第99.6話「魚ボッチの戦争・後編3」
「……迷惑……これ……お前らにとって……他人事……」
魚はニャンダー達を一瞥するとそう呟いて黒のモンスター軍団に向き直る。
しかし声が上擦っていた。
メイちゃんは魚の横に並ぶと七色のツメを発動させたまま腕を組む。
「魚よ。知性を得たのであればわかるだろ?」
「……」
唐突に自らの声で語り始めた。
「何者も1人では何も成せない。1人でできる! なんてのは空想の産物だ」
「……」
魚はメイちゃんの意図が読めなかった。
「1人は1つの事をすると、他の事が疎かになる。だから人は個性にあふれている。職業にあふれている。どの様な人もしたいことをするためには……他人を動かす必要がある。人を動かすために必要なことが何かわかるか?」
「お金、名誉」
「くはははは、お前さんやっぱり人間臭いは……」
メイちゃんが豪快に笑い飛ばす。しかし魚はそれよりもニャンダー拠点攻略型が悠々と黒のモンスター軍団やモルフォス達を圧倒していることが気になって仕方がなかった。
「そうそう。人を動かすのは利益だ。それが金であったり、信念であったり、名誉であったり、恩義であったり、時に愛であったりする。だが全ての上っ面をはがせば利益に通じる。入り組んだ人間観関係、入り組んだ利権構造、とても複雑な社会。それが知性を得た者の世界だ……」
「……知ってる……」
上手く立ち回れない、それが辛いのだと魚は表情に出す。
「だからお前は馬鹿なんだ」
メイちゃんはニヤリといたずら小僧のように笑った。そう魚には見えた。着ぐるみの顔は表情を変えない。だが、メイちゃんの言葉が仕草が魚の想像力を刺激し、そのように見せたのかもしれない。
「素直に頼れ、素直に望め」
メイちゃんは手を広げる。
「誰もが1人では何もできない、だから誰でも他人を頼る。人は万能ではない。知性は万能ではない。時に自分の足を引っ張る。だから……大人は素直になるんだ。背後の人間関係、利権関係、恩を売る売られる。すべての構造を抱えたまま。色々な罠を張り巡らせながらも、人は素直になるんだ」
メイちゃんは集積型ミサイルでモンスターを蹂躙し、主砲でモルフォス達を1人また1人と気絶させていくニャンダーをほほえましく見守りながら言う。
「人の社会は、知性ある動物の社会は手を伸ばせば、その手掴んでくれる人がいる。しかしそれは手を伸ばした者が何かを持っているからだ、何も持っていなければ、……いや手を伸ばした者が持っている物を自覚していなければ……誰もその手を取手などくれない」
メイちゃんは魚を見上げる様に見る。
「お前さんは差し詰め持ってるものを理解していない性質だね」
「……僕に何が……」
「例えば、階層主という立場、魔法が使えるという技能、階層主として得られる収入、業務で手にする資源の産業としての利用価値……まだ出るぞ?」
魚は困惑する。魚は常に独りだと思ってきた。何もない自分だから誰も寄ってこない。何もない自分、だから悪と知っても手を出さなければならない。全て自分が無価値だと思っていたからだ。
「俺にとってお前さんは魔法の師匠だ。それだけでも俺に利益が、価値があるぞ?」
「それは罠……神の罠……戻れば無価値」
「価値を決めるのはお前ではない。俺の価値を決めるのは俺だ。お前の価値を決めるのはお前だ。人は誰しも無価値なものは求めない。持ち主が無価値と思っている物が他人には価値があった場合、人はその持ち主を無価値だと判断し距離を取る。再度問おう。お前さんは無価値か?」
魚はメイちゃんの視線に撃ち抜かれ様な感覚を覚える。
「……違う」
そして魚は絞り出す。絞り出し、自分には価値があると思うと自然と背中に1本板を差し込まれた様にピンとした感覚が生まれる。魚はメイちゃんを見下ろし言う。
「僕の魔法は……わかりやすかった……だろ?……でも……神の罠に……気付かなかったのは……君の落ち度……だ」
「くくくく、そうだな。次回から気を付けるとしよう」
「僕は……僕は……1人なのか?」
「いや、少なくとも俺は友達だと思ってるぞ」
「……そうか……」
