後始末と対価
タマが耳をピクピクさせて妖気を抑える。
――む、終わったようだな
「そのようね。御堂の気を感じない」
加護を抜かれて寿命が来たのだろう。
先程まで感じていた御堂の気が全く感じなくなった。
――まぁ、あの程度の臆病者、勇の敵にはならぬだろう。最硬の神の加護がかなり厄介だっただろうがな
タマが倉庫の方に歩みを進めた。その横に私も並ぶ。
蛇矛と亀甲の盾は、草薙で攻略するだろうが、時を緩やかにする加護をどう攻略したのかが気になる所。
まぁ、北嶋さんの事だし、私達の想像を超える攻略をした事は間違いない。
ここであれこれ考えるよりも、本人に直接聞いた方が早い。
――ところで最硬の神だが、四柱目になるのか?
「うーん…私としてはお願いしたい所だけど、最硬の武神様のお気持ち次第になるわね」
今回の依頼の対価として、北嶋さんの守護柱にお願いする事も可能だが、それは北嶋さんは良しとしない筈。
こーゆーのは縁だから。対価とかじゃないから。と、言ってくる可能性は100%だ。
「全く面倒な人よね~。さっ、早く行こ、タマ」
私達は急ぐように倉庫に入って行った。
結構な広いさの倉庫内、北嶋さん達の姿は簡単に発見できた。
そこに駆け寄る私達。
「お疲れ様、北嶋さん」
ポンと北嶋さんの背中を叩く。
「疲れてねーっつーの」
北嶋さんは私が着ていた上着を無理やり剥ぎ取った。
「ちょ、ちょっと?」
「また新しいの買ってくれ」
そう言って、老人のミイラに上着を掛けた。
「……この人が御堂 光滋郎?」
「あー。最後にカス滋郎からプチカス滋郎にちょっとだけランクアップしたからな。上着を掛けたのは敬意だ」
敵とは言え、骸は晒したくないのだろう。それに足る出来事が、最後に御堂 光次郎に起こったたのだろう。
こんな所も北嶋さんらしい優しさだ。
「うん。新しいの買ってね?」
笑いながら言った。
「じゃ、給料上げてくれ」
「あらダメよ。今度からは給料じゃなくお小遣いになるんだし」
「つまり5万円は据え置きかよ……」
ズーンと頂垂れる北嶋さん。
心情としては上げたい気持ちもあるが、パチンコで増やしちゃうから、お金には困って無いから、いいかな?とか本心で思った。
「尚美、ごめんね」
「神崎さん。すまなかった」
生乃と印南さんが、私の前に出てきて、いきなり謝罪する。
「え?何が?」
訳が解らずキョトンとする。
「いや、神崎さんの車なのに、置き去りにしてしまって……」
「単独行動を止めるのが私の役目だったのに、印南さんに同調しちゃってごめん……」
生乃と印南さんは本当に申し訳無さそうに頭を下げる。
「あ、ああ……大丈夫大丈夫、気にして無いから」
両手を広げてブンブンと振る。
「お前等神崎だけじゃなく、俺にも謝れよっ!!」
その様子を見て、いきり立つ北嶋さん。
「え?あ、そうですね。忘れていました」
「なにかお前の手のひらから出ていないような気がするから、謝罪はしたく無いなぁ……」
笑いながら頭を下げる生乃と印南さん。
「お前等俺が来なきゃ死んでいたっつーのにっ!!帰りに飯くらいおごれよ天パ刑事っ!!」
「ああ、旨いモン食わせてやるから、そんなに怒るなよ」
やはり笑いながら返す印南さん。
その時、最硬の武人様が、北嶋さんの前に出て、深々と頭を下げた。
――北嶋 勇殿。某の守護せし者に、骸を晒さぬと言う気遣い。感謝の言葉も無い
「あー。上着は神崎のだから礼はあっちに言え」
北嶋さんがツイッと私に親指を向ける。
――神崎 尚美殿…誠に忝ない。以前は深夜に申し訳無かった
「御礼なんてとんでもない!!加護を取り戻せて良かったです」
逆に恐縮して、カウンターの如く礼を返した。
――そう言えば報酬の事だが、某にできる事があれば何なりと申し付けて頂きたい
報酬か…チラッと北嶋さんに目を向ける。
「神崎が決めてくれ。承ったのは神崎だしな」
北嶋さんは何でもいいと言った様子。ならば駄目元で、と口を開く。
「実は私達は来るべき戦の為に、神を四柱集めておりまして…残るは一柱だけなのですが、最硬の武神様に北嶋さんの守護柱になって頂きたい、との願いは可能ですか?」
