4章 英断!? 夕影プロデューサーの決意


「甘泉先生! エクレア組は負けませんからね!」

 美甘邑依菜がてとてと走りながら一年ババロア組への敵愾心をむき出しにした。

「残念ですが美甘先生、勝つのは私たちですよ。うちのババロア組には光樂くんがいますから……負けません! 絶対に!」

 甘泉遊汝沙は光樂幽絲に絶対的信頼を寄せているということが美甘には分かった。この過剰なまでの自信の源となる光樂という生徒を打ち破り、ぜひとも甘泉の鼻を明かしてやりたい、というのが美甘の秘めたる思いだった。

「へえー……絶対に、負けないんですね! じゃあ、もしもババロア組が私たちに負けちゃったらどうします?」

 慣れない物言いで美甘が甘泉を煽る。

「もしももなにも、負けるはずないって言ってるじゃないですか。その時は美甘先生の言うことをなんでも一つ聞いてあげますよ」

「あーあ、甘泉先生やっちゃいましたね。そのセリフを言った今この瞬間、ババロア組に敗北フラグが立っちゃいましたよ。あなた達はこの時点で負けたも同然です。今から何をしてもらうか考えとかないとなー」

 冗談交じりに美甘は言ったが、甘泉はその冗談を鼻でふふふと笑い飛ばして言った。

「へえー、お決まりのセリフを言っただけで負けるなんてことがありえるんですか。たしかに、最近はテンプレ展開なんてのが流行ってるらしいですけど、私はそんなものに負けないですよ。何度でも言い続けます」

――一年ババロア組は負けない。一年ババロア組は負けない。一年ババロア組は負けない。

 この確固たる自信、揺るぎない自負、美甘はこれで確信した――甘泉は何かを隠している。

「甘泉先生……『Secret fire is discerned by its smoke.』ですよ」

――秘密は必ずばれるんです。

 美甘はカッコよく決めたつもりだったが、結局のところ甘泉の隠し玉が何かということは一切判明していない。故になにかしらの対策が練れるというわけでもなく、この会話が何とも実のないまま終わってしまったということに当の本人は気がついてはいないのであった。


「いやーまさか、惟斗にあんな彼女がいたなんてなー!」

「しかも、一緒の舞台に立ちましょう宣言までされちゃって! 夕影ハーレムは新天地開拓ってことね。きっと私たちはもうポイされちゃって、次回からは一年ババロア編がスタートするってことなのね」

「ポイってのは金魚すくいのアレじゃん……いやだぜそんなの……」

「どうしてそっちの意味が先行してるのよ。捨てられちゃうって意味でしょうが。ってか問題はそっちじゃないし」

彈野原と牧ノ矢が先ほどの光樂のことについて話をしていた。微妙に話がかみ合っていないのが傍目から見てわかった。

「そ・れ・で! 夕影プロデューサー! オーディションの続きを再開しようよ! なんかあの光樂って人が乱入してきてうやむやになっちゃんだから!」

「ちょっ……落ち着けって天彩……」

 天彩はどうやらお怒りの様子だった。ちょうど今から自分の出番というところで邪魔が入ってしまったのだからそれも当然だろう。

「でもー……それに意味があるのかな?」

「それってどういう意味!」

「そのままのいみー!」

 天彩の隣で無相が再びオーディションを開催することに異議を唱えていた。どうやら無意味なことはしたくないという無相の性分に合わなかったらしい。

「まだ、いまだに舞台で歌う人が決まってないんだよ。無相さんはどうするつもりなの?」

「それは大丈夫……」

 無相がピンと人差し指を突きたてた先にいたのは……

「え? え? 待ってくれ……なんで、俺なんだ?」

 無相が指名したのは夕影だった。当の本人、夕影はわけがわからずあたふたしていた。

「だって、あの光樂君に言われてたじゃん……」

「いや、あれは冗談で……って言うか、そもそもこれだけ女性陣がるのに男性の俺を起用するってのはもったいないっていうか……」

「誰が男性を起用するって言ったのよ……そういうことよね、無相さん」

「うん、そういうこと」

 我舞谷が無相のプランを理解したようで横から口を挟んできた。

「わ、私も……良いと思いますっ!」

「水会までっ!」

「え、私まだ分かってない……」

 しょうがないなーと言いながら、無相はそのプランを怖じることなくはっきりと言った。

「夕影プロデューサーが女装して出場すればいいって言ってんの」

 衝撃発言、そして爆弾発言。なんてこったい、俺が女装? 俺があの光樂とおんなじようになれって言うのかよ。

「いや、無理無理無理! そんなのありえないって!」

 そんな展開、御免蒙るところだった。だれがそんなことするかっていうんだよ。

なんとしてでもこの無相の奸智に長けた提案を阻止すべく、夕影は考えていた……

「プロデューサー自らが舞台の上で歌って踊るユニットなんて斬新よね……」

「惟斗がセンターってことなら、文句ねーな」

「たしかに、これは妙案だな……」

 牧ノ矢、彈野原、ユルゲンスがうんうんと無相の提案を頷きながら聞いていた。こうしているうちにもどんどんと無相の提案に乗っかろうとする者が増えていく。

「みんな……嘘だろ……嘘だと言ってくれ。そうだ! 天彩! 天彩はもちろんこんなのには反対だよな!」

 きっと天彩は、反対してくれる、こんな暴挙を許すはずがない。さっきまであれだけ激昂していたんだ、賛同する理由がどこにあるんだ、そんなの道理が合わない。そんなはずはないだろ。だよな、天彩……

