら、玉砂利の手配やらズンズン進めていく。
「私達って結構材料買っているから、お得意様になったみたい。値段もかなり下げてくれたし、材料も明日朝一番で運んでくれるって!!」
「だから無理だってば!!つか、もう段取りしたのかよ!!」
「だから大丈夫だって。北嶋さんならできるから」
散々無理無理と突っぱねた筈だが、材料も手配してしまった手前、俺はこうして汗を流す羽目になってしまったのだ。
「ちくしょう!!天パ呼ぶかなあ……」
一人で水谷日本庭園レプリカを作っている俺だが、流石にやった事の無い工事はキツい物がある。
口から出るのは愚痴とぼやきのみだった。
――勇殿、庭石の周りに白い玉砂利を敷き詰めて…ああ、そうです。流石ですな勇殿、なかなか筋が良い
亀がこんな日本庭園を作っているのを見た事があるらしく、俺に作業指導をするのだが、それもハッキリ言ってウザったいのだ。
「やい亀、ボケッと見てないで、お前も手伝え!!」
――某も手伝いたいのは山々ですが、人間の仕事に手を加える事はできません故…
申し訳なさそうな亀。そーいや、海神も、死と再生の神も、地の王も、加護として魚放したり、果物実らせたり、きのこ生やしたりしたが、社建立や工事の手伝いはしてくれなかったな。海神曰く、管轄外の仕事はしないだったか?
神の取り決めで何かあるのか?
兎に角、亀の指導で何とか仕事を進める。
途中タマが様子見にやって来た所をふん捕まえて、手伝わせようとしたが、タマが小動物にあるまじき信じられんスピードで逃げてしまったので、それも叶わなかった。
つまり、純粋な労働力は俺一人。
しかも勝手が違う、造園工事。
悪戦苦闘し、四苦八苦しながらも、何とか形にできたのは、工事開始から4日後の事だった。
「やっぱりやればできる子なんだよ、北嶋さんは!!」
超ご機嫌な神崎だが、やればできる子って何だ!!
――では、この地を癒やしの空間とすべく、某が力を与えます故………
亀が何か集中したと同時に、芝生のような苔が辺り一面に生え、植えたばかりの藤が、秋も終わりだと言うのに咲き誇った。
「うわー!!素敵!!」
水谷日本庭園レプリカの一角に作った、古民家を意識した休み場所で、クルクル回ってご機嫌MAXを表現する神崎。
「休み場所に畳敷いたから、お抹茶でも立てりゃいいさ」
とは言っても湯を沸かすモンは無いが。
「ポットに緑茶とかほうじ茶で充分満足できるよ!!」
流石に囲炉裏みたいなモンを作れとは言わないか。職人呼べっつー話になるしな。
だけど結局作る事になりそうだが。
――奥方様もお気に召した様子…
亀がウンウン一人、つか、一柱で満足そうに頷く。
そしてタマが、出来たばかりの水谷日本庭園レプリカの、敷くように生えている苔の中を、グルグル回って走っていた。
それをムンズと捕まえる俺。
「やいタマ、お前手伝いが嫌だって逃げたよな?」
ジーッとタマの目を見るが、タマは目を閉じてプイッと視線を外した。知らんわそんな事と言う意思表示だった。
「ふざけんな小動物よっ!!飼い主に全ての苦労を押し付けやがって!!」
グイングインを小さなタマの身体をハードに揺さぶる。
タマはクワーッとか言いながら、俺の手をガシガシと咬み、無駄な抵抗をしていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
勇殿が九尾狐を揺さぶり、奥方様がそれを止めようと、はしゃいでいる最中、某の社に客が参る。
――ほぅ、見事な庭園だな。少し小さいが…
勇殿が造った庭園を感心して眺めている龍の海神。
――御主の池もなかなかのものよ
海神の社は、湧き水を貯めるように造っている、比較的大きな池の真ん中に存在する。
勇殿がこしらえた、木の橋にて渡れるのだ。
――勇はなかなか器用だからな
海神は愉快そうに笑う。自分の聖域が褒められたのだから、悪い気はしないと言う事だろう。
――だが気をつけたまえ。北嶋 勇は手入れを怠る事が度々あるからね
赤い炎のような身体の鳳凰を模した神、死と再生を司る神が、真剣な表現をして某に忠告する。
――此程の広さの山よ。多少は致し方無いと心得ておる
死と再生の神の社は、丘の頂上に在る。
此また勇殿がこしらえた石段を登ると、四季を無視して実が成る果樹園の中に、姿を隠すよう鎮座している。
――それにしても、貴様も変わり者だな。北嶋に仕えようと自ら申し出るとは………
呆れ顔を見せる白き猛虎、地の王。
――お主も似たようなものだろうて。勇殿が申していたぞ。『虎の社が一番金と手間が掛かった』とな
地の王の社は、松と竹に囲まれた林の地中に在る。
やはり勇殿がこしらえた洞窟内に鎮座している。
――北嶋め…要らぬ事を話しおって…
クッと顔を歪める地の王だが、特に不快とは思っておらぬ様子。
それどころか、『手間が一番掛かった』事が嬉しいらしい様子だ。
――それぞれ縁あって勇殿に仕えた身。此度、晴れて北嶋の四柱に連なった某…まだまだ未熟故、宜しく御指導、御鞭撻の程を
某はここでは先輩にあたる三柱に深々と辞儀をした。
――勇の方針は横一列の序列無しよ。先に柱になろうが関係無い
――それに、北嶋 勇は本来なら加護は必要としないからね。護ると言っても、殆ど出番は無い
――その代わり、北嶋の望みは我々が叶えねばならん。たまに無茶苦茶な要望を出すが、我々ならばそれを叶える事が可能
それぞれ違う道を通り、勇殿に仕えた神々。
敵だった頃もあったのだろう。
成り行きで仕えた神もいるのだろう。
だが、三柱全てが某のように、勇殿に惹かれて仕えたのだ。
惹かれる理由はそれぞれだろうが、芯は同じ。
――取り敢えず、我々の仕事は奥方様が号令を出すのか?
――尚美が殆どだな
――北嶋 勇の一番大切な伴侶だからね
――俺達の護るべき者の最優先だな
仕えるべき主君は無敵故、奥方様に加護が集中するか。それもまた良し。
某達は九尾狐を苛めていた勇殿が、奥方様の拳を喰らい、宙に浮く様を笑いながら見て、暫し談笑をした。
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