印南の力

 桐生さんを車に乗せ、俺は桐生さんの住む街へと走り出した。

「いいんですか?取材で兄貴と話があった筈ですよね?」

「大丈夫です。もし、質問があったら電話で教えて貰えるそうですし」

 屈託無く笑う桐生さんだが、実の所は水谷から知識を授かっている筈だ。

 兄貴の話に得る物は無いと思う。

「その、水谷の遺品なんですが…」

 唐突に切り出す。実はかなり気になっていたのだ。

『あの』水谷の遺品だ。俺に扱える代物かどうかも怪しいが。

「私が戴いたのは勾玉ですね。菫青石きんせいけきの勾玉の首飾り。数珠みたいに連なっています」

「それは桐生さんにも必要な物では……」

「勾玉の首飾りは2つあります。私には一つで充分。あれは必要とする人が持つべき物ですから」

 因みに、と聞いてみる。

「菫青石とは、どんな石ですか?」

 何かの効果があるパワーストーンだとは思うが、そっち方面はサッパリだ。

 そんな俺に、桐生さんは解り易く教えてくれた。

「菫青石はアイオライトと呼ばれるパワーストーンですね。霊的な能力を高めてくれる効果があります。目標に向かって正しい方向への前進を促す効果もあります。前に進むために、最適な方法を教えてくれ、力強い味方になるってくれます」

 成程、俺に必要なのは、霊的な効果を高めてくれる事にある、か。

 つまり、こう言う事か。

「桐生さん、あなたは俺の切り札を知っているんですね?」

 桐生さんの笑みが消え、俯き、申し訳無さそうに口を開く。

「すみません…少し『視』ました…印南さんの執念、視ました…御堂を捕らえる為に鍛錬した力を………」

「いや、気にしないで下さい。別に隠している訳では無いんだから」

 とは言え、プライバシーを覗いた気持ちなのだろうか。

 桐生さんは消えそうな声で、ごめんなさい、と謝罪する。

「ですから、それを視たから、俺に水谷の遺品を渡そうと思ってくれたんでしょう?感謝こそすれ、責めるつもりは無いです。むしろ気を遣って頂いて申し訳無い」

 これは本心だ。

 水谷の遺品、菫青石の勾玉の首飾りを渡すと決めてくれた桐生さんに、俺は感謝しか感じていない。

 それでも黙ったままの桐生さんに、俺から話し出した。

「古神道の行法の中…魂振りという行法があります。この行法は、丹田呼吸法によって、言葉(言霊)を発し、体内の邪気や邪霊を除去する方法です」

「…ええ、存じておりますが…」

 頷きながら話を進める。

「俺が対御堂に選んだ方法、御堂の力に対抗する事は、その身に神を降ろして、その力を貸して貰う事。俺の切り札、『神降ろしの業』と言う技です。そして、それを円滑に行う事が出来るのは、菫青石の勾玉の首飾りが必要、って訳ですよね」

 笑いながら桐生さんを向く。

「ええ。幸いに印南さんの守護神は武神です。初めに御堂と対峙した時には、まだあの術は持っていなかった。ですが、今は違います。武神をその身に降ろしたら、御堂の顔に拳が届くかもしれません」

 ですが、とやはり俯きながら続けた。

「覗き見した事に変わらない…菫青石の勾玉を渡すのは、言わば罪滅ぼしみたいなものです…」

 そんな事で師の遺品を俺にくれる、と言うのだ。

 なんて素晴らしい女性なんだろう、と心から思った。

 俺はつい口走ってしまう。

「素敵だ…」

「え?」

 遂に俯いていた桐生さんが顔を上げた。目を見開きながらも、真っ直ぐに俺を見ながら。

「漸く顔を上げてくれましたね」

 くくっと笑う。

「そんな…からかうのはやめて下さい」

 今度は真っ赤になって顔を伏せる。

「からかってなんかいないですよ。本当に素敵な人だな、と思ったまでです」

「私なんか……」

「ストップ!『私なんか』は要らないです。俺がそう思うのは俺の自由でしょう?」

 俺が本心で素敵な女性だと思っただけだ。

 彼女がそれに対して否定する必要は無い。

「あ、ありがとうございます……」

 伏せている顔が赤くなる。

 桐生さん程の女性の気持ちを知らずに、その親友と婚約した男…

 俺が視られなかった御堂を捕らえる事ができるという男…

 加護を与えた神から奪還依頼を受けたという男…

 全ての面で、俺は北嶋という男の事が気になって仕方が無い。

 相手から会いたいと願ったなら好都合だ。

 俺も北嶋という男に会いたくなってしまったのだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 印南さんがいきなりビックリする事を言うから、顔が赤く火照ってしまった。

