縁と責務と殉じる心
亀の社が完成し、神体を置いてから3日後、家でマッタリ寛いでいた最中、ピンポーン、と呼び鈴が鳴る。
「神崎ー。客が来たぞー」
呼ぶと台所からパタパタと神崎がやって来る。
「洗い物しているんだから出てくれたっていいでしょ!!」
「見ての通り忙しいんだよ」
俺は今、新聞の4コマ読んだり、煙草を吸ったり、お茶を啜ったりと超多忙なのだ。
来客の対応など行っている暇は無い。
「もの凄ぉく暇そうに見えるのは気のせいなのかしらねっ!!」
プンスカ怒りながら玄関を開ける神崎。
「あれ?いらっしゃい!入って入って!」
なんか弾んだ声になり、家に客を通す。
誰が来たんだと首のみを廊下に向けた。
「よぉ北嶋。一週間ぶりか?」
来客は天パバリバリの天パ刑事、印南天パ、もしくは天パ印南だった。何か爽やかに手をシュタッと上げて笑っている。
「来るなら5日前に来いよなぁ…」
そしたら工事手伝わせていたのに、と思いながら、更に首を廊下に向けた。
「おはようございます北嶋さん」
天パ印南の後ろから顔だけ覗かせて手を振っている桐生。
「桐生も来たのか。つか、何だその九官鳥は?」
九官鳥は桐生の肩から天パ印南の肩に飛び乗り、俺に向かってギャーギャーと喚いた。
ふと足元を見ると、タマが低く身構えて威嚇をしている。
「九尾狐と喧嘩するなよ。洒落じゃ済まなくなる」
天パ印南は九官鳥を、手を翳して制した。
「お前九官鳥飼ってんのか?」
九官鳥の前に顔を向け、「オハヨー、オハヨー」と真似させようと頑張りながら訊ねた。
「九官鳥じゃないわ。八咫烏よ」
神崎の注釈だが、八咫烏?はて?カラスの仲間か?
「
神獣?バカチンの雉みたいなもんか?
とは言え、そんなのに興味が湧かない俺は、天パ印南が持っている、綺麗に包装された箱に思考がチェンジする。
「八咫烏は三本足で、太陽の使徒とも言われ、神格化もしているのよ。印南さん、八咫烏を仕えているなんて、凄いです!」
神崎が感動してキャーキャー言っているが、カラスよりも包装している箱に夢中の俺。中身によってコーヒーかお茶か、どちらかになるのだから興味を覚えない方がどうかしているだろう。
「いや、生乃と遠出した先に、朽ち果てた無人の神社があって、ちょっと覗いたらこいつが居たんですよ」
天パ印南が照れ臭そうにニヘラニヘラしているが、包装している箱の中身を推理する。
天パは甘い物を欲し無さそうだから、煎餅か?ならばお茶が合う。しかし、桐生がお土産をチョイスしたのなら、甘い洋菓子系だろう。ならばコーヒーだな。問題はどっちが土産をチョイスしたかだが………
ん?
「生乃?」
今、天パ印南が桐生を名前で呼び捨てにしたような?
「私は見つけただけです。手懐けたのは、洵さんですよ」
そう言って頬を染める桐生。うむ、やっぱ可愛いな。
ん?
今、洵さんとか言わなかったか?
何故か動揺した。包装された箱の中身が、頭から少しばかり外れると言う失態までしてしまう程に。
「へぇ~!流石古代神が守護神ですね!」
俺の何か解らない動揺を無かったようにはしゃぐ神崎。
更に九官鳥が偉そうに胸を張ってギャーギャーと騒いでいた。
「お、お前等ギャーギャーそんな間柄ギャーギャーギャーギャー達はまだ名ギャーギャーギャーギャーギャーギャー!!」
九官鳥がギャーギャーうるせーので、俺の言葉が全て遮られる。
タダでさえ、天パ印南に先を越された気分なのだ。
いつもなら絶対しない。絶対しないよ?
小動物を、それも余所様のペットなら尚更しないよ?
しないけど、今の俺はしてしまう。
「ギャーギャーうるせーんだよ九官鳥!!」
ビターン!!と、天パ印南の肩に乗ってる九官鳥を叩き落とした。
バシーン!!と床に強打して、ギャ―――――ス!!!!と、断末魔に似た悲鳴を挙げた。
「うわあああああああ!!!何すんだお前っ!?」
天パ印南が包装された箱を放り投げて、九官鳥の介護に回る。なんて事しやがるんだ!!ケーキ系なら、ぐしゃぐしゃになるだろうが!!
