天才・印南洵

 ………………………ん

「……あっ」

 ちょっと寝すぎたかもしれない。

 目を擦り、慌てて上半身を起こす。

「起きましたか、桐生さん」

 印南さんの厳しい顔が、バックミラー越しで見える。

「あ、はい。すみません…もう着きそうですか?」

 そう言って窓尾から外を見る。その時違和感を覚えた。

「あれ……?北嶋さんと尚美は?」

 私の隣に座っていた尚美と、助手席でふんぞり返っていた北嶋さんの姿が無くなっていた。

 その疑問を余所に、印南さんは何も言わずに、ウィンカーを左に点滅させた。高速道路から降りるようだ。

 料金所を通り過ぎ、国道に出る。

「あの、北嶋さんと尚美は?」

 私の問いに答える事も無く、印南さんは車を進める。

 そして目に入ったコンビニに車を停車させた。

「桐生さん、申し訳無いが、ここで降りて下さい」

 印南さんは私を振り返る事無く言い放つ。

「え?どう言う事ですか?北嶋さんと尚美はどこですか?」

 意味が解らずに、再び問い掛ける。

 印南さんは目を瞑りながら、静かに、だが、力強く言い放った。

「北嶋と神崎さんはパーキングに置いて来ました。後は桐生さんだけです」

「お、置いて来た?何故?」

 慌てた。だが、心が静かだった。あるいはその意味を、もう知っていたのだろう。

「御堂は俺が捕らえる。幸い北嶋がナビをセットしてくれたから、奴の所在は解った。これは俺の我が儘で、北嶋には申し訳無い気持ちはあるが、本当に感謝している。後は桐生さん、あなたを俺の我が儘に巻き込む訳にはいかない。だから申し訳無いが、降りて下さい」

