神の加護対無敵無敗

 いきなり不意を付かれた飛び蹴りを左頬に喰らい、その儘倒れ込んだ。

「くぅううう~っっっっっっ!!」

 今、漸く頭を振って立ち上がるまでは回復できた。

 できたのはいいが、俺は時の領域を発動させていた筈…

 何故こやつには通じ無かった?

 奥歯を噛み締め、いきなり現れた男を見る。

 奴は先程の才有る者と、女の方を向いていやらしく笑っている。

 隙だらけだ。

 時の領域に飛び込めて放った飛び蹴りは、偶然領域から外れていたのだろう。

 そうで無くば、俺に飛び蹴りなど大技が当たる訳が無い!!

 この神の加護を思うが儘扱える俺に、例え偶然だろうと、一撃を与えた事は万死に値する!!

 俺は最強の蛇矛を男に向かって突く!!

「北嶋あ!!」

 才有る者が、気が付いたようだが、もう遅い!!

 蛇矛は奴の頭蓋を貫き通し………

「な!!何い!?」

 確かに貫いた筈の頭蓋だが、手応え無し!?

 馬鹿な!?何故!?

 驚いている俺にゆっくりと顔を向ける男。間違い無く、蛇矛は奴を貫いてはいる。

 いるが、蛇矛は奴の頭蓋を通り過ぎていた!!

 まるで蛇矛が幻のように!!

「お前が亀の加護を使いこなせない、可哀想な程弱いカス滋郎か」

 カス滋郎!?カス滋郎だと!?

「貴様!!この俺をカス滋郎だと!?」

 凄んで睨み付けるも、俺の蛇矛を握っている手がカタカタと震えていた。

 奴は蛇矛に貫かれた儘、俺に真っ直ぐ歩いて来ているからだ!!

「貴様は一体何者………!!」

 最後まで言えず、固まった。

 奴は既に、俺の胸倉を掴み、自分に引き寄せているのだ。

「俺は北嶋。北嶋 勇。やいカス滋郎。俺はあの天パ刑事と違って滅茶苦茶強いぞ。何てったって、史上最強、空前絶後の無敵無敗霊能者だからな!!」

 振り被る拳!!

「うおおおおおおおおおお!!!」

 俺は拳の前に、亀甲の盾を顕現させた。

「取り敢えず一発喰らえカス滋郎!!」

 奴が放った拳は、亀甲の盾を通り過ぎ、俺の鼻にぶち当たった!!

「ぎゃああああああああああ!!!」

 鼻が折れ、血が噴き出す。

 男は俺を掴んでいた腕を放り投げた。

「ぎゃ!!」

 尻餅を付く俺。この俺を投げた事も驚嘆だが、そんな事よりも!!

「じ、蛇矛も亀甲の盾も通り過ぎた、だと!?」

 やはり俺の見た事は幻では無かった。

 奴には蛇矛も亀甲の盾も、無かった事のようになっている?

「万界の鏡を掛けていない…印南さん、今、北嶋さんには蛇矛も亀甲の盾も見えていないんです!!だから攻撃も防御も、意味を成さないんです!!」

 蛇矛も亀甲の盾も見えていない?それが一体何だと言うのだ!

 鼻を押さえるに忙しい俺に変わって、才有る者が代弁をする。

「見えていない………だから、何だ?」

「北嶋さん曰わく『見えないモンは無いモンだから効かない』んだそうです!!」

「なぁ!?」

「そんな無茶苦茶な屁理屈で、最硬の加護が通じないと言うのか!!!」

 才有る者より先に声に出す俺!それ程までに信じられないからだ!

「屁理屈だろうが何だろうが、お前が実際体感している事だろカス滋郎」

 今度は俺の脳天を踏みつける。

「べっっっっっっっ!!!」

 俺の顔は床に押し付けられた形となった。加護を得た俺相手にこんな真似が出来るとは……!!

 屈辱よりも、驚きの方が大きくて、何とも反応が出来ぬ!!

「カス滋郎、もうひとつ出してみろよ。時を超ゆっくりにする領域だよ」

 グリグリ踏みつける男。

 未だかつて、この様な辱めを受けた事は無い……

 怒りが俺を支配する。

 いいだろう。ならば発動させてみよう!!

 貴様が見えぬのは無いのだから通じない、と言うのであれば、貴様の仲間を領域内に閉じ込め、人質にしてやるわ!!

 発動させようとした矢先、男が叫ぶ!!

「タマ!!全開だ!!」


 ブアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


「な、何い!?」

 ゾクゾクと身体が凍える様な感覚!!

 俺は未だかつて感じた事の無い、巨大な妖気に怯んで領域を発動できなかった!!

「な、何だこの妖気!?国一つ滅ぼせるような、かなり巨大で禍々しい妖気だ!!」

「九尾狐!?本気になれば、これ程の妖気を発する事ができるの!?」

 男の仲間の才有る者と女も恐れる程の妖気!!

