8章 相克! 二人のユイトと二人の水会
《天上天下ユイちゃんが独尊カップ》開催前、牧ノ矢と我舞谷は連携攻撃のアイデアを考え出そうとしていた。
「我舞谷さん! あなたってほんとは情熱的な人でしょう。普段はスカした態度でそれが? とか、だから何? みたいにしちゃってるけど……いつなんどきも私は冷静です、動揺なんてしません、みたいに飄々としてるけれど……実際のところは、そんな人間じゃないんでしょ。きっとほんとはそんな人じゃないんだよね? それがなんか分かっちゃった」
牧ノ矢弓射流は普段通り、乙に澄ましている我舞谷に向かってそう言った。
「なによ、いきなり……私は我舞谷由龍、それ以上でもそれ以下でもないわ」
「そんなことを言ってるんじゃないのよ。あなたのその炎の攻撃、どうも私にはクールなキャラが使うような技じゃないかなって思って……その身を焼くような熱い炎、空気が足りなくて不完全燃焼になっちゃってる赤い炎だけど、それでもたぎる血潮のようなエネルギッシュな赤い炎」
――どう考えてもそれって主人公キャラっていうかそんなイメージがあるっていうか……
牧ノ矢がそう言いかけた所を遮って我舞谷は言った。
「キャラだとかそういうのをあなたは意識しているのかしら、牧ノ矢さん。私は、あなたのそのまっすぐに向かう姿勢、なんとも直線的な攻撃、愚直ともいえるような素直な攻撃、普段のひねくれた物言いからは想像もつかないのだけれど……」
――そういうあなたこそ、主人公キャラって奴じゃないかしら?
我舞谷が牧ノ矢に向かって言い返した。傍から見れば喧嘩の起きる一歩手前、そう見えるかもしれない。だが、二人の表情はそのような険悪なものではなかった。
「ふふっ……やっぱり私達って似通ってるところがあるのかもしれないわね」
「何勝手に親近感持っちゃってるのよ。本当、迷惑だわ」
我舞谷はいつものようにぶっきらぼうにそう言っていたが、牧ノ矢にはそれが満更でもないような様子に見えた……
――《紅蓮龍弓》(ホットケーキドラゴニックアロー)!
牧ノ矢と我舞谷の二人の攻撃は、一年ババロア組の生徒に直撃し大気炎を上げた。
「柄じゃないとか、キャラじゃないとか、そんな言葉は枷でしかないわ。私たちだってやるときはやるのよ! 私たちの愚直な炎舞をとくとご覧あれ!」
――《赫炎真一檄》(ダイレクトアップルパイ)
「ぐっ……熱ッ……」
幾重にも重なったパイ生地のように、我舞谷の炎も層を成して一年エクレア組の生徒をサクッと香ばしく焼き上げた。
「さあて、仕上げよ! いち、にの、さん!」
――射流
牧ノ矢が投箭し、ババロア組の二人を見事に串刺しにした。貫かれた二人はそのままバタリと地面に倒れこんだ。
「ふっ……私たちだってやればできるんだから……」
「始めはどうなるかと思ったけれど……なんとか勝てたって感じね」
我舞谷、牧ノ矢はそうやって敵舞台攻撃隊としての使命を全うできた余韻に浸っていた。二人の間にはもうすでに戦いは終了したような空気が流れ、さあ今から休憩だと言わんばかりに腰を下ろそうとした。
その瞬間……
――《円盤裂切》(ガレットスリッド)!