 気付かれないように、と、直ぐに顔を背けたが、きっと気付かれてしまっただろう。

 北嶋さんなら気付かない。

 デリカシーも無いし。

 気付いたなら、訳の解らない事を言って私を困らせる。

 空気読めないし。

 ………そんな北嶋さんを、ずっと好きだった。

 気遣い無用で、我が道を行く北嶋さん。

 自分に正直で、筋が通らない事は決してしない北嶋さん。

 いつも自信満々で、結果も残す北嶋さん。

 そんな北嶋さんが好きだった。

 印南さんは北嶋さんとは違う。

 ちゃんと気遣いができて、礼儀も正しく、自分の弱さも認めて、鍛錬もする。

 ちょっと髪型が、まぁ、アレだけど。

 北嶋さんとは真逆だと言ってもいい。

 だけど、北嶋さんに感じた、胸の高鳴りを感じるのは何故だろうか……

 私は、少し優しい言葉を掛けられただけで、揺れるような女だったのだろうか……

 火照る頬が、急速に冷めていくのか解る。


 印南さんの運転で高速で3時間超私の住んでいる街に着いた。

「ここが桐生さんが住んでいる街ですか」

「ええ。と言っても、アシスタントに入る為に住んでいる場所ですが。私はもっと田舎町と言うか、穏やかな場所がいいんですが」

 漫画家の先生が事務所を構えている街故、中央に程なく近い街だ。

 生まれも育ちも、のどかな場所だった私には、少し辛い。

「あ、ここが私が借りているアパートです」

「……アパートと言うよりマンションですね…」

 マンションって程では無いけど、まぁ、そこそこ気に入ってはいる。

「住めば都、です。どうぞ中に」

 エレベーターに乗り、5階のボタンを押す。

「……桐生さん…マジですか?」

 印南さんが緊張を露わにし出した。

「マジもマジ、大マジですよ」

 クスッと笑う。やはり印南さんには感じるんだろう。

 実はこのアパート、高級マンション並みの賃貸料を取るのだが、5階だけは激安なのだ。

 俗に言う『いわく付き』。

 いわく付きとはいえ、5階に居る『人ではない住民達』は脅かす程度で悪さはしない。

「住めば都の意味、解りましたか?」

 今度は私が意地悪く笑う。

 印南さんは引きつった笑みを浮かべて頷いた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 エレベーターから桐生さんの部屋に行くまでの通路で、『人に在らざる者達』が俺を興味深気にじっと見ていた。

 確かに害は無い。無いが、いい気分はしない。

 そして、このままでは、彼等以上の悪しき者達も現れるのでは、との懸念もある。

「勿論、悪霊もたまに入って来ますが、その都度倒しているので大丈夫です。さ、ここが私の部屋です」

 桐生さんは特に気にした様子もなく、ドアに鍵を差し、開ける。

「倒しているって…あ、お邪魔します……む?」

 桐生さんの部屋の中は、廊下とは違い、霊の気配は全く無い。それどころか、神聖な気が部屋に満ち溢れていた。

「流石に部屋の中までは入って来られたくないんで、結界を張ったりしていますから」

 屈託なく笑う桐生さん。成程、高級マンション並みの部屋に、賃貸料金がアパート並みの理由が良く解った。

 そして、桐生さんはこのマンションでも快適に過ごせる事が可能なのも、水谷の弟子なら尚更の事だ。

 ソファーに座るよう促され、お言葉に甘える。

「彼等を還したりはしないんですか?」

「その気がある魂に対しては還したりはしますが、動きたく無い魂に対しては無視していますね。襲おうとした霊魂に対しては、問答無用で祓いますけど」

 コトンと冷蔵庫から出したお茶を俺に差し出す。

「本当はお湯を沸かして紅茶でもと思ったんですが、時間が無くて、申し訳ありません」

「いえ、お気遣い有り難うございます」

 水谷の遺品を貰えるだけでも、かなり有り難いのに、それ以上は甘える事は出来ない。

 カシュッとプルトップを開け、一口お茶を飲む。

 桐生さんは一礼した後、奥の部屋に引っ込んでいった。

 俺は部屋を見る。

 淡いブルーの壁紙、少し大きめのテーブル、大きなテレビに他電化製品。

 うさぎのぬいぐるみが座っているソファーの端に置かれている。

 想像以上に女性の部屋に感じないが、まぁ、ここは居間として使っているんだろう。

 寝室はどうか解らない。

「お待たせしました」

「うおっ!」

 いきなり声を掛けられて驚く。

「?どうかしましたか?」

 不思議そうに首を傾げる桐生さんに対し、まさか部屋を凝視していたとも言えず、俺はただ笑いながら首を横に振る事しかできなかった。

 桐の箱を開ける桐生さん。

「う!これが水谷の遺品……」

 菫青石で作った3cm程の勾玉が、数十、いや、百以上連なって紐に通されている。

 何よりも、そのオーラ……流石は水谷作と言った所だ。

「これを身に付けてみて下さい」

「あ、ああ……」

 言われるが儘、首に通す。

「う!」

 力が底から湧いて来るような感覚を覚える。

「やはり印南さんに必要な物でしたね」

「こ、これなら御堂に拳が届くかも………!!」

 単純にそう思った。

 俺の潜在能力を押し上げるような感覚…

 あの時、届かなかった銃弾が、拳に変わり、御堂を捉えるような予感が広がる。

「ですが、油断は禁物です。正直、私は御堂の姿を捕らえる事ができませんので、奴の力量がどれほどの物か、計れないから…」

「勿論、油断はしません。奴の強さは俺が一番知っていますから」

 御堂に唯一生かされた俺だ。

 言わば生き証人。

 油断出来ない相手なのは、俺が一番知っている。

「ありがとう桐生さん!!この恩は忘れない!!」

 テーブルに置かれた手を握る。

「大袈裟ですよ。私は出来る事しかしていません」

 笑顔で返してくれた桐生さん。


 可愛い………


 いやいやいやいやいやいや!!マズいマズいマズいマズい!!!

 好意で俺を部屋に上げてくれた桐生さんに対して、邪な感情はマズい!!