もう直ぐ…もう直ぐでリリスとの全面対決がやって来る。
私達に残された時間は僅かしか無い。
そして、それは決して敗北してはならない戦い。
最硬の武神様に最後の一柱になって頂ければ、かなり心強い。
私は真剣に、真っ直ぐと武神様を見てお願いした。
――北嶋 勇殿に仕えよ、と申す訳か……だがしかし……
最硬の武神様は北嶋さんを見た。
――北嶋 勇殿には某の加護など必要とせぬ強さがある。何より、勇殿が某を必要としているか否か、をお聞きしたいのだが………
私達は一斉に北嶋さんに目を向けた。
「な、なんだお前等?」
ジリジリと後退する北嶋さん。私達が徐々に詰め寄って行っているからだ。
――勇、妾は貴様の強さをよく知っておる。おるが、銀髪銀眼の魔女との戦いには、強き者が多ければ多い程良いと思うのだ
「何かヤバい奴とやり合うつもりなら、俺も微力ながら手を貸す。それに、仲間は多い方がいいだろうしな」
「北嶋さん。北嶋さんは絶対負けないと信じていますが、尚美をより安心させてあげてくれませんか?」
「魔界の七王との戦いには最硬の武神様の力は頼もしいと思うの。北嶋さんが良いと言ったら解決なのよ」
誰しも北嶋さんが敗れるとは思っていない。いないが、心配なのは事実だ。
「ん~…確かにもうそろそろだが…報酬に仲間になるってのは違うだろ?」
ガクッとし、溜め息を付く私達。
北嶋さんは仲間を何かと取引で得ようとはしない。
しないから解っていたけど、少しは私達の心配も心に留めて欲しいと思った。
そんな困ったような空気の中、北嶋さんが更に続けた。
「亀、報酬云々で加護を『雇おう』とする気は無い。だからお前の気持ち次第だ。仲間になりたいなら歓迎するが、対価としての仲間ならいらん」
――それは某が決めよ、との事か?
「お前もさっき言った通り、俺には加護はいらん。だが、『ある事情』でお前クラスの神が必要なのは事実だ。しかし対価としての仲間は必要無い。必要なのは、駆け引き無しの序列無し、横一列としての仲間だ」
つまり『仕方無く』仲間になるのなら要らない、って事だが、神様を相手に、何と偉そうな事なんだろうか……
内心ハラハラしている私の身にもなって欲しい。
私がドキドキしていると、いきなり最硬の武神様が頭を下げた。
――北嶋 勇殿……貴公の想い、実に心に染み入った!!報酬として某を取り込めば簡単に済む話を、そんな某ならば必要無しと!!真の仲間ならば必要だと!!永きに渡り、数々の武人に加護を与え、導いて来た某には目から鱗の想い!!
場に居るみんなが静かになる。
御堂家に仕える前にも、数多の武人に仕えていただろう最硬の武神様。
敬いの対象として、はたまた御堂 光滋郎みたいに利用される対象として接して来た人間は数多いのだろうが、全てイーブンな関係を主張して来たのは北嶋さんが初めてなのだろう。
感動すら覚えて、震えているのが解った。
――勇殿が望むならば、某は全力を以てこの力、振るわせて頂こう!!某を勇殿の末席に加えさせて頂きたく候……
「そ、それは北嶋さんの守護柱になって頂けるって事ですか!?」
思わず大声を出す。
最硬の武神様は私にも恭しく頭を下げた。
――奥方様、勇殿に仕えるは某の望みなれば…奥方様からも、是非にと勇殿に口添えして頂けたら有り難いのですが
奥方様?奥方様って!!
まだ奥方様じゃないけど、奥方様ってっ!!
私は固まりながら微妙に笑った。俗に言う愛想笑いだった。
北嶋さんがグイグイと私の肩を抱き、超ご機嫌になりながら言う。
「亀!!お前はなかなか見所があるなぁ!!奥方様かあ!!ウンウン、そうかそうか!!ハッハッハッハァ!!」
この人の単純さに救われる事はしばしばだが、今回もそうなった。簡単にOKしちゃったのだから。
「さ、最硬の武神様、き、北嶋さんもこの様に仰っておりますので…どうか頭を上げて下さい…………」
恐縮するやら、何か照れくさいやらで訳が解らなくなる。取り敢えず、早く頭は上げて貰いたい。
――奥方様が仰られるのであれば!!
キリッとして頭を上げる最硬の武神様。
だから奥方様って!!
