終章 ゆいちゃんはかわゆい
先ほど厳しい戦いが待ち受けているといったな! あれは嘘だ!
――なんていうことはなくって、これはあの壮絶な戦いを生き残った後の話になる。
結論からいえば俺たちは、この《ユイマイルワールド》で大活躍の日々を送った。なぜ過去形なのかというと、もう俺たちはあの世界を離れて元の世界に戻っているからだ。
「なあ、心結。あの時はいろいろ大変だったな……」
「そうだね、惟斗君。私たちは本当に大変な日々を送っていたね……」
俺、夕影惟斗含む一年エクレア組はあの後も、《ドキッ! ゆいちゃんだらけの大乱闘会》なんていうバトルロワイヤルに参加することになり、今度は他学年とも戦闘することになったんだ……
「あの時は惟斗君が私を守ってくれたんだよね! あの時はかっこよかったなあ……まあ、今でもかっこいいんだけど!」
「心結、その話もあるけど他にもあっただろう……」
「そういえば、ユイアーネと唯虎が大健闘したんだよね。あの時は確実にあの二人が主役って感じだったよね」
相手は二年クレープ組。そして、そのクラスのトップに立っていたのは茶屋ヶ坂(ちゃやがさか)ユーイネス、ユーイラスの双子姉妹だった。
「たしかあの二人、和菓子が大好きだったんだよね?」
「ああ、俺たちはお菓子といわれてどうも洋菓子しかイメージしてなかったけど、《克巧力》は和菓子だって適用できたんだ……」
《ドキッ! ゆいちゃんだらけの大乱闘会》二年クレープ組との戦いの最中……
「唯虎! 私と貴様、二人でやつらを倒すんだ!」
「ユイアーネ! 何か勘違いしてるんじゃないのか? 私たちの間に協力だとか連携だとか、そんな仲良しごっこみたいなものがあったってのかよ!」
彈野原がユルゲンスに一喝する。ユルゲンスもその一言ではっと我に返ったようで、
「そうだな! どっちが先にやつを倒すか勝負だ!」
彈野原とユルゲンスとの関係はあくまでもライバル、友達と書いてライバルと読むなどという甘っちょろいものではない。純粋な競争相手、上をいかれたら気に食わないからそれを越えていく、理屈では説明できない、そんな関係。
「くくく……私たちに刃向かおうなんて、愚かな人たち」
「一太刀だけに……ね。姉さん」
――《金鍔銀河》(金色の銀閃)
姉であるユーイネスが抜刀し、その金色に煌めく斬撃が彈野原とユルゲンスを襲う。
「ふん! その程度!」
「効かぬなあ!」
攻撃をもろともしない二人であったが、すかさず妹のユーイラスが追撃を図った。
「ようかんはようかんで食べてねって!」
――《羊羹角煉》(羊羹の予感)
ユーイラスの手にはごつごつと堅牢な装飾がなされた重厚な槍、その槍で二人を串刺しにしようとしていた。
「おいおい……この唯虎様に槍で勝負しようなんて良い度胸じゃあねえか!」
――《黒槍突衝》(ブラックブラウニー)
これでもかと言わんばかりに禍々しい邪気を放つ黒槍、彈野原はそれを手にしてユーイラスに立ち向かってゆく。
「くくく……だからあなたたちは愚かな人たちなんです」
「落雁(らくがん)だけに、楽に逝ってね! そんで、これにてオチがつきましたって!」
――《落雁穴陥》(落雁の陥落)
彈野原とユルゲンスの立つ足元に大きな穴が出現し、二人はその穴に真っ逆さまに落ちてゆく。
「愚かなあなたたちにプレゼントよ!」
――《撒菱金平糖》(荊棘(けいきょく)の金平糖)
ユーイネスが作った大穴、そしてその穴にビビッドカラーの撒菱が容赦なく投入される。
「そしてこれは、私からの思いやりだよ。重い槍だけに」
ユーイラスは先ほど生成した槍をそのまま彈野原とユルゲンスのいる大穴へ投げ込んだ。
「…………」
「…………」
ユーイラスは反応のない穴のほうに向かって精一杯煽り文句を言ってみた。
「ねえ? ねえ? こんなくらいでやられないよねえ? 何っ! 傷一つないなんて! みたいなのやってみたいんだけど……これくらい、かすり傷だ! みたいなセリフ、聞いてみたいんだけど! こんなものか! なんていう相手を見下し、見縊り、嘲笑するようなセリフを聞いてみたいんですけど!」
「……ユーイラス、来るわよ!」
茶屋ヶ坂姉妹の前に現れたのは傷一つどころではすまないくらいに負傷した彈野原、ユルゲンスの姿だった。
――《餡子彈豪》(あんこだんごう)
ユーイラスはまるでつまらないエンターテイナーに向かって投石するように、興ざめだと言わんばかりに冷めた一撃をくらわせた。
二人はそれを避けることなく、そのまま受け入れた。
「避ける力も残ってないのですか……ああ、哀れ! ああ可哀そうに!」
ユーイネスは神に祈りをささげる真似ごとをしながら挑発するも、それらは彈野原、ユルゲンスに伝わる様子がなかった。
ぽたぽたと滴り落ちる真っ赤な血潮、茶屋ヶ坂姉妹はその血潮が蠢き、蠕動しているのに気がついた。
「……ん? これは……?」
「まずい! この二人の狙いはっ!」
姉のユーイラスが二人の魂胆に到達したときには手遅れだった。
「……っぇ……っ」
「……っぅ……ぉ」
ぶつぶつとつぶやく血みどろの二人。その光景は不気味を通り越して畏怖すら感じさせるものとなっていた。
そして……
「いってえええんだよおおおおおおおおおお!」
「許さぬっ許さぬぞおおおおおおおおおおお!」
――《煉獄悪血》(ヌテラテラズム)
――《凱旋血撒》(ブラッドリィフリッター)
突如、彼女らのどす黒い血潮は渦巻き、荒波を立てた。それはそのままチョコレートフォンデュがあふれ出したかのように茶屋ヶ坂姉妹の方へと流れ込んだ。
「まだまだああああ!」
「この程度では終わらん!」
――《禁忌禍哭槍》(マグナ・ショコラ)
――《銃彈旋雑散》(トライフル・ライフル)
彈野原とユルゲンスの一撃は今までの怨恨が募った強烈で鮮烈な一撃で、茶屋ヶ坂姉妹はそれを防ぎきることはできずに勝敗は決した。
「いやあ、あの後は血まみれの二人の介抱も大変だったよな」
「二人とも、大丈夫だって言うけど、全然大丈夫じゃないもんね!」
これが、《ドキッ! ゆいちゃんだらけの大乱闘会》の結末だ。ふざけた名前の大会のくせに中身は結構シビアで俺たちも苦戦を強いられる戦いが多かった。だけど、《ユイマイルワールド》での戦いはまだまだ終わることはなかった。
「まあ、やっぱり一番は惟斗君が大活躍だったスーパースイーツグランプリかな?」
「まあ、あの戦いは俺にとってもそして一年エクレア組にとっても大切なバトルだったな」
――《超・学級委員長選抜》(スーパースイーツグランプリ)
それは、各クラスの学級委員がしのぎを削りあう。クラス代表会議ならぬ、クラス代表バトルだった。
一年エクレア組の相手は三年エクレア組、三年生と戦うのはこれが初めてで、俺はもちろん他の皆もすっかり緊張していた。
「いやあ、まさかのまさか、惟斗君の商売敵が相手になるなんてね。なんという因果かって感じだよね。そして、私たちは初めてここで惟斗君があの有名なお店『トワイライト』の一人息子ってことを知ったんだよね。まあ、正直なんとなくは分っていたからそこまで衝撃はなかったんだけど……」
そう、まさかあの有名な洋菓子店『スノウレフト』の娘、女鹿舘 結衣鷺(めがたち ゆいろ)がいるなんて想像もしていなかった。
俺はそこで自分の甘さに気付かされた。彼女はお菓子に真剣に向き合っていて、一方で俺はパティシエの道から目を背け、逃げてばかりいたんだ……
「夕影惟斗と言ったかしら? あなた、本当にあの『トワイライト』の跡取りなのですか? もっとあそこのエクレアは気高く、輝いていましたわよ!」
――《輝閃雷光》(ブライトエクレール)
女鹿舘は夕影と同じくエクレアを基にした雷攻撃を得意としていた。それもそのはず、『トワイライト』がエクレアで有名なのと同じく、女鹿舘の『スノウレフト』もエクレアが美味しいことで有名な店だったからだ。
「俺だって!」
――《雷光嵐》(ライトにングエクレール)
「効かないわ」
「これならっ!」
――《光王撃雷》(バスタードプディング)
「だから効かないって」
女鹿舘は夕影の攻撃を自分の技であっという間にかき消してしまった。
「まだまだあああ!」
――《雷光隕星》(エクレアスターダスト)
「…………」
夕影の攻撃は女鹿舘には全く通用せず、夕影は《克巧力》を消耗し、疲弊していた。
「ぁ……はぁ……」
「降参すればいいじゃないですか。『トワイライト』のエクレアは『スノウレフト』のエクレアには勝てませんって負けを認めればいいじゃないですか」
「…………」
「どうしましたか? 疲れて声も出ませんか?」
「…………」
「ならば、私から行きますよ!」
――《雷輝光煌》(エレキテルエクレール)
俺は、ここにきていろんなことを学んだ。一年エクレア組の皆と一緒に困難を乗り越え、それを乗り越えたときに味わう達成感。みんなで食べるお菓子の美味しさ。そして、俺が今できること……こんな店を懸けて争いに来たわけじゃない。確かに俺は『トワイライト』の夕影かもしれない。
でも、俺は『トワイライト』の夕影惟斗であり、同時にこの一年エクレア組の学級委員長夕影惟斗なんだ。今戦っているのは、一年エクレア組の一員のとして俺だ。
――一体何を勘違いしていたんだ。自分のためじゃない俺が戦うのはこのクラスのため!
「……知ってるかい? 星が一生を終える時、大爆発し最大級に輝くんだぜ!」
――《超新生大爆光》(ビッグバンエクレール)!
こうして夕影含む一年エクレア組は唯岳学園一のクラスとなった。
「と、まあ色々あったけどやっぱり楽しかったよね!」
「そうだな……あそこで過ごした日々はどれも最高なものだったな……」
夕影と天彩が昔を懐かしんでいる中、夕影はあることに気がついた。
「そういえば……心結はなんであの《ユイマイルワールド》の存在とそこへの行き方を知っていたんだ?」
「んとね……」
そう言って口を開きかけた天彩だったが……
「ごめん、忘れちゃった……たしか手紙か何かが届いていたと思うんだけどなあ……」
天彩の記憶が曖昧なこともあり、夕影の疑問が完全に解決されることはなかった。
「まあ、いっか!」
そう、俺は天彩が好きだ。天彩が俺の隣にいればなんでもオールオッケーなんだ。
それが、たとえゆいちゃんだらけの世界であっても。
それが、たとえお菓子でおかしな世界であっても。
数多くのゆいちゃんの中で俺は、天彩心結を選んだ。
ただ、それだけ。
――やっぱり「ゆいちゃんはかわゆい」ってことで!
ゆいちゃんだらけ! 阿礼 泣素 @super_angel
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