それぞれの思惑

「本当に驚いたわよ……」

 居間で晩飯を食い終わり、マッタリしている俺に神崎が口を開く。

「神崎さん、俺が勝手にやった術ですから、もう勘弁して下さいよ」

 天パ刑事が申し訳なさそうに頭を掻きながら謝罪する。

「いえ、尚美が言っているのは、最硬の武神様から直接依頼された、って事と、報酬を後払いにした、って事ですよ……」

 桐生がお茶を俺の前にコトンと置いて、溜め息をついた。

「仕方ないだろ。困ってんのは解るし、対価を支払おうにも、加護を渡した亀は、今は何もできんのも事実だからな」

 イマイチ面白く無い俺は、眉根を寄せてズズッと茶を啜る。

「でも、よく請けたわ北嶋さん、偉い!!」

 クシャクシャと俺の頭を撫でる神崎。その表情は満足気で、とても嬉しそうだ。

「それに印南さんの同席も認めてくれて、私も本当に感謝しています」

 桐生にも感謝されて多少上機嫌になる。

 これで天パ刑事がいなかったら両手に花なんだが、と、めっさ思い、天パ刑事にガンをくれた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北嶋が俺を睨む。

 俺は平静を装い、再び礼を言った。

「本当にすまないな北嶋。俺の願いを聞き入れてくれてありがとう」

「まぁ、運転手としてならって事だからなぁ。だからちゃんと運転手しろよな」

 グビグビと茶を流し込む北嶋。

 俺は胸を撫で降ろした。

 万界の鏡は全てを知る事ができると言う鏡。

 当然、他人の心も知る事ができる。

 だが、俺の心は読めない、いや、読まなかったようだ。

 御堂は俺が捕らえる……

 すまない北嶋。

 神降ろしまで見せて、騙した事になったが、俺は相討ちで構わないんだ。

 加護はお前から最硬の神に返しておいてくれ。

「……何を俺に熱い眼差しを向けているんだ天パ刑事?まさかお前、あっち側の住人か!?」

 北嶋が自分の身体を抱き締めるように身構え、ソファーの端に後退る。

「安心しろ。そんな趣味は無い」

 そう言いながら、実は自分が安心していた。

 やはりバレていない。

 俺は笑いながら、桐生さんの煎れてくれた茶を一気に煽った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 風を凌げる程度の空き家に、店から持ってきた食い物を持ちながら普通に入る。

 雨風が凌げれば、寝る場所はどこでもいい。

 湿気を帯びて、多少重みを増した感じの畳のある部屋に腰を下ろし、食い物を広げる。

「近頃は食い物を探す手間も要らず。便利な世の中になったものよな」

 食い物を胃の中に流し込むよう、飲み込む。

 俺にとって、食事は義務。

 死なぬ為に食うだけだ。

 旨い、旨いと食っていた頃が懐かしい。


――コウジロウ…コウジロウ……………


 俺の耳元で誰かが俺の名を呼ぶ。

「これはこれは!!我が守護殿では御座らぬか!!お久しぶりですなぁ!!」

 俺に話し掛けられる者はたった一人しか居らぬ。

 いや、一人ではない、一神か。

――コウジロウ………モウ直ぐデ…そナタは…旅を終えルコトニなル…………

「ふははははははは!!是非終えたい物ですなぁ!!俺を殺せる算段でもつきましたか!!はっはっはっは!!」

 俺は愉快になり、声高らかに笑った。

 俺を認識できる人間は居らぬ。それは貴方様が重々承知の筈!!