「それに無価値でもない。例えば…………奴等がああなってるのは何故だ?今下層からダンジョンモンスターが狂っていく事象が起こっているがあれは違うな……」
視界の中ではニャンダーが打倒した者たちに抵抗物資をかけているが効果がない。
「……あれは……神の呪い……」
「だそうだ。アユム」
メイちゃんがアユムに魚の言葉を伝えると、アユムは神剣をつかむ力を強くし瞳を茶色から金色に変化させ微笑む。
「見つけましたよ!」
アユムはそう叫ぶと誰も居ない空間に走り込み、神剣を一閃。
すると空間は大きくゆがむ。そこにアユムは右腕を突っ込むと握りこむように力を籠める。
「吸収!」
1分、誰もがアユムに注目していた。
口の端から血を流し苦しそうに口をゆがめるがアユムの瞳は力を失う事はなかった。
「……やりましたよ」
やがてアユムは脱力しながらも笑顔で仲間たちをみた。
そしてそっと寄り添うアームさんに体をゆだねる。
黒のモンスター軍団、モルフォス達。全員が糸の切れた人形の様に倒れる。
「さぁ、死なない内に処置をしよう! 誰も死なせるんじゃないぞ」
「君は意外と人使いが荒いね……」
「楽しそうにしている人が言うセリフじゃないですね」
「雌にデレデレしてたって奥さんたちに告げ口しよう」
「お前ら~~~~~!」
人形王と黒子の美女2名が特に精神的、肉体的に瀕死のモルフォス達に駆け寄っていく。モルフォス達の指に嵌られていた指輪はまがまがしさを失っていた。
「さて、俺は何もしなかった訳だが、俺は無価値だったかな?」
「……いや……」
メイちゃんは何もしなかった。だがメイちゃんがニャンダー救出に、自信のリスク覚悟で動かねばこの奇跡はなしえなかった。魚が知るのはそこまで。しかしメイちゃんは知っていた。自分を取り巻く陰謀について。光の一派として【支援のみ】を条件にダンジョンに滞在していた人形王が全てを語っていたのだ。
「さて、俺の目的は恋人と友人の救出なんだが…………助かったかい?友人よ?」
「…………ふっ…………そんな恰好で……男前な……セリフ……………………助かったよ……友人」
笑い合う2人。
「……ついでにもう1つ助けてくれないか?友人」
まだ戦闘したりなさそうなニャンダーが魚とメイちゃんを見ている。
「……あー、うん。……彼女ああなっちゃったら最後まで付き合うしかないんだわ。すまんな」
「……貸し1つね……」
「はっはっはっは。こいつは参ったな……」
その後ニャンダーの暇つぶしと救護処理を終えた一行はゆっくりと認識不能空間を出てとりあえず魚の元職場40階層へ目指し40階層で神樹の息子と接触することに成功した。
こうしてコムエンドダンジョンを揺るがした騒動はゆっくりと解決に向けて進むのであった。
侍従神が作り出した認識不可の空間に青年は手を突っ込んでいた。
「不快だ……」
青年に表情はなかった。
突っ込んだ手を微かに動かす度に不快感に少しだけ表情を歪める。
「神が小さな世界を作れるのは知ってはいるが、この様な不出来な世界……不快だ」
認識不可の空間に突っ込んでいる手とは反対に持つ水晶が強く光る。
「……消えろ」
青年は即座に手を抜き眼に力を籠めると周囲にガラスが割れたような高音が響き渡る。
「……流石ですね。中級神が作り出した世界を一撃で破壊ですか……」
いつの間にか青年の背後に現れた6翼の天使が驚嘆の吐息を漏らす。
「持って帰れ……あと光のに伝えるといい。俺にこんな不快なことをさせたのだ。相応の報酬を期待していると……」
「期待に応えられなければ?」
「10年ぐらい甘味の御供え物はない。全世界的にな……」
「……天界がメシマズと死ってそれですか……恐ろしい人ですね、人形王」
6翼の天使は微笑みながら言うと水晶を受け取り光に消えた。
「俺は面倒臭いのは嫌いなんだよ……まぁ、あの着ぐるみは面白かったがな……」
それだけ呟くと人形王も光に消える。
そこに残されたのは元通りのコムエンドのダンジョンであった。
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