油断している二人の背後から見覚えのある攻撃。
だが、その攻撃を二人は避けることはなかった。
「……既出の技を使ってくる時点で勝ち目なんてないって……ご存知ですか?」
「往生際の悪い女性は嫌われますよ……」
――《炎直燃真破》(カーディナルシュニッテン)
突如、針のように細く鋭い火柱が無数に現れ、まるでそれが意志を持っているかのようにババロア組の生徒の方に向かっていった。
音もなく冷酷にそして、炎はまだ暴れ足りないと言わんばかりに狂ったように歪曲しながら赤い光を放っていた。
「さあ、本当にこれで終わったわね……」
「後は、夕影さん、水会さんに任せましょう……」
二人はすっかり《克巧力》が枯渇してしまい、ただ舞台の夕影と水会の姿を見守ることしか出来なかった。
その頃、舞台上では、
「くそっ……彈野原、ユルゲンス……」
夕影惟斗は焦っていた。二人が敵にやられてしまい、舞台は自分と水会の二人きりになってしまったから、今まで支えてくれていた二人を突然に失ったから。
「私が頑張らなきゃ!」
水会雪凍乃は奮起していた。二人がいなくなることは考えられうるハプニングの一つであり、そうなる可能性は十分にあったから。動揺は一切ない、ただ、冷静に的確に……
――歌い、踊り、戦わねば。
そう感じていた。
「夕影惟斗……」
光樂は悲憤慷慨していた。夕影との約束したはずなのに、夕影は舞台に立たなかった。それが悲しくて、狂おしいほど嘆かわしい。
「私ってばサイキョー!」
水会柚苺良は自己陶酔していた。どんな舞台であれ舞台は舞台、アイドル水萌ユイラの名に恥じないように常に全力、やっぱり私って可愛い!
それぞれの思いが交錯する中、舞台は最高潮を迎えていた。
「水会……いくぞ!」
夕影が水会にアイコンタクトを取りながら右手を天に掲げた。水会もそれを見てすかさず左手を夕影に合わせるようにして突きあげた。
――《星霜耀翔輝》(フラクタルフラグメントフラッペ)
金色に輝くダイヤモンドダスト、その眩い光が会場を包み込み、その光は目も開けられないほど強烈な閃光となった。
「幽絲ォ!」
夕影が、ステージを離れ光樂の元へと走り出す。その横には水会、全速力で姉である水会柚苺良のいる方へと駆けて行った。
「…………!?」
光樂幽絲は自分の名を呼ぶ野太い声を聞き、即座に全てを察した。この少女は少女の顔をしているが、紛れもなく夕影惟斗だ。夕影は光樂との約束通り舞台に立ち、自分と相対していたのだ。
――それを今、理解した。
「惟斗……僕は嬉しい、嬉しいよ。ちゃんと約束、守ってくれてたんだね。ふふふ……だからこそ全力を賭して君を潰す。全身全霊をささげて君をぶちのめす。完膚無きまでに……再起不能になるまでに……もう僕のことを忘れられないくらいに……僕の存在を刻みつけてあげるよ!」
――《闇暗岩塊》(ブラックブルードロ)
光樂はその名とは対照的に禍々しい邪気を放つ漆黒の物質を生成し、それをそのまま夕影達の方へ投げつけた。
「危ないッ!」
夕影は水会を庇うようにして横っ跳びに身をかわした。
「あ……ありがとうございます」
水会が夕影にお礼を言いながら伏せた頭を上げると、そこには……
「雪凍乃ちゃんにしては良くできました。まあ、そんなものよね、あなたなら……
でも、知ってた? 妹は姉を越えることなんてあり得ないって。それを今から身を持って知らしめてあげる」
――《紫苺毒霧》(ヴィオレフレージュレ)
水萌ユイラはその美しい容姿からは想像もつかない、醜悪で毒々しい液体を霧状にして噴射した。
「雪凍乃!」
夕影がそう叫んだ時には水会は水萌の毒牙にかかってしまっていた。咳き込み苦しそうにしている水会、それを見た夕影は逆上し、我を失いかけていた。
「よくも……よくも雪凍乃をッ!」
――《氷砕冷破》(フローズンシャーベット)!
心火を燃やし激昂する夕影に向けて、頭を冷やせと言わんばかりに氷雨が降り注いだ。
「夕影さん、私はもう大丈夫です……だから、夕影さんはあの光樂って人を頼みます。ここは私が……」
――《白氷凍結》(ブラン・マンジェ)!
