1章 開催! 一年エクレア組のスイーツグランプリ!
夕影と天彩が少女に案内された場所……
――それは二人にとっては非常に馴染みのある場所……
――二人が普段、学校で生活を送る場所……
――教室だった。
整然と並べられた八つの机と椅子、黒板には大きな文字で「ようこそ一年エクレア組へ」という文字が書かれている。仄かに甘い香りが教室の中を漂っていて、夕影はその馥郁たる香りに郷愁を感じた。
「夕影君と天彩さんはそこの席に座っちゃってね」
先ほどの少女はそう言って夕影と天彩に向けて指示を出す。二人が少女に言われるがままに指示された席に着くと……
「はーい! これで全員揃いましたね! 私はこのクラスの担任の美甘 邑依菜
「……!?」
夕影は困惑する。まさか、あの少女が……先生だったなんて……
「せんせーい! 年齢はー?」
開口一番、天彩は美甘先生に向かって不躾な質問を投げかけた。
「永遠の十二歳です!」
右手を胸に当て美甘先生は堂々と天彩の質問に答える。
――本気で言ってんのか、この先生……
夕影は心の中で呟いた。
「なるほど……先生は私たちより年下ってことですね……」
天彩はふんふんと頷きながら、何もない手の平に向けてメモを取るジェスチャーをした。
「他に、何か聞きたいことがある人いますか?」
「せんせーい! この中に一人男子が混じってるんですけどー!」
上っ調子でそう言ったのは、一年エクレア組、出席番号三番、
「そうです。ユイちゃんしかいないってきいてたんですけど……」
彈野原に続いて発言したのは
「うーん……やっぱり気になっちゃうよね! その回答は本人にしてもらいましょー! 夕影君お願いしまーす!」
唐突に回ってきた発言タイム。
――俺はいったいなんて言えば良いんだよ……
「どうも、皆さんはじめまして夕影惟斗です。これからよろしくお願いします」
当たり障りのない自己紹介、陳腐で無難で最低限の自己紹介、夕影は厄介事にならないことを祈った。
「ったくなんなんだその自己紹介! つまんねーぞ!」
「ほんと、くっだらないわね、あなた。……死ねば?」
夕影の願い空しく、彈野原と我舞谷は夕影の面倒事を回避したいという配慮の姿勢が気に食わなかったようで、夕影に向けて怒声を浴びせた。
――なんなんだ、このクラスは……なんで自己紹介一つで死を強要されないといけねーんだよ、まったく。
夕影が唖然としているところにさらに雰囲気ブレイク発言が飛び込んできた。
「貴様ら煩いぞ! 一体何様のつもりだ!」
その少女の名はユイアーネ・ユルゲンス、凛とした佇まいとその神々しいまでに煌めく黄金色の髪から上流階級の気品を漂わせている。
「……この唯虎様に口出ししようってか?」
彈野原は獰猛な目つきでユルゲンスを睨みつける。だが、ユルゲンスも一切臆することはない。
「喧嘩を売ったんだ。買ってくれるな?」
腕組みしながらユルゲンスは余裕の笑みを見せつける。
「いいぜ! やってやろうじゃん!」
彈野原がガタリと机の上に足を乗せて今にも飛びかかろうとした、その時……
「はい、はーい! 早くも一触即発の雰囲気ですけど、彈野原さんもユルゲンスさんもこれから一年エクレア組のクラスメイトなんだから……みんな仲良くしてください!」
この不穏な空気を崩すように咄嗟に美甘先生がなだめにかかる。
「はーい!」
「……わかった。」
「「なんて言うとでも思ったか!!」」
彈野原とユルゲンスがまたいがみ合いを始めようとした。
「《心頭冷却》(グラニテ)」
美甘先生がそう言った途端に彈野原とユルゲンスの頭上に無数の氷が降り注いだ。
「二人とも……先生の言うことはきちんと聞かないといけませんよ。分かりましたね?」
「…………!?」
二人は突然の出来事にすっかり虚を突かれたようで黙り込んでしまった。
「みんなびっくりしちゃったかもですが、あなた達もこの先生が今やった《魔法》を使うことが出来るんですよ!」