 私が感じた不安は、この事だったのか、と気が付く。だが、やはり、と言う思いも心にあった。

「印南さん……死ぬ気ですか?」

 北嶋さんはハッキリと言った。印南さんは御堂に勝てない、そもそも強い弱いの話じゃない、と。

 印南さんだけが勝てないんじゃない。北嶋さん以外、誰も勝てないのだと。

「死ぬ気…そうですね。相討ち狙いですから、そうなりますね」

「でも…………」

 考え直して貰おうと、身を乗り出した私は、バックミラー越しの印南さんの目を見た。


 ゾクッ


 背筋が凍る程に冷たい瞳………

 覚悟…死ぬ覚悟と殺す覚悟が宿っている瞳…それは確固たる意思の表れでもある。

「…俺は御堂と差し違える。それが俺の意思。そんなつまらない意思の為に、桐生さんを巻き込む訳にはいかないんだ」

 揺るがない意思表示を私にぶつける印南さん。

 だけど、私も退く訳にはいかない。

 死ぬ為に戦いに出る人を置いておくなんて、私にはできない。

「巻き込みたく無い?もう充分巻き込まれていますよ」

 印南さんに会った時から、とっくに巻き込まれている。

 師匠の形見の勾玉を差し上げた時から、私は印南さんの力になりたい、と願っている。

 そんな私がここで降りる訳にはいかない。

「しかし……」

 漸く振り向いた印南の唇を、人差し指で塞ぐ。印南さんが少し硬直したのが、ちょっと面白かった。

「あなたが自分で御堂を捕らえたいと思う我が儘と、私がその手助けをしたいと思う我が儘…そんなに大差は無い事でしょう?」

 押し黙る印南さん。私は更に続けた。

「印南さんは御堂には勝てない。だけど、二人なら勝てそうな気がしませんか?」

 笑いながら、だけど真っ直ぐに印南さんの目を見ながら言った。

「…だが勝っても無事では済まない……怪我でもさせたら、責任は取れない……」

「責任?取って貰いますよ?もし顔を怪我して、お嫁に行けなくなったら、私を貰って養って下さいね」

 今度はニッコリ笑って返す。

「じ、冗談は……」

「冗談じゃありません。お嫁に貰うのが嫌なら、私を怪我させずに、印南さんも生きなきゃなりませんからね」

 そっと印南さんの手に自分の手を添える。

「……怪我なんか絶対にさせません!!必ず生きて御堂を捕らえます!!」

 印南さんの瞳に別の覚悟が宿った。

 死ぬ覚悟を超越した、絶対に生きる、絶対に守る覚悟が。

 安心して頷いた。少し冗談も言えるくらいに、余裕も取り戻した。

「そんなに私を貰うのが嫌なんですか~?傷付いちゃうなぁ~」

「い、いや!そんな事は絶対に有り得ません!寧ろ俺は……」

 一気に捲くし立てる印南さんだが、自分の冗談が、かなり大胆な事を言ったのだという事に気付き、頬がボッと火照って俯いてしまう。

「だから!あーと…えーっと…」

 印南さんも、しどろもどろになりながら、頑張って伝えようとしている。

 それが私の想像する事と同じならば、嬉しい、かもしれない…

「あ、あの、その続きは御堂を捕らえてから言って頂けますか?」

 今は気持ちが盛り上がって、印南さんは勘違いしているのかもしれない。もしそれならば、今の私には大ダメージだ。

「あ、ああ…必ず御堂を捕らえてから言葉にします……!」

「は、はい……あの……そろそろ出発しませんか?時間も時間ですし………」

「あ、ああ……そ、そうですね……」

 印南さんは漸く振り返り、車を出発させた。

 印南さんも少し赤くなっていた。

 のは気のせいでは……無い……と思う。

 気のせいじゃ無かったらいいなぁ………


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「にゃろう。天パ刑事、高速から降りやがったな…」

 万界の鏡で、印南さんを追っている北嶋さんが呟いた。

「どうする?私達も降りる?」

 このまま高速を乗り続けていたら、印南さんを追い越してしまう。

「よし、俺達も降りるぞ!前のパトに連絡だ!」

 スマホをピコピコさせる北嶋さん。メールを打っているようだ。

 送信してから直ぐ様、パトカーがハザードを三回点滅させる。

「前のパトに連絡したぜ。後は高速降りたらバイバイだな」

 何故か遠くを見詰める北嶋さん。名残惜しそうな…ああ、いや、文字通り名残惜しいのか。

「刑事さんの胸が名残惜しいって?」

 ビクゥゥゥッ!とし、私を見てフルフル首を振る。

「…まぁいいわ。今は印南さんの方が重要だしね」

 本当は折檻したい気分だが、今は最優先事項がある。

「そ、そうそう!その通りだ神崎!天パ刑事が心配だからな!」

 安堵したような北嶋さん。いや、後で絶対にするけど。多少の事はいいけれど、胸に関しては…ねえ?

「ま、まあ、でも、私まで騙す事は無いんじゃない?ねぇタマ?」

 意地悪な笑みを浮かべてタマを見る。

――勇が誰にも話してはならぬと言うのでな

 北嶋さんに抱かれながら、ツイッと私から視線を外す。騙して多少心が痛んでいる様子だ。

「お前等何か天パ刑事寄りだったからな。まぁ保険だな」

 印南さん寄り、というよりは、北嶋さんが頑固だからって話だと思うが、まぁ、いいか。

「天パ刑事は何でも卒なくこなせるんだな。ガキの頃に修行しながら空手やったり。刑事やりながら霊能者やったり。オヤジに負けてから、新しい格闘技習いながら修行再開したり。それも全部そこそこは成功している」

 所謂天才って事か。でも……

「そこそこ成功って事は、一流じゃない?」

「それでも平均よりはかなり上だ。だが、薄いんだな。これだけ鍛えた、これだけ修行したって年数が全部ハンパな訳だ」

 自信を裏付けるバックボーンが薄い……

 やれば平均以上の成果を出せるが、そこで満足してしまうか、別の事に挑戦したくなる欲求が出て来るか、どちらかな訳か。

 鍛えた年月が半端ならば、実戦経験も薄い。

「覚悟だけは本物で、暑苦しい葛西や無表情と互角な力を持っているが、奴等と戦ったら負ける。奴等は実戦経験がハンパじゃねーからな。オヤジに負けるにしても、奴等なら命に届くかもしれんが、天パ刑事は届かない」

