9章 終幕! 一年エクレア組の天上天下ユイちゃんが独尊カップ!


「くらえ! 《苦甘漆黒》(グレートチョコレートケーキ)!」

「ゆくぞ! 《脆崩紅閃》(スペシャルショートケーキ)!」

 彈野原とユルゲンスが同時に己の技を疾呼し、黒い濁流の中より顕現する。

「ふふふ……さすが唯虎様! あの圧倒的戦力差をもろともしない立ち居振る舞い、あやうく自分に惚れてしまうところだったぜ……」

「まったく唯虎は何を言っているのだ? 敵を殲滅し、薙ぎ払ったのはこのユイアーネの美しく気高い攻撃だったであろう?」

「何を! やんのかユイアーネ!」

「望むところだ! ちょうどまだ暴れ足りないと思っていたところだったのでな……」

「それじゃ遠慮なく……」

「唯虎! あれを!」

「注意を逸らそうったってそうはいかないぜ……ってなんだこれは……」

今にもユルゲンスに飛びかかっていきそうな彈野原が目にしたのは、両手を上げ、降伏の意志を見せる水萌の姿だった。

「はいはーい。私はもう降参よ、あなた達と戦う意思はありませーん」

「…………!?」

 その瞬間、戦いの終焉を告げるベルがけたたましく鳴り響く。

「勝者! 一年エクレア組!」

 そうアナウンスがあった時には既に水萌は夕影に背を向けて、光樂のいる方へと歩みを進めていた。

「え……一体どういうことだ……」

 夕影は状況が全く理解できないでいた。てっきりこれから水萌ユイラとの最終決戦が行われると思っていた。てっきり今から水萌ユイラと一騎打ちの対決をすると思っていた……

――なのに!

「降参って……」

「お姉ちゃんはもう勝負の行方が分かっちゃったんだと思います……勝ち目がないと思って潔くきっぱりと勝ちを諦めちゃったんだと思います」

 水会が夕影に囁くような小さな声で言った。

「あいつはそれでいいのかよ、こんな幕引きでよかったって言うのか」

「…………」

 水会は何も言わなかったが、夕影はなんとなく水萌ユイラという人物の持つ一面を感じ取ったような気がした。

「…………」

「ま、とにかく勝ったんだし、意味ありますよ、夕影惟斗」

 そう言って無相はとんと無邪気に夕影の方に触れた。

「そうよ、私たちの犠牲も無駄じゃなかったってね」

 隣には天彩の姿があった。夕影は天彩が壮健な姿でそこにいることが限りなく幸福なことだということを今、天彩を前にして感じた。

「天彩……無事だったんだな……」

「有意味ちゃんがとっさに庇ってくれてなんとか助かったって感じ。本当ありがとうね、有意味ちゃん」

「まあ、おおいに意味があったってことで」

 無相は相も変わらず意味が有るか無いかに拘泥していた。そして、夕影は天彩の快活な声を聞いて充足感で満たされていた。

「夕影プロデューサー! 私たちのこと……忘れてないわよね?」

「そうよ、私達、MVP賞もらえると思うのだけれど……」

 牧ノ矢と我舞谷は報酬をそして賛美を頂かんとばかりに夕影に詰め寄ってきた。

「二人とも、ありがとう……そしてお疲れ様!」

「なんだ、なんだ……そうして、十年ぶりに合った旧友同士のやりとりみたいな感じになってんだ」

「まったく……たかが一戦終わっただけのことだろう」

 彈野原とユルゲンスも夕影の元に駆けつけていた。

「みんな……無事でよかった! そしてお疲れ様!」

 夕影は素直に一年エクレア組の皆に感謝していた。皆の協力がなければ、この勝利はなかった、そう感じていた。

「なにを今更……私たちエクレア組に不可能なことなんてない」

「そうです、夕影さん……私たちが力を合わせれば何でもできるんですよ!」

「やっぱりエクレア組は意味あるってことで!」

「私たちがいれば、一騎当千、国士無双だな!」

「ふふふ……私たちの力を勘違いされては困るわ……」

「夕影帝国に向けて一歩前進ってことね!」

 皆が口々に勝利の喜びを語っているところに天彩は……

「お疲れ様! 夕影君!」

 夕影は天にも昇るような気持ちになった。天彩から労いの言葉を頂けるなんて、まさに、幸甚の至り!

