別の追手

 肉が飛び散り、池のように血が溜まっている現場。15人ほどの男が絶命して横たわっている。たった一人の男を除いて。

 年齢40歳程のその男は、返り血を浴びて、どす黒く変色している服同様に、その顔をどす黒く歪ませて笑っている。

「貴様…テロリストか!?」

 奴に銃を向けながら訊ねた。解っているが、他やはり訊ねなければならなかったのだろう。重火器じゃない、矛を携えたテロリストなど居るはずも無いのだから。

 奴は血塗れになりながら笑い、そして矛の先を俺に向けた。

 殺気が矛の先からほとばしる。これは『俺じゃ無ければ躱せない』。

「俺の攻撃を避けたか小僧。貴様、霊能者か?」

 対して俺は吼えた。

「俺は刑事だ!!」

 さっきの攻撃で、こいつが『ヤバい奴』なのは理解した。だから躊躇なく発砲した。発砲経験なんて、訓練の時にしか無かった。

 だが、この至近距離。下手くそだろうが、確実に当たる距離。

 殺した。そう思った。

 弾は確実に奴の胸に向かっていたからだ。

 だが、弾は奴に当たらなかった。

 避けた訳では無い。外した訳でも無い。

 弾は突如現れた盾によって防がれたのだ。

「拳銃の弾など、俺には当たらぬ。俺は最強の盾と最強の矛を継いだ者だ!!」

 高笑いして、矛を薙ぎる。

「ぐああああああああああ!!」

 俺の肉が裂け、血飛沫が舞った。

「やはり躱したか?愉快愉快!!まぁ、俺の仕事は終わった。貴様は生かしておいてやる。俺の気紛れに感謝しろ!!ハアッハッハッハッハッ!!」

 高笑いする胸くそ悪い声が遠ざかる。

 俺は気を失っていったのだ。

 自分の無力さに屈辱を覚えながら……


「…………ちっ」

 カーテン越しから光が差し込んでいた。

 携帯を開いて時間を見る。早朝6時。

「……もう朝か…」

 頬を叩いて覚醒を促す。

「またあの夢かよ…」

 刑事に成り立ての頃に体験した事件の夢。

 高級なバーで起こった事件。

 15人は居た人間が、全て切り刻まれて死んでいた。

 実家が神社だった俺は、多少の霊力があった。

 ガキの頃から少しばかり修行していた。だから多少は『視える』。

 近くを通り掛かった時、いきなり『視えて』入って行ったバーでの惨劇…

 奴には俺の全てが通じなかった。

 霊能者としての俺。

 刑事としての俺。

 奴に生かされた俺は、運ばれた病院で意識を取り戻し、犯人の特徴を事細かく説明をしたが、何故か奴は発見できなかった。

 奴が名乗った名前すらも、存在しなかったのだ。

「御堂…御堂 光滋郎………」

 奴の名前を口に出しながら、俺は当時の事を思い出していた……

 その時、俺の携帯が鳴った。

 画面に目を向けると、発信者は後輩の緑川だった。

「はい」

 無愛想に電話に出る。

『あ、印南先輩!朝早くすいません!事件です。コロシです!』

「……殺人事件じゃなきゃ、刑事は動かないと思ってんのかよ?」

 今すぐに現場に来てくれと言う事だろうが。

『今日先輩非番でしたから、呼び出すのも申し訳無いと思っていたんすが……』

「いいから場所だ」

 一応気を遣ったのか。

 携帯を肩で押さえながら着替える。

『いえ、先輩がいつも言っている殺され方をした事件なんす。斬り刻まれた肉片の遺体達。辺りは血の海。被害者は複数です』

 腕を通している袖口でピタリと動きを止まった。

「御堂……か………!!」

『場所は~~ビル~~~!!暴力団の~~~……先輩!印南先輩?………』

 電話向こうで後輩が呼んでいる。

「すまない。もう一度場所を……」

 再び場所を聞いている俺の拳が、固く握り締めていたおかげで、血が一滴流れ出した。


 現場の雑居ビルに到着した。

 現場を固めている警察官に手帳を見せる。

「公安だ。印南いなみ じゅん…お仲間だよ」

 警察官は敬礼した後、身体を寄せて道を開ける。

「先輩………!!」

 俺の姿を確認した緑川は、真っ青になって涙ぐんでいた。

「吐いてないだろうな?」

「は、はい……ギリっすが……」

 肉片になった遺体など見た事も無いだろう。無理も無い事だ。かく言う俺も二度目だが。