 夕影は必死に心の中で祈願していたが、どうやらその願い空しく……

「楽しそうね、それ! さんせーい!」

 最後の砦だった天彩も脆く儚く、あっさりと瓦解してしまっていた。

「じゃあ……一年エクレア組のセンターは夕影プロデューサーで決まり!」

 女の子だらけの中で紅一点ならぬ黒一点。夕影の胸中は不安半分期待半分などというものではなく、むしろ恐怖しかなかった。

「み、みんな狂ってる……どうかしてるぜ……ってかまだ俺は認めたわけじゃ……」

 怯える夕影は一切お構いなしで、夕影以外を味方につけた無相の勢いはとどまるところを知らなかった。

「さてさて……そうと決まれば早速……」

そう言って無相はどこからともなく衣装、というかコスチュームを取り出してきた。

「さあ、どれにする?」

「無相さん! そんなのどこから持ってきたの!」

「企業秘密です」

 無相はノリノリだった。周りの皆もその空気にすっかり併呑されてしまっていた。

「おいおい、俺はプロデューサーだぞ! こんなことになったら、俺は一体誰をプロデュースすれば良いってんだよ! プロデューサーはプロデュースしてこそ輝くんだぞ」

 わけのわからない理屈を言ってなんとか今の状況を打開しようと画策する夕影だったが、夕影に残された道は覚悟を決めることだけだった。

「誰をプロデュースすれば良いか……? それならセルフプロデューサーで良いじゃないですか。女の子は誰だって、セルフプロデューサーなんですから」

「俺は女の子じゃない! 歴とした男性だ!」

「今から女の子になるんじゃないですか。まったく、何言ってるんですか」

「そのセリフ、そのままお前に返してやるよ、何言ってるんですかはこっちのセリフだ! なんで俺が女の子になんなきゃなんねーんだよ! なんで俺が女装しなくちゃいけねーんだよ!」

 はあはあ……全力で応答しすぎてすっかり息が上がってしまった夕影。それに対して無相は飄々とした佇まいである。

「そろそろ観念したらどうですか、往生際が悪いですよ。そんなに抵抗したって無意味なんですよ。人生の物事は大別すると二つに分けることが出来ます。意味のあることと、意味のないこと……そして、今、夕影惟斗が行っていることは完全に後者です。ほんと暖簾に腕押し、糠に釘、豆腐にかすがいなんですよ。無駄で無意味で無価値なんですよ。そんな夕影惟斗だって今から生まれ変われるんです! 良いですか? 今から夕影惟斗は女装癖のある変態に変わるんです。さあ、皆さんご斉唱下さい」

「夕影惟斗は女装癖のある変態、夕影惟斗は可愛いかわいい男の娘!」

「夕影惟斗は女装癖のある変態、夕影惟斗は可愛いかわいい男の娘!」

「夕影惟斗は女装癖のある変態、夕影惟斗は可愛いかわいい男の娘!」

「夕影惟斗は女装癖のある変態、夕影惟斗は可愛いかわいい男の娘!」

「夕影惟斗は女装癖のある変態、夕影惟斗は可愛いかわいい男の娘!」

「夕影惟斗は女装癖のある変態、夕影惟斗は可愛いかわいい男の娘!」

「夕影惟斗は女装癖のある変態、夕影惟斗は可愛いかわいい男の娘!」

 夕影を除く七人の生徒が無相に続いてまるで呪文のようにこの文言を唱え出した。

「どうしてお前らそんなに息ぴったりなんだよ……」

 まるで示し合わせたかのように、まるであらかじめ台本があったかのように、七人は団結していた。

「阿吽の呼吸、以心伝心ってやつですね」

 皆は思いのほか息が合っていたので満足そうな笑みを浮かべながら、うんうんと頷いていた。

「分かった……腹をくくることにするよ。無相の言うとおり、俺は舞台に立とうと思う。だけど、別に俺だけが戦うわけじゃない。俺たち……一年エクレア組のみんなで戦うんだ! そのことを忘れないで欲しい」

 語気を強めて夕影は言った。これで、綺麗な感じでこの場を締めることが出来たと思ったが、それは甘い考えだった。

「なんなのそのセリフ、まるで学級委員長みたい……」

「学級委員長だ!」

「可愛くおめかししてあげるから、楽しみにしといてね! 惟斗ちゃん」

「ちゃんをつけるな!」

「た、たぶん似合うと思いますっ!」

「ああ……それはどうも、ありがとう……」

「別に、あなたと一緒に戦うと言っても一時休戦ってだけだから。変に仲間意識を持たないで欲しいわ」

「まだ敵対関係にあるってのかよ!」

「惟斗! バックダンサーやりたい!」

「私もだ! ぜひともやらせてくれ!」

「唯虎もユイアーネもそのことについてはあとで決めような」

「ふふふ……私の完璧なプランが始動ってとこですか。やっぱり意味がありましたね。ってかなんだかんだ言ってみるもんですね――まさか採用されるなんて……どうぞご自由に私のことを敬ってください、崇めてください、奉ってください」

「何言ってