消えた印南

 ……………さん…………

 ん~?うっせーなぁ……

 ……………北嶋さん………

 ん~?ゆっさゆっさと身体が揺さぶられるような気がするが。

 もしかして、これはいつもの『起床』の合図か?

 つまり、もう朝だという事かよ。

 布団に包まってのディフェンスや、ド無視してやり過ごす技は効かない。

 過去に何度も何度も何度も何度も体験した、抗えぬ絶対暴力によって、俺は必ず覚醒してしまう。

 ならば、と、俺は寝ながらにして呼吸を『変える』。

 硬気呼吸法だ。

 身体の隅々まで『気』が行き渡った感覚を覚える。

 完成した!寝ながらにしての硬気法!

 ふはははは!!これで俺は暴力によっては覚醒しなくなったのだ!!

 ザマァ見ろ神崎!最早俺を起こす手立ては無い!悔しいさに打ち震えるがいい!!ふはははははは!!

「毎度毎度…仕方無いなぁ…」

 タタタタタ……と、神崎が遠くへ行く足音が聞こえ、タタタタタタ!と近付いてくる足音に変わる。

 来い神崎!返り討ちにしてやる!!

 ドオオオオン、と、神崎が全体重を乗せたアタックを繰り出す!!

 しかし、今の俺は硬気法によって鋼のボディを手に入れたのだ!!

 ガィン

「きゃ!?」

 神崎の身体が跳ね上がった。

 神崎のボディアタックは、俺の硬気法によって弾かれたのだ。

「硬気法!?寝ながら!?小癪な真似を!!」

 神崎が無理やり布団を剥ぎ取るも、次なるデフィンス、布団に包まっての鉄壁のガード、そう簡単には剥がせない。暴力が無効なら、布団に包まるは究極の防御なのだから!!

「ふぎぎぎぎぎぃぃぃ~!!!」

 案の定、ビクともしない布団!

 ここで俺は勝利を確信した。

 初めて神崎に勝ったのだ!

 1035戦1勝1034敗くらいだが、兎に角!価値のある1勝を得たのだ!!

「はぁーっ!!はぁーっ!!はぁーっ!!」

 くはははは!ザマァないな神崎!疲労困憊で肩で息をしているのか!ふはははははは!!

 かなり満足な俺。愉快で愉快で寝ながら笑って見せる。

 その時、俺の耳におかしな音が聞こえた。

 ピィーッって音だ。

 ビリッと何かを破る音、瞬間、俺の口に何かが貼られる?

 ん?とか思ったのだが、次の瞬間、鼻にも何か貼られた。


 ………………………………………


 息が出来ない…?

 ん~~~~~~~~!?めっっっっさ苦しい!!

 俺は溜まらずにガバッと起き上がる。目の前には、満面な笑みを浮かべた神崎。

「漸く起きたわね~」

 そう言って笑いながら、俺の口と鼻に貼られた物をベリベリと剥がした。

「ガムテープじゃねーか!!窒息させる気か神崎!!」

 俺の口と鼻に貼られた物、それは布製ガムテープだった!

 ダンボールなどを梱包する為に使用するアレだ。決して人間の呼吸を奪う為に使用する物では無い。

「北嶋さんが小癪な真似をするからよ。さっ、起きて起きて!朝ご飯食べたら、直ぐに出発するよ!」

 と言って神崎は直ぐに俺の部屋から退散する。

「ちくしょう!今日も負けたか!」

 つまり1035戦0勝1035敗と改ざんする事になったのだ。

 悔しいやら腹が減っているやらだ。

「…腹減っているから朝飯食うかな」

 無理やり起こされた憤りよりも、食いっぱぐれて空腹の儘仕事する方が辛い。

 顔を洗い、リビングへ行くと、桐生と天パ刑事が食後のお茶を啜っていた。

「おはようございます北嶋さん」

「悪いが、朝食は先に済ませた」

「おー…あー、食ったら直ぐ準備すっから、ちょっと待ってて」

 俺は朝飯をモリモリ食って、直ぐ様準備に突入した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北嶋さんの準備が終わり、私達はBMWに乗り込もうとした。

 タマを抱き上げ、後部座席に乗せようとした所、腕から逃れて家に戻ろうとする。

――妾は行かぬ

「え?どうしてよ?いつも絶対ついて来るじゃない?」

 近場遠出関係無く、必ず私達について来るタマ。今日になって、いきなりなんで?