「北嶋さんっ!?いきなり酷いですよっ!!」
桐生が俺を押し退けて天パ印南と共に九官鳥を介護する。
「いきなり暴力奮うんじゃないわよっ!!」
神崎のリバーブローがヒットし、俺は「くはっ!!」と身体がくの字になった。
追撃宜しく、打ち下ろしの右がテンプルにヒット!!
「か、神崎…いつの間に、そんな高度なコンビネーションを……」
俺は神崎を見上げながら、そのまま床に倒れ込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「おい!しっかりしろ
床に叩き付けられた儂の身体を、揺り動かさずに優しく包み込む主の洵。
「大丈夫?ねぇ?大丈夫?」
涙目になりながらも言葉を必死にかける、もう一人の主、生乃。
二人共大袈裟じゃのう。儂は八咫烏。たかが人間に叩き付けられた程度じゃあ死なんのじゃあ…
フラフラになりながらも立ち上がる。
真正面に、儂を叩き付けた罰当たりな人間が、苦悶の表情をしながら横たわって、その間抜け面を儂に向けていた。
――のぅ人間…神の使徒たる儂を叩き落とすとはのぅ…余程命が要らんと見える!!
嘴で人間の目を突こうとした儂の前に、人間を護るように九尾狐が飛び出して来た。
――退け狐。それとも、儂とやり合うつもりかのぅ?
――こんな馬鹿者でも妾の主人。手を出すつもりならば、先に貴様を殺すまでよ…
成程、流石は伝説の国滅ぼしの大妖、白面金毛九尾狐。
聞きしに勝る妖気よのぅ。
並の神獣、霊獣ならば、九尾狐の敵にはなれん。
儂が本気を出してやっと勝てるか否か、って所かのぅ。
だが……誰も訪れぬ、朽ち果てる寸前の神社から、儂を家族にと連れて来てくれた二人の願いじゃあ。
九尾狐と喧嘩はできんのぅ。
嘴を逸らせて、戦う意思はないと示す。だが、警告は伝えて貰おうかのぅ。
――貴様の主人に言ってくれんかのぅ?今後儂を叩き落とす真似をしたらば命は無い、とのぅ
九尾狐も妖気を抑え、床に座った。
敵意を解いた、と言う証明じゃ。
――あの馬鹿者に話が通じると思っておるのか?
呆れ果てた顔の九尾狐。
儂は理解した。
――おんしゃあ、余程酷い目に遭っておるんじゃなぁ…
――叩き落された貴様など、全然マシな方だと心得よ
九尾狐の表情は、それはそれは本当に可哀想な物そのもの。
儂は九尾狐に、生まれて初めて同情と言う感情を覚えた。
――辛ろうなったら儂で良かったら話は聞くけぇ。のぅ?
――まさか八咫烏に不遇を同情されるとは思わなんだ…
儂は九尾狐と共に、部屋の端に移動した。
九尾狐は、初めて会った、基本的には敵である神獣の儂に、涙ながらに今までの虐待を訴えた。
聞けば聞く程気の毒な話…
儂は基本的には敵である妖怪の九尾狐の不遇を、涙無くして聞く事は出来なかったんじゃぁ………
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
フラフラになりながらも九尾狐と談笑(?)中の天昇。どうやら大事には至っていない様子。
安堵し、婚約者のコンビネーションで、床にぶっ倒れている北嶋の腕を引っ張り、起こす。
「八咫烏をぶっ叩く命知らずが、こんな身近にいたなんてな」
「九官鳥がギャーギャーうるせーからだろが。ったく、ウチはペット厳禁だっつーのに!!」
自分は危険極まりない九尾狐を堂々と飼っていると言うのに、勝手な奴だ。
苦笑しながら北嶋に土産を渡す。
「クッキーだ。俺はよく解らないが、有名店で人気商品らしい」
「天パ印南!!手ぶらで訪ねて来ないだけでも、俺の中じゃ暑苦しい葛西より上位に着いたぞ!!神崎、コーヒー淹れろ!!」
北嶋は急いでテーブルに着き、ビリビリと包装を破る。
「全く意地汚いわね…生乃、印南さんも椅子にどうぞ。キリマンジャロでいいですよね。」
軽く笑いながら台所に引っ込んで行く北嶋の婚約者。
「お前の判断基準は土産次第なのか?」
椅子に腰を下ろして北嶋の正面に陣取る。
「失礼な!旨い食い物次第だと言え!」