その言葉を聞いて夕影が驚きを隠せなかったのは言うまでもない。未知の現象、周知を凌駕する現実を目の当たりにして恐怖を感じたのも当然だと言えるだろう。だがそれ以上に、夕影を含むこのクラス全員がこの奇天烈な《魔法》に興奮を覚えないわけにはいかなかった。
「私たちもその《魔法》を使えるってのは……ほんとなんですか?」
天彩がすかさず質問した。
「もちろんです。だけど、この《魔法》にはルールがある……それを今から説明しようと思います」
クラスはすっかり静まり返っていて美甘先生の説明を聞く準備が整っていた。先ほどまで血気盛んだった者もこの世界での特別な法則があるということを肌で感じ、理解したようだった。
「まずこの力は《克巧力》(ラグス)と言います。この《克巧力》の源は誰もが知っているいわゆるカロリーってやつです……女の子だったら食べるときに気にしちゃうアレね。このユイマイルワールドでは《克巧力》を使って色々なことが出来ます。さっきやったみたいに氷を生成して操ることもできるし……」
美甘先生はおもむろに手の平を上に向けて囁いた。
「――《灼炎熱風》(レッドフィナンシェ)」
すると、クラスの中を一瞬にして熱を帯びた勁風が吹き荒れた。
「……こうやって自分の熱量を放出することも出来ます。まあこうやって使い方はさっきも言ったように色々だけど、《克巧力》は有限だから計画的に使うこと!」
「先生が言っていた呪文は必ず言わないといけないんですか?」
質問したのは牧ノ
「良い質問ね、牧ノ矢さん! 結論から言えばこの呪文は必要です。まあ説明すれば内言を言葉の網を通して外言にして形象を……っていうややこしい説明をしないといけないから今回は省略するけど、とにかく詠唱は必要です」
「……そして何より重要なのは、この《克巧力》には制約があるってことね。さっきの詠唱の話と関わってくるんだけど、この力を使うには《お菓子》をイメージしないといけないの。魔法も万能じゃないってね!」
「お菓子……」
「そう、お菓子。スイーツって言い換えてもいいのかもしれない……みんなが知っているお菓子、何がある?」
「キャンディー!」
天彩が誰よりも早く答えた。
「キャンディーね。いいわよ……みてなさい!」
美甘先生は右手を高く掲げ、先ほどとは異なる詠唱を行う。
「――《飴雨弾丸》(キャンディーレイン)」
唐突に目の前に多数の雨粒が顕現し励起し高速移動したと思ったら、机の端っこを容赦なく削り取っていった。
「すごい威力……」
呆気にとられている聴衆を気にも留めず、美甘先生はまるでただのエンターテイナーの如くパフォーマンスを続けた。
「――《爆散飴玉》(キャンディーボム)」
小球が辺りに四散し、その刹那、小球は爆裂する。その衝撃波が教室の隅々まで拡散することで、窓はキシキシと軋み、空気が爆風の影響でビリビリと振動しているのが分かる。
「……と、まあこんな風にキャンディー一つでも使える技は一つじゃないってことね!」
――パチパチパチ……
教室に自然と拍手が沸き起こるとともに、チュートリアルを終えた主人公のように彈野原とユルゲンスが勢いよく立ち上がる。
「くらえ! 《苦甘漆黒》(グレートチョコレートケーキ)!」
「ゆくぞ! 《脆崩紅閃》(スペシャルショートケーキ)!」
ほぼ同タイミングで二人は拳を全力で前に突き出し、声高らかに叫ぶ。
――しかし、残念ながら美甘先生のようにはいかなかった……
「な、なぜだ……」
「発動しない!?」
意気阻喪の二人、そして込み上げてくる羞恥心。
「……ッ!!」
「くっ……!」
紅潮する二人の頬、その場に居合わせた者もあまりの恥ずかしさに結果的に一緒になって含羞の色を浮かべることになった。
「二人とも、先生の説明を最後まで聞かないからそうなるのよ。まったくあわてんぼうは損するわよ。みてるこっちが恥ずかしいってかんじ……」
「まあ、献身的な二人のおかげで分かったと思うけれど、まだ、あなた達に《克巧力》を使いこなすことは出来ません」
「じゃあ! どうすれば!」
夕影が無意識に美甘先生に質問していた。
「そうね……手っ取り早いのは……」
――掃除……かな?