「やっぱビビったかカス滋郎。おい天パ刑事と桐生。タマに護られている間は大丈夫だから、そこで大人しく見物してろ」

 男は俺の髪をむんずと掴み、引っ張りあげる。

「ひっっっ!!」

「解ったかカス滋郎。お前が可哀想な程弱い、クソオヤジチキンチキン野郎だって事がな」

 男はいやらしく笑ってみせたが、その瞳には全く笑いが無く、冷酷そのものだった……!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 倉庫前で、タマが本気の妖気を発している。

「ねぇタマ、タマって時の領域を退ける能力持ってたっけ?」

――ある訳無かろう、そんな物

 そうだよね。聞いた事無いもんね。

――力が拮抗している者とのやり取りならば、妖気も領域に取り込まれる可能性があるが、今回の敵は弱過ぎる。妾の妖気に恐れをなして、自ら領域を引っ込めただけに過ぎぬのだ

「要するに『ただの威嚇』だって事よね?なんで倉庫内に入れなかったのかしら……」

 タマの巨大な妖気を屋外で発すると、周りに何か障るかもしれないのに。

――勇曰わく、『カス滋郎が動物好きだったらどーすんだ』らしい

 これまた北嶋さんらしい念の入れ方だ。呆れるやら感心するやらだ。

「まぁでも、周りに障る可能性を危惧して、私も屋外にスタンバイさせているから、全く考え無しって訳じゃないのは解るけどね」

――そう言う事だな。妾達は勇の指示に従うまで。それで問題は無かろう

「タマって本当に北嶋さんを好きよね~」

 この信頼関係。

 いつも虐待だ怠慢だと騒いでいるタマと同じとは思えない程、信頼しきっている。

――それを言うならば尚美もだろう?あんな愚か者の伴侶になると言うのだからな

 違いない、と笑う。

 戦いを見ていなくとも、何も心配していない私がここにいる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「な、何が何やらさっぱり解らないが、兎に角、御堂の全ては北嶋に通じないって事だな……」

 お?解ってんじゃんか天パ刑事。

 そりゃ俺は無敵だし、君達とは次元が違うって事だよ。

 目の前で小便漏らしそうな程ビビってるカス滋郎なんかハナクソさ!!

 満足な俺。好意には敏感に反応するのが北嶋だ。つまり俺だ。

 んじゃ、気分も良くなった事だし、そろそろ亀との約束を果たそうかな~?

 とか思っていると、カス滋郎がブルブル震え、涙目になって訴えて来た。

「ひ、卑怯ではないか……」

 ムッとしてカス滋郎の胸倉を掴み上げる。

「だれが藤木だカス滋郎!!」

 藤木よりも永沢の方が卑怯だと思うが、この際どうでも良い。と言うか、ちびまる子ちゃんはこの場に関係ない。

「ふ、藤木ってのは誰の事なのか、何が言いたいのか解らぬが…俺の武器が見えぬから通じぬ、これでは貴様が無敵なのは当然…俺の矛と盾が貴様にも見えれば、勝つのは武人たる俺なのに、貴様は見えぬというだけで……」

 何だかんだとグダグダ文句を言ってきた。

「お前都合いい奴だなぁ?お前の矛と盾は難攻不落の代物だろうに。それで勝ってきたもんだろカス滋郎よぉ?」

 自分は良くて他人はダメっつーカス滋郎。どの口で武人を名乗っているのかが理解に苦しむ所だ。

「み、見えぬは無敵と言うならば、逆もまた真なり…見えたら無敵では無いという事ではないか……?」

 カチーンときた!

「じゃあ何だカス滋郎!!見えたら俺はお前に負けるっつーのかカス滋郎チキンチキン野郎が!?」

 グイグイと襟首を引っ張っての激しい抗議だ。この俺を相手に、冗談でもそんな事を抜かすとか、本気で死にたいらしい。

「み…見えたならば俺は決して負けぬ…」

 プチプチと何かが切れて、カス滋郎をぶん投げる。

「うっっっ!!」

 情けない声を出して床にケツを付くカス滋郎を一喝する俺。

「上等だカス滋郎!!見てやるから矛と盾出せカス滋郎チキンチキン野郎!!」

 俺は胸ポケットから万界の鏡グラサンを取り出して装着した。

「北嶋さん!!挑発に乗っちゃ駄目です!!」

 慌てて止めようとする桐生だが、もう遅い。

「もう装着しちゃったわ。おら、カス滋郎チキンチキン!!御自慢の矛と盾を出しやがれ!!」

 そう言って、俺は草薙を喚んだ。瞬時に俺の手に、草薙が握られる。

「ぁぁあ~…やっぱり遅かったぁ~…」

 桐生が頭を抱え込んで反省するも、問題無い。

「矛と盾が見えた所でカスに負けるか。心配はいらんのは知っている筈だろ桐生?おらカス滋郎チキンチキン!!早く矛と盾を出せ!!」

 草薙を抜き、切っ先をカス滋郎に向けて急かした。

 守られてばかりの名前だけの武人、カス滋郎に、俺が負ける筈が無い事を、真正面から教えてやる必要があるのだ。

 カス滋郎は馬鹿面を俺に向ける。

 口をバッカリ開け、目ん玉を大きく見開き、正に馬鹿面だ。

「し、正気か貴様?俺の蛇矛と亀甲の盾を出せ、と?そ、それは折角掴んだ勝利が無に帰すという事になるのだぞ?」

 イラッとした。なんでこの俺を心配するんだ?今からケチョンケチョンにされて、更に涙目になると言うのに。

「俺の蛇矛と亀甲の盾だぁ?それは亀のモンだろが!折角掴んだ勝利ぃ?お前みたいな気の毒な程弱いカス相手なら、ジャンケンでも六万回勝負で全勝するわ!」

 草薙の峰でビスッと脛を叩く。イライラが止まらないから仕方がない。

「ぐわ!!」

 カス滋郎は脛を押さえて蹲った。つか、ぐわ!!じゃねーよ。峰で軽く叩いただけだろうが。大袈裟に脛を押さえるんじゃねーよ。

「おら、これ以上イジメられたく無きゃ、ちゃっちゃと武器出せカス滋郎!!早く出せカス!!!チキンカス滋郎早く出せって言ってんだろ!!カス滋郎チキンチキンチキンが!!因みに俺は胸の部位が一番好きなんだよ!!」