 稀に気紛れで俺自ら他人に話し掛ける事もあるが、それは死にたい顔をしている奴等のみ。

 そう言った奴等は、自分の境遇を呪い、誰かを殺したいと呪っている者達。

 俺はそんな奴等の望みを叶えるべく、授かった力を奮っている。

――コウジロウ…そナタは武人にアラズ…只の弱きモノ…そんなそなタヲ哀れンデ…ソレガシは加護を与えてしまッタ………某が呼んだモノ……その者から真の強さをマナブとヨイ………そレガ某にデキる………最後の…そなたヘノ………加護………そシテ御堂家守護神のツトメ………………


 神気が消えた。

 此処は最早俺以外に誰も居らぬ空き家となった。

 そんな静寂な空間に、俺は大笑いして答えた。

「ふはははははは!!己の加護を誰かに破壊するよう頼んだか!!御堂家守護神の分際で!!護りを放棄する事は疎か、自らを敗北させると言うのか!!!ふはははははははは!!いや滑稽也!!」

 暫く大笑いした後、空を睨む。

「誰が来ようとも俺は無敵!!つまり貴様の加護は敗れる事は無い!!俺に加護を与えたのは間違いがなかった事を知れ!!」

 右腕に重みを覚え、そのまま薙ぎる。

 目の前の壁が横に斬れて、遂には空き家は上下に別れた。

「む、つい雨風を凌ぐ場所を斬ってしまった!!ふははははははははははは!!いやいやいやいや、何という軽はずみな事をしてしまったものだ!!許されよ、我が守護神、最硬の武神!!ふははははははははははははは!!ははははははははははは!!!!」

 俺はまだ見ぬ敵に高揚し、空き家を斬った事を笑いながら謝罪した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 風呂にも入って、後は寝るだけの時間になった。

 桐生と天パ刑事は俺ん家に泊まり、明日一緒にオヤジ退治に同行するらしい。

 桐生は神崎の部屋にタマと共に休み、天パ刑事には客間を提供した。

 つまり今、俺は自室に一人きりだという事だ。

 と、いう訳で、俺は明日の段取りを何の気兼ね無しに行う事ができるのだ。

 携帯を取り、電話をかける。

『どうしたんだ北嶋君、こんな夜遅くに…………』

 連絡した相手は、警視総監の菊地原のオッサンだ。

 寝ていたのか、声が掠れていたりする。

「オッサン、悪いがな、少し頼まれてくれ」

『勿論、私に出来る事なら協力するが、一体何だい?』

「今な、俺ん家にオッサンの部下が来てんだが……」

 俺は姿無き殺人犯と、それを追っている天パ刑事の事を話した。

『…ああ、雑居ビルでの惨殺事件の事だな。似たような事件が過去に何件か起こっているが、それが御堂 光滋郎という神の加護を受けた者の仕業で、唯一気が付いた公安の刑事が追っている、という訳か』

「おお、それそれ。んでさ、天パ刑事が絶対いらん真似をするのさ。それをな……」

 俺は対天パ刑事の秘策をオッサンに話す。

『…話は解った。喜んで協力しよう。その刑事をみすみす死なす事も無いし、何より亡くしたら惜しい人材だ』

「惜しく無いなら協力しないってか?」

『ば、馬鹿言っちゃイカン!私は警視総監だよ?』

 オッサンがゲフンゲフンと咳をする。

「冗談だオッサン。じゃあ明日頼んだぞ」

 用件を終え、電話を切ろうとした矢先、オッサンがちょっと待て、と再び電話に注意を向けさせる。

『その御堂 光滋郎は年齢は確かに40歳程だが、実際は100年以上生きているのだろう?その間にも人を殺している筈だが、証拠が全く無いんだろう?服役させる事はとても出来ないが…』