 立ち上がり、勾玉の入っていた桐の箱を持つ。

「どうなされました?」

「い、いや、もう夜になりますし、独り暮らしの女性の部屋に長居する訳にもいかないんで…」

 ボッ!と桐生さんの顔が赤くなる。

「そ、そうですか、もう夜ですかぁ…ば、晩ご飯御一緒しませんか?も、勿論、私がおごりますんで!」

 桐生さんも立ち上がり、いそいそと居間から飛び出す。

 これは、暗に出て行ってくれ、と言っているんだな。

「いや、俺がご馳走しますよ!お礼も兼ねてね!」

 桐生さんより先に部屋を出る。

「うお!」

 廊下には、人に在らざる者達が俺をじっと見ていた。

「忘れていたぜ…お前等も居るんだったな……」

 そして俺は彼等に頼んだ。

「桐生さんの部屋に変質者やら泥棒やらが侵入して来ないように、お前等ちゃんと見張りしといてくれよ?」

 人に在らざる者達は、俺の願いを聞くまでも無い、と言った感じで、その姿を次々と消して行った。

「一応、俺は桐生さんの敵じゃないって理解したのかな?それとも、勾玉に反応してか?」

 恐らくは前者だろう。

 人に在らざる者達を丁寧に扱っている節がある桐生さんに、彼等も感謝はしているのだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 早朝、まだ覚醒していない頭を甦らせる為、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、流し込む。

「少し早いけど、準備しようかな………」

 冷たいミネラルウォーターで多少覚醒した頭を振りながら、着替えをする。

 昨夜、印南さんに晩ご飯をご馳走になり、印南さんが泊まるホテルを探して直ぐ帰宅した後、ずっと考えていた事を口走る。

「北嶋さんなら泊めてって素直に言うわね……」

 印南さんに限らず、普通に紳士な男性なら、泊めてくれとは言わないだろうが、どうしても印南さんと北嶋さんを比較してしまう…

 北嶋さんが少し、いや、かなり常人とかけ離れているのは理解しているが、印南さんの対応が新鮮なのか、気に掛かって仕方ない。

「きっと気のせいよ、ね?」

 とか言いながら、普段よりお化粧に気合いが入るのは何故なんだろうか?

 普段よりお洒落に着飾っているのは何故なんだろうか?