 タマを膝に乗せながら、リクライニングを目一杯下げながら溜め息を付く。

「…何だかんだ言いながら、心配しているようね?」

「違うわ!ただ、奴の守護神が可哀想だろ!」

 ムッとする北嶋さんは、更に続けた。

「最硬の武神の依頼は加護の奪還。それは護っていたオヤジに、これ以上罪を着せない為でもある。悪党に成り下がったとしても、お家憑きの神だぜ?オヤジが可愛いのには変わらないだろ」

 それはそうかもしれない。

 御堂に己の殆どを授けたんだ。こうなると思っていなかったのもあるのだろうが、お家憑きの神として、才無き者を導くのも使命。

「それと同じで、天パ刑事の武神も天パ刑事を案じてんだよ。じゃなきゃ、いくら天才とは言え、修行再開したばっかの天パ刑事に降りる訳が無い。そんなに甘くは無い世界だろ」

「つまり、今回請けたのは、最硬の武神様と印南さんの守護神の依頼だと言う事?」

「そんな所だ。亀は加護を取り戻したら対価をくれる筈だが、天パ刑事の守護神は本当にタダ働きだぜ…結果アフターフォローもやっちゃう事になるしよー」

 ブツブツ文句を言う北嶋さんだが、何だかんだ言いながら、全てを汲み、全てを叶えようとしている。

 この人は、表面上は理解されない人だけど、中を知れば知る程に温かい人だと本当に思う。

「……何をニヤニヤしてんの?」

 北嶋さんがビクビクしながら聞いてくる。

「ニヤニヤって、微笑んでいた、と言ってよ」

 やはりデリカシーに欠ける北嶋さん。

 だけど、それを補って余りある北嶋さんの器量。

 つい、左薬指にはめている婚約指輪に目を向ける。

「本当にこんな人がねぇ………」

「何だよ?」

 クスッと笑い、ウィンカーを左に点灯させる。

「高速から出るわよ北嶋さん。頑張って二神様の依頼をこなしましょう!!」

「あの時お前等が止めなかったら、天パ刑事の守護神の依頼は完遂していたんだよ!!」

「死合は駄目!!怪我も賢者の石で治せるからって、本当に斬っちゃ駄目!!印南さんは私達の友達になるんだから!!」

「友達って…下僕の間違いだろ。あ、降りたらコンビニ寄って。喉渇いちゃったよ」

 ハイハイと言いながら、スピードを緩めた。

 ETCレーンを通り、国道に合流した後、前のパトカーがハザードランプを三回点滅させて迂回していく。

 一つお辞儀をし、北嶋さんの指示に従って車を走らせた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「朝出発して、もう夕方か…」

 素直に高速を走っていれば、昼半ばまでには到着していただろうが、これも仕方ない。

「…あの倉庫内に御堂が……」

 緊張を隠せない桐生さん。つばを飲み込む音が焼、やけに耳に通った。

 そこは建設会社の倉庫。重機と資材を格納している場所だ。

 少し離れた別の倉庫の影に車を停車させる。

「桐生さん。行きますよ」

 桐生さんは黙って頷き、俺より先に車から出た。

 俺も車から降りて、静かにドアを閉じる。

 気配を消し、ゆっくりと御堂が潜伏している倉庫内に潜入した。

 微かだが、神気を感じる。

 俺達は、その神気を目指してゆっくりと歩を進めた……

 横に積まれている鉄骨の影から、神気の方角を覗き見る……

「居ないな…此処じゃ無いのか……?」

 ある種の緊張が解け、一瞬気が緩む。

「間違いは無い。此処だ」

 背筋がゾワッとし、身体を振り向かせた。

「御堂!!!」

「貴様が最硬の武神が言っていた、俺を倒せる者か!!」

 御堂はニタァッと笑いながら、最強の矛を薙ぎる!!

 何故だ!?神気を感じた方角と真逆の方から現れるなんて!?

 完全に虚を付かれた!!

 御堂の矛は、俺を捉える寸前なのにも関わらず、パニックを起こした!!

「むうぅ!?」

 御堂の矛が、俺の身体ギリギリで止まる。

 矛の柄に絡み付いている黒い腕が見える。あれが矛を止めたのか?