 手羽も腿も好きだけどな。つうかチキンの事はどうでも良い。いや、良くない。チキンはうまいから大事だ。

 つうか、チキンは取り敢えず置いておいて、カス滋郎が脛を押さえながら震えているが。

 ヤベェな、虐め過ぎたか?流石に暴言吐き過ぎたか?

 暑苦しい葛西やバカチン無表情、はたまた天パ刑事みたいに、そこそこ強い訳じゃないからなこのカス滋郎は。

 横目でチラッと見ると、カス滋郎はまだ震えていた。

 流石に気の毒になる。見た目40を過ぎたオッサンが暴言によって打ちひしがれる様は、見た目も内容もみっともないと思うし。

 俺は素直に言い過ぎた事を謝罪した。

「やいカス滋郎。本当の事とはいえ、言い過ぎたな、すまん。忘れてくれカス滋郎チキンチキン野郎」

 紳士な俺の謝罪。

 カス滋郎は未だに震えているが、これ以上無い程の誠心誠意の謝罪だ。

 更に謝罪を続ける。

「流石にジャンケン六万回勝負で全勝は言い過ぎた。五万九千九百九十九勝に改めるよ」

 だが、未だに震えているカス滋郎。心の傷は相当深いようだ。

「北嶋!何を挑発しているんだ!素直に御堂を捕らえろ!」

「挑発じゃないわ!謝罪だ!ちゃんと聞け天パ刑事!」

 どんな聞き間違いか解らんが、天パ刑事は俺が挑発していると勘違いしているようだ。

「北嶋さん!遊んでないで、加護の奪回をお願いします!」

「遊んでないわ!言い過ぎたから元気付けているんだろが!」

 どんな解釈間違いか解らんが、桐生は俺が遊んでいるように見えるらしい。

 と、その時、カス滋郎が目を充血させながら、ガバッと立ち上がった。

「おお!漸く機嫌を直してくれたかカス滋郎!って、目が真っ赤だぞ?いい歳こいて泣くなよカス滋郎。ああ。そうか、俺が泣かせたのか……」

 頭をボリボリ掻きながらも謝罪を続ける。流石にオッサンを泣かせたとなれば世間の目が冷たくなる。

「……俺を……ここまで愚弄するとは………舐めるな下郎!!!」

 ブワワワワワッと蛇矛が右手に、亀甲の盾が左手に現れる。

 色は矛、盾どちらも黒い。亀は黒い色なんだな。と一人納得する。

「何をウンウン頷いているんだ!!おりゃああああああああああ!!」

 カス滋郎はいきなり蛇矛を俺に向かって薙ぎる。

「いやいや、いきなりキレんなよ。小学生かカス滋郎」

 俺は蛇矛の切っ先目掛けて草薙をぶつけた。

「蛇矛に刀をぶつけるな!!粉砕されるぞ!!」

 天パ刑事が叫んだが、もう遅い。

 ガインと蛇矛の切っ先と草薙がぶつかった。

「才有る者の言う通りよ!!とはいえ、よくぞ一撃は凌いだ!!」

 草薙から俺に伝達する蛇矛、いや、カス滋郎の力を感じた俺。

 はぁ~っ、と一つ、大きな溜め息をついた。

「あのよ、もう一回同じくぶつけてやるからよ。せめてそれ見て対処してくれよな?俺は弱い者虐めは本当に好かんのだ」

「貴様!!どこまで高みから俺を見下ろせば気が済むのだ!!」

 今度は上段から振り下ろすカス滋郎。

 めっさ隙だらけだ。胴に一閃すりゃカス滋郎は終わるが、さっき言った通り、弱い者虐めは好かん。

 取り敢えずチャンスは与えよう。

 俺は、今度は蛇矛の切っ先3cmの所に草薙をぶち当てる。

 蛇矛と草薙がぶつかり、俺は蛇矛を誘導するように、草薙で下に押さえるように流した。

「二撃目も刀は砕けなかったか!!だが、三撃目はどうかな!?」

 何か知らんが、したり顔のカス滋郎。

「取り敢えず、蛇矛の切っ先を見てみろカス滋郎」

 言われて切っ先を覗き込んだカス滋郎。知れは直ぐに驚愕の表情に変わった。

「な!!何だと!?そんな馬鹿な!!」

 カス滋郎がワナワナ震え出して切っ先を凝視しまくる。

「草薙を上手く受け流さないと、今度は切っ先ちょっとじゃ済まねーぞ」

 俺は敢えて、草薙で蛇矛の切っ先3cmをぶった斬ってカス滋郎に見せたのだ。

 こんなに敵に譲歩し、優しく手の内を見せたのはカス滋郎が初めてだ。

 これも、カス滋郎が弱過ぎて可哀想だから行っている、まぁ、ボランティアみたいなもんだ。

「馬鹿な!!馬鹿な!!最強の蛇矛だぞ!!強固な岩をも一刀両断する蛇矛だぞ!!それを、あんな細い刀身で!!」

 取り乱して絶叫するカス滋郎。

「だから、草薙は硬い柔らかい関係ないから。草薙を攻略するにはだな、触れた瞬間、うまく力を逃がして……」

 って、何で俺がレクチャーしなきゃならんのだ!!暑苦しい葛西やバカチン無表情は自力でそれを行っていたっつーのに!!