――たまには良かろう?妾も一人になりたい時くらい、あるのだ

「でも、今日帰って来るかは解らないよ?ご飯はどうするの?」

――冷蔵庫に2、3日分の食糧はあるだろう。気にせず、もう行け

 タマは振り返りもせずに家に入って行く。

「そうか、じゃあ留守は頼んだぞタマ。天パ刑事、出発だ」

 印南さんにハンドルを握らせ、北嶋さんは助手席に乗り込む。私と生乃は後部座席だ。

「天パ刑事はポリだから、多少スピード違反してもお咎め無いだろう」

「いや、休暇中は普通に切符切られるが…」

 そう言って車を走らせる印南さん。

「おっと、目的地をセットしなきゃな。ナビ通り進んでくれれば問題無いから」

 北嶋さんがナビに目的地をセットする。

 黙って頷く印南さん。気のせいか、印南さんの目つきが一瞬鋭くなった。

「ん?」

 印南さんが何かに気が付いたように、ナビを食い入るように見る。

「どうなさいました?」

「いや…行き先が、事件が起こった雑居ビルの隣街になっている…」

 追っていた犯人が近場に居た事に驚いたのか。

「兎に角、オヤジはそこに居るから、焦らずスピーディーに行け」

 リクライニングを倒す北嶋さん。

「ちょっと!狭いから!」

 助手席後部の私にはえらい迷惑だ。

「ごめんなさい、私も少し眠い…」

 生乃が欠伸を噛み締めた。

「生乃、昨日あんまり寝てないでしょ?」

「うん…ちょっと不安でね………」

 そう言って、生乃は直ぐに寝付いた。

 私が感じた不安を生乃も感じていたんだ。

「じゃ、俺も寝るかな」

「北嶋さんは駄目」

 いつも助手席で寝ちゃう北嶋さんだが、何か腹が立つので、寝るのを却下する。

「何故だ!もう高速に乗ったというのに!」

「そんな事関係ないでしょ!」

 やいのやいの言い合う私達だが、生乃が「う~ん………」とうるさそうに寝返りを打つので、騒ぐのを取り敢えずやめた。


「もう少しでパーキングだ。寄るか?」

「そうですね…飲み物でも買いますか。お願いします」

 印南さんの目つきが一瞬鋭くなる。

 違和感を覚えるも、特に触れる事でも無いだろう。

「着いたぜ」

「おーサンキュー」

 言うや否や、北嶋さんは颯爽と車から降りてトイレに駆け込んだ。

「少し大人しいなぁと思っていたら……あ、印南さん、何か飲みますか?」

「じゃ、お茶をお願いしてもいいかな?」

 頷いてお店に歩いて行った。

 飲み物を物色する。お店は、お土産品とか食べ物とかを販売している、普通のパーキングだ。

 その軽食コーナーに座っているように置いてある人形。フランス人形みたいな物だ。

 誰かの忘れ物なのは間違い無いが、『憑いて』いる。

 私は人形を黙って見た。

 首が徐々に曲がって行く………


 ギギギ…


 ギギギ…


 ギギギ…


 微かに、徐々に動いている。

 発見した時は正面を向いていた人形は、遂には真横を向いてしまった。

 視線の先にはお菓子が売っていた。

 人形は『目を見開いて』騒ぎ出す。


――オカシタベタイヨゥ!!オカシ!!オカシ!!オカシ!!オカシオカシオカシオカシオカシオカシ!!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…オカシヲヨコセ!!ヨコセ!!


