第100話「3章epilogue」

『では、さらばだ』

 メイちゃんは看板にそう書くとそれをアユムに渡す。


「魚、達者で暮らせ」

 メイちゃんが着ぐるみを脱ぎ、素顔で魚に笑いかけると黒い鎧となった魚は照れくさそうに手を上げる。


「さぁ! しんみり空気は……ここでおしまい! 君たちを元のくっだらね~世界に返すよ! そう、僕とぉとぉ君だよ! 今絶賛アシスタント募集中なんだよ! っ、人形王いねーし!」

「あ、先日『エンジンがやはり問題だ』とか言って帰っていきましたよ?本社でチーム組むとかなんとか……」

 人形王と黒子の美女2名は騒動が収まるとさっさと帰っていった。別れの挨拶が無かったところを見るとまた来るのかな……と不安になるアユムであった。


「じゃじゃじゃ! いくよー! 本来いてはいけない人間、帰す君! 発動!!!」

 とぉとぉ君が杖を振り回すと大志(メイちゃん)の足元に光の円が発生する。

 その光は大志を溶かすようにじわじわと大志に侵食していった。


「みんな、楽しかったぜ……またな!」

 大志は最後に周りを見回すと印象的な笑顔で光と共に消えた。


「行っちゃいましたね……」

「行っちゃった……のだ」

「寂しいですか?」

「寂しく……なんか……ない」

 あれ?っと思ったアユムは魚を見上げる。

 どこか晴れやかな雰囲気をしている。


「『またな』……って……言って……た」

「ああ……」

 社交辞令だろう。


「僕も……『またな』……って……思った……だから……僕は……次までに……立派にならなきゃ……イケナイ……」

「……ふふ、ですね」

 魚の言葉にしんみりしかけていた15階層の面々の表情に明るさが戻る。


「僕も負けません」

「僕も……だ」

 こうしていつの間にか15階層の一員になっていた着ぐるみは来た時と同じく唐突に去っていったのだった。


~~大志が戻された地球、1カ月後~~


「ふぅ、あんなに早く話がまとまるとは……何ともいい日だ……」

 季節は秋。

 時間は深夜。

 大志は馴染みの農家さん数名と海外にコネクションを持つ事業家、更に翔子の仲介で興味を示した投資家と接待を受けた帰りだった。

 全てを仲介する形になってしまった大志はこの接待に向けて準備を重ね、非常に緊張して挑んだのだが……偉いはずの人たちは皆気さくな人たちで、話すと情熱が漏れてくるような人種だった。太志はほろ酔い加減の気分の良い歩調で駅から自宅までの帰路を歩く。

 歩きなれた道。目をつぶってもたどり着く道。

 大志は楽しかった。同じ方向を向き、語り合い、違う職種、立場で情熱をぶつけあう。打てば響く。気持ちい時間だった。

 ついついガード下の居酒屋に向かい2次会。

 日付をまたぐ前に解散となった。

 家で待っている翔子には呆れられてしまった。


「……やぁ、沢松さん。お久しぶりですね」

 大志が足を止めると、目の前にはパーカーのフードを目深にかぶった中年男性がポケットに両手を突っ込んで立っている。大志を見るその目は爛々と輝いており、その1点をもってしてもその狂気がうかがえる。


「俺を嵌めておいてぬけぬけと……」

「可笑しいな?あなたを嵌めてなんか居ないですよ?貴方は勝手にはまったんです。そもそも粉飾して業績偽装してるけど、そんなのバレバレですよ?貴方が強引に上げていた利益も先が見えた。だから貴方が違法手段に出た瞬間、貴方は切り捨てられたんだ。自業自得でしょ?」