「じゃあ俺が死刑にするか?」

 俺は本気とも冗談とも言えぬ口調で進言した。

『それこそ馬鹿言っちゃイカンだろ北嶋君!君は大義名分があれば殺人を犯すと言うのか?』

 オッサンがやいのやいのと言い始める。

「まぁ、死刑にするってのは半分冗談だ。結果そうなるだけだよ。安心しろオッサン。俺は人殺しなんかしないさ」

『半分冗談?結果そうなるとは何だ?だがまぁ、君が殺さないと言うんだから問題は無いか…』

「報告は天パ刑事から受ける事だな。じゃあ明日は頼んだぞ」

 無理やり話を終わらせた形で電話を切り、ベッドにゴロンと横になる。

「ったく面倒臭ぇなぁ…金になりそうも無い依頼に、何故此処までしなきゃならんのだ…後でタマにも言い付けておかないとなぁ……」

 俺はブチブチと文句を言いながらも、0,2秒後には眠りに付いた……カーカー………


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 生乃の為にお布団を敷き、パンパンと枕を叩いて渡す。

「ありがと尚美」

 生乃は枕を自分のベストポジションにセット、ゴロンと横になる。

「ウチに泊まる女の子達はみんな私の部屋で寝るのよね~」

「北嶋さんが居るからでしょ」

 ぐ、と言葉に詰まる。

 北嶋さんの夜這い防止の為に自室に泊めるのだが、その実北嶋さんは、夜這いなんかしない。

 正々堂々、「一緒に寝てくれ~」と訪問するだけだ。

「だけど、本当に良かったわ。印南さんの同行を許可して貰えて…」

 微かに頬に赤みがさす生乃。

 ん?と思ったが、口には出さずに頷いた。

「北嶋さんも言っていたけど、印南さんは葛西やヴァチカン最強の騎士アーサー・クランクと互角の力を持っているようだから、北嶋さんも安心して許可したと思う」

「ヴァチカン最強の騎士?」

 首を傾げる生乃。そう言えば生乃は知らないんだった。

「半年前程、ちょっとリリスと揉めてね。その時事故で騎士が悪魔堕ちして、ヴァチカンの教皇から依頼を受けてね。悪魔堕ちした敵だったのがアーサー・クランクと言うヴァチカン最強の騎士だったって訳」

 掻い摘んで説明すると、生乃がみるみるうちに青ざめていった。

「悪魔堕ちしたヴァチカン最強を、問題無く退けた?」

 うん、と頷き、補足する。

「悪魔堕ちしたバカチン無表情よりも、自分を取り戻したバカチン無表情の方が強かった、と北嶋さんは言ってたけどね」

 北嶋さんがよく言う『覚悟』。

 相手を殺したいなら、自分も殺されるのも仕方ないと言う事。

 命のやり取りに絶対不可欠な『対価』でもある。

 印南さんも北嶋さんの強さを垣間見て、命を懸けて挑まないと勝てない、と、『死ぬ覚悟』と『殺す覚悟』を同時に決めた。

 些か短絡的に見えるが、それは対峙した者同士が解る決意。

 印南さんは戦士としても、一級品だと言う事でもある。

「バカチン無表情って人がヴァチカン最強の騎士の事だったなんて…って、ヴァチカンとコネクションを作った事になるのかな……?」

「元々ヴァチカンとは師匠繋がりで多少コネはあったじゃない。北嶋さんは友達が増えた程度でしか認識してないよ」

「え?友達?ヴァチカン最強の騎士と友達?」

 生乃が何度も信じられないといった感じで詰め寄りながら聞いてくる。その度、私は下がりながらウンウン頷いた。

 やがて布団にペタンと座り込む生乃。

「流石北嶋さんだわ……ヴァチカン最強の騎士と友達って……いや、それよりも、教皇直々に悪魔堕ちから救ってくれと依頼されたなんて………」

 溜め息を一つ付き、神妙な顔を拵えて、でも、と続ける。

「そんな北嶋さんが言うんだから、印南さんも御堂には勝てない……」

「少なくとも、北嶋さん以外には勝てない相手なんでしょうね……」

 北嶋さんが認めた、葛西やアーサーでも勝てないと断言した御堂 光滋郎。

 やはり最硬の武神様が北嶋さんに依頼したのには理由があったのだ。

 自分を倒せる相手を探していると同じ事。

 北嶋さんなら、最硬の武神様にも勝利できる。

 だが、少し気掛かりがある。

 北嶋さんを倒してまで、自分で捕らえる事に執着していた印南さんが、ただの見学で納得するのだろうか?

 何か嫌な予感がする……

「尚美、明日も早いから、もう寝ない?」

 生乃に促されて、その通りだと頷いた。

「そうね、じゃ、明かりを消すわ」

 パチン、と照明を消し、布団に潜り込む。

 嫌な予感が消えなかったが、目を閉じている内に、いつしか眠りについていた。

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