 惨劇の現場に足を踏み入れる。

「…同じだ……あの時と同じ!!」

 怒りと屈辱に震える俺に、声を掛ける先輩の熊谷さん。

「印南、非番なのにスマンな」

 熊谷さんは薄くなった頭をポリポリと掻きながら、申し訳無さそうな表情をしている。

「いえ、御堂絡みなら喜んで出ますよ」

「御堂か…あの時お前が必死に訴えた犯人の名前か……」

 あの時、新米だった俺の言葉は誰にも届かなかった。

 錯乱したんだろうと言って。

 そりゃそうだ。御堂 光滋郎の名前は存在しなかったのだから。

 俺が言った姿形や、風貌、顔なども特定出来なかったのだから。

「だが、俺は信じるよ。お前にはアレがあるからな」

 熊谷さんは俺の肩をポンと叩いて笑った。

 俺はこう見えても、犯人検挙率は部署内でナンバーワンだ。

 特に殺人事件の犯人探しは得意だ。

 俺は死んだ被害者と『視て』『会話』できるからだ。

 つまり被害者に直接聞き出せる。俺の武器の一つでもある。

 更に俺は現場の残留思念から、どんな状況でどんな殺人が行われたかも知る事ができる。米国などでは既に導入されている、サイコメトリーだ。

「早速やってくれんか?」

 促されるまでも無く、被害者と会話する。

 しかし、被害者は口を閉ざして語らない。ただ、そこに居るだけ。

 だが、それは結構よくある事だ。

 死んだ事を認めない霊は、殺された状況が解らないからだ。

 ならば残留思念を視る。

 あの時は直に見たから、必要無かったが、今度は視る。


「な!?」

「ど、どうした印南?」

 突然叫んだ俺に驚く熊谷さんだが、俺の方はそれどころじゃあ無い。

「馬鹿な!!視えないだと!!」

 正確には、殺害方法の所だけスッポリ抜けて視えた、のだが。

「残留思念も読めないとは!!一体どういう事だ!?」

 訳が解らずに震える。

 御堂の姿も殺害方法も視えない。

 視えたのは、いや、感じたのは、凶悪狂人な殺人者には全く相応しく無い、今まで感じた事の無い、巨大な神気だった……!!

「お前がいつも言っている御堂とやらの仕業じゃないのか?」

 それは間違いない…

 こんな惨殺は、御堂以外に有り得ないだろう……!!

「御堂は…もしかしたら、かなりの格の神を仕えているのかも…」

「神?印南、神がこの惨劇を許すと言うのか!!」

 熊谷さんが遺体に指を差して声を荒げる。

 俺はただ、首を振って否定するだけ。

「殺されたのは、テナントに入っているサラ金業者だけだ。同時刻には、このビルの他のテナントにもまだ人は居た。お前の言う御堂は金目当てに人殺しをしたのか?それだけでも解らんか?」

 熊谷さんの問い掛けにも首を振って答える。

 本当に、本当に何も視えない……

「今被害者に聞きます!!」

 俺は自分の次第の前で呆けている霊に呼び掛ける。

「アンタ等を殺したのは誰だ!?」

 虚ろな目を俺に向けながら口を開く男の霊。

――………気が付いたら…俺がバラバラになって床に転んでいた……

 奥歯を噛み締め、別の男に同じ問い掛けをした。

――解らない…いきなり意識が飛んで…ハッとした時には…俺が床に腑をぶちまけて寝てて………

「なんでみんな記憶がスッポリ抜けているんだ!?」

 俺は残りの連中にも問い質したが全員が全員、自分が殺された時の記憶が抜けていた。

 訳が解らずに、頭を押さえて蹲っていた俺を、警察署まで引き上げてくれた緑川。

 その道中、車で話した。

「あのサラ金は悪質な取り立てもバンバン行っていたようすね。怨恨の線が強いけど、色んな奴から恨み買っていそうすから大変すねぇ………」

「……恨んだ客が殺し屋を雇ったんだ。殺し屋が御堂だ」

 溜め息を付きながら緑川が答えた。

「先輩。俺は先輩を本当に尊敬しています。検挙率も高いし、空手も強いし」

「空手じゃない!!截拳道ジークンドウだ!!」

 突然叫んだ俺に驚き、訂正する緑川。

「すんません。その拳法も滅茶苦茶強い先輩を、俺は本当に尊敬しています。しかも霊能者でしょ?先輩の『目』も確かなのは、俺も知っています。しかし、御堂 光滋郎なる男は居なかったんでしょ?いや、御堂って武士の家系はあったらしいっすけどね」

 ……緑川の言いたい事は解る。

 初めて邂逅した時、俺は瀕死の重傷で発見された。

 幻を見たのか、昔の武士の御堂の幽霊を見たのか、はたまた名前を聞き間違えたか、と言いたいんだろう。

 それは俺が以前から、多くの同僚や仲間に言われ続けられている事だ。

 だが、俺には絶対の自信がある。

「………魂が覚えているんだよ…!!」

「はぁ……魂っすか……」

 大敗した俺は、力を付ける為に截拳道を習った。

 元々空手やボクシングを齧っていた俺は、直線距離、つまり最短距離でスピード重視の技で、御堂の喉元に噛み付く事を選択した。

 突如現れて拳銃の弾を跳ね返した盾。あれには神気が宿っていた。

 その神気の盾の出現スピードを凌駕する為、神気の盾を粉砕する為に、魂を込めた一撃を、超スピードで打ち込む事ができる截拳道を選んだ。

 あれから数年が経ち、俺は力を付けた筈。

 その一撃の為に費やした数年を、幻と言われたら堪らない。

「例えみんなが否定しようが、御堂は実在する!!俺は奴をずっと追って来た…そして、奴の喉元に一発入れられるチャンスが巡って来たんだ!!休暇を取っても、刑事を辞めても、俺は奴を追い詰める!!」

 拳を握り硬めて決意を露わにする。

 緑川は黙っていたが、内心では呆れていたんだろう。

 俺に聞こえないように溜め息を付いていたからだ。


「鑑識から何か報告は!?」

「いや、まだです!!」

「指紋も特定出来ないみたいす!!」

 署内では蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 防犯カメラにも映っていない、たった今まで普通に歩いていた人間が、まばたきしている間に、刻まれて血の海に沈んでいるのだ。

 まさに時が止まって、その間に殺されたように。

「過去に似たような事件は無いか!?」

「ありますよ。5年程前にあったバーでの大量惨殺事件」

 尤も、もっと漁れば似た様な事件は結構あるのだろうが。

 御堂が一件二件の殺人で終わっている筈がない。

 俺の発言に、署長がビクッと身体を固めた。

「…印南、お前はあの時に犯人を見た。名前も名乗った。だが、それらしき人間は居なかった。あれは幻か夢なんだよ」

 同情を含んだ台詞を言う。

「署長がどう思おうが勝手ですがね。御堂 光滋郎は存在します。今回の事件も御堂の仕業だ」

「その武家の御堂家には光滋郎なんて居なかっただろう?強制捜査でも痕跡は無かった!!」

 署長は苛立って机を思い切り叩いた。

 騒がしかった周りが静かになる。

「痕跡はあったでしょう?御堂家の家系図ですよ」

 署長は歯軋りをしながら叫んだ。

「確かに居たな!!100年以上前に!!当時の御堂家の次男、御堂 光滋郎 ってのがな!!」

 あの時、俺の言葉を信じた署長は、御堂家に強制捜査を実施した。

 御堂の頭首に隠し子でもいるんじゃないか、と。

 だが、それを裏付ける物は何一つ出て来なかった。

 俺が話した御堂の名前は、江戸末期に居た次男の名前。

 俺が見た矛と盾は、武家の御堂家の開祖が持っていたとされる、蛇矛と亀甲の盾。

 それも文献のみ。

 強制捜査までして得た物は無い。恥を掻いただけだった。

 幸い、御堂家は警察の謝罪を認めて訴える事はしなかったが、それ以来、署長は俺を毛嫌いしている。

 まだ俺がクビになっていないのは、検挙率が高いと言う利用価値のみ。

「御堂 光滋郎の幽霊が殺人した訳じゃないんだろう!?」

「…ええ、あれは間違い無く人間でした」

 それは間違い無い。あの時対峙した男は人間だった。

 年齢40を少し越えた程。赤黒い肌。白髪、と言うより、灰色の髪を角刈りにしたような髪型。

 そして鼠をいたぶる猫のような表情……!!

 御堂 光滋郎は確実に存在する。

 名乗った名前は偽名では無いか、とも疑ったが、違う。

 あれは自信。

 自分を捕らえられる訳が無い。

 自分を倒せる訳が無い。

 自分を捜せる訳が無い。

 そう言った自信が、本名を名乗らせたと、俺の本能が言っている。

「印南、お前少し休暇を取れ」

 ふん、少し休んで現実と向き合えってか?気に入らないが、クビにするのは惜しいってのか。

 休暇も俺の為じゃない、自分が俺を見たくないって理由か…

 俺は黙って銃と警察手帳を机に置く。

「署長、俺は署長に好かれようなんて思っていない。そんなに俺が嫌いなら、俺自ら縁切ってやりますよ」

 周りがざわめいた。

 遂に言ったか、と小声で誰かが囁いた。

「……一応預かっておく」

 署長は迷う事無く、手帳と銃を受け取る。

「お世話になりました署長」

「辞めるのを認めた訳じゃないから勘違いするなよ!!」

 知っている。

 事件が暗礁に乗り出したら、俺の霊力を頼りたいんだろう?

「では預かっておいて下さい。その間、俺は御堂を追う!!」

 ギリリと歯軋りする署長。

「休暇中は刑事じゃ無い!!それを忘れるなよ!!」

 俺は踵を返し、振り返る事なく、手を振って部署を出た。


 警察署から出た俺は、そのまま自分の車に乗り、実家に戻る事にした。

「家なら、何か手があるかもな」

 先程も言った通り、俺は神社のせがれ

 有名な神社では無いが、遥か昔から古神道を守って来た神社だ。

『視る』道具や『追う』術もあるかもしれない。

「兄貴にも頼らなきゃな。いや、兄貴は霊力がからっきしだしなぁ」

 家は兄貴が継いだが、兄貴は霊力がまるで無い。

 いや、兄貴だけじゃない、ここ何代かはそんなに大きな霊力を持って生まれて来なかったらしい。

 その中、俺だけが飛び抜けた霊力を持って生まれた。

 故に俺に継がそうと、ガキの頃から修行をさせられたが、俺は結局継がずに刑事になった。

 結果、兄貴が仕方無く継いだ事になる。

「御堂は俺が捕まえる…いや、俺しか捕まえる事が出来ない………!!」

 こんな時だけ実家に帰ってきてと、兄貴に小言を言われそうだが、それも仕方無い。

 俺はアクセルを踏む足に力を入れた。

 愛車のZ32が、けたたましく咆哮した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 私は今、俗に言う傷心旅行に来ている。

 初めて会った時から想いを寄せていた男性が、私の親友と婚約したショックから立ち直る為に。

 婚約の報を聞いた直後、アルバイトで入っていた漫画家のアシスタントを一心不乱に頑張った私は、先生の薦めもあって、新人賞に応募した。

 それが幸か不幸か佳作に入ってしまったのだ。

 先生は連載を目指して頑張ってみて?と言って、取材旅行を企画してくれたのだが、企画した先生が虫垂炎になり、結果私一人での取材旅行となってしまったのだ。

「……取材旅行が傷心旅行になったのよね」

 経費を出して貰って傷心旅行とは、とか思うが、先述の通りの心境だから仕方無い。

 とは言っても、そこはやはり仕事の旅行。連載に向けての取材をしなければならない。

 先生が手配して下さった先は、古の教えを現代まで守っている古神道の神社。

 賞に出した漫画が、霊媒師の漫画だったのでの取材先だ。

「水谷総本山の取材で良かったのに…先生も師匠とお知り合いだった筈だけどなぁ…」

 そうは言っても、水谷総本山に行きたく無かったから、ちょうど良かったけど。

 北嶋さんと尚美の事が絶対話題に出るから……

 もしかしたら、先生はそれを見越して、取材先をこの神社にしたのかもしれないが……

 境内に入り、御参りした後、アポイントを取っていた宮司さんに会う。

「ようこそおいで下さいました。宮司の印南です。よろしくお願い致します」

「無理を言ってすみません。桐生 生乃です。今日はよろしくお願い致します」

 深々とお辞儀をした後、身体を正した。

 これは取材、仕事。切り替えなければと。

「桐生さんは漫画家さんだそうで?私も少年漫画は好きで、良く見ています」

「そうなんですか?それは嬉しいですね」

 微笑しながら返事をしたが、私の描いているのは少女漫画。実は少し悲しかったりする。

「ところで、ここは神仏融合以前の神道と言う事ですが…」

 現在多数ある神道と呼ばれる宗教は、仏教と融合した神道だ。

 時の権力者が、仏教が日本に入って来た時に「この仏像カッケー!よっしゃ!日本の宗教に組み入れるぜ!」みたいな感じで取り入れた。

 八百万の神々は、こんな理由で誕生した訳だが、世界の宗教は他の宗教の神話も多数被っている物もあるから気にしてはいけない。

 昔から日本人はおおらかで、臨機応変に立ち回るのが得意だと言う事で。

 まぁ、懐が広いとも言える。

 宮司さんは一つ頷き、続ける。

「そうです。原始神道ですね。江戸時代の復古神道の流れを汲み、幕末から明治にかけて成立した神道系新宗教運動でできた神社です。仏教以前の日本の宗教を理想としています」

 頷くが、宮司さんが熱心にお話してくれるのを、相槌を打って聞いているのみの状態だった。

 だって、以前師匠からお話を伺って知っているから。

 熱心に真剣にお話してくれる宮司さんを騙しているような罪悪感に苛まれながら、黙って聞く。本当に申し訳無く思い、涙が出て来そうだ。

「古来の祭に使った道具なども御座います。そちらも是非とも御覧下さい」

 にこやかに私を案内してくれる宮司さん。

 私も愛想笑いをして後に続いた。

 そして祭具殿の前で立ち止まった。

「久しぶりに帰って来たかと思ったら…お客様が来られるから今日はマズいと言ったのに…」

 眉根を寄せて祭具殿を見ている宮司さん。ヒョイと肩越しに覗いてみる。

「扉が開いている…誰か入っていますね?」

「ええ、弟です。全くあいつは…」

 ブツブツ言いながら祭具殿に入っていく宮司さん。

 少し考えたが、私もちょっと離れて後に続いた。

 祭具殿の中は、大した広さじゃなかった。点いている明かりで全て照らせる。

 その明かりの下、座りながら木箱の中身をひっくり返して、何かを探している男性。

「洵!探し物は明日にしてくれと言っただろう!」

 男性はピクリと身体を揺すった。

 そして床にぺたんと座った形で此方を見る。

「ま!!松田優作っ!?」

 その男性の髪型は、松田優作みたいなパーマを当てていたのだ。

 あんまに似すぎていて、思わず叫んでしまった。

「意識してセットした髪型だからな。似ているのか?」

 松田優作(じゃないけど)が笑みを浮かべで私を見た。

 慌てて頭を下げる。

「も、申し訳御座いません!!似ていたもので、つい言葉に出してしまいました!!」

「いいさ。むしろ嬉しいからな。はははは」

「何が松田優作を意識してだ!それは天然の髪質だろう!」

 え?天然?天パで此処まで類似するの?

 恐る恐る顔を上げる。

 その男性は、確かに髪型は松田優作に似ているが、他にも類似点があった。

 厳しい目つき、筋肉と言うかバネの塊のような身体付き、北嶋さんより少し痩せているかな…?

 でも、年齢は北嶋さんと同じくらい。私よりちょっと年上かな?

 …男性の全てを、北嶋さんと比較してしまう癖が付いてしまったかなぁ…

 キュッと心が痛くなり、私は顔を伏せてしまった。

「?どうした?具合でも悪くなったのか?」

 心配そうに私に声を掛ける弟さん。

 ハッとして笑顔を作る。

「いえ、少し考え事をしてしまって。お話途中申し訳ありません。えっと……」

「印南 洵だ。この神社の次男坊だよ」

「私は桐生…桐生 生乃と申します。漫画家の卵です」

 右手を差し出すと、印南さんは笑いながらその手を握る。


 ピリッ


「えっ!?」

「何っ!?」

 触れた瞬間、静電気が走ったような感覚を覚えた。

 それは、向こうも感じたようで、握手したまま、互いに顔を見合った。

「弟は私なんかよりも素質があったんですが、刑事になってしまってねぇ………」

 宮司さんが惜しいと言ったような事をブツブツ話していたが、私の耳にはあまり残らなかった。

「…兄貴、悪いが、この人と少し話をさせてくれ」

 唐突に印南さんが口を開く。

「何を言っているんだお前は?桐生さんは取材で此処に来たんだぞ?お前の見合い相手にと呼んだ訳じゃない」

 首を横に振る宮司さん。だが私も同意する。

「よろしければ、弟さんと少しお話がしたいのですが…」

 私も印南さんの話を聞かなければならないような気がした。

「…桐生さんがそう仰るのであれば…洵、くれぐれも粗相の無いようにな」

 宮司さんは私に一つお辞儀をして、祭具殿を去って行った。

「…あんた、もの凄い霊力を持っているな…」

「印南さんこそ…印南さん程の霊力の持ち主、そんなに覚えが無いですよ…」

 印南さんの霊力は、私を遥かに凌駕していた。宮司さんが言う『勿体無い』がよく理解できる。

「…生憎と修行途中で投げ出して刑事になったからな。サイコメトリー程度の事しか出来ないが」

 私は静かに首を横に振る。

「今、私に話がある事は、その事じゃない筈ですよね?」

 手が触れた瞬間、私の脳に流れて来た映像、キーワード……

 印南さんは頭をポリポリと掻きながら首を捻った。

「あんたに移ったか」

「ええ。ハッキリと。そして言いにくいのですが、この祭具殿にはあなたの欲している物はありません」

 印南さんは、追っている人物を視る事ができる神具を探しにやってきた。

 だが、如何に歴史があろうとも、あれ程の神気に護られている犯人を追う神具は、ここには無い。

「其処まで解っているのなら話がしやすい。何か手が無いか?」

 手………

 印南さんの追う男を捕らえる『目』、もしくは道具。

 あるにはある。いや、それしか手が無い。

 だが、私は俯いてそれを口にできなかった……

「……その様子じゃ心当たりがあるようだな」

 だけど言いたくない。

 言葉を続ける事も無く、印南さんは溜め息を付いた。

 代わりに私は別の事を口に出す。

「…蛇矛、亀甲の盾、そしていきなりの惨劇…印南さんが遭遇した時、凄い幸運が働きました。それは印南さんを護っている守護神のお力……」

「ああ、俺には武神が憑いているみたいだからな。その加護が働いたんだろう」

 印南さんを護っている武神の御力で、印南さんはあの時に死なずに済んだ。

 印南さんの体術に、ありったけの御力を注いで回避させてくれたのだ。

 だが、命を取り留めるくらいが精一杯だった。

 つまり、印南さんの守護神、と言うか、印南さんの霊力が全く及ばなかった加護が、その男を護っている事になる。

 それは北嶋さんの三柱と同じ位の神格の加護…

 そして、その男を視る事ができるのは、北嶋さんの万界の鏡、その男の矛と盾を粉砕できるのは、北嶋さんの草薙しか無い。

 だけど………

 北嶋さんと、お話するのが辛い………

 それが電話越しであっても………

 俯いた儘の私に、話を変えようとしたのか、印南さんが別の質問を投げかけてくる。

「御堂を護っている神……あれは何だ?」

「断定は出来ませんが、心当たりならありますが…」

 私は漸く顔を上げ、神の心当たりを話した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「むっはーっっっ!!!」

 あれから3日間、神気の正体を探るべく、ずーっと視続けていた私は、疲労と確信の喜びでベッドに仰向けに倒れ込んだ。

 確信?

 そう!!確信したのだ!!

 他の視点から『視た』事と、師匠のお話や、読んだ事のある文献の記憶を頼りに、神気の正体に辿り着いたのだ!!

「早速北嶋さんに報告しなきゃね!!」

 あまり寝ていないから寝不足も加味されてヘロヘロの私だが、居間で平和に寛いでいる北嶋さんの所へと急いだ。

「北嶋さん!解ったわよ!」

「ん~?何がぁ?」

 北嶋さんはポテチをパリパリ食べながら、私の方に首だけを向ける。

 ポテチをひったくる。そしてパリパリとうすしお味のポテチを食べながら話をする。

「3日前の深夜に、私の部屋に依頼に来た神様の正体よ!!」

「ああ、エロ神の正体ね。つーか、正体は正直どうでもいいんだけど」

 解っている!!

 北嶋さんにとって、神様の正体云々よりも、依頼の報酬の方が優先だって事はっっっ!!

 だけど言わずにはいられない。若干興奮している自分の自覚しながら、構わずに話を続けた。

「先ず、私は神様が発した『ミドウコウジロウ』って人を霊視して探したの。だけど『視る』事が出来なかった」

「霊視を邪魔されたのか?神崎の邪魔するなんざ、結構な力の野郎だな?」

 感心したような北嶋さん。それに対して首を横に振る。

「ミドウコウジロウの力じゃない。加護を授けたとされる神様の御力よ。結論から言うわ。ミドウコウジロウは現在150歳以上の人間よ!!もし生かしたら200歳に近いかも」

「俺の目標寿命の150歳を越えているってのか!!ってかジジィじゃん!ジジィ過ぎて俺の出る幕無しじゃん!ジジィ殴ったら俺の方が悪くなるじゃん!」

 ジジィ、ジジィと連呼する北嶋さんだが、ミドウコウジロウは、ジジィ…もとい、お年寄りでは無い。

「ミドウコウジロウの肉体は約40歳。加護を受けたのは、約20歳の頃。つまり、150年以上の時の中、ミドウコウジロウは20歳しか歳を取っていない」

 北嶋さんは激しく首を捻っているが、私は更に続けた。

「視る事が出来なかったのは当たり前だったのよ。ミドウコウジロウは私達の時間軸から離れて、時の流れを緩やかに過ぎていたの!!だけど、それは私達の時間軸での話。ミドウコウジロウ自身は普通に過ごしているだけ!!ミドウコウジロウからすれば、私達の時が速く流れてる、って事!!」