「印南さん!!呆けていないで、しっかりして!!」

 桐生さんが俺に激を飛ばす。

「女……この妙な腕は貴様の術か?」

 血走った目を桐生さんに向ける御堂。

「誘いの手…触れれば斬れる、最強の矛でも、柄ならば斬れる事は無い!更に言うならば、先程感じた神気は、あなたが時を弛める為に使った神気!私達の後ろに回る時間を作る為にね!」

 成程…神気を感じた方角から真逆に現れたのは、時を遅めて背後に回る為からか!!

「奴では無く、貴様が俺を倒せる者か?女…ぬんんっ!!!」

 力任せに黒い腕を引き抜く御堂。

「誘いの手!二の手!」

 桐生さんが印を組むと、頭上からも黒い腕が御堂を押さえる為に伸びてきた。

「むうぅぅ!!」

 御堂の頭上に亀甲の盾が現れ、その黒い腕を全て弾く。

 つまり今、奴はノーガード。截拳道は超実践拳法。遠慮無く金的に狙いを定めての蹴りを跳ね上げる。

「うおおおおっっ!!」

 咄嗟に身体を後ろに下がらせ、金的を逃れる御堂だが!!

「がら空きなのには変わり無い!!」

 御堂に身体を接触させるよう踏み込み、肘を鳩尾に落とした。


 ガイン


 ビリビリと肘が痺れ、痛みを感じる。

「盾は瞬時に入れ替われる!!」

「だが頭上の腕はどうする!?」

 盾にガードされるも、構わず肘と拳を連打した。

 頭上の腕が御堂を捕らえる為のフォローであり、超接近での戦闘は、長尺武器の矛では俺を捕らえるのは難しいとの判断だ。

「忘れるな!!俺の武器は矛と盾のみに非ず!!」

 御堂が叫んだと同時に、俺の視界から御堂が消えた。

 俺は直感に従い、桐生さんを抱きかかえて思い切り飛び跳ねる。

「きゃ!?」


 ズサアアアアアアアア!!!!!


 先程桐生さんの居た床に走る斬撃傷。俺の勘も捨てたもんじゃないなと安堵する。

「よくぞ避けた!俺の狙いが女だと、よく解ったな!」

「貴様はゲス野郎だからな!女も躊躇無く狙うだろうさ!それも、自分に不利益な女なら尚更だろう!」

 俺は御堂に叫びながらも更に遠くへと走る。矛の間合いから逃れる為に。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「印南さん!御堂は時を操れる!遠くに逃げようとしても無駄です!それよりも迎え撃って……」

 印南さんに抱かれながら進言する私だが、ある事に気が付き、言葉を止める。

「…………天地の初めの頃、国々の荒ぶる神を治めて………」

 印南さんは走りながら祝詞を唱えていたのだ。

 呼吸も一定感覚で行っている。丹田で呼吸をしているように…!!

 印南さんは神降ろしの業を行っているのだ。それも走りながら。

 常人なら、神降ろしの業という超高等技術は行う事すら出来ない。

 余程修行をした人達ですら、精神集中に特化する為に、動かず、静かな環境で行う。

 できるのか?と、一瞬考えた私だが、直ぐ様考えを改める。

 印南さんは必ずできると信じる!!

 ならば私がやる事は、神降ろしの業が完成するまでの間、印南さんのサポートをする事だ。

 御堂が時の領域を創り出す暇を与えない為に、術を使おう。

 御堂に視線を向け、印を組み、術を発動させる!!

「現し世は幻に!幻は現し世に!夢幻の回廊!!!」

 私達の周囲に一瞬霧が立ち込めるも、まばたきしている瞬間にも、それは晴れる。

「敵前逃亡とは武人では無い!!」

 いや、そもそも私は武人じゃない。ただの霊能者。霊能者は霊能者らしく戦うまでだ!!

 御堂が蛇矛を振るう。間合いよりも遥かに遠くに逃げた筈だが、まだ蛇矛の間合いだと言うのか?


 ズガガガガガ!


 床と障害物をも関係無く、真っ直ぐに私達に向かって伸びる斬撃傷…しかし!!

「むうっ!?」

 斬撃傷は私達を貫くと同時に、私達の姿が消え、その横直ぐに私達が現れる。

「幻術か!!」

「ただの幻術じゃないわ!あなたが見ている私達は常に幻!あなたは幻を追って永久に矛を振るう!何故ならば、その矛は幻しか捕える事が出来ないから!」

 幻を貫いても直ぐ様現れる幻。敵は幻のみを追い、無限に攻撃を振るう。

 まるで回廊を休まずに走るように!!

