北嶋勇の心霊事件簿12~神からの依頼~
しをおう
姿なき依頼人
寒くなって来た深夜。
北嶋さんが「暖めてやるぜ!」と、部屋に入ろうとして来るのをパンチでいなし、少し、いや、かなり申し訳無いと思いながらも就寝している。
その部屋をノックする音で目が覚める。
「北嶋さん?なに?こんな夜更けに……」
「……………」
返事は無い。北嶋さんなら入れて入れてと喚く筈。
北嶋さんじゃ無ければタマか?
タマは北嶋さんの抱き枕になっていて、内臓が出る思いを訴えていた。
北嶋さんと一緒に寝たくなくて逃げ出したのか?
考えているその時…
コンコン…
再びノックする音。
「…タマじゃないわね…どなた?」
泥棒でも入ったか?
いや、タマが許さない筈だ。妖気を出して侵入を拒むはず。
霊の悪戯?
それこそ有り得ない。霊が侵入する事が出来る筈のない結界を敷いている家だ。
ならば敵?リリスかその手下?
……敵がご丁寧にノックするか?あり得ないでしょう?
コンコン…
再びノックする音がした。
開ける前に、ドア向こうを霊視する。
え?
存在が視えない?
だが居る…
感じるには感じるが、かなりの微量の神気がドア向こうに居る…!!
神気ならば、裏山の三柱?いや、神気が異質だ。
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコン
ドア向こうの『何か』は、私が視たのを知ったのか、ノックを執拗に繰り返した。
「どなたですか?ここは霊の類は来られない筈」
視えない存在に備えて、何時でも術を発動出来るよう、印を組む。
――そんなに警戒しなくてもよろしい。
「お話ならばドア越しでお願いします。神気とは言え、存在しか感じられない貴方様を部屋に招く訳にはいきません」
北嶋さんも滅多に入れた事がない部屋。
神気とは言え、得体の知れない存在を入れる訳にはいかない。雰囲気から想像するに、男性みたいだし…
――む、なれば致し方無い。ドア越しにて話そうか
存在は今にも消えそうな神気を振り絞って、話し出した。
――某は、とある武家に長年加護を齎していた神である。某の存在が認識出来ぬは、某の力の殆どを預けた故の事だ
「その神が如何なる御用事が?」
存在は何とか伝えようと、消えそうな神気を踏ん張って保たせているように感じた。
――武家の次男が、某の力を悪しき仕事に使っておる。某は長年、咎めてきたが、聞く耳を持たぬのだ。地獄へ行く事が確実な罪をも平然に犯す。すまぬが某の加護を奪還してはくれまいか?
淡々と語っている感があるが、それは手早く事情を説明する為のようだ。
「加護の奪還ですね?確かに北嶋さんじゃなければ、できそうもない依頼ですが…」
少なくとも私は出来ない。どうしたらいいのか、見当すらつかない。
――某は残り少ない神気を使い、某の神気を返して貰う方法を探しておった…北嶋 勇殿…某の加護を奪い返せるのは、彼しかおらぬ。すまぬが…某がまだ在るうちに…すまぬが…スマヌガ……
徐々に神気が消えそうになる。ただでさえ、小さな神気が。
「解りました!引き受けます!ですからどうが、御無理をなさらず!」
居ても立ってもいられずに、ドアを開ける。
………ミドウ…ミドウ…コウジロウ………
ドアを開けた途端に消える神気。
ミドウコウジロウ…その名を告げながら、消えた……
ドアを開けたついでに、北嶋さんの寝室のドアを開けた。
北嶋さんはベッドでタマを湯たんぽ代わりにして、カーカー寝息を立てている。
――な、尚美…先程不審な小さき神気が…かはっ!!
北嶋さんに抱き締められて、圧死寸前ながらも役目を果たそうとするタマ…なんて健気なの!!
胸が熱くなり、北嶋さんからタマをひったくるように救出する。
――はぁ、はぁ、そ、走馬灯が見えた………
タマは息を切らせながらも安堵していた。
「もう一緒に寝るのをやめたら?」
――勇が引きずり込むのだ!!妾は自分の寝床がいいのに!!