「同じじゃないか」
呆れを通り越して笑ってしまう。
そして、生乃がチョコンと俺の横の椅子に座った。
「そのクッキーは私が選んだんですよ」
ニコニコ、ニコニコと北嶋の食いっぷりを見て笑う。
「だろうな…モグモグ…天パは甘い物に興味無さそうだからなぁ…モグモグ…俺の推理は合っていたと言う事だな…モグモグ…」
「ところで、今日来たのは、これを視て欲しいからだ」
俺はバックから古びた薙鎌を取り出して北嶋に見せた。
「モグモグ…お前…モグモグ…農家でもやるのか?」
「洵さんは今、菊地原さんの元に居まして、その菊地原さんの指令で、全国の県警を回っているんです。ついでに全国の心霊事件の資料を集めるように言われていまして…」
「菊地原のオッサンの指令ねぇ…モグモグ…素人が無闇に心霊、怪奇現状に首突っ込まないように、わざわざ天パ印南を紹介したんだがなぁ…モグモグ…」
確かに警視総監は素人だ。故に心霊、怪奇事件は北嶋やら、他の霊能者に依頼をしている。
だが、如何に心霊事件でも、警察が関与しなければならない事件は山程ある。
御堂の事件もそうだ。
人が死ぬ殺人事件を、悪霊が殺しました。だから警察では無理です。とは言えないだろう。
それ故の特殊部隊なのだが、まだ発足したばかりの組織。
圧倒的に、『使える』人材が足りないのは事実だ。
そこで特殊部隊で一番霊力の高い俺が、全国の県警から霊力を持つ警官をスカウトする仕事を与えられた訳だ。
心霊事件の資料は、警視総監よりも俺が欲しかったから仕事に組み込んだ。教育資料にもなるからな。
「途中、朽ち果てた神社やら寺やら発見した時には立ち寄ったりしてな」
障りがあるならついでに対処する為だが、生乃を連れて出掛けた先の神社に天昇が居た訳だ。
俺と生乃は天昇を説得し、仕える事に成功したんだが、一昨日、例によって朽ち果てた神社を発見し、探索した所、腐りかけの木箱の中に、この薙鎌を発見した。
障りは無い。感じたのは、神気。
何かの神具かと思い、生乃に電話した所、凄い物なのには間違い無いが、それが何かは解らない、と。
ならば、と天昇にも聞いたが、見た事はあるような気がするが、遥か昔の事で、よく覚えていない、との事。
「だからこれが何なのかを、お前の鏡で視て欲しい訳なんだ」
生乃は鞄から封筒を取り出して北嶋に差し出す。
「何だコレ?」
「依頼金です。北嶋さんにタダで仕事をさせる訳にはいきませんので」
俺と生乃は同時に北嶋に頭を下げた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「金は取り敢えずいいから、ちょっとその鎌見せてくれ」
封筒を寄せて鎌を取り上げると、天パ印南が不安そうに話し掛けてきた。
「鏡を掛けて見てくれないのか?」
「いや、この鎌の柄が…何か見覚えがあるんだよなぁ。しかもつい最近…」
マジマジと見ると、鎌は錆びてポロポロ零れていたが、柄は新調されているよーな、そんな感じだ。
「つい最近見た?」
桐生の問いに頷き、続けた。
「柄だけな。ってか柄そのものじゃないな………ん?あああ!」
バン!と机を叩き、立ち上がる。
「いきなりどうしたんだよ?」
「脅かさないで下さいよ北嶋さん」
天パ印南と桐生が俺を非難するも、耳に入っちゃいない。
シュタッと鏡を掛けて鎌を見る。
「やっぱり!!どおりでつい最近見た感じがした訳だ!!」
一人興奮し、天パに促した。
「裏山に新しい神体置いたから、そこ行け!行けば解る!」
「神体?裏山のどこだ?」
あー。そういや天パは俺の裏山を知らなかったか。
「あーっと…説明面倒だから、タマ、お前案内してやれ」
――仕方無い、付いて来い
タマは面倒そうに立ち上がると玄関へと歩いて行く。
天パ印南と桐生、それに、さっきの九官鳥…鏡を掛けたらめっさデカくなったカラスだった。まあ兎に角、奴等はタマを慌てて追いかけた。
「コーヒー入ったわよ…あれ?生乃と印南さんは?」