「印南さん!止まっても大丈夫です!!」

 印南さんは祝詞を唱えながら、頷いて停止する。

「印南さんの準備が終わるまで、私が御堂を!誘いの手、四の手!」

 回廊を彷徨っている御堂の身体から、新たな腕が伸び、御堂の身体を押さえ付ける。

「な、なんだ!?俺の身体から黒い腕が!?」

 焦ったように腕を剥がし取る御堂。

 敵から出現した腕は非力だが、多少の足止めくらいはできる筈。

 その瞬間、印南さんの祝詞が止んだ。

「神降ろし!経津主神ふつぬしのかみ!!!」

 ヒュッと大気が斬れる音と共に、印南さんの身体を透明な鎧が纏った。その大きさは印南さんの身体の二回り、いや、三回りはある。いえ…寧ろ、それ以上…!!

「経津主神…それが印南さんの守護神なんですね……」

 透明な鎧に見えたのは、経津主神が印南さんに降りて来た際に権限した経津主神そのもの!!

「桐生さんのおかげで無事降ろせたよ。ありがとう」

 笑いながらお礼を言う印南さんに対し、首を横に振る。

「私は時間を稼いだだけです」

 印南さんが降ろした経津主神は、武甕槌神たけみかづちのかみ建御名方神たけみなかたのかみと並び、日本三大武神に数えられている。

 名前のフツは、刀剣で物を斬る音と言われている事から、刀剣の神として、武人から信仰されている。

「夢幻の回廊のタイムリミットは?」

「永久、と言いたいですが、御堂は最硬の武神の加護を得ています。つまり、最強の盾が術の効果を弾くまで、です」

「ならば盾が出る前に粉砕するまでだ!!」

 印南さんは今まで以上のスピードで、御堂に向かって駆け出した!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「な、なんだ貴様!?いきなり気が巨大になったような!?」

 御堂が後退りをする。

 思った通り!

 時を遅くし、俺の背後を取った時から感じていたのだが、これで確信した。

 瞬間的に、俺の前から消えたように見える御堂。

 それは『わざわざ』背後に回ったからに他ならない。

 何故わざわざ背後を取る?

 そのまま矛を突き刺せば、俺は終わっていたというのに?

 答えは2つ。

 一つは遊んでいた。

 驕り、俺程度なんざいつでも殺せる、といたぶろうとした。

 そしてもう一つ。

 北嶋も言っていたが、弱いが故に慎重だと言う事だ。

 つまり、完全に安全じゃないと戦いたくない。自分より弱い者でも、それは変わらない。

 そして自分より強い者が対峙したなら……

「貴様は臆病者なだけだ!!」

 神降ろしによって俺の力は倍以上に跳ね上がった。それはスピードも同じ事。

 そのスピードを以て奮う截拳道での超最短距離での拳!!

「ひっ!!」

 御堂は盾を出現させる訳でも無く、時の領域を発動させる訳でも無く、ただ反射的に矛を真横に構えてガードするのみ。

 蛇矛の柄に拳を当てて、その反動で肘を曲げて胸に叩き込んだ。

「ぐあっ!!」

 御堂の巨躯が吹っ飛ぶ。当たる!!俺の技が!!

「自分より強い者相手には簡単に心が折れるんだ貴様は!!」

 初めて当てた攻撃!北嶋より遥かに近い身体!

 やはり御堂は、ただ加護によってその、力を乱暴に振るっていただけだ。

 証拠に、御堂本人の技量は、素人に毛が生えた程度に止まっていた。

 ただ薙ぎる、突き刺す程度の単調な攻撃方法しか御堂には無いのだ!!