 お菓子に執着している人形。

 無視する訳にもいかずに対話を試みる。

 人形の隣に静かに座り、独り言を言うように話しかける。

「お菓子が好きなの?」

 人形は一瞬ピクリとし、お菓子から私に意識を向け始めた。

「あなたはどうして此処に居るの?」

 しかし返事は無い。ただの人形に成り済ましているのだろうか。

「お名前は?」

――…………………シラユキ…………

 答えてくれた。尤も、比較的簡単に返事はくれると思っていたのだが、安心した事には変わらない。

「シラユキ…白雪ちゃんね。あなたはどうして此処に居るの?」

 本当は『視て』知っているのだが、成仏には『本人』からの自供が一番良い。

 印南さんを待たせている手前、あまり時間を掛けられないが、放ってはおけない。

――………オニイチャン…ワスレテイッタ…オニイチャン…ワスレンボ…アノトキモオミヤゲワスレタ…キョウハワタシヲワスレタ………

 漸く視線の先のお菓子に気が付く。

 お土産タイプのチーズケーキだ。『当店売上No.1』と謳っている事から、人気商品のようだ。

「そっか、あのお土産をおねだりしていたんだね」

 慈しむよう、人形を撫でる。

 すると、人形の瞳から涙が零れた。

――………ビョウインデマッテタノニ………タノシミニシテタノニ………

 病気で入院していた白雪ちゃんは、雑誌か何かで、あのチーズケーキを知り、お兄さんに買ってきてと頼んだ。

 だけど、お兄さんは忘れてしまい、約束は果たせなかった。

 落胆する白雪ちゃん。その後、容態が急変し、その日の晩に亡くなってしまった。

 入院中、いつも傍らに居る人形に、自分の無念を宿して……

 チーズケーキ云々じゃない、お兄さんが約束を忘れてしまった事が悲しかった。

 お菓子に執着している訳じゃない、お兄さんを責めたく無い気持ちが、お菓子への執着とすり替わったのだ。

「お兄さんも悔いているよ?だからあなたは此処に居るんでしょ?」

 お兄さんは約束を忘れた事を、白雪ちゃんの死と結び付けたようだ。

 かなり悔いている。

 だから傍らに居た、大事にしていた人形を連れて、このパーキングに来たのだ。お菓子を買いに。白雪ちゃんに選ばせる為に。

――………デモ…オニイチャン…マタ…ワスレタ………ワタシヲ…ワスレテイッチャッタ………

 人形越しに視る白雪ちゃんは、俯いて大粒の涙を流していた。

 私は人形、いや、白雪ちゃんの頭を撫でながら優しく言う。

「忘れた訳じゃないよ。ちょっとトイレに行っただけ。男子トイレに女の子を連れて行けないでしょ?」

 ほら、と入り口に指を差す。

 お兄さんと思しき人が慌てて私に駆け寄って来た。

「すいません、それ、俺の人形なんです……」

「解っているわ。はい。妹さんを不安にさせないでね」

 優しく笑いながら人形を渡す。

「妹!?何故これが妹だと………?」

 青ざめながらも人形を受け取る青年。

「白雪ちゃんでしょ?チーズケーキを仏壇に供えて、毎日ちゃんと謝る事。そうすれば白雪ちゃんは天国に行けるから」

 青年はカタカタと震えていたが、やがて人形を抱きながら涙を流して床にへたり込んでしまった。

「ごめん白雪…ごめん…」

 泣いて謝罪を繰り返す青年。

 私は白雪ちゃんの言葉を代弁した。

「ヒロトお兄ちゃん…チーズケーキ買ってよぉ……」

「そ、そうです!ヒロト…神楽ヒロトが俺の名前です!」

 頷き、続ける。

「ヒロトお兄ちゃん…いちごのヤツとブルーベリーのヤツ、2つ買って~……」

「おぉおぉおおおおおおおお……!!いちごもブルーベリーも買う!!だからごめん!!ごめんなぁ!!」

 周りの視線も省みず、号泣する神楽君。

「毎日は無理だろうから、せめて月一はチーズケーキをお供えして下さい。白雪ちゃんもきっと喜びますよ」

 神楽君はウンウン頷く。

 お兄さんの優しさが大好きだった白雪ちゃん。ちょっと回り道したけど、直ぐに天国に行けるだろう。

「じゃ、私は行くわ。周りの視線が、私が君を泣かせているように見ているから、居たたまれないからね」

 尚も泣きながら頷く神楽君から逃げるよう、私はお店から足早に立ち去った。


 駐車場に駆け出す。

 北嶋さんが辺りをキョロキョロと見渡している。

「北嶋さん?どうしたの?」

「おー神崎、天パ刑事、行っちゃったわ」

 車を止めていたスペースに指を差す北嶋さん。

「行っちゃった?え?ええ?」

 何が何だか理解出来ずにいる。一体どう言う事なの?と北嶋さんに説明を求める。

「だから、天パ刑事は俺達を置いてオヤジ退治に行っちゃった、って事だ」

「……私達を置いて!?ちょっと!!本当に!?」

 その時、感じていた不安に気が付く。

 御堂を捕らえる事に執着していた印南さんが、見学で納得する訳が無いと思っていた事を。

 どうにかして御堂と対峙する状況を作るんじゃないか、と……

それが私と生乃が感じていた不安…!!