水会が生み出した巨大な氷塊、その氷塊が姉である水萌ユイラを圧殺しようと駆動する。
「いっけええええええええ!」
水会は容赦なく、最初から全力で実の姉に向かって牙を剥いた。
そうして振るった力は今まで無下扱われてきた自分を見直してほしいという思いの表れだったのかもしれない。なんでも出来てしまう姉への劣等感から生じたささやかな復讐だったのかもしれない。
――私だってやればできる、私だって……
水会は心の中でそう強く言った。
そう強く願った……
だが、
「それで終わり? なーんて陳腐な言葉を使いたくはないけれど……やっぱり、雪凍乃ちゃんはいつまでたってもちっぽけで、何もできない雪凍乃ちゃんだね……」
――お姉ちゃん残念だよ。
水萌は平然と何事もなかったかのように、そこに立っていた。それもそのはず、水会が攻撃したのは水萌の幻影、水萌が作りだした残像だったのだから……
――《蜃影錯形》(ミラージュ・ミル・クレープ)
そう言って水萌はまた新たに自分の身代り、大きさから姿、形にいたるまでの全てが同じである自分の分身を作り出した。
「ほんと、こんな分身を倒したくらいで私を倒したと思ってたなんて……滑稽ね。実力差がありすぎてあくびがでちゃうわ……って……え?」
「お姉ちゃんの敗因はいつまでも私のことを今までの私だって思ってたこと……」
――《凍塵氷刃》(ソーディアンソルベ)
「なっ……」
水萌ユイラは無数の刃でその身を貫かれることになった。あれほど蔑み、嘲笑っていた妹、水会雪凍乃に……
「悪いけど、お姉ちゃん……私はお姉ちゃんを越える!」
その頃、夕影と光樂は、
「惟斗! 分かったよ! 惟斗は僕との一騎打ちを望むんだね!」
「幽絲! 俺はお前を倒してこの戦いに勝利する!」
二人のユイトはエクレア組、ババロア組それぞれの代表としてしのぎを削っていた。恰好は二人とも美少女そのものだったが、その戦いぶりは女々しいなどと形容するにはあまりにも豪快で雄々しいものだった。
――《黒溝虚沈》(ヌガーガイルカヌレ)
地盤沈下が起こったかのように、夕影の立つ地が途端に揺らぎ文字通り足元を掬われてしまった。
「くっ……やるな……幽絲……でも!」
――《光王撃雷》(バスタードプディング)!
迅雷一閃、光樂の動きがたちまちに止まった。
「さすが有名洋菓子店の息子は一味も二味も違うね……僕みたいな素人じゃ太刀打ちできないじゃないか……」
夕影はてっきりここで光樂が諦めて降参するんじゃないかと思った。そのくらい光樂の姿は小さく見えたし、戦意を失い衰弱しきっているように見えたからだ。
「だけど、僕だって無駄に幼馴染やってないよ! 惟斗の家で食べたあのお菓子の味を忘れはしない! それこそが僕の最高の武器なんだから!」
――《暗夜月光》(ムーンライトエクレール)
光楽は勝負を諦めてなどいなかった。貪欲にそして狡猾に勝利への布石を打とうと考えていた。視界は暗がりの中へ、光楽によって光が失われる世界へと誘われる夕影。
「う……お……」
光樂は夕影に力を誇示したいだけ、ただ夕影と一緒に遊びたかったという無邪気な気持ちがあっただけなのかもしれない……
暗がりの中で光楽が作り出した光の刃が夕影を一刺しにした。光樂の夕影に対する愛が具現化したかのように、光樂の溢れ出る一途な思いが夕影の心に直接刻み込まれたかのように、その攻撃は夕影を逃すことはなく、しっかりと心臓の部分を捉えていた。
――はずだった。
「え……あれ……」
光樂は気がつくと天を仰ぐ形をとってその場に倒れていた。
「幽絲の気持ちは十分受け取ったぜ! だけど……俺の方が上手だったってことで!」
夕影は光樂が渾身の一撃を放った時、咄嗟に光を屈折させ虚像を作り出していた。まるで夕影があたかもそこにいるかのように演出していた。
「《克巧力》を使えばこんなことも出来るんだな……思いつきだったけど上手くいってよかったぜ……」
ふう、と一息ついた夕影、水会の方は大丈夫だろうか? そう思いふと水会のいる方を見遣った。