涙目になり訴えるタマ。
因みにタマの寝床は、北嶋さんの部屋なら座布団、私の部屋ならクッションと、何となく決められている。勿論タマ自身に。
「今日から私の部屋に来なさい?ね?」
タマを撫でながら説得する。
――そうさせてくれ…
了承するタマ。と言うか、何故いつも酷い目に遭いながらも、北嶋さんの部屋に行くのだろうか。
北嶋さんを好きなのは解るが、命の方が大事なのは理解しているのだろうか?と、たまに思う。
そして平和そうに寝息を立てている北嶋さんに、私とタマは全体重を掛けて飛び込んでいった。
「ぶほおああああああああああ!!?」
飛び込んだ私とタマを跳ね返す勢いで飛び起きる北嶋さん。
「北嶋さん起きて!!」
「い、今起きた…と言うより、起こされたが……」
ケホケホと咳をしながら私達を睨むように見る。
「そんな事より!今、神様から依頼があって!!」
「そんな事って何だよっっっ!!!圧死するかと思っただろ!!!!」
タマが騒ぐも、北嶋さんは鏡を掛けていない。
それ故に…
「タマ!!タマだけだ!!俺の味方はっっっ!!」
訳が解らない勘違いをして、タマを抱き上げて、グリグリやらギューやらを繰り返す。
――違う違う違うっっ!!何故貴様は都合の良い方向に思考が向くのだっっっ!!
タマは北嶋さんをガシガシと咬みながら抵抗を見せるも、北嶋さんには解る筈も無い。
それどころか、甘咬みをして甘えている、とすら思って、執拗にグリグリとギューを繰り返していた。
そんな北嶋さんからタマをひったくるよう救出する。
「北嶋さん、今、私の部屋に神様が来て、依頼をしたわ!!」
北嶋さんがピクッと身体を震わせた。
「私の部屋に来て…だぁ?女の部屋に来るエロ神が!!この北嶋 勇に依頼だとおおおおおお!!」
ビクッと身体が震えた。
「あの、ね?部屋に来たと言ってもね?部屋の外だし、話もドア越しだし、神気だけだし…」
フォローじゃなく、実際行った報告。あの時は得体が知れなかったから、警戒していたし。
「俺の女に夜這いをかけようなんざぁ!!余程命が要らないらしいなそのエロ神はぁ!!ぶっ潰してやるぁあああああああ!!」
もう怒ってしまって、まともに話を聞きはしない。
つか今深夜。大きな声は近所迷惑になるんだけど。
いや、この家には近所は無かったか。だったらいいのか。いや、良くないでしょ。
「だからドア越しだから…」
「ドア越しで依頼だぁ!?何様だそいつはぁ!!」
「神様だけど…ってか、取り敢えず落ち着いてよ?」
右拳を高速で北嶋さんの鼻に寸止めする。
「お!?お、おお………」
北嶋さんは目を寄り目にして、私の拳を凝視し、少し鎮まった。
ボスンとベッドに腰を下ろし、先程の依頼を北嶋さんに話した。
「ミドウコウジロウ…結局その名前しか手掛かりは無いけど、加護の奪還は北嶋さんにしか出来ないと思う」
とは言っても、やはり護の奪還とはどうやるのかは皆目見当も付かないが。
「ふーん。エロ神の加護…ねぇ……」
つまらなそうに煙草を咥える北嶋さん。
「神様の正体すら解らない、ってのがネックだけど、万界の鏡を使えば直ぐに解るよね?」
鏡を掛けて視るよう急かす。
「んで報酬は?」
「ほ、報酬?」
急かしていた腕が止まった。何言ってんのこの人?