「貴様は巨大な力に胡座をかき、鍛錬を怠った!!矛が無ければ貴様の攻撃は届かない!!盾が無ければ貴様は攻撃を防げない!!時を操れなければ、貴様は勝利を味わう事すら叶わなかった!!」

 俺の拳が、蹴りが、面白いように御堂にヒットする。

 御堂は盾を出す事も忘れ、パニックになったように身体を丸めて、ただ怯えていた。

「ひっ!!ひっひっ!!」

 後ろに下がるばかりの御堂。

 少し開けては蹴りの間合い、無論蹴りを放ち、蹲ったら拳の間合い、勿論拳を放つ。

 そして得意の手刀を御堂の左肩にぶち込んだ。

「ぎゃああああああ!!」

 遂には御堂の巨躯は両膝を付く。

「効いただろう?俺はな、本当は拳よりも手刀の方が得意なんだよ!!」

 俺は拳よりも貫手の方を重視して鍛錬した。拳よりも指の分だけ、早く届くから。

 そして、見せてやろう!!経津主神が刀剣の神たる由縁を!!

 丹田に力を込め、祝詞を唱える。

 手刀に神気が纏わり付き、それは巨大な刀身と成って顕現した。

「霊刀……布都御魂ふつのみたま!!」

「うわ!!うわああああああああああ!!!」

 絶叫する御堂。俺は構わず、布都御魂を御堂の喉元目掛けて突き刺した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 布都御魂を顕現するなんて!!

 再修行したのは解るが、それでも印南さんは凄過ぎる!!

 御堂に敗れてから習った截拳道といい、通常では有り得ないスピードで技を自分の物にするとは…

 天才………

 正にその言葉が相応しい人だ!!

 感極まって、つい大声で叫んだ。

「印南さんの天賦の才が、御堂を凌駕するのよ!!」

 笑いながら叫んだ直ぐ後…印南さんの動きが止まった?

 両膝を付いていた御堂が、ゆっくりと顔を上げ…印南さんを憎悪の眼で睨み付けている!!

「天賦の才…だと……?そんな物があるから……俺に才が無いから……!!貴様は訳も解らずに死ぬ事になるのだ!!」

 怒りと憎しみ、そして妬みを纏って立ち上がる御堂。

「時を……遅くした?」

 だけど心は折れていた筈?

「貴様が…貴様が俺の劣情を思い出させた!!俺は才無き者!!才有る者を、不条理に殺す事で、俺の心が満たされる!!唯一劣情を流せる事を貴様が思い出させた!!」

 今度は笑いながら矛を構える御堂!!

「死ね。才有る者よ」

 !!私の迂闊な発言のせいで印南さんが!!

 後悔しても遅い。今は印南さんを助けなければ!!

 私は印南さんに向かって走り出した!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 なんだ?いきなり御堂の動きが素早くなった?

 いや、時の領域を発動させたのか?

 布都御魂の切っ先には、既に御堂が居ない!

 だが真正面には居る。数歩下がったのか!

 そして振りかぶる矛!!

 マズい!!避けろ!避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ避けろ!!

 一瞬首が真横に向く。

 いける!何とか回避はできるか!

 そう思った矢先、桐生さんが俺に向かって走って来るのが見えた!!

 馬鹿な!!俺なんか放っておいて逃げろ!!

 だが、叫ぶ前に桐生さんが俺を庇うよう、抱き締めた!!

 御堂の矛が超スピードで俺、いや、桐生さんに向かって走るのを感じる。

 待て!俺は殺しても構わない!だが彼女だけは……!!

 全く反応出来ない身体を震わせながら、絶叫した。


「見終わったか?走馬灯を」


 死に直面する時に見えると言う走馬灯……

 それは、時を超越して脳が見せる最後の記憶。

 桐生さんだけは!!桐生さんだけは!!桐生さんだけは諦めたくない!!!

 その時、パキィイイと、何かが割れる音がしたと同時に、御堂が真横に吹っ飛んだ!!

「あっっっ!!?」

 領域が解除されたのか、桐生さんを抱き締める事ができた。

「印南さん!!」

 彼女は俺の背中に手を回して力いっぱい抱き付きながら、涙を流している。

「おいおい。戦闘中に熱い抱擁かますなよ、天パ刑事と桐生」

 ゆっくり顔を上げ、俺と桐生さんの前に背を向けながら立つ男を見る……

「北嶋………!!」

「解ったか天パ刑事。今のお前じゃ、女一人守れないって事がさぁ」

 北嶋はラブシーン早くやれ、と言いながら、首を後ろの俺達に向けて、ニヤニヤと笑っていた!!!

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