 これも俺が優し過ぎる事が原因か…

 ところが、カス滋郎は本当に学習していないのか、単に取り乱したのか、それとも、技量が皆無なだけなのか、はたまたその全てか、めっっっさ隙だらけで再び振り被り、力任せに強引に蛇矛を奮ってきたのだ。

「認めぬ!!蛇矛は最強!!そんな刀などに斬られる訳が無い!!」

「折角忠告したのになぁ…」

 救いようが無い弱さ。

 もう矛は返して貰おう。

 俺は草薙を矛の刃目掛けて振り下ろす。


 パキィン


 カス滋郎が真っ青になりながら、振り下ろした儘固まった。

 対して俺は草薙を肩に担いでリラックスする。

「取り敢えず蛇矛、返して貰ったぞ」

 蛇矛の刃は真っ二つになり、宙に飛んでいた斬った刃が、漸く床にチャリーンと落ちてきた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 信じられねぇと握り固めた拳が震える。

 蛇矛を……最硬の蛇矛を刀で斬った!!

「なんだあの刀は………」

 呟く俺に、桐生さんが囁くように答えた。

「あの刀は皇刀草薙…望むなら、全てを斬る刀です……鉄でも、ダイヤモンドでも、水でも、空間でも、因果すらも……」

「鉄やダイヤモンドは理解する…水は液体だ。空間を斬るって何だ!?因果を斬るって何なんだ!?」

 興奮しながら叫ぶ。

「私にもよく解りませんが、草薙は宇宙の4大素粒子で成り立っているとか……」

 宇宙……宇宙の力!?

「そ、それが本当ならば、北嶋は宇宙を意の儘に操っているって事になりますよ!!」

 一つ頷く桐生さん。更に続ける。

「北嶋さんはそんな大それた事を考えていないと思います。ただ、斬るに便利な道具を振るっている程度としか思っていないんです。あの、全てを視る事ができる万界の鏡も、特性のある素粒子が脳に欲しい情報を与えるらしいんですが、そんな人類、いや、宇宙の宝ですら、視えて便利だって程度にしか思っていません」

「便利だから使うって!?有り難みを感じないのか奴は!!」

「道具は使ってナンボ、らしいです」

 道具だと!?

 いや、まぁ、確かに道具だが……

 改めて北嶋の凄さ、いや、素直さを感じる。

 拳の震えが益々酷くなっていく…

「おいカス滋郎。ショックを受けるのは解るがな、矛は最早力を失った。持っていても無駄だぞ」

 北嶋が言ったと同時に、蛇矛が柄すらも粉々に砕け散る。

「馬鹿な!!そんな、そんな……」

 御堂は砕けた柄を、両手を床に這わせながらかき集める。

「だから無駄だって。じゃ、次は盾だな」

 北嶋が亀甲の盾に切っ先を向けた。

「ま、待て、貴様!!俺は武器を失った!!だが、貴様はまだ刀を持っている!!これでは公平な勝負にならぬだろう!!」

 盾に身体を隠しながら、顔だけ覗かせて御堂が訴えた。

「馬鹿馬鹿しい…蛇矛と草薙の勝負は決した。貴様は負けたんだ。その事実を認めろ」

 北嶋が言った事、今は全て理解できる。

 御堂は弱い。加護によってのみ勝利する事が許される。

 武人がよくもまぁ、そんな屁理屈を抜かして命乞いができるものだ。

「見事なカスっぷりだなカス滋郎。甲良に隠れてつまんねー言い訳をすんな」

 流石に北嶋も呆れて、刀を床に突き刺した。

 ん?

「お、おい北嶋、草薙を使わないと、盾は壊せないんじゃ……」

 恐る恐る訊ねた。

 床に突き刺した草薙、まさか使わないって訳でも無いだろう?

「ふん。カス滋郎の挑発に乗ってやるだけだ。素手で盾の加護、返して貰うだけさ」

 ところが北嶋は、俺の予想と反して、全く平然と言い放った!!

「なあああああ!?なななな、何考えてんだお前!?」

 俺は流石に詰め寄ろうと踏み出す。

「動くな天パ刑事。タマの妖気に黙って守られていろ」

 足手纏いになるな、と、言った目を俺に向けて制した。

 グッと堪えた。流石に北嶋の邪魔だけはできない……

「だ、だが、どうやって盾を攻略する!?」

 流石に納得できないので、これだけはどうしても答えて貰おう。

「まぁ見てろ。盾だけなら、実はお前でも奪還できるんだよ」

 蛇矛より亀甲の盾の方が簡単だと言うのか!?