コーヒーを持って来た神崎は、天パと桐生がいない事を不思議に思ったのか、キョロキョロと周りを見ている。
「裏山の亀ん所だ」
お盆からコーヒーを取り、ズズッと啜る俺。
「最硬の武神様の所?」
俺の横に座り、自分の分のコーヒーを取りながら訊ねる。
「亀が恩返しみたいな事したんだよ。いや、お前の気紛れが思い出させたのかもしれないがな」
「気紛れって何?それに、この鎌は?」
神崎はボロボロの鎌を取り、それを視た。
「…神気が宿っているわね…消えそうだったけど、柄を新調して復活した感じ…」
「正にそれだ。多分元々は神社に隠されていた物だろうが、無人になって誰も手入れしなかったから鎌と一緒に神気も消えそうになったんだな。だが、柄を新調して復活した」
「確かに柄は新しいけど……」
今度は柄をじーっと見る神崎。
「見覚えあるだろ?」
「…うーん……あるような無いような……」
とは言え、心に引っ掛かる物があるのだろう。神崎は柄を凝視して、目を離さなかった。
「亀はカス滋郎の件で、天パ印南に借りができたと思ったんだな」
だから新しい柄を天パにやった。
朽ち果てた神社巡りをしている天パを何かで知って。
「うーん…つまり、その柄は最硬の武神様の神気が宿っているって事?それにしては…」
亀の神気は感じない。そりゃそうだ。亀はあくまでも復活させただけだから。
「無手で戦闘する天パに鎌を持たせても仕方無い。その鎌は、要はパワーアップ神具だな」
暑苦しい葛西のハンマーや無表情の剣と同じだ。
勾玉も持っているが、あれは婆さん作。鎌は古の神具のそれだ。
「柄がパワーアップ神具ねぇ……ああっ!!」
神崎が思い出したように叫んだ。そして興奮して鎌も柄を握り締めて凝視する。
「この柄!最硬の武神様の庭園に植えた藤の蔓を束ねた物!?」
「その通り!!」
「そ、その藤の蔓が一体何の神具だと言うの?」
その前に、と、桐生が出した封筒を神崎に渡す。
「?なにこのお金?」
「天パと桐生の依頼は、その神具の正体。だが、神具を復活させた切っ掛けは神崎が作った。受け取るか否か、神崎が決めろ」
困った顔をする神崎を余所に、冷める寸前のコーヒーを啜る。
天パの依頼を遂行していない俺には受け取る理由はないので、金よりコーヒーが大事なのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
九尾狐の後ろに付き、最硬の神の社とやらに向かう俺達。だが、その歩みは遅い。気圧されながら、周りを見ながら進んでいるためだ。
「しかし…これが北嶋の裏山とは…」
完璧に整備された遊歩道。
池には龍神と海の生物、丘には鳳凰を模した神と季節を無視した果実が成り、松と竹林には冥府の王と、これまた季節を無視したタケノコ、キノコ、山菜類…
「なんだ此処は?エデンの園か?」
自然界を無視した自然界に唖然とする俺と天昇。
――確かに神気は4つ感じてたんじゃがのぅ。此処まで加護を受けている土地は初めて見たのぉ………
「私も久しぶりに来たけど、凄く立派になっているわ。確かヴァチカンの戦士達を労働力にして仕上げたとか…」
生乃も感心して溜め息を付いた。
――あの愚か者には勿体無い場所だがな。逆に言うと、勇だから此処まで加護を受けられた、と言うべきか。さて、着いたぞ
九尾狐が歩みを止める。
「何とも立派な日本庭園だな……」
直接座る事も可能であろう、ふさふさに茂った苔。古民家をモチーフにした休み所。
何より圧巻なのが、昨日、今日植えた筈の藤が、立派に咲き誇っていた。
まぁ、これも自然界を無視した加護だが、何とも見事な藤の花…栃木県にある藤棚に勝るとも劣らない…
――気に入って貰ったようだな。ようこそ、北嶋の四柱が一柱、最硬の武神の聖域へ!!
藤の花の向こうに在る社、その中に鎮座してある、亀に絡み付いた蛇の石像。最硬の武神が此方を見て、微笑んでいた。
「……これは北嶋が造ったのか?」
――如何にも。勇殿一人で拵えた物だ
何とも驚きだ!