「……昨日初めて会ったばかりの人を、意識するなんて、無い!!」

 それは自分に言い聞かせている独り言。

 そう、無い。

 あったら、私はどれだけ節操がないんだって事になってしまう。

 着替えもバッグに詰めて、もうする事が無くなったので、そのままアパートを出た。

 そして駐車場を見てギョッとした。

「印南さん?もう来られたんですか?」

 駐車場には、既に印南さんが車に乗って待っていたのだ。

 約束の時間まで1時間近くあるというのに。

 印南さんは車から降りて来て、私に笑いながら挨拶をした。

「おはようございます桐生さん。早いですね」

「え?いや、ちょっと早起きし過ぎましたから」

「ああ、俺もですよ。荷物はそれだけですか?」

 コクンと頷くと、私からバッグを取り、トランクを開けて丁寧に置いた。 

「少し早いけど出発しますか?それとも朝飯食いに行きますか?」

「あ、ええっと……」

 戸惑ってしまった。

 北嶋さんなら早起きしない。

 北嶋さんなら待たずに部屋に呼びに来る。もしくは電話で呼び出す。

 北嶋さんなら荷物は放り投げるよう置く。

 北嶋さんなら朝ご飯を優先する。

 北嶋さんと全て真逆な対応………

 ハッとし、首を横に振る。この思考を振り払うが如く。

「どうしました?」

 不思議そうに聞いてくる印南さん。

「朝ご飯は高速のパーキングで済ませれば、時間短縮になりますが、それでよろしいでしょうか?」

 咄嗟に事務的な態度で接した。

「勿論!俺も早く会ってみたいですからね。昨日から桐生さんが言う、史上最強の霊能者にね」

 笑顔で答える印南さんに、私の胸がズキズキと痛んだ。


 長い長い道中、印南さんとたわいの無い話で過ごした。

 印南さんとお話していると、安心すると言うか、楽しいと言うか……

 北嶋さんとなら、私はドキドキしてよくお喋りできないし、何より、長い道中なら北嶋さんは寝てしまう。

 ……また北嶋さんと比較しているなぁ…

 再び首を横に振る。

「桐生さん、高速を降りて大分走りましたが、北嶋 勇さんの事務所はあとどれくらいですか?」

「えっ?あ、ああ、もう直ぐ見えて来ますから。あ、ほら、あの大きな家です」

 慌てて切り返した。

「ほー…本当にデカい家だなぁ……」

「以前、人を殺して支配していた色情霊が憑いていた家です。もの凄い悪霊でしたが、北嶋さんが簡単に倒しちゃってからは、普通の家になりましたね」

「普通?……三つの神気と、一つの妖気が一緒に在る家を、普通とは言いませんよ」

 ククッと不敵に笑う印南さん。

 流石だ。裏山の三柱と九尾狐の気を瞬時に見切ったとは……

「それを束ねる北嶋 勇氏が並外れている、って事は容易に理解できますね」

 またもや笑う印南さん。

 彼は本当に楽しみにしているようだ。


 北嶋心霊探偵事務所の駐車場に車を止めて貰い、私は印南さんの前を歩きながら、その呼び鈴を押した。

「なんか……緊張するな……」

「会ったら緊張なんて直ぐにぶっ飛びますから」

 これは本心。

 北嶋さんを敬って訪れた人達も、今までいるにはいるが、何せあの北嶋さんだ。

 敬いが一気に消え失せるのはまだいいとして、時には変人扱いもされてしまう。

 尚美のフォローが無ければ、もっと厄介な事になるだろう。

「はーい」

 あ、その尚美が玄関扉を開けた。

「久しぶり、尚美」

 私は素直に笑みが零れた。絶対幸せになるだろう、親友に。

「生乃…」

 尚美は一瞬、謝罪の表情を見せる。

 それをギュッと抱き締めて払う。

「尚美、おめでとう!親友として、心から祝福するわ!」

「ありがとう生乃……」

 私達は涙ぐんだ。

 互いに顔を合わせた訳では無いが、解るのだ。

 長い付き合いだから。

 尚美の感情が手に取るように解るから。

 暫く抱き合っていた私達。

 その時、奥から懐かしい声が聞こえてきた。

「なんだなんだ?百合?見るのは大好物だぞ」

「お久しぶりです北嶋さん。相変わらずデリカシーが無いですね~」

 私は笑顔で北嶋さんと話せた。

 完全に吹っ切れたとは言わないが、私の中で尚美と北嶋さんの仲を認めた証拠だ。

「デリカシーが無いって、俺は日本人でユタ州に住んでないからなぁ」

「それはデリカットでしょ!コアな聞き間違いとは、やはり北嶋さんは変わりないですね」

 本当に変わらない北嶋さん。

 安心もするし、不安にもなる。

 この人は本当に私の親友を幸せにできるのだろうか、と。

「んん~っ??」

 北嶋さんが印南さんに気が付いた。

「あ、紹介します。この人が本当の依頼人、印南 洵さんです」

 私に紹介され、印南さんがお辞儀をする。

「印南です。この度は願いを聞き入れて頂き、有り難うございます。」

 北嶋さんはお辞儀中の印南さんをじーっと見る。

「………天パ?」

「え?ええ…地毛ですね……」

 いきなり失礼な事を言われた印南さんは、戸惑いながらも、それに答えた。

 お辞儀していたが、驚いたのか、つい顔を上げてしまった感じで。

「失礼よ北嶋さん!印南さんは確か刑事さんでしたね?」

 すかさず尚美がフォローする。

「ええ。追っていた犯人を視る事ができるのは、所長さんだけだ、と、桐生さんに教えて貰いまして…」

 印南さんが此処に来た経緯を説明しようと身を乗り出す。

「あーあー。視たからいいから。解っているから大丈夫だぞ、天パ刑事。」

「て、天パ刑事?」

 声を裏返して聞き直す印南さん。物凄く面食らった様子だった。

「依頼は御堂ってオヤジの所在だったか?俺なら視る事ができるが、すまんが天パ刑事、お前には教えてやれん」

「あ、やっぱりですか………え?」

 今、教えてられないと言ったような?

「有り難い、申し訳ないが、早速教えて………え?」

 印南さんも聞き間違いかと疑っている。

「立ち話も何ですから、事務所に入って……え?」

 尚美の表情も強張った。と、言う事はやっぱり………

「「「教えてやれんって!!えええええええ!!?」」」

 私達三人は、近所があったら怒鳴り込まれるであろう程の大声を出しながら、目玉が零れ落ちそうになる程、目を見開いて北嶋さんを見た。

「な、なななななぁ!!何でそんな意地悪な事言うのよおおおお!??」

 尚美が北嶋さんの胸倉を掴み上げて詰め寄る。

「ぐぁおぇあ~!い、意地悪で言ってんじゃないいいい~!!」

 頭をカクンカクンと揺らしながら違うと言う北嶋さん。

「で、では何故?」

 興奮している尚美を抱き押さえ、私が質問をした。

「はぁ、はぁ…そ、その天パ刑事が強いからだ…」

 強いから?強いから教えないとは一体…?

「強いなら尚更じゃない?なんでよ?」

 再び掴み掛かろうとする尚美を必死に押さえる。

 北嶋さんは印南さんをチラッと横目で見ながら言う。

「その天パ刑事な。暑苦しい葛西や無表情バカチンと同じくらい強い。と言っても、昨日までなら奴等に一歩及ばなかったが、お前、いきなりパワーアップしちゃったからな」

 印南さんが胸から下げている勾玉の首飾りをジャラッと握り締める。

「……成程、この勾玉のおかげか」

 一つ頷いた北嶋さんは、更に続けた。

「敵の御堂ってオヤジはな、めっさ弱いんだ。弱い癖に、いらん加護のおかげで無敵になっちまった。して、弱いが故に慎重なのも、そのオヤジの特徴だ」

「弱いならパワーアップした印南さんの方が…」

 言い続けようとした尚美がいきなり押し黙る。

「神崎は気が付いたようだな。つまり昨日までの天パ刑事なら、少し遊んでやろう的な考えで油断しまくるが、今のお前は油断したら逆にやられる、とか思うだろうな」

「そ、そんな!!印南さんは御堂を捕らえる為に!!」

 私のした事が、結果裏目に出た?

 だとしたら、私は!!