 一気に捲くし立てた私は、喉が乾いて北嶋さんのペットボトルのお茶を引ったくり、ゴクゴクと飲み干す。

「よく解らんが、つまり、ミドウって奴の時間があまりにもスローだったから、視る事が出来なかったって事か?」

「転じて私達の時間が速過ぎる事が原因ね。だけどそれでも認識はできる。御堂から接触してきた場合に限り。住んでいる時間が違うとはいえ、奴も買い物をしたり殺しの依頼を請けたりするんですもの」

 そして、問題は此処からだ。

「ミドウコウジロウは自分が指定した空間の時を遅くする事が出来る。つまり、ミドウコウジロウが望めば、奴の間合いというか、領域内では、まばたきする間以上にミドウの時が進むって事」

 つまり、誰にも気付かれずに窃盗する事も、人を殺す事も可能!!!

「行き詰まった私は、ミドウって武家の流れを組む性を片っ端から『視』たのよ。そして、ある武家筋の御堂家の家系図を『視』た。江戸末期、御堂 光滋郎なる男が20歳の頃、行方不明になった。だけど、光滋郎は次男で家督も継げなかったから、行方不明になっても、それ程重要視されなかった」

 私は『視』た事を淡々と北嶋さんに話した。


 江戸末期、武家筋の御堂家には、跡取りと決まっていた長男の信一郎と光滋郎の二人の息子が居た。

 兄の信一郎は武芸も学問も秀でていて、弟の光滋郎の武芸の才能も全て持って行った、と陰口を言われる程、実力差があった。

 年頃になっても、光滋郎は兄と比較される事を悔しく思い、武芸に精進していたので、嫁もめとらずじまいで鍛錬をしていた。

 だが、いくら鍛錬しても、兄には及ばず、それを嘆き、川に身を投げた。

 その時、御堂家を護っていた神様が光滋郎を救い出し、命を守った。

「何故死なせてくれんのだ!!生きていても虚しき人生、俺は一生兄貴には及ばない!!」

 嘆き、苦しんでいる光滋郎を哀れに思った神様は、御堂家開祖以来、誰にも継がせなかった(顕現させなかった)自身の力の象徴、蛇矛と亀甲の盾を光滋郎に渡した。

――そなたの苦しみ、某の加護が足りぬ故の悲しみ。全て某の責任。某にはそれ位の事しか出来ぬ……

 光滋郎は開祖以来、誰の手にも現れ無かった矛と盾に興奮し、その勢いで家を出た。

「所詮俺は御堂家には必要無き者。ならば是からは己の為に生きようぞ!!」

 光滋郎は自分の武芸を高める為にも、家を出たいと願っていた。

 死んだ身と思えば身軽な身。

 こうして、光滋郎は剣豪や槍術の武芸者達と仕合う旅へと出た。

 そんな光滋郎を心配に思った神様は、自身の存在をほんの僅かだけ御堂家に置き、光滋郎に付き添う事にした。

 蛇矛と亀甲の盾を用いた光滋郎は、それなりに連勝をした。

 だが、元々武芸の才能が乏しい光滋郎は、とある剣豪との仕合の時に深手を追ってしまう。

 幸いに一命を取り留めた光滋郎は、己の力の足りなさを神様にぶつけた。

「何故兄貴に全てを授けた!!俺はそんなに要らぬ息子なのか!!」

 生まれ持った才能は、神様の管轄外だったが、それも自分の加護が足りぬ故と思った。神様は、一つの決断を出した。

――ならば某の加護を全てくれてやろう。だが光滋郎…お蔭でそなたは時を超越する事になるのだ。それが人の身では、幸か不幸かは某には計りかねる事だと心得よ

 神様の加護の全てを受け継いだ光滋郎は、歓喜し、仕合を進めた。

 だが、確かに加護のおかげで無敵無敗となったが、常人との時間軸の差故に、御堂 光滋郎の名は轟く事は無かった。

 しかし、数々の武芸者を倒して自信が付いた光滋郎、意気揚々と生家へと引き上げて行く。

「あれから二年か。兄貴も俺の成長をきっと驚くだろうなぁ!!」

 自信に満ち溢れた光滋郎。

 きっと兄貴を追い抜いた筈と信じて門を潜る。

 だが、そこには目標としていた兄の姿は無く、御堂家頭首と名乗って現れたのは、成人となった兄の息子だったのだ。

 愕然とした光滋郎。