 興奮する俺に、桐生さんがそっと背中に身体を押し付けて、冷静にさせてくれた。

「落ち着いて印南さん。北嶋さんが言うなら、絶対大丈夫です」

「桐生さん……桐生さんがそう言うなら大丈夫なのか………」

「おい天パ刑事!!なんで俺が言ったら信じなくて、桐生が言ったら信じるんだよ!!傷付くだろうが!!」

 北嶋は憤慨しながら御堂に近付いて行く。何と言うか…八つ当たりでもしに向かって行っているようだ。

「は、はははははは!!まだ盾がある俺に、どうやって攻撃を入れると言うのだ!!」

 北嶋が本当に草薙を使わないと知った御堂は、いきなり強気になりながら立ち上がった。

「ふん。意味不明だなカス滋郎。仮に俺の攻撃が盾に止められたとしても、お前には攻撃手段が無いんだぞ?」

 そう言いながら躊躇せずの飛び蹴り!!

「そんな大技が通じるか!!」

 御堂の言う通り、当然北嶋の飛び蹴りは盾に止められた。しかし、全然力が入っていない飛び蹴りだが…

「飛び蹴りは間合いを詰める為だよ」

 やはりか。しかし、そんな飛び蹴りにですら、盾に隠れてやり過ごそうとは…

 接近した北嶋は、パンチを乱打した。

「うらうらうらうらうらうらうらうらうらうらああ!!」

 速いし鋭いパンチ。当然力も入っている。だが、当然ながら、その全ては弾かれた。

「北嶋!!亀甲の盾は銃弾すらも弾き返す!!ただのパンチは無駄だ!!」

「無駄打ちじゃないっ!!フェイクだよっ!!」

 忠告したら、訳の解らない返事が来た。

「ふはははははは!!流石の貴様も成す術があるまい!!」

 盾により、パンチが全く届かない御堂が余裕を取り戻し、笑う。

「だからフェイクだっつうのっ!!」

 北嶋の下から振り上げる前蹴り。それが盾の下、縁の部分に当たる。

「そんな蹴りなど!!」

「これは準備だカス滋郎!!」

 北嶋はそのまま跳ねて、今度は盾の上部に掌を当てた。

「そんな押さえる程度の掌打で!!」

 盾の影に隠れている御堂が微かに顔を覗かせた。本当にみっともない武人だな…

「狙いはこれだカス滋郎!!」

 北嶋は下部の縁に掛かっている脚を振り上げ、上部に置いてある掌をグイッと押し付けた。


 ガンンンッッッ!!!


「ぎゃああああああああああああ!!」

 御堂の額から鮮血が吹き出る。

「縁?縁で!?」

 北嶋は縁の下部を蹴り上げる事で盾を上に傾け、上部を押し付ける事で、盾を水平に近付けようとしたのだ。

 結果、御堂は盾の縁に顔面を打った。

『隠れるように』盾を使っていた御堂の自滅に近い!!

「な?お前でも盾だけなら何とかなっていただろ?」

「あ、ああ…そ、そう実戦して貰ってから気が付いたよ……」

 とは言え、それまでの北嶋の行動による結果の事実が多い。

 矛を斬り、矛の加護を奪った事によって、御堂は北嶋を完全に恐れた。

 そして無意味なように見えたパンチの乱打。

 御堂に植え付けた恐怖心を煽る為、結果、御堂は盾を隠れるように使ったのだ。

 しかし………

「まさか盾をあんな形で利用するとはな……」

 計算、いや、勘?

 兎に角、全て北嶋の掌の中にあるような感覚だ。

 場を仕切った者が勝者になる事を、改めて教えて貰った気持ちになる。

「ぎゃああああああああ!!痛い!!何と言う痛さ!!!」

 御堂は額を押さえて床を転げ回っている。『最硬の盾』だからな。かなりの硬度。そりゃ痛いだろうさ。

 北嶋はその隙に落ちた盾を奪還した。

「お前が『自ら』手放した盾の加護、確かに返して貰ったぞカス滋郎」

『自ら』を強調する北嶋。戦闘中に武器を放っておいて、額の痛みに嘆いた御堂に対しての嫌味だ。

「ば、馬鹿な事を言うな!!俺は盾を手放した覚えは無い!!」

 ハッとし、起き上がる御堂。自分でも気が付いたのだろう。『加護を放してしまった』事を。

「いや、手放したんだお前は。いくらカスでも理解できる証拠を見せてやるよ」

 北嶋がそう言った瞬間、蛇矛の破片と亀甲の盾が消えた。

「き!貴様ぁ!!俺の武器をどこに隠した!?」

 いきり立つ御堂。対して北嶋は涼しげに返す。

「何を言ってんだカス滋郎。ここにあるぞ。よく見ろ。まだ亀の加護、持っている筈だろ?」

 御堂に言い放った台詞だが、俺も矛と盾を探すように辺りを見渡す。

「気配は確かに感じるが……」

「見ろと言っても無い物は見えぬだろうが!!」

 確かに矛と盾はここに有る。だが、見えない。

 一応霊視でも視てみるが、やはり探し出せなかった。

 そんな時、桐生さんがヘナヘナと床に座り込む。

「ど、どうしたんです桐生さん?」

「あ……ああ………あります……ありましたよ矛と盾……確かに北嶋さんが持っています!!」

 桐生さんが天井を見上げて呆然として呟いた。

 俺と御堂も、そんな桐生さんに釣られて天井を仰いだ。

「…何も無いが……」

 何の変哲も無い、単なる天井。だが、御堂は蒼白になり、ガタガタと震え出した。

「馬鹿な!!そんな馬鹿な事が!!」

 何が何やらサッパリだ。

「カス滋郎はさっきまで隠れていたから解ったようだな。天パ刑事、よっく見ろ。ああ、意識レベルを遠くに離してな」

 意識レベルを遠くに?