 夕影が心の内で至上の喜びを噛みしめていた、その時、遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。

「みんなー! とりあえず初戦突破おめでとーう!」

 そこには両手いっぱいに袋を抱えた美甘先生がいた。荷物がいっぱいで今にも躓いてこけるんじゃないかという危うさを感じさせてい……

「あっ……」

 気がついたときには美甘先生は足がもつれて前のめりに転倒しようとしていた。両手に抱えていた袋から色とりどりのお菓子たちが我先にと言わんばかりに宙を舞う。

――《衝吸撃収》(アブゾーブスポンジケーキ)!

 そして、

――《緩和柔和》(リラクションメレンゲパイ)!

「ああっ! それは私のっ!」

 無相は自分の技を他の人に使われたことに対して、無感動ではいられなかったようで感嘆の声を漏らした。

「やっぱり有意味ちゃんの技って意味あるね」

「非常に意味がある、即ち効果覿面! ってやつだな」

「まあ、みんな他のメンバーの技も見てたらなんとなく使えちゃうんだよね……」

 そう言って一年エクレア組の生徒は宙に舞ったお菓子たちの回収に成功した。

「みんな……ありがとう! それは私からのささやかな差し入れよ!」

 美甘先生は転倒したせいでずれた眼鏡をもとにもどしながら言った。

「さすが先生! ありがとうございます!」

「夕影プロデューサー良く頑張ってくれました! そしてこれからも頼むわよ!」

 美甘先生からの謝辞は夕影プロデューサの心にさらなる火を灯した。

――俺だってやればできるんだ、俺だって……

 夕影に芽生えた自己肯定観、自分はダメなんかじゃない、そう確かに感じることが出来た。

「夕影惟斗、なにやってるんですか? 早く食べないとなくなっちゃいますよ!」

「ここからここまでは私が食べる!」

「何を言う! これは私が食べるんだ!」

「まあまあ、先生はいっぱい持ってきてくれたんだし、仲良く食べましょうよ」

「水会ちゃんの言う通りよ、唯虎もユイアーネももっと味わって食べなさい」

「そうよ、もっとおしとやかに慎まし……もぐもぐ」

「我舞谷さんは食べながら話をしない! はい、夕影君のぶんとっておいたよ」

 天彩はそう言って夕影にカヌレとフィナンシェを手渡した。ほんのりと香って来るその甘い芳香にそして天彩のやさしさに、夕影は心が洗われるような気がした。

「天彩……ありがとう。俺は嬉しい、嬉しいよ……」

「夕影プロデューサー、頑張ってくれたもんね! お疲れ様……」

「ひゅーひゅー! お似合いおにあい!」

「よっ! 見せつけてくれちゃって!」

「さすが、正妻の余裕ってやつかしらね……」

「心がトゥンクします……」

「公衆の面前ってことを意識してほしいわ……」

「意味あるかないかで言えば意味ありますね」

 夕影と天彩の一連の所作を目の当たりにした皆は言いたい放題言っていた。

「みんな……忘れてるかもしれないから言っておく……俺たちの戦いはまだ終わったわけじゃないんだぜ。俺たちの戦いはこれからも続くんだ!」

「何を打ちきり漫画の常套句みたいなこと言ってんですか。そんなこと分かってるに決まってるじゃないですか、ねえ……」

 無相がそう言って皆の方を見ると、皆の動きはまるで時が止まったかの如く静止していた。

「し、し、知っていたとも、もちろんね」

「なんで騒いでるのかって見失ってなんていないんだからね!」

 しらばっくれるものもいれば、

「人は忘れる生き物ですし……」

「過ちは誰にでもあるわ。大事なのはその後どうするかってこと……」

「そうよ、人は失敗から学んでゆくってのは良く聞く話よね」

 開き直って悟りを開く者もいた。

「まあ、これからも頑張りましょうってことで!」

 天彩が良い感じにまとめようとして、一年エクレア組の初戦突破パーティは幕を閉じることとなった。

「そうだな、一年エクレア組! これからも頑張っていこう!」

 夕影は天に拳を突き上げ、奮起していた。

――これからも、頑張ろう!

――この一年エクレア組で!