かなりくすぐったい気持ちになるので、やめて頂きたいと、後で訴えよう、と心に誓った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「さて、かなりご機嫌になった俺だが、まだ仕事残ってんだよな」
ニヤニヤしていた北嶋から笑みが消え、そして俺に向かって歩いて来る。
「何だ?」
「お前、カス滋郎の遺体、どうするつもりだ?」
……確かに、このまま遺体を放置する事はできない。
しかも所有者がハッキリしている倉庫。騒ぎ立てるのも得策では無い。
刑事の俺が不法侵入はマズいしな…
何より、ここで起こった出来事は署内の誰にも信じて貰えないだろう。
なんで倉庫に勝手に侵入して老人の遺体を見つけた?と、いらぬ勘ぐりをされるだけだ。
秘密裏に遺体を運んで埋葬するか?
……死体遺棄事件になりそうだな…
ふと北嶋に目を向ける。
俺が困っている最中、北嶋がどこかへ電話を掛けていた。
「おー俺だオッサン。終わったぞ。後何とかしてくれよ。約束通り、有望な奴紹介してやっからさ。今代わるわ」
北嶋はスマホを俺にツイッと差し出した。
「………?」
意味が解らずに電話を代わる。
「もしもし?」
『君が印南君か。早速で悪いが、報告をしてくれないか?』
何だこいつ?いきなり……
「報告って何の報告だ?誰だお前?」
名も名乗らずに高圧的な態度。きっと碌でも無い奴に違いない。
『これは失礼。私は菊地原と言う者だ』
「その菊地原に何を報告しろと言うんだ?」
まるで警察のような物言い。
俺の刑事の勘が言っている。
こいつは油断してはいけない相手だと。
『何を言っているんだ?…ああ、もしかしたら、北嶋君が何も言って無いのか?ああ~…彼の事だからなぁ…』
電話向こうで困った真似をするとは、益々胡散臭い奴だ。
「アンタの素性が解らない今、俺が話す事は何も無い」
『待て待て待て!私は警察だよ。警視総監の菊地原だ。まさか公安の刑事の君が名を知らん訳じゃあるまい?』
フッ、言うに事欠いて警視総監だと?
笑わせるぜ、警視総監の名は菊地原だと言うのに。
「…………………………今……なんと?」
『だから、警視総監の菊地原だと言っただろう」
「…………………………北嶋、お前……警視総監と繋がりがあるのか?」
まさか、と思い、恐る恐る尋ねた。
「菊地原のオッサンはクライアントの一人だ」
「警視総監の菊地原さんは、心霊、怪奇事件でお世話になっています」
「け!!けけけけ!!警視総監んんんっ!!!!」
思わず声が裏返り、相手には見えないと思いながらも敬礼してしまった!!
『ふう、どうにか信じて貰えたようだな。では、御堂 光滋郎の報告をお願いしようか?』
「は、はっ!!」
俺は生まれて初めて、自分が何を言ったのか覚えていない程に緊張しながら報告を述べた。
「おい天パ刑事、電池無くなるだろ。早く終われ」
北嶋が後ろでそう騒いでいたが、そんな事など気にする余裕なんか無かった。と言うか、お前、事前に話してくれよ…
『そうか。ご苦労だった印南刑事。御堂 光滋郎の遺体は、本庁の特殊心霊調査部隊が回収し、埋葬しよう』
「はっ、了解しました!!」
警視総監がこんな話を信じたばかりか、後始末までしてくれると言う。
少し信じられん気もするが、これも警視総監が北嶋のクライアント故の結果だろう。
ん?
「特殊心霊調査部隊?」
全く聞いた事の無い部署名が出てきたような…?
『ああ、忘れていた。君は本日を以て私が指揮を取る、本庁公安部特殊心霊調査部隊に異動だ。君はなかなかの霊力の持ち主らしいな?できたばかりの部隊だが、君の力を充分に発揮できる場所だ。やってくれるな?』
警視総監の直々の部隊!?
「そんな部隊があったのですか!?」
驚き、聞き返した。
『つい最近、極秘裏でな。北嶋君はたまに依頼を請けてくれない時もあるからね。まぁ、今はサイコメトリーでの現場検証程度の事しかできないが、君なら戦闘も可能だと北嶋君から推薦があってね』
北嶋が俺を特殊部隊に!?
思わず北嶋に目を向ける。
「おい天パ!電池無くなるってば!早く終われ!」
この、スマホの電池の心配ばかりの北嶋が、俺を推薦してくれていたとは!!