 膝が細かく揺れて、立っているのがやっとな状態になる。

「だが、まぁ、あんま気にすんな。暑苦しい葛西と無表情バカチンも、御堂ってオヤジは倒せないっつー事だからな。代わりに俺がお前の目の前でオヤジをぶっ叩いてやるから、依頼内容変更してくれ」

 無表情バカチンって人は知らないけど、葛西さんですら勝てない相手…

 だけど、代わりに北嶋さんが倒してくれると言う…

 印南さんには申し訳ない事をしたが、それでも捕らえられる事には変わらない…

 だけど………

 私はチラッと印南さんを見る。

 印南さんは何か考えている表情をしながら、北嶋さんを見据えていた。

「………アンタは昨日、俺に会いたい。そう言った筈だな?」

「ん?ああ、昨日なら、まだお前は弱いから、やっぱり代わりにぶっ叩いてやるから依頼内容変更してくれって事を言いたかったんだ」

「何故わざわざ此処に呼んだ?」

 印南さんがゆっくりと北嶋さんに近付いて行く…おかしな緊張感を醸し出しながら……

「だってお前、絶対納得しないだろ?なら体感して貰うのが一番手っ取り早い」

 北嶋さんが万界の鏡で作ったサングラスを掛ける。

「え?ちょっと……何を考えているの北嶋さん?」

 尚美が、いや、私達が感じた不穏な空気が場を支配し始める。

「い、印南さん、少し落ち着いて…つっ!!」

 印南さんに駆け寄ろうとしたが、肩に手が触れる寸前、私の手が印南さんの闘気で弾かれた。

 痺れる手を見ながら、呆然とする。

「印南さん…本気で…?」

「……すまない桐生さん。だが、御堂は俺が捕らえなきゃならないんだ」

 拳が届く間合いに入る三歩程手前で、印南さんは右拳を前に突き出し、身体を上下に揺らした。

「……俺が勝ったら、アンタは何一つ文句を言う事も無く、俺に御堂の情報を提供して貰う、ってのはアリか?」

「やっぱり納得しないよなぁ。そのつもりで呼び出したんだ。まぁ、俺は強過ぎるから、負けても恥じゃないから気にすんなよ?」

 そう言いながら、北嶋さんは全く躊躇う事もなく、ズンズンと印南さんの間合いに歩いて行った!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 あまりにも無防備で近付いて来る北嶋に対して警告を発した。

「サングラスを外せ。失明するぞ」

「お前の武神を見る為だから気にすんな。それに絶対当たらないから」

 当たらない、か…その自信はどこから来る?どんな相手とやり合って来た?

 いずれにせよ、慢心している訳ではない。確信しているのだろう。自分には当たらないと。

 ツッ、と半歩、北嶋の足が俺の間合いに入る。

「警告はした!!」

 お前の自信の程はどうでもいい。高速拳を超最短距離、つまりは直線の攻撃で繰り出す。

 それを歩きながら躱す北嶋。

 戻す拳と繰り出す拳が左右交互に運動を開始する。

「ああああああああああああ!!!」

「百裂拳かよ?初代か蒼天かどっちだ?」

 北嶋は訳の解らない事を言いながら半歩程下がる。

 だが、それは俺の蹴りの間合い!!

「はぁああ!!!」

 ハイキックを放つ。

 それに反応し、腕のガードを上げる北嶋。

「フェイクだ!!」

 ハイの軌道を無理やりローに切り替える。

「うわ!面倒臭ぇ奴!」

 北嶋はピョンと飛び跳ねて後ろに下がった。

「言うだけの事はある、か……」

 超高速で繰り出した攻撃を全て躱した北嶋。ハイからローへのフェイントも用を成さず。

「いやー、速ぇな天パ刑事」

 全く動じていない北嶋。更に続けた。

「だがまだ神は降ろしてないだろ。もっと早く、鋭く、強くなるんだろ?」

 そう言いながら、北嶋は腰を降ろして右正拳を前に突き出した。

「行くぞうらあ!」

 左脚で踏み込み、腰を捻って繰り出す右正拳。

 躱すも、シャツの胸部分のボタンが千切れて飛ぶ。

 返す刀で左拳をショートフックのように放つ。

 浅くとも、必ず入るタイミングだったのだが!!

 北嶋は少し屈んで首を捻るだけでそれを避けた!!

 信じられない反応速度!!

 信じられない反射神経!!

 驚く俺の目に飛び込んで来たのは、右肘を曲げて今にも薙ごうとしている動作!!