 先程までの千鳥足が嘘の様に大志はしっかりとした足取り、しっかりとした口調で目の前の、たった1カ月で全てを失った哀れな男に告げる。


「……ぬけぬけと……でも、お前は……」

 ポケットから抜け放たれた男の両の手には一本づつナイフが握られていた。

 大志は鞄に着けていた防犯ブザーを鳴らす。翔子に持たされたものだ。


「お前は終わりだ。あれだけ狡猾だった男の最後にしては惨めな終わりだな」

「俺は終わらない! 翔子と幸せになるのは俺だ!!!」

 男は叫ぶとナイフに魔力の輝きを宿す。


「なんだそりゃ?」

「俺の女神さまがお前を追い詰めるために教えてくれたのさ!」

 大志は咄嗟に鞄へ強化魔術を掛けるとただ振り回すだけのナイフを確実に防いでいく。やがて人が集まると思われた……だが人は現れない。


「お前……何をした?」

「俺じゃないさ、人払いの結界だっけか?……なぁ、翔子?」

 男の声と供に大志は背中に冷たいものが突き刺さる感覚を覚える。それは冷たい刃物。背中から刺し深く押し込まれる。

 驚愕に染まった大志は崩れ落ちる体を無理やり反転させ、最愛の人、翔子が赤い瞳で大志を見ず血染めのナイフを構えている光景を大志は視界にとらえ……道路に倒れた……。

「しょ、しょう……」

 最後に延ばされた手は誰にも届かず、冷たいアスファルトの上に堕ちたのだった……。


 その光景を数キロ離れた高層ビルの屋上から眺める人物が2名いた。

 1人はまだ少女と呼んで差し支えない歳の白人少女。

 もう1人は30代後半、痩せ型で人のよさそうな中年男性だった。


「あらら、死んじゃいましたね……」

「……いつの間にうちの職員に手を出したのやら……」

 中年男性が忌々し気に呟くと白人少女は満面の笑みで答える。


「あははははは、意識のない人間をジワジワと人形に変えていく呪術は我が国の十八番よ」

「……流石、とぉとぉ君を主神に持つ方はいう事が違う……」

「あら、ガリーシャ様は違ってよ……、あと我が国は別な神、1神教の宗教やってるからつながりはないのよ?」

「……彼を、彼女をガリーシャ様の所へ転送されるように小細工した方が良く言う……」

「ふふふ、そうだったかしら……」

 そこまで言い終わると白人少女は月光に照らされる。

 人間的ではない人形的な美しさが月夜に映えるようだ。


「さて、おしゃべりはここまでですね。我、神の眷属として運命の執行、確かに見守りました」

「見守るね……」

「うふふふふ。ではこれにて失礼。私を捕らえに来た【間抜けなこの国の魔術組織】の代表様」

 白人少女は淑女の礼を取るとそこで動きを完全に止めた。


「……人形……か……、折角だから最後まで見ていけばよいものを……あ、それだと彼女の本体が危険か……中々の危機察知能力……」

 などと中年男性は何一つ悔しがるでもなくただ平坦な口調で呟くと大志が倒れている場所を再度見る。

 血染めのナイフを手に持ち、狂ったように笑う男と【腕を】切られて倒れている大志。

 人が集まり始め、警官に大志は保護され男は連行されていく。


「いやはや、なめられたものだ。あちらの世界で神の力を使い行ったことを、只の神の代行体で並行実施とか、私達をなめすぎだよね……さぁ、なめた分お代を頂戴しようかね……」

 中年男性はスマートフォンを取り出し独自OSのそれから入る情報に目を通し決裁する。

「東京大掃除は順調順調♪……はぁ、私はその後の報告書作成で徹夜かな……面倒だな~……」


 白人少女は人形から意識を戻すと機嫌よく部下たちに撤退を指示していた。


「会長。よろしいので?」

「よろしくてよ。たったの1度負けただけで全てのガードが緩くなった大国など……、また潜入すればよいだけです。彼らはこれから威信をかけて我らを探すでしょう。ですが、すでにすべて手遅れなのです。神託は、神の意志は通されました。皆さん、国に帰ってバカンスの時間ですよ」

 白人少女の体を守るためこの国に侵入していた工作員の8割がふ頭の倉庫に集められていた。

 逃走手段である船も複数ある。

 彼女らは勝者として、全ての先手をうった者としてこの国を去ろうとしていた。

 ……だが、それすら読み切っていた者が存在する。


「ばかな! 囲まれているだと?」

「どうしました?我が紳士の国ではスパイも紳士であらねばなりませんよ?」

「……会長、申し訳ございません。警戒の者どもが次々と……」

 言われて白人少女も急ぎ通信機を耳に入れる。


『日本のタヌキは化物だ!』

『僕はタヌキじゃない! ぽっちゃり系男子だ!』

 コントの様な声が聞こえる。


『第一、お前らの母国語俺が分からないとかなめてるだろ?ハーフよ?一応』

『……タヌキとのハーフか! 物の怪というやつか……』

『うちのかーちゃん! ルーツがお前らと一緒!』

『我が国にタヌキの物の怪はおらん!!!』

『人間だっつってんだろ!!! 黒槍!!!』

『ぐあああああああああああああああ』

 叫び後と共に通信は途切れた。同時に倉庫を揺るがす爆発が起こる。


「……撤収を急ぎなさい……。幹部以上は私と同行して……船に急ぎます……」

 白人少女が端的に指示を出すと全員が無言で動き出した。

 白人少女も周りの重要書類をまとめると急ぎアジトを出て……逃走用の船を見る。


ボオオオオオオン


 白人少女達が用意していた船が爆発を起こし2つに割れる。


「こんばんは、世界魔術師協会(自称)の皆様……」

「ショウコ・ヤジマ……」

 月夜に照らされるスーツの女性、大志の恋人、矢島翔子を苦々しい表情でにらみつける白人少女。


「異世界に繋がった私の体。それを飛び道具に使うために暗躍する……これがガリーシャ神の狙いだったのかな?残念ね。うちの上司にあっさり読まれていましたよ……」

「ガリーシャ神は絡んでおりませんわ。今のあの方は管理業務でいっぱいいっぱいです……ですのであの方の意思を忖度させていただきました」

「忖度……利用の間違いではなくて?」

 そういうと白人少女の背後で再び爆発が起こる。


「……あれは?」

「……そう魔法ですよ。先日スカウトした逸材の……タヌキチ君……だったかしら?」

 上品に笑う翔子だがその瞳に一切の油断はない。


「幻術とは言え愛しいあの人を殺させた貴女には少し後悔してもらおうと」

「……そんなことして外交問題に」

「なりませんよ。貴方たちの母国はいったいどれほど譲歩してくれるのでしょうか……楽しみですね」

 上品にゆがむ翔子の笑顔に白人少女と幹部たちは旋律を覚える。


「さぁ、アジア最強の魔術師の憂さ晴らしの時間です……」

 怖気を覚えるほど整った翔子の笑顔は恐怖そのものだった……。

 前方にアジア最強の魔術師。背後にありえないはずの魔法を操る少年。白人少女たちに逃げ場などなかった……。


「因果応報……か、世知辛いね……なぁ、ニャンダー」

 大志は精密検査を経て万が一の為病院で一泊することとなっていた。

 ベットの横に置かれているのはお守りとしてのニャンダー人形だった。

 ニャンダー人形は風に揺られ、大志の言葉を肯定する様にうなずく。


 こうして、多くの……神まで巻き込んだこの騒動は静かに終結を迎えた。

 大志は静かに月夜を眺めながら横になりやがて静かな寝息を立てるのであった。


(3章完)

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ダンジョン農家! ~モンスターと始めるハッピーライフ~ ぐう鱈 @guchi_guchi

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