『掃除』、確かに美甘先生はそう言った。その言葉を聞き終わる前に大半が雑巾を手にしていた。
「ってあれれれ? 先生まだ掃除しか言ってないんだけど……まず先に自己紹介をしてもらおうと思ったんだけど……まあいいか」
「うおおおおおお!」
「むうううううう!」
ふと辺りを見渡すと、彈野原、ユルゲンスは必死になって床を雑巾がけしていた。尋常じゃないスピードで縦横無尽に不羈奔放に教室中を駆け巡っていた。
「まったく、掃除しないといけないなんてどういうことなの……」
「そうね、入学早々に掃除をさせられるなんて思ってもみなかったわね……」
我舞谷、牧ノ矢は愚痴を言い合いながらも、窓ふきに精を出していた。
「夕影君! 私たちも掃除しよっか!」
天彩は掃除用具入れから箒を二つ抱えて夕影の方までやってきた。見るとその後ろには何かが……
「天彩、後ろ……」
天彩が振り向くとそこには……
「……え? ってぎゃーーー!」
「み、
ひょっこりと顔をのぞかせていたのは、小柄で色白の少女だった。仲間になりたそうな目でこちらを見ている。
「私は天彩心結! よろしくね!」
「夕影惟斗だ! よろしくな!」
天彩と夕影は自己紹介して水会を迎え入れる。水会は二人の態度を見て強張った表情をやめ、相好を崩した。
「そこ! しゃべってないで手を動かす!」
美甘先生が夕影達に向けて注意する。
「そして、
「そんなことしても本当に意味があるんですか? 意味があるとしたらそれを教えてもらわないと私は……っていたたたた」
「つべこべ言わずに、やるったらやるの!」
「さあ、みんなしっかり掃除するのです! 掃除することで教室だけじゃなくってみんなの心も整理整頓して、きれいにしちゃってくださいねー!」
美甘先生は腰に手を当て頑として言い放った。
――そして、夕影たちは約三十分もの間、黙々と教室の清掃活動に従事することとなった……
「はいはーい! このくらいでいいわ! みんな自分の席についてくださーい!
……そして、まあ、気がついていた人もいるかもだけど、
……実は、この掃除にはなんの意味もありません!」
――衝撃発言。ったく、俺の三十分を返してくれ……
夕影が悲嘆にくれる中、威勢よく立ちあがったのは、彈野原とユルゲンスだった。
「いまの言葉、聞き捨てならないな!」
「そうだ、一体どういうことか説明してもらおう!」
鬼のような形相の二人を気にする様子もなく、美甘先生は続けた。
「まあ、皆さんにはこの掃除の報酬として、体内のカロリーを《克巧力》に還元出来るアイテム《甘装》(ラグセル)を用意しています! だから、気を落とすことはありません!」
そう言って皆に手渡したのは、なんの変哲もなさそうな指輪だった。見たところ凝った装飾がなされているというわけでもなく、そんな力を持っているような指輪だとは到底思えない。
「ほんとにこんなので、先生みたいに出来るんですか?」
夕影たちは半信半疑でその指輪、《甘装》を装着する。
「みんなしっかりと《甘装》をつけましたか? それでは、これから本題に移りたいと思います!」
美甘先生はそう言いながら、黒板の文字を消した後に、こう書いた。
『開催! 一年エクレア組の《スイーツグランプリ》!』
「さあ、今から愉しい楽しいゲームの始まりです!」
さながら、悪の帝王みたく、そして、まるで今から生死を賭けたデスゲームが始まるかの如く、美甘先生は宣言する。
――だが、夕影は知らなかった。
これから起こることが一体何を意味するのか。そもそも意味のないことなんてなかった。三十分の清掃活動の裏にあった秘められた意図、その裏に隠された真実。これから始まろうとするこのイベントは一種の幕開けにしか過ぎない。
――何もかも甘い。何よりも甘い。
そんな夕影を待ち受けているのは、甘美ではなく酸鼻、純愛ではなく悲哀な物語だった。
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