「うおおおおっ!?」

 俺はそのまま前に駆け出して肘を買わした。

「おおおおっっっ?」

 ブン、と空を切る北嶋の肘。

 北嶋から5、6歩程離れて再び構える。

「………アンタ、何者だ?それに、空手か?」

 戦慄が走り、背中から冷たい汗が流れ落ちる。

「何者って言ったら、北嶋だ。空手の他にも色々できるぞ」

 対して余裕の北嶋。息一つ切れていない。

「………桐生さんが言った通り、か…」

 単純に『凄ぇ』の一言。

 それは素直に認めよう。だが、俺もこのままでは終われない。

 人間相手、いや、練習でしか使っていない技だが……

「何考えてんだよ天パ刑事?試したい技でもあるのか?」

 ニャッと笑う北嶋…

 知っているのか?いや、『視た』のか。

 桐生さんが言っていた、全てを知る事ができると言う万界の鏡を介して。

「そうだな。アンタは完成したのか知るには、文句無しの相手だな」

 神降ろし……

 北嶋なら死ぬ事は無いだろう。いや、寧ろ殺すつもりで挑まないと勝ちは拾えない相手だ。

「死んでも恨むなよ?」

「へぇ、殺す覚悟が出来たか。じゃあ…」

「ああ、同時に死ぬ覚悟もしたさ。つまり、アンタも遠慮しないで向かって来い、って事さ」

 北嶋が僅かながら、殺気を発した。向こうも切り替えたのか。

「一つ頼みがある。アンタが死んだら万界の鏡を一回貸してくれ」

「俺以外に扱えるのかは不明だが、了承した。お前がくたばったら、俺が御堂ってオヤジをぶっ叩いてやるから安心して逝け」

 そう言うと、北嶋が手を翳し始める。

「「だめぇっっっ!!」」

 俺が神降ろしの言霊を発しようとした瞬間、桐生さんが背中から俺を抱き押さえた。

 と、同時に、北嶋は婚約者にアッパーを喰らい、「ぎゃああああ!」と言いながら宙に浮いた。

「桐生さん…」

「仕合いは絶対駄目です!万が一にでも、どちらかが死ぬ事は絶対に駄目っっっ!」

 ぎゅうぅぅぅっと力を込める桐生さん。

 北嶋に目をやると、北嶋は婚約者にマウントを取られてボッコボコに殴られていた。

「……相手の身体があんなに遠く感じたのは初めてだ…だが、俺の拳が全く届かない北嶋に、あの婚約者は………」

 北嶋は婚約者に涙目になりながら訴えている。

「殺し合いじゃないっっ!仕合いだ仕合いっっ!だからやめて!!ただの仕合いなんだからっ!!!」

 言い訳になっていない言い訳を繰り返していた。

「何故か尚美のパンチだけは当たるんですよ…」

 俺の緊張が解けたのを確認し、桐生さんが漸く背中から離れる。

「惚れている女には弱い、って事かな……?」

 尚も言い訳じゃない言い訳を続ける北嶋を見ながら、俺は呟いた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 神崎にボッコボコにされた後、事務所客間に強制連行された俺は、氷嚢を腫れた目蓋に置き、神崎と桐生に挟まれ、天パ刑事に真正面に座られている。

「……取り調べかよ天パ刑事?」

 両脇の女二名は俺を逃がさぬ為のディフェンスか?

 二人共、俺を睨み付けるが如くのプレッシャーで俺の退路を絶つ。

「さて、北嶋さん。言って?」

 神崎が近年稀に見る程の笑みを俺にぶつけるも、目が全っっっっったく笑っていない。寧ろ殺気さえ孕んでいる。

「言えって、何をだよ?」

 解ってはいるが、敢えて聞く。

「御堂の居る場所だ。」

「お前が依頼内容変更したら教えるよ」

 ツーン!とそっぽを向く俺。

 その先には桐生がいたりする。

「北嶋さん…印南さんの願いを聞いてあげて…」

 瞳をうるうるさせてお願いして来る桐生!!

「だから絶対負けるから駄目だってば!」

 更にツーン!とそっぽを向く俺。

 その先には神崎がいたりする。

「北嶋さんが印南さんを案じるのは解るけど、絶対負けるって事は無いんじゃないかな?」

 神崎も天パ刑事の底力を理解したのか、勝てるかも、と思考をチェンジしているようだ。

「天パ刑事は強いから負けるってば!そもそも強い弱いって話じゃねぇんだって!」

 最強の蛇矛と亀甲の盾だけでも厄介なのに、敵の時間の流れを超ゆっくりする技も持っているオヤジだ。

 俺は天パ刑事に向き合う形を取った。

「ハッキリ言うが、俺以外で勝てる奴いないから!」

「じゃあアンタはどうやって御堂を倒す?最強の蛇矛と亀甲の盾は?時の歩みはどうやって攻略する?」

 はぁ……いちいち面倒臭ぇなあ……なんでそんなつまらん問いに答えなきゃならんのだ?

 そうは思うも、納得しないだろうな、こいつ。

 ならば真摯に答えようか。

「蛇矛も盾も奴の時の領域も、粉砕するだけだ」

「………どうやって?」

「ぶん殴って」

「ふざけるな!!最硬の矛と盾だぞ!!奴の作った時の領域を拳一つで粉砕するって言うのか!!」

 バン!!とテーブルを手のひらで叩いて立ち上がる天パ刑事。こいつ、取り調べでもこんな態度なのか?なんて嫌な奴なんだ!!

 ムッとするが、それでも寛大に優しく話してやった。

「俺は最強だから楽勝なんだよ!!バーカ!バーカ!ストレートパーマかけて出直しやがれ天パ刑事!!」

 俺の熱い説得に胸を打たれたか、天パ刑事はテーブルを叩いた手のひらを握り締め、ブルブルと震え始めた。

「生憎とこの髪の質を気に入っているもんでな!!」

 なんと!天パを気に入っていたとは!