 よく解らんが、上から見下ろせ、と言う事か?

 俺は霊視を北嶋の上部から行った。

 北嶋の能天気な頭が見える。

 言われた通り、徐々に上部に上がっていく……

「まだだな。せめて建物全体が上から見下ろせるくらいまで行けば解るさ」

 まだ?

 俺はどんどん上がって行った。

 建物全体が見える。

 ん?建物が何かの六角形の中に在るような?

「まだまだ」

 まだまだか…

 更に上がって行く………

 !!!!

 な、何っっっ!?

 確かに矛と盾があった!!あったが、到底信じられん!!

「うわっっっ!!」

 あまりの驚きで霊視をやめる。

「あっただろ?矛と盾」

 北嶋がしたり顔で俺を見ていた。

 盾は倉庫周辺を包み込むように存在し、矛がその横に聳え立つよう、天に向かって伸びていたのだ!!

 何と言う巨大さだ!!ドーム球場と同じ大きさな亀甲の盾と、電波塔と同じくらいの蛇矛!!

「亀の加護を使いこなせりゃ、ざっとこの程度のデカさになるのさ」

「お、お前が使えば加護は最大限に生かせる、って事か……」

 最早言葉も無い。

 この男の底が全く見えない…!!

 桐生さんは、北嶋と言う男の凄さを理解しているから、遠く離れての霊視を始めから行ったのだろう。

 御堂はいつも見ていた盾の裏側を、天井を通り越して見えたに違いない。

 何にせよ、御堂は腰を抜かしたのか、全く動く気配も無い。

「得意の言い訳も無しかカス滋郎。まぁ、俺が凄過ぎるだけだ。あんま気にする事は無いぞ」

 ジャリ、と御堂に向かって一歩踏み出す北嶋。

 御堂は焦点の合っていない瞳を北嶋に向け、動こうとはしなかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 あの男がゆっくりと俺に近付いて来る…俺を弱いと罵り、最硬の加護を破壊し、奪った男が……

 男が使った加護は、確かに御堂の文献にも無かった巨大な物、あれこそ、最硬の神の真の力なのだろう…

 だが…だが俺も加護を受け継いだ男!!

 確かに最硬の神は、俺に同情して与えた加護だろうが、それは紛れも無い事実!!

 自らを奮い立たせ、立ち上がり、男をじっと睨んだ。

「……初めて覚悟を決めたようだな」

 男が余裕だった表情をやめ、目つきを鋭く変貌させた。

 いよいよ本気になったと言う事か…これでは益々勝てぬ。

 だが、それでも!!

「…貴様の力は認めよう。長き御堂家の歴史の中でも、貴様程最硬の加護を使いこなせた者はおらぬ筈だからな」

 本心を述べた。俺なりに称えたつもりだ。

「だからと言って、素直に残りの亀の加護を返すって訳じゃ無いだろう?」

「俺は貴様に勝てぬ。だが、せめて一撃!!それだけが俺の望み!!」

 俺は目を見開いて気合いを入れた。

「北嶋!時を緩やかにする加護だ!御堂の最後の悪足掻き……っっっ!」

 才有る者が叫ぶのをやめる。

 俺の最後の足掻き、時を緩やかにする加護は、男を捉えた。

 男は固まったように動かなくなったのだ。

「北嶋ぁ!!!」

 才有る者が踏み出そうとするのを、手を翳して制する。

「案じなくとも、俺には矛は無い。故に男を殺す手段は無い」

 いつもならば、蛇矛を振るって終わり。

 だが、加護は奴に奪われた。

 俺は男に敗れるのだ。

 だが、せめて一撃!!一撃だけでいい!!拳を入れさせて貰う!!

 それが俺の最後の誇りとなろう!!

 男に振り翳す拳。

「この勝負、加護を得てからの俺の完全敗北…せめて一撃を冥途の土産にさせて貰う!!」

 振り下ろす拳。時が緩やかなのだ。確実に入る。

「残念だが土産は渡せん」

 パキィと何かが割れる音がし、振り下ろした拳が止められた!!

「!!時の領域すらも攻略したか…」

「攻略っつー程、大袈裟なモンじゃねーけどな」

 グイッと手を捻る男。俺の両膝が床に付く。

 その時、ヌルッとした感覚が拳に伝わった。

 血?

 だが拳は握り潰されていない。

「貴様…手のひらを怪我したのか?」

 それは男の手のひらから流れた血。

 だが、自分で言うのも何だが、俺の拳に怪我を負わせるだけの破壊力は無い。

「ど、どうやって時の領域を攻略したの?」

 女が質問する。それは俺も知りたい所だ。

 だが、才有る者は震えていた。

「み…見たか桐生さん…」

「え?ええ…北嶋さんが時の領域を攻略………」

「違うっ!!」

 最後まで言わせずに、才有る者が叫んだ。

「北嶋の身体から鮮血が噴き出て、ズタズタだった衣服が瞬間に再生されたのを見たか!?」

 ギョッとして男を見る。

 だが、ズタズタだったと言う衣服には何の損傷も無く、噴き出た鮮血とやらは痕跡が…

「!床に血の跡が!!」

 確かに噴き出た血の痕跡はあった。だが、男の身体には傷一つ無し!!