「わ、私が遅くなったから…」

 力が抜けて、ヘナヘナと地面に座り込んでしまった。

 だけど、あの兄妹を捨て置く事は絶対にできない。どんな状況だろうと、同じ事をしただろう。

 脱力した私の頭を、北嶋さんがクシャクシャと撫でる。

「まぁ、心配すんな神崎。30分もしたら車が来るから」

 北嶋さんの顔を見た。

 北嶋さんは全く焦りの色も見せずに、ただパーキング入り口をじっと見ていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 勇達が出発してから30分後に、車が庭に停車する。

――やれやれ、やっと来たか

 妾は一度伸びをし、鍵を咥えて玄関から庭に出る。

 庭に到着した車はパトカーだ。

 パトカーから人が降りて、妾に近付いてくる。

――待っておったぞ。これが尚美の車の鍵だ

 パトカーから降りて来た女は、緊張の面持ちでそれを妾から受け取った。

「うわ!?フェネック狐!!可愛いなぁ!!」

 興奮して妾に駆け寄ってくる制服警官に、女が警告を発した。

「熊野さん!!これは、いや、この方は白面金毛九尾狐です!!無闇に手を差し出しちゃ駄目です!!」

 伸ばした手を高速で引っ込める制服警官。

「熊野さん。脅かすつもりは無いけど、この方は北嶋氏以外には懐かない。無闇に手を出したら、腕の付け根ごと引き抜かれちゃうかもしれないから…」

 制服警官は首を縦に振る。妾を名残惜しそうに見ながら退いた。

「本庁の兎沢うさぎざわさんの指示は絶対だと、署長から聞かされましたので……」

 こっちの制服警官の方は、まあ普通の人間だが、女の方はそこそこ霊力があるようだ。

――女、妾の事はそれなりに知っておるようだな?

「は、はっ。警視総監から指令を受けた時よりリサーチしてまいりました」

 女は妾に緊張しながら敬礼をした。

 普通の人間のように妾に近付いて来ず、寧ろ恐れている。一応踏ん張っておるが、身体が小刻みに震えておる。

 間違えれば、自分の命など一瞬で無くなると弁えてもいる。

――そんなに緊張する事は無い。すまぬが女、玄関の鍵を閉めてはくれぬか

 兎沢と申した女は、熊野と言った制服警官に指示を出し、玄関の鍵を閉めさせる。

「では早速まいります。熊野さん、パトカーで私の後ろを付いて来て下さい」

「高速のパーキングまで行くんですよね?帰りはパトカーに乗られるんですか?」

 兎沢は一つ頷き、ガレージへと向かう。

 ガレージから尚美のアルファロメオをソロソロと出す。ぶつけないようにと緊張しているのか?

 まあ兎も角、それに飛び乗る妾。

「貴女様も行かれるのですか!?」

 兎沢は恐怖で引き攣りながら妾を見たが、行かれるも何も、貴様等の方がただの使いなのだが。勇に頼まれて尚美の車を運ぶだけなのだが。対して妾は北嶋心霊探偵事務所の所員。故に妾が行くのは至極当然なのだが。

――四の五の言うな女。貴様は黙って頼まれた事をすれば良いのだ…

 妾に凄まれて畏縮する兎沢。うっすらと額に汗が噴き出ている。

 その様子に落胆し、軽く溜息をついた。

――ふん、つまらんな。菊地原の隠し玉の心霊調査部隊は、その程度のものか

「本庁公安部特殊心霊調査部隊の存在を知っておられるのですか!?」

――菊地原本人が、昨夜勇に自慢気に語っておったらしい

「機密中の機密を民間人にあっさり喋るなんて………」

 兎沢は溜め息を付き、アクセルを踏んだ。

 気持ちは解るが、勇がただの民間人とは思えぬ。まあ、面倒なので何も言わぬが。

 ともあれ、妾は助手席で丸くなる。事故を起こして遅れる事があれば、その喉笛をぶっちぎる、と、少々脅して。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 パーキングで待つ事40分…真っ赤なアルファロメオがパトカーを引き連れて私達の前に停車する。