 兄貴はどこへ行ったのだ、と、今は立派に成人した甥に詰め寄った。

 甥は微かに見覚えがある目の前の不審者に対して「父は五年程前に他界した」と言った。

 震えが止まらず、光滋郎はその場にへたり込んだ。

「父のご友人か?よろしければ、線香を上げて戴きたいのだが」

 それは茶でも馳走しようとの誘いだったが、光滋郎はフラフラと立ち上がり、その場を去った。

 暫く歩いた後、辺りが真っ暗だと気付いた光滋郎。

 雨風を凌げる場所を探し、ゴロンと寝転がった。

――何故自分の屋敷なのに上がらなかった?

 神様が問い掛ける。

「あの家には最早俺の居場所は無い。俺は人ならざる時の流れにのみ、存在を許された者」

 例えば光滋郎が寝転がっている間にも、自分以外の時は遥か先に進んでいる事になる。

 先程会った甥も、もう2、3年程歳を重ねているやも知れぬ。

「加護なのか呪いなのか解らぬな」

 ふてくされて返事をした光滋郎。

――やはり人には手に余る加護か。なれば某に加護を返すのだ。少なくとも、是から先の人生は、皆に置いて行かれる事は無くなる

 それは神様の慈悲たる言葉。

 返すと言えば、与えた加護は神様に戻り、光滋郎も『ただの人』へと戻れる。

 だが、光滋郎は首を縦には振らなかった。

「最早手遅れ。俺は人に戻れぬ。なれば俺は神となろうぞ」

――人の身で神を名乗るとは…光滋郎、某がそなたに矛と盾、それに加護を与えたのは、そなたを自惚れさせる為では無い

 そう。与えたのは自責の念と同情から故の事。決して神を名乗らせる為では無い。

「死神くらいにはなれよう。誰も俺を捕らえられぬ。誰も俺を傷つける事は出来ぬ。世界の終焉まで生きて、世界も俺が殺したと高笑いしようか!はぁっはっはっ!!」

 その時初めて神様は後悔した。

 己が『鬼』を創ったのだ、と。

 そして『鬼』は、今度は見境無く殺し始めた。

 武芸者や僧を。

「俺を止めてみろ!!貴様等は天下無双を語っていた武芸者だろう!!貴様等はあらゆる厄から救済すると語っていた僧侶だろう!!」

 だが、誰も光滋郎を殺す事は叶わなかった。

 それどころか、誰も光滋郎を知る事が出来なかった。

 稀に光滋郎を『視る』事が出来る手練れと仕合う事が出来たが、最強の矛と盾の前には、やはり成す術も無かった。


「……つまり御堂 光滋郎は、誰かが自分を殺してくれる事も望んでいる訳ね」

 一応武芸者の端くれと言おうか。

 殺し屋稼業も、誰かが自分を殺してくれる事を願って行っているのだろう。

 御堂 光滋郎は孤独なのだ。

 孤独な自分に終止符を打つ事が出来る手練れを求めている。

「ふーん。誰かが自分を殺してくれる、ねぇ…随分甘ったれな長生きオヤジだなぁ」

 勝手に死ねばいいのに、と付け加えて、タバコに火を点ける北嶋さん。

「最強の蛇矛と最強の亀甲盾…これは依頼した神様の御姿そのもの。亀に蛇が絡みついた御姿。司るは時の歩み。格は裏山の三柱と互角…最硬の武神様が依頼主よ」

「ふーん。で?報酬は?」

 ……そうなのだ。

 北嶋さんにとっては、如何なる存在でも、仕事を頼んで来た依頼主でしかないのだ。

 故に対価を望むのだ。

 間違ってはいない。決して間違ってはいないとは思う。

 思うが、こう、何と言うか……

 頭を抱える私だが、瞳だけを北嶋さんに向けて口を開く。

「もう直ぐ、別口で依頼が来る。それは確かに報酬もある。北嶋さんは結果、神様の依頼を請ける事になるから!!」

 北嶋さんはふーんとつまらなそうに返事をした。

 そう。もう直ぐで御堂 光滋郎を追っていた人物から依頼が入る。

 生乃……

 頼めた義理は無いけど、あなただけが頼りなの…

 私は御堂を追っていたついでに『視た』事に期待し、生乃とちゃんとお話するチャンスを得たい、と願わずにいられなかった………

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