 それは知らずに悪い事を言ってしまった……

 ここは素直に謝罪しよう。

「天パを気に入っているとは露知らず、悪かったな天パ刑事。ストレートパーマより縮毛矯正を薦めようかとも思ったが、要らん世話だったな」

「本当に要らぬ世話だな!!俺が絶対負けるからと言う気遣いもな!!」

 再びムッとする。

 だから俺は寛大に優しく提案してやった。

「じゃあ依頼金は前金でくれ」

「前金?」

「だってお前死んじゃうから、金貰えなくなっちゃうだろ?」

 居場所を教えるだけで10万円。ボロ儲けだ。

 俺は手をヌーンと突き出す。

「北嶋さん、一緒に来てくれないんですか!?」

 桐生が目を見開いて大きめな声で言う。

「自殺志願者のお望みを渋々叶えてやるんだ。寧ろ感謝して欲しいもんだが」

「仮に、仮によ?印南さんが本当にやられちゃったら、最硬の武神様の依頼はどうするのよ!?」

 解っているだろうに、敢えて聞いてくる神崎。なんであわあわしているのか解らん。

「元々神からの依頼は俺は請けていない筈。天パ刑事の依頼の流れでついでに執行するようなもんだし。お流れになるんじゃね?」

 さっきから桐生、神崎、天パ刑事と交互に顔を向き合わせている俺は、首に多少の痛みを感じ、さすりながら、超正当な答えを言い放った。

「自殺志願者って、あんまりじゃない?」

 おおお…あのおしとやかな桐生が、俺の胸座を掴む勢いで詰め寄るとは……

 軽くビビる。よって微妙に身体を反ってそのプレッシャーを躱した。

「請けていないから流れるって!!北嶋さん、あなた何様のつもりよっ!!!」

 こっちは平気に胸座を掴んで俺の頭をグラングラン揺らす。

「だ、だから!権威に弱い北嶋って陰口叩かれたら!面白くねーだろっっっ!」

 脳挫傷になる程、ガンガン揺らされる。軽く酔ってしまって、ウェッと吐き気を催した。

「いいだろう」

 そんな中、天パ刑事は財布を取り出し、10万円をポンと机に置いた。

「駄目です!!駄目駄目駄目駄目っ!!本当に教えるだけになっちゃいますからっっっ!!」

 神崎が慌てて10万円をずずいと天パ刑事に押し返した。

「すまないが、神崎さん、と言ったかな?元々依頼内容は奴の所在。奴の謎も桐生さんのおかげで理解した。だから北嶋の仕事は確かにそれで終わりなんだ」

 今度は天パ刑事の超正論で押し黙る神崎。

 まぁ、確かに他の事は天パ刑事にとっては要らん世話だし、所在さえ解れば後は必要無いと言える。

 成程、覚悟はあるようだ。

 死ぬ覚悟だな。

 相討ちで構わないっつー決意だ。

 ならば言おう。その覚悟に免じて。

 俺は所在を口に出そうとした。

「御堂ってオヤジの現在位置はモガモガッッッッ!!?」

 桐生がいきなり俺の口を手で塞ぐ。

「言っちゃ駄目です!言ったら印南さんはそのまま出てしまいますからっっっ!」

「もうばいふが、そへがふぁつのもぞぶだひぃ」

 口を塞がれているおかげでまともに話せないが、訳すると、そうは言うが、それが奴の望みだし。となる。

 謎解きみたいでハードボイルドっぽいだろう?

 何?

 それはハードボイルドとは言わないとな?

 気にしてはいけない。

 ハードボイルドは孤独なのだから、理解を得るのは難しい事だと心得ていればいいのだ。

「桐生さん、心配してくれるお気持ちは嬉しいのですが、奴を捕らえるのが俺の望みです」

 天パ刑事の覚悟は揺るがない。

 ふむ、天晴れだ天パ刑事。

 伊達に天パな訳ではないな、と、俺は感心して頷いた。


 神崎と桐生が天パ刑事を何とか説得しようと話し合いをするのだが、煙草が切れてしまった。

 居間で丸くなっているタマを引っ張り、コンビニまで煙草を買いに出る事にした。

「ゆっっっっくり買って来てね!!」

「なるべく時間かけて下さいね!!」

 女二人に邪魔者扱いされて多少ムカつくも、まぁ良い。

 リードを引っ張って外に出ると、タマが俺の横に並ぶよう歩く。

――あの客はなかなかの強者のようだが、それでも勝ちは拾えない、と言うのか?

「なんだお前、聞いていたのか。嫌らしい奴だな」

――あんな大声で騒いでおれば、嫌でも耳に入るわ

 まぁ確かに。やいのやいの言い合っている訳だしな。

――それより勇、この所、鏡をかける頻度が多いが、何故だ?

 ほう。流石は我が家の愛玩動物。飼い主の挙動がいつもと違う事に気付いたか。

「待ってんだよ」

――待っている?何を?

「客さ」

 家から出て約10分…

 背後に初めて感じる神気に目を向ける。

――!この神気はあの晩の!

 低く身構えるタマ。そんなタマを手で制する。

 そして俺は口を開いた。

「漸く会えたな」

 神気は超微量ながら、意思を持って俺に会いに来たのだ。

 待っていた客が漸く現れた事に、安堵した俺は、神気を連れて自販機でコーヒーを買い、適当な場所に腰を下ろした。

――蓋くらい開けて渡してくれてもよかろう!!

 タマは俺に渡されたファンタをガシガシと咬みながら文句を抜かす。

 プシュッ!と牙で開けた穴から炭酸と一緒にファンタがピューッと噴き出す。

――クワッ!目に入ったっっっ!

 目にファンタが入ったタマが、転がりながら苦しんでいる。

 そんなタマをドスルーし、神気に話し掛ける俺。

「話は『視た』。後は対価だ。お前は俺に何をくれる?」

――その前に…貴公は某の矛と盾を、時を緩やかにする領域を攻略できるか?