「え?私のアルファスパイダー?」

「やっと来たか。遅いぞタマ」

 アルファスパイダーから綺麗な女性が降りて来て、助手席のドアを開けると、タマが飛び出して来た。

――妾の責任では無かろう。不満があるなら女に言うが良い

 タマがツーンと北嶋さんにそっぽを向いた。

「アンタが菊地原のオッサンの指示で来た警察の人?」

 女性は私と北嶋さんに敬礼した。いや、私達は敬礼される立場にないんだけど…

「本庁公安部の兎沢です!!任務遂行致しました!!」

 そう言って、今度は礼儀正しく挨拶をする。

「菊地原さんの指示?北嶋さん、こうなる事を知っていたの?」

「だから天パ刑事は絶対納得しないって言ったろ。どうせ納得しないんだから、御堂ってオヤジともう一回やり合えばいいだけだ」

 北嶋さんは兎沢さんの脚をジロジロ見ながら話した。

 北嶋さんは全て見切った上で、菊地原さんに車を持ってくるよう頼んでいたのか…!!

 成程、警視総監の命令ならば、私達の地元の県警は、車を法廷速度以上のスピードで運んでくれる。

 結果、印南さんとあまり突き離されずに済むと言う事か!!

「だが目論見と違って結構離されたな。スピード違反、目を瞑ってくれるんだろうな?」

 北嶋さんは兎沢さんの胸元をジロジロ見ながら交渉をした。

 兎沢さんは身体をくねらせ、胸と脚を隠すようにし、頬を赤めて頷いて答えた。

「は、はっ!!私達がパトカーで先導致します!!」

「そうか、じゃ、目的地はだな…」

 北嶋さんは兎沢さんの首筋や唇をジロジロ見ながら説明をする。

「は、はっ!!り、了解致しました!!」

 兎沢さんはパトカーの制服警官に行き先を説明、自らもパトカーに乗り込んだ。

「よっし、行くぜ神崎」

 タマを抱き上げて、当然のように助手席に乗り込む北嶋さん。

「運転はいいんだけどね、女性の脚とか胸元をジロジロ見たら失礼でしょ」

「別に文句言ってねーんだからいいだろ。文句言うのはお前だけだ神崎」

 ムカッとして拳を握り締めるも、アルファパイダーを鼻血塗れにしたくない気持ちのみで、それを抑える。

「……吐いたらぶっ飛ばすからね………」

「お前が乱暴な運転さえしなけりゃ吐かねーよ。とは言っても、追い付いて追い越すのは駄目だ。天パ刑事を納得させる為に、天パ刑事の策に乗ったんだからな」

 成程、印南さんの意向と照らし合わせて時間を調整しなければならない訳か…

「印南さんが先に行ってから約50分…30分程の差でいい?」

「それで行け」

 私は一つ頷いて、アクセルを踏み込んだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 赤いアルファロメオスパイダーを先導し、パトカーが前に出る。

「結構遠いっすね~……」

 熊野さんが私の脚と胸元をジロジロ見ながら話し掛けた。

「セクハラで訴えますよ熊野さん。ちゃんと前向いて運転して下さい」

 ピシャリと言う私に、熊野さんは慌てて前を向いた。

 北嶋 勇………

 本庁公安部特殊心霊調査部隊発足当時からのメンバーだった私は、その名をよく耳にした。

 彼の武勇伝は伝説話みたいで、多少の霊力を持つ私達には到底信じられる物では無かった。

 是非一度会ってみたいと思っていた北嶋 勇氏……

 あんな…

 あんなエッチな瞳で私を見る人だとは思わなかった……!

 警視総監から、この指示を受けた私は、北嶋 勇氏の趣味に合わせた服を着て、印象を良くしようと試みたのだが…結果あの視姦………

 モジモジと身を捩りながら、火照った頬に手を添える。

「トイレですか兎沢さん?」

 私を現実の世界(?)に戻した発言をした熊野さんに、ムッとして言い放つ。

「セクハラで訴えますよ熊野さん…あなたは黙って前を向いて運転しなさい」

 ビクビクとして前を向く熊野さん、いや、熊野。

 そんな穢らわしい目を私に向けて欲しく無いものだ、と憤りながらも、北嶋 勇氏にもっと見て欲しいと密かに願ってもいた。

 私は…

 私は変態なんだろうか?

 うん。

 きっと変態だ。

 私は開き直って、北嶋 勇氏の視線、いや、視姦を思い出し、再び身を捩った……

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