「仕事なら報酬は必要だろ?いくらで請けたんだ?」
「まさか神様からお金を取るって言うの!?」
声を荒げる。これは単なる依頼じゃない、神からの依頼だ。
俗世間の対価を願ってもいい仕事じゃない筈。
「何言ってんの神崎?相手が何者であろうとも、仕事なら何も変わらず接するのは当たり前だろ?お前貧乏人と総理大臣を区別して仕事請けている訳じゃないだろ?」
実にあっけらかんと答えた。
それに対してぐっ、と怯む。
依頼は一律だ。
困っている人を助ける仕事。
その対価は確かに必要。
例えばお金持ちと、その日の暮らしに困っている人が一般の除霊ではきつい御祓いで、同じ条件の依頼をしたとしよう。
北嶋さんはお金持ちからは100万円は戴くが、あまり裕福で無い人からは10000円しか取らない。
その人によっての同じ価値のお金を戴く訳だ。
お金を取らないならば、労働で支払って貰う事もしばしば。
ヴァチカンのネロ教皇の依頼に対し、労働力を対価としたように。
「仕事なら対価を貰うのは当たり前だろ。別に金じゃなくてもいいさ。そのエロ神は何を対価にしたんだ?まさかタダ働きさせようとか思って無いだろうな?」
またまたぐぐっと怯む。
「あ、あの時は交渉する余裕も無かったから…それに神様の依頼だよ?」
「依頼人を区別しないように対価を設けているだろ?それが1000円でもそいつの精一杯のお礼なら普通に仕事するよ。俺はボランティアじゃない。神の名を使ってタダ働きさせようとするなら、依頼する人間を間違えたな」
北嶋さんは、もう話は終わった、と言わんばかりに、煙草の火を灰皿で揉み消した
「まさか断ると言うの!?」
タダ働きなら結構やっているじゃない、と。
彷徨う魂をただの善意で還した事もあるじゃない、と。
「そりゃ依頼じゃないからな。北嶋心霊探偵事務所に助けてくれ、と言って来た訳じゃないからな。あくまでも北嶋 勇個人の善意さ」
またまたまたまたぐぐぐっと怯む。
確かに出掛けた先に居合わせた可哀想な霊は、事務所に依頼した訳じゃない。それは北嶋さん個人の善意だ。
「そ、その善意を神様に向けようとは思わない訳?」
「エロ神は北嶋心霊探偵事務所に、北嶋 勇の評判を聞いてやって来たんだろ?依頼じゃん?そして依頼には対価は必要。だろ?」
押し黙るしかない。
冷たいが、言っている事はごもっともだ。
無料で善意に仕事を請けていたら、この事務所は休む暇も無い程稼働してしまう。
それを抑える為にも、対価、報酬は必要なのだ。
しかも対価さえあれば、嘘偽りが無い話なら、依頼を請ける北嶋さん。
決して仕事をやらない訳じゃない事を、私は知っている。
「…対価なら私が支払う……」
こんな事しか思い浮かばない…情けなくて、顔を伏せ、ボソッと呟くように言った。
「神崎が支払ったら、それは結局タダ働きになっちまう。財布は同じなんだし。まぁ、仕事はしない訳じゃないから、対価を決めてからの話だな」
北嶋さんは欠伸をしながらベッドに潜る。
「因みに『一緒に寝る』は対価にならないぞ。俺達は婚約したんだからな」
おおお…私の思考まで先読みとは、成長したじゃない北嶋さん…!!
「…解ったわ……神様からの対価があれば、請けるのね……」
「そう言っているだろ」
「上等じゃない!!私が神様の正体を探ってお話してから対価を決めてやるわ!!それで文句は無いのよね!!」
ビシッ!と北嶋さんを指差す。なんか逆ギレみたいで、みっともないけど、此処はこれで押し通す。
迫力に負けて「うん」と言ってくれるかもだし。
「対価があれば俺は請ける。それが必要ない対価以外だったらな…カ~…カ~…」
「うん」とも言わずに速攻で寝息を立て始めた北嶋さん。
やはり逆ギレ気味ながらも、私はタマを連れて北嶋さんの部屋から出て行った。
少し乱暴にドアを閉めてしまって、北嶋さんが「うお!?」と言って目が覚めていたけど。
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