 か細く頼りない神気を頑張って保って話す『最硬の武神』。

「幸いな事に、御堂ってオヤジはお前の力を半分も使いこなせていない。まぁ、亀は池で優雅に寛いでいろ」

 オヤジが完璧に亀の力を使いこなせていたなら、結構な苦戦を予想させるが、オヤジ自体大した奴じゃない。

 だから亀が加護を渡したんだろうけど。

――光滋郎は確かに某の加護を使いこなせてはいない…だが、それでも殆ど無敵…

 亀は不安なのか、それとも自分の力に自信があるのか、俺がどう攻略するのかを知りたいようだった。

 だが、俺は攻略もへったくれも無い訳で。

「ぶん殴って粉砕するさ」

 いつも通り、平然と言い放つ。

――打撃でどうにかできる物では無い…某は貴公しか頼れる者が居らぬのだ…真剣に考えて…

 何かグダグダ言い始めた亀。面倒臭ぇなあ…

「どうせやる時傍に居るんだろ?その時に見てりゃ解るさ。それより、お前は俺に何をくれる?」

 依頼に対して対価を要求するのは当然だ。

「まさか自分は神だから、対価無しで仕事しろ。とか思っていないだろうな?」

――そんなつもりは毛頭無い。無いが、某には貴公に与えれらる対価が思い浮かばぬのだ…

 対価は無いが、超困っているから何とかしてくれ、ってか?

 俺は溜め息を付く。

「仕方ない。本来なら対価が無い仕事は請けないが、ツケにしといてやるよ」

――ならば請けて頂けると申すか……!!

 少しばかり言葉に力が増した亀。

「加護を奪還したら、ツケは返して貰うからな」

 ツケの未払いは追い込みをかけるからな、と付け加える。

――忝ない…忝ない……カタジケナイ……………

 亀の神気が徐々に衰え、やがて完全に消えて行った。

 完全に消えた亀の神気を後にして、煙草を買い、家に戻る俺達。

 駐車場にしている庭に辿り着くと、あの天パ刑事がシャドーを繰り返していた。

「練習か?まぁお前は俺より遥かに弱いから、沢山練習しなきゃいかんぞ」

「ふ、余計な世話だ…この仔犬、いや、狐、か?妖気の正体は…」

 天パ刑事がタマをジーッと睨むように見ている。

――…ふん。確かに、貴様はなかなかの強者だが、やはり最硬の神には及ばぬな

 タマは興味が失せた、と言わんばかりに天パ刑事の横をすり抜け、家に入って行った。

「……どう言う意味だ?」

 訝しげな天パ刑事に優しく諭してやる俺。

「お前は確かに強いが、まだまだ修行不足って事だ。お前に憑いている武神の力、半分程度しか出せないって事だ」

「……修行途中で刑事になっちまったからな…」

 それは後悔の表情。

 以前、オヤジにコテンパンにやられてから修行を再開したようだが、まだ武神の力を最大限に生かしていない訳だ。

「まぁ今回は黙って見ていろ。俺が別口から正式に依頼請けた事だしな」

 ポンと天パ刑事の肩を叩く俺。

「別口から正式に依頼を請けた、だと?」

「あー、加護を与えた神本人からな」

 言い終えると同時に、天パ刑事が見開く。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「………加護を与えた神本人から………直接依頼されただと?」

 俺の問いに普通に頷く北嶋。

 その顔をじっと覗く。

 北嶋の表情に嘘は無い。俺の刑事としてのキャリアがそう言っている。

 こいつは……一体どれ程の力を持っていると言うんだ………?

「そんな訳だから、お前もう帰っていいぞ」

 北嶋は手をヒラヒラさせて家に入ろうとした。

 その肩を掴み、立ち止まらせる。

「なんだよ?」

「…俺も連れて行ってくれ!!!」

 御堂を捕らえるのは俺の意地。

 直に依頼された北嶋の力ってのも見たい。

 だが北嶋は面倒臭そうに掴まれた肩から手を払う。

「お前足手纏いになりそうだから嫌だ」

 アッサリと、更に屈辱的に断った!!

「足手纏いかどうか、これを見てから言ってくれ!!」

 北嶋から数歩下がり、深呼吸し、丹田に力を込める。

 やがて俺は丹田で呼吸した。

「神降ろしを見ろ、ってんのか?」

 北嶋の問い掛けを無視し、俺は祝詞を唱えた。

「おい、無視すんな。おーい」

 北嶋がガヤガヤうるさいが、今は集中を途切れさせる訳にはいかない………

 やがて俺の守護神が、俺の身体に降りてくる。

 集中していて、瞑っていた目を開く。

 俺の身体に神が降り、神気が竜巻のように、俺の身体を覆った!!

「ほう…」

 北嶋の目つきが鋭くなる。

「どうやらアンタの予想以上だったようだな…」

 ある種の達成感を感じ、多少満足気になる。

「予想以上っちゃ予想以上だ。だが、やはり本来の武神の力の半分程度か」

「それは認めるよ。これから修行し、より完全になる為に、御堂との戦い、見せてくれないか?」

「後学の為、ってか。まぁいいか。じゃ、運転手くらいはやってくれ」

 了承した北嶋に安堵し、神降ろしを解除する。

 ちょうどその時、桐生さんと神崎さんが慌てて家から飛び出して来た。

「今、今の神気はっっ!?」

「印南さんに降りて来たようですね!?まさか北嶋さんと喧嘩の続きを!?」

 成程、勘違いして慌てて出て来た訳か。

 フッと笑い、誤解だと告げる。

「北嶋が最硬の神から直接依頼をされたって言うんで、それに付いて行く資格があるか、見て貰っただけですよ」

「なぁんだ。良かった…………え?」

 胸をなでおろした直後、固まった神崎さん。

「最硬の武神様から直接依頼をされた?え?えええええ?」

 桐生さんも不安になったり、心配したり、驚いたりと忙しいようだ。

 俺は失礼に思いながらも、少し笑ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る