「ど、どういう事!?」

 漸く男が口を開く。

「時を超ゆっくりにするんなら、こっちは超速く移動すりゃチャラだろ」

 え?

「な、なんだって?もう一回言ってくれないか?」

 聞き間違いか?いや、恐らくそうだろう。

 超高速で移動すれば相殺だとか言っていたが、そんな事は人間には不可能だから。

「だからぁ、カス滋郎が超ゆっくりにするんだから、俺が超速く移動すりゃいい話だろ?」

 ゴーン!!となり白眼を剥く俺達!!

「お、お前本当に!?」

 才有る者が信じられぬと男に詰め寄る。

「あー。だけど超速く移動すりゃ、筋肉断絶やら粉砕骨折しちゃうからな。賢者の石でこれまた超速く再生したんだよ」

 特に絡繰りは無い、と言い放つ男だが…

「賢者の石?」

「そ、そうか!!身体のポテンシャルを極限まで使って超高速で移動した!!結果、北嶋さんの身体には負荷が物凄く掛かる!!それを賢者の石で瞬間に治したんだ!!それが噴き出た血の意味です!!」

 一人納得する女!信じられんのは俺と才有る者と二人のみか!?

「じ、じゃあ破れた衣服の意味は!?元通りになったのは、賢者の石の力だとしても、服が破れるのに理由は!?」

「そもそも賢者の石とは何だ!?」

 一気に捲くし立てる俺達。女がそれに答える。

「賢者の石とは、確か物質を素粒子レベルまで分解し、再結合させたり、結合途中に異なる素粒子を混ぜると、科学反応を起こして別の物質に変えたりする石…」

 だけど、衣服の破損は理由が解らない、と。

 賢者の石と言う宝も持っていたのは驚きだが、それ以上に、賢者の石をも自由に扱えるこの男の力に驚嘆を覚えた!!

「超速く動けば衝撃波が生まれるんだよ。服が破れたのは衝撃波の影響だな」

 俺の拳を握っていた手を放しながら平然と言い放つ。

「ソニックブームってヤツか…音速で移動したのかお前…だが待て。御堂には深刻なダメージが無い。ソニックブームを生じる程のスピードなら、触れただけで御堂は瀕死、いや、絶命まであり得るんじゃないか?」

「カス滋郎に突っ込む瞬間、賢者の石で空気を俺に向かって逆流させたんだ。だからカス滋郎は通常のダメージで済んだって訳さ」

 !!!あの何かが割れるような音は、男に向かって吹いた空圧と、男の突進力がぶつかった衝撃音だったのか!!!

 つまり、男の手のひらが血まみれだったのは、その衝撃を手のひらに集中させた結果の怪我だった!!

 だが、解せぬ!!

 俺は男に向かって叫んだ。

「貴様と俺は命のやり取りをしている敵同士!!何故敵の俺の命を助けるような真似をしたのだ!!」

 それならば、最初の跳び蹴りで、全てが終わっていた。

 何故わざわざ加護を奪い、時の領域を文字通りぶち破る事をしたのか、理解に苦しむ。

「俺が請けた依頼は加護の奪回。カス滋郎、お前をぶっ殺す依頼は請けていないからな」

 あまりの驚きに絶句した。

「北嶋!御堂は加護を使って沢山人を殺してきたんだぞ!!こいつの命を守る理由は無い!!」

 流石に才有る者が男を咎めるように詰め寄った。

 だが、正にその通り。

 俺ならば、躊躇無く奪うであろう、敵の命。わざわざ敵を生かしておく必要は無い。

 だが、男は煩そうに才有る者を手で払い退ける。

「じゃあお前は殺された人に代わってカス滋郎をぶっ殺すって言うのか?何様だお前?裁きで命を奪える程偉いのか?」

 ぐっと怯む才有る者。言わんとしている事は綺麗事だが、まさしくその通りだ。

「そりゃ、お前はカス滋郎の加護に大苦戦して死にそうにまでなったから、殺すつもりで挑まねーと逆に殺されるから仕方ねーかも知れないが、生憎俺は超余裕だったんでな。命を奪う必要も無いんだよ」

 偉く無いから殺さない…必要無いから殺さない…そして、自分は綺麗事を抜かそうが、必ず勝つから問題無い……

 俺は床に手を付き、四つん這いになる形となった。

「俺の……完全敗北だ……力や技だけじゃ無い、精神も心意気も、全てにおいて!!」

 正に完膚無きまでに負けた。

 この男の前では、一切の言い訳も出来なかった………!!

「やけに素直だな?まぁいいや。最後の加護、返して貰うぞカス滋郎」

 男は俺の首筋に手のひらを置く。

「亀、依頼は達成したぞ。ツケは早く返せよな?」

 そう言いながら、男は一気に腕を上へと引き上げる。

 俺の首から何かが抜け出る感覚。

 ふと顔を上げると、我が守護神…いや、最硬の神が男に掴まれるよう、ひっくり返って上に翳されていた!!

「うわあああああああ!!抜いたあ!?」

 才有る者は腰を抜かしたように、その場にへたり込む。

「加護まで抜けるんですか!!いや、何となく解っていたけど……」

 女が頭を押さえながら振っている。

 最硬の神…『元』俺の守護神………

 その姿、漆黒の闇に同化するが如く黒い身体。それに纏わり付くように、蛇が身体に絡み付いている。

――北嶋 勇殿…某の願いを聞き入れて下さり、感謝の言葉も無い……

 男に翳されながら、礼を言う最硬の神。

「最硬の神よ…」

――光滋郎……

 俺と最硬の神の目が合う。

 瞬間、喉が渇き、心臓の鼓動が高鳴り、俺の身体が急速に縮まっていった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 御堂が急速に『枯れて』行く!?