 だが、夕影達は知らなかった。

 これからどのような戦いが待っているのか。

 次の対戦相手、一年キャラメル組が、一体どのような力を秘めているのかを……


 第二試合、一年エクレア組VS一年キャラメル組の試合が始まろうとしていた。

「さあ、二回戦も気合入れていこう! 編成は前回の時と同じだ。各自、自分の持ち場を離れることのないように! そして己に与えられた役割を全うすること!」

 夕影がさながら教官のようにそして、棟梁のように、皆に指示を出していた。

「まあ……普段通りやればいけるでしょう」

「そうそう、気負いすぎて固くならないようにってな」

「所詮は格下でしょ? 私たちの敵じゃないわ」

 油断大敵という言葉を知らない者が多数いる一方で、

「よしっ頑張りますっ!」

「今回も意味ありますように……」

「雪凍乃ちゃんも、有意味ちゃんも頑張ろうね!」

 気を抜かずに緊迫感を持った者もいた。

 そして、夕影プロデューサーはというと、

――相手の情報が一切ない状態だ。

――相手は一体どんなチームなんだ。

――作戦変更なんてのも視野に入れておいたほうがいいのか……

 あれこれと考え、無駄に不安を募らせていた。

 そう……

――「無駄」に。


「え……こんなに……」

「流石にあっさりすぎるだろう……」

 一年エクレア組は勝利していた。

「まあ、初戦は苦戦したけど、次はそうでもなかったなんてパターンはよくある話ではあるけれど……」

「まあ、勝利したから良いじゃないですか」

「よくよく考えてみれば水萌ユイラ級のアイドルがごろごろ転がってるってわけじゃないし当然っちゃ当然よね」

 夕影の不安が杞憂で、その巡った思考は徒労で、一年キャラメル組はまさに予想外の弱小チームだった。

「私の華麗な新技にかかれば相手も一気に殲滅ってだったな!」

「彈野原さん……嘘は良くないですよ……普通に《黒烈激流波》(チョコレートフォンデュ)!って言って暴れてただけじゃないですか」

「勝てばなんでもいいんだよ、勝てば!」

 三回戦、一年エクレア組VS一年マカロン組

――一年エクレア組の勝利!


四回戦、一年エクレア組VS一年クレープ組

――一年エクレア組の勝利!


五回戦、一年エクレア組VS一年クッキー組

――一年エクレア組の勝利!


 初戦に本物のアイドルと戦って勝利した一年エクレア組の快進撃はとどまるところを知らなかった。

「いやはや、私たちは天狗よ! もう有頂天ってやつぅ?」

「私たちに勝てぬもの無しってな!」

「幾度の戦いなんて無意味です。私たちに挑戦するなんて意味のないことなんです」

「まあ、油断しないでっていうのも流石に無理がありますよね……」

「べ、別に勝ちたいわけじゃないんだから。勘違いしないでほしいわ……」

「しかし本当に我舞谷の言うとおりだ! 私たちを負かすようなチームはないものか……」

 皆はあまりにも勝ち星を上げ過ぎていたため、慢心し、傲岸不遜な態度をとっていた。

「まあまあ、みんな。そろそろ負けなしの強豪チームが現れるって! 気合い入れていこ」

 一年エクレア組の中では、天彩だけがいまだ緊張感を持ったままの様子で皆をなだめていた。持ち前のマイペース、周りに流されない気質が幸いしたようだった。

「天彩……残念ながらそれはない……なぜなら、さっきの一年クッキー組との戦いでこの天上天下ユイちゃんが独尊カップは終了だからだ」

 夕影がそう言い終わらないうちに皆は歓喜の声を上げた。

「優勝は我々一年エクレア組がいただいたぞ!」

「やっぱり私たち、やればできるってことね!」

「まあ意味あったってことで!」

「さあ、今から祝賀パーティよ!」

「おーい! お菓子持ってこーい!」


 こうして一年エクレア組の天上天下ユイちゃんが独尊カップは終了した。


 だが夕影たちは気が付いていない。


 今まで戦ったクラスは全て、一年生だったということに。


 一年生の頂点に立っただけ、つまりはお山の大将になっただけで粋がっている一年エクレア組には厳しい戦いが待ち受けているのだった……




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