「おいおい……ちょっと、待てよ……」
夕影は脇目も振らず駆けだした。
無数の刃で貫かれた水萌、今度は残像などではない、しっかりと水萌に攻撃が通っていた、思いが通じていた。
「雪凍乃ちゃんが全力だったってことはお姉ちゃん分かったよ。一生懸命、無我夢中、一心不乱に……お姉ちゃんに牙を剥き、抵抗し、反撃した。その攻撃的な姿勢は昔の引っ込み思案の雪凍乃ちゃんからは想像もつかなかったなあ。だから、お姉ちゃんは嬉しいよ。
雪凍乃ちゃんも成長するんだって……
でもさ、やればできる、頑張れば報われる、努力は実る、だとかそういう話ではないよね。頑張っても、努力しても……
――この程度か……ってね」
水萌は不敵な笑みを浮かべながら水会を一瞥する。
「お姉ちゃん何言って……げほっ……っく」
水会は胸部を手で抑えつけながら苦しみ悶えた。それもそのはず、水萌が水会に放った
「今を全力で生きろ、だとか今が楽しければ良い、なんて言葉があるけれど、私はそんな言葉たちが大嫌い。だってさ、未来のことを考えないでなにしちゃってるんだってね、思っちゃう。雪凍乃ちゃんは今に全力を賭けちゃったんだよね。なんにも考えずに、なんとも思わずに、なんの疑いも抱くことなく突っ走っちゃったわけだ。用意周到、準備万端、備えあれば憂いなしってね」
水萌の《紫苺毒霧》は体内の《克巧力》をじわじわと奪う攻撃だった。最初から全力を出し切ったことがすっかり仇となってしまった水会、水会は意識が朦朧とする中で極度に空腹を感じた。
ハンガーノックという現象がある。肉体がエネルギーを失い、極度の低血糖状態になることで、自らの意志とは関係なく体は動きを停止してしまう。
水会が陥っているのはまさにこのハンガーノックという現象で、水萌の目の前で全く身動きが取れないでいた。
「じゃあね……ばいばい、愚図で無能な雪凍乃ちゃん……」
《惨挟酷壁》(ウエハースウォール)
巨壁が身動きの取れない水会を圧し拉ぐ。その強固で稠密な壁は蟻一匹通さないくらいぴったりと隙間なく固着した。
「本当は、スクラップにしてペシャンコなんだったんだけどね。まあ、そうそう上手くはいかないよね。知ってた、知ってた……全く光樂君は何やってんだか……」
――ってか、何やってんのあなた?
未来志向の水萌はここで邪魔が入ることをなんとなく予見し、想定していた。だからこそ、ここで水会を仕留めきれなかったことを悔いることはなかったし、動揺することもなかった。だが、水萌は驚いていた。こんな戦場で突然現れた彼女、もとい彼は何をやっているんだ、と。
単純に呆気にとられてしまったという表現の方が的を射ているのかもしれない。本来はあり得ない、どこのラブコメなんだと、そんなフラグは皆目無かったのではないかと。
「んっ……あっ……」
夕影は水会にキスをする。水会の体は小刻みに震え、水萌は夕影の横顔決まり悪そうに眺めている。
「それは《巴甘》(ペカン)といわれるカロリーの塊よ。ってか脂質の塊ね。私たちが《克巧力》を使いすぎた時に口にすると《克巧力》を回復することができるみたい。美甘先生が一人一つずつってくれたのよ」
夕影は我舞谷がそう言って自分に《巴甘》というエネルギー補給アイテムをくれたのを思い出し、すかさずそれを水会に口移しで与えたのだった。
「頼む、雪凍乃! これでっ!」
夕影が祈るような面持ちで水会を見つめる。すると、苦しそうにしていた水会は少し息を吹き返した。
「夕影さん……ありがとうございます……」
水会は横たわったままの姿勢で軽く会釈した。
「ふーん。白馬の王子様、ピンチの時に現れたヒーロー様ってわけね……分かった、分かった、なんとなく分かっちゃった」
夕影惟斗と水萌ユイラ、物言わぬまま対峙する二人。ようやくこの長かった天上天下ユイちゃんが独尊カップもクライマックスを迎えようとしていた……
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