此程の見事な日本庭園を、たった一人で、しかも1週間もかからずに完成させたのか!
この小さな古民家もそうだ!!大工仕事もこなすのか!!
「あいつは本当に何でも有りなんだな……」
信じられない北嶋の力。
霊能力や体術だけじゃない、こんな能力まであったとは!!
驚嘆すら覚えて呆然とする。
――お主が此処に来た理由は、庭園を見る為では無いだろう。尤も、某はそれでも良いのだが。自分の聖域を気に入って貰えるのは嬉しい限りだからな
柔らかく笑う最硬。だが、その言葉で我に返る。
「そ、そうだ。北嶋に言われたんだが、アンタが俺に薙鎌をくれたとか…」
――くれた、と言う表現は少し違うな。お主には光滋郎の件で迷惑を掛けたが故、縁を持たせただけだ。その縁を見事己の物にしたのはお主だ
縁?
薙鎌が俺に与えた縁だと言うのか…?
「そのご好意は大変有り難いし感謝もしている。だが、恥ずかしい話だが、アレを一体どう使うのかが見当も付かないんだ。申し訳無いが教えてくれないか?北嶋が言うには、藤の蔓で作った柄の部分が重要らしいが…」
静かに頭を下げる俺。それに倣い、生乃も頭を下げる。
――あれは日本三大軍神が一神、
「建御名方神だと!!?」
驚く俺達。日本三大軍神、即ち鹿島(武甕槌神)、香取(経津主神)、諏訪(建御名方神)。 国譲りの時に武甕槌神と争い、敗れて諏訪に籠もったとされる軍神だが、それは当時の権利者が主神の武甕槌神の活躍を印象付ける為の創作だと言う説もある、不遇の軍神だ。
一方、諏訪地方の外から来訪した神であり、土着の先住神をや諏訪湖の龍神などの神々を服従させて鎮座した、との伝承もある。
その、土着の先住神、洩矢神と戦った時に持っていたのが藤の蔓!!
「ま、まさか建御名方神の神具だったなんて………」
驚き、声も小さくなった生乃。
――通りで見た事があった筈じゃなぁ…建御名方神は農耕神でもある故に薙鎌だったか…!!
確かに天昇の言う通り、建御名方神は軍神の他に農耕神、狩猟の神としての側面もある。
だが、古来から風の神として有名で、
――お主の武の才があれば、建御名方神の風の業も扱う事ができるだろう
「だ、だが何故俺なんだ!!?北嶋なら…」
それこそ苦もなく扱う事が可能だろう?俺に藤蔓を与えた意味が解らないが…
――言ったであろう。縁を与えただけだと。それに、ただ縁を与えた訳でも無い
最硬の神は一息付き、続けた。
――勇殿には加護は不要。例えば裏山にある四柱の加護も、あの賢者の石があれば無用だろう。我々が護る事など必要無い程の強さも然り。だが、勇殿には仲間が必要なのだ。それも、勇殿が守りたい者、守りたい場所を勇殿に代わって守れる、強者の仲間がな
北嶋に代わって…北嶋の守りたい者や場所を守る…
その台詞に、何か熱い物を感じ、震える…
「洵さん!!洵さんなら出来ます!!北嶋さんが認めた人は、葛西さんと、確かヴァチカン最強騎士の二人のみ!!洵さんなら二人に充分並ぶ事ができる!!」
生乃が目を輝かせ、俺の手を握り締めた。
――あやつにそれ程の価値があるもんかのぅ…
天昇が首を捻るも、価値と言うなら、だ。
「価値、か…北嶋なら価値は一律と言うんだろうな」
あいつは価値なんかに拘らない。だからこそ、ここまでの神が四柱も仕えている。
俺は再び最硬の神に辞儀をした。やはり倣い、生乃も頭を下げる。
「アンタの想い、確かに受け取った!!俺はアンタの想いに必ず応えるだろう!!北嶋の露払いは俺がする!!」
「私も心からお礼申し上げます。そして、洵さんを認めて下さり、ありがとうございます。
最硬の武神は黙って頷く。
――特に頼みも願いもしない。自らの心行くまま動くがいい
「俺の心がそう言っているんだ。頼まれなくとも俺がやる」
漸く頭を上げ、強い意思を持って最硬の神を見る。
――某は何も言うまい。全ては心赴く儘に。藤蔓…己の為に役立てよ
己の為に。
即ち自分の決意の為に。
藤蔓、有り難く頂戴する!!