「北嶋、すまない」
感謝し、頭を下げる。
「悪いと思ってんなら電話終われよ!!」
北嶋は、俺が頭を下げた理由を、長電話の謝罪と思っていたようだが、俺は本当に胸が熱くなった。
北嶋の優しさに触れて…
『後ろで北嶋君が騒いでいるようだから、そろそろ終えるとしよう。遺体を運ぶ隊員が来るまで待機してくれ。その後北嶋君の車をちゃんと返すようにな』
「了解しました!!」
漸く電話を終えて、北嶋に返す。
「あああ!電池無くなりそうじゃねーかよ!」
憤慨している北嶋。
「北嶋、特殊部隊への推薦、本当にありがとう」
俺は再び礼を述べた。
「あー。菊地原のオッサンの心霊部隊の事か?あそこは素人に毛の生えた程度の人材しかいないから、丁度いいかなと思ってな。それに、あそこなら修行を続けながらポリやってもいい部署らしいし」
修行を続けられる事は、本当に有り難い。
そこは俺にとって必要な場所になるだろう。
北嶋に感謝してもしきれない。
「だからお前、豪勢な晩飯おごれよな?」
「晩飯で借りが返せるとは思えないが、勿論、好きなモンを腹いっぱい食ってくれ」
「おごりなら遠慮は全くする気は無い」
清々しい程キッパリと言い切る北嶋。
…後でATMで金下ろして来なきゃならないかもしれない…
それから1時間後、特殊部隊が御堂の亡骸を回収し、俺達は倉庫から出る事ができた。
そして北嶋の家に、乗ってきたBMWで向かっている。
北嶋は婚約者とアルファロメオで俺達の前を走っている。
「終わりましたね」
桐生さんが可愛らしい笑顔を向けながら、安心しきった様子で言った。
「ええ。全て終わりました。とは言っても北嶋の力でですがね」
苦笑しながら返事をする。
「北嶋さんは全てにおいて別格ですからね。強いし優しいし……」
「桐生さんが惚れていた理由も解ります」
「え!?た、確かに好きだったけど、今は諦めたと言うか、憧れと言うか………」
しどろもどろになる桐生さん。
「じゃあ俺にもチャンスがあるかな?」
「ち、チャンスって?」
今言うべきか解らないが、今を逃すと、今度はいつ連絡を取れるか解らない。
「桐生さん、桐生さんがくれた勾玉、本当に有り難った。桐生さんが御堂の矛から俺を守ろうと飛び込んでくれた時、俺は本当に苦しかった」
呟くように言う台詞に、桐生さんは黙って俺の顔を見ながら聞いてくれていた。
「俺は弱い。新しく配属された部隊では、修行しながら刑事が続けられると言う。だから、俺が強くなったら、桐生さんを守れる力が付いたと確信できた時が来たなら、俺と付き合って貰えますか?」
言った。
昨日初めて会ったばかりの女性に、言った………
だが、言わないと後悔は絶対にするだろう。言わずに後悔するより、言って玉砕した方がマシだ。
チラリと桐生さんに目を向ける。
桐生さんは俯きながら、耳まで真っ赤に染めている。
「……強くなるまで待つのは嫌です」
「え?だが俺はまだまだ北嶋に及ばない。桐生さんの想っていた俺は北嶋なのでしょう?」
北嶋が理想ならば、俺は全然だ。
あ、そうか、俺が傷付かないように、上手く断りたいのか。
「だから、だから一緒に強くなりましょう。待つ必要は無くなります」
やはり真っ赤になりながら俺に真っ直ぐ顔を向ける桐生さん。
「……そうですか、一緒に……ん?」
待つ必要は無い? まさかと思い、恐る恐る聞いてみる。
「それは、OKって事ですか?」
「………………………………………ハイ………!!」
凄く真っ赤になり、再び俯きながら、小さな声で、しかしハッキリと答えた桐生さん。
思わず電話を掛けた。
『なんだ天パ?』
「北嶋あ!!桐生さんが付き合ってくれるってさあ!!うおおおおおおおおおお!!俺は幸せ者だあああああああああああ!!!」
『お前運転中に携帯とは、とんだ不良刑事だな。チクられたく無きゃ、晩飯はフグだぞ』
「フグでも蟹でも何でも食え!!全部おごってやる!!うおおおおおおおおおおおお!!やったぁ!!俺はやったぞおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
喜び、絶叫する俺を、困ったような、嬉しそうな顔で見る桐生さん。
その顔は、やはり耳まで真っ赤に染まっていた。
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