 まるで一瞬で歳を取ったように!!

「これは一体………?」

「カス滋郎自体、超ゆっくりに歳を重ねていたからな。加護が抜けた今、歳が本来の歳に追い付いたって事だ」

 な、成程、御堂は生き長らえているならば130歳以上。

 今、目の前にいる老人は御堂の本来の姿か…

「だが、このままでは御堂は死んでしまうんじゃないか?」

「老衰だな。大往生だ。お前がわざわざ殺さなくとも、カス滋郎はちゃんと寿命以上の年齢で死ぬ事になる」

 冷たく言い放つ北嶋。

 殺しはしないが、寿命に関しては関与しない、って事か。

 だが御堂は大量殺人犯だ。法によって裁きを受けさせたい刑事の俺も居る事も事実。

「お前の賢者の石で何とかならないのか?」

 北嶋の肉体を瞬時に再生させた賢者の石。

 聞いた話じゃ、砂を金に、水をワインに変えたりもできるらしい。

 更には不老不死にもなれると言う。

 賢者の石で御堂をさっきまでの年齢に戻し、服役させる事も可能だ。

 だが、北嶋はそれをアッサリと断った。

「俺が賢者の石に人体に関して願う事は、元の状態に戻す事だ。勿論、カス滋郎の細胞全てを変換させて、ジジィカス滋郎からさっきの状態に戻す事も可能だが、人体は在るべき姿で充分だっつーのが持論だしな」

 更に桐生さんが続けた。

「北嶋さんに霊が視えるように賢者の石に願って欲しい、と頼んだ事があったんです。だけど、それは人体のパワーアップになるからやらん、と断わられてしまって…」

 破損した組織等は治すが、それ以上の事はしないと言う訳か。

 桐生さんが言った『霊が視える状態』ってのは、視覚よりも右脳の役割が大きい。

 北嶋が視えるよう願えば、右脳に手を加える事になる訳だが、在るべき状態にする事に意義を見出している北嶋は、それを良しとはしなかった、って事か……

 人体を進化させるのは、神の領域。

 人間の自分に、其処までの権限は無い、と決めているのか…

「賢者の石は、確かにお前が持つに相応しい宝だな」

 本心でそう思う。

 北嶋なら、賢者の石を含めた三種の神器を、悪しき野望には決して使わないだろう。

 そこが、あの人類、いや、宇宙の至宝とも言える三種の神器が、何のストレスも無く扱える理由の一つだろう。

「…おい亀、カス滋郎が何か言いたそうだぞ」

 北嶋に言われて御堂の口元を見ると、確かにパクパクと力無く口を開けたり閉じたりしていた。

――光滋郎…今のお主の状態が本来のお主の姿…某が戻った所で先程の姿には戻れぬ…

 漸く降ろされた最硬の神が、悲しそうな表情をしながら御堂を見ている。

 人殺しの悪党とは言え、加護まで与えた守護するべき人間。

 最硬の神も心が苦しいのだろう。

「ちゃんと聞け亀。そんな事をカス滋郎は言ってないぞ」

 言われて、場に居る者達が、耳を澄ませる。

「……………………スマナカッタ……………」

 辛うじて聞き取れる程の、か細い声での謝罪。

 加護を与えて貰い、やって来た事は犯罪。

 それに対する謝罪だろうか?

――光滋郎、お主がそう成ったのは某の責任…某が無闇に加護を与えていなければ、お主も其処まで堕ちなかった筈…

 最硬の神も自分の罪と感じている様子だ。

「違う。そんな事で謝っているんじゃない。ちゃんと聞け亀」

 だが北嶋は、厳しい表情で最硬の神を見ながら言い放った。

 皆が言葉を聞き取ろうとし、静寂が場を支配する。

「……………スマナカッタ…………ヨワクテ…………スマナカッタ…………」

 弱くてすまなかった。

 それは、武人として、人間としての弱さ。

 自分が弱い故に最硬の神は加護を与えてしまった。

 自分が弱い故に最硬の神が苦しんだ。

 御堂は残り少ない余命を、その言葉を最硬の神に伝える為に、必死に死から耐えていたのだ。

 最硬の神の目から涙が流れる。

――光滋郎!!お主は悪くはない!!悪いのは安易に加護を与えた某!!お主の尻を叩いて、鍛錬を続けさせるのが某の本来の使命だった筈なのに………!!

 それをせずに、加護を与えた最硬の神。

 弱いと嘆いて、鍛錬に明け暮れた時もあったのだろう。

 それでも結果を出せなかった御堂を憐れんでの親心だった。

 それを悔い、最硬の神も泣いているのだ。そして、御堂が本心ではそう思っていた事を喜び、泣いているのだ。

 そして御堂は北嶋に目を向ける。


「…………………セワニナッタ…………」


 最後に微かに頭を下げて、御堂は動かなくなった。

 最早そこにあるのは、身元不明のミイラ化した老人の遺体のみ。

 御堂 光滋郎は…

 最後の最後に弱さを認め、倒した者に感謝の言葉を言える、本当の武人となって逝った。

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