――ふ、貴様が勇の助けになると思えんがな。まぁ、折角貰った神具、大事にするがいい
九尾狐が授けた訳でも無いのに、何故か偉そうに言い放つ。
「やはりお前は北嶋の愛玩動物だな。ペットは主人に似ると言うが、北嶋にそっくりだ」
九尾狐がガーン!となった表情になった。
――わ、妾が勇にそっくりとは………
余程ショックだったのか、白面の顔の目の下に、ズーンと線を出して項垂れた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
玄関がカラカラと開き、天パと桐生が慌てながら入って来た。
「遅いぞお前等。コーヒー冷めちゃっただろ」
天パ達を待っている間、俺はコーヒーを6杯もおかわりして腹がタプンタプンとしていた。
テーブルに置かれていた薙鎌をむんずと掴み、いきなりそれを拝む天パ印南。
「薙鎌、いや、藤蔓、確かに戴いた!!俺はこれで格段に力を付ける事になる!!北嶋、お前の手の届かない所は俺が守るから安心しろ!!」
「…なんか知らんが、やけに熱くなっているな…引き換え、タマは何でダメージ負ってんだ?」
目から炎が出んばかりに熱血宜しくな天パと対照的に、ズーンと項垂れて、足取りも覚束ない程ショックを受けているタマ。
「九尾狐は北嶋さんにそっくりと言われて心外らしいですよ」
桐生がコロコロ笑いながら説明をする。
ふむふむ。つまりこう言う事だな。説教確定と言う事だ。
なのでタマの頭をがしっと掴んで俺の方に顔を向けさせた。
「やいタマ!!お前俺に似ていると言われてショックを受けるなんて、本当に無礼な小動物だな!!」
いつもならガブガブと咬んで抵抗するタマだが、この時は煩そうに俺の手を払うよう、本当にトボトボ歩いて居間の隅っこに丸くなってしまった。
「印南さん、良かったですね。淹れ直したコーヒーをどうぞ」
神崎がニコニコしながらコーヒーと一緒に金の入った封筒を返した。
「いや、尚美、依頼金だから、返却されるのはちょっと…」
拒否る桐生。
「友達からお金は取れないわ。生乃も印南さんも、私達が困った時には損得関係無く助けてくれるでしょ?」
言わば友達関係は持ちつ持たれつ。困った時には普通に助けるから、金は必要無いっつー判断だな。
「しかし、お前は大臣の依頼も断るらしいじゃないか?そんなお前にタダ働きをさせる事は…」
多少ムッとした。俺は偉い奴だろうが、貧乏人だろうが、、断る時は普通に断るし、請ける時は必ず報酬は貰うし、何よりも金額や権威で仕事を選んだ事は無い。
「経理がそう言うなら、そうなんだろ」
ぶっきらぼうに答える俺。
「そうか…お前も結構熱い男なんだな!!」
天パが訳の解らない美しい誤解をして涙ぐむも、それを見ている俺は結構引いていた。
そして天パ印南と桐生が帰った訳だが…
「うおーっ!!俺はやるぞ!!やってやるぞ!!うおおおおおおおおおおお!!!!」
と、絶叫しながら車でビューンと走り去ったのにはマジで引いた。
助手席の桐生も、困ったような嬉しそうな表情をして俯いていた。
気の毒に思ったが、天パの助手席に乗る事は今後一切無いだろう、と心に誓ったのは言うまでもない。
そして帰り際まで九官鳥は相変わらず俺にギャーギャーと喧嘩を売っているように騒いでいた。
今度は床に叩き付ける程度では済ませない、と、これまた心に誓った。
「印南さん、すんごいやる気出たみたいね」
神崎もあの絶叫をライブで聞いて、多少なりとも引いたのだろう。笑顔が少し引き攣っていた。
「やる気出たのは結構だがなぁ。つか、元々やる気はあった奴だし。ただ刑事と言う職業に生きがいを見出していたから、神職の修行をやりたくてもやれなかっただけだが」
まぁ、暫くは修行と特殊部隊の教育に勤しむ事になるのだろうが。
ともあれ、天パは、いきなり訪ねて来て、やる気だけ出して帰って行った。
クッキーの土産が無ければ追い出していた程の熱血ぶりを露わにして。
つうかクッキー結構残っているな。ならば残りを堪能しようか。
神崎にコーヒー7杯目のお代わりを促して、俺は一人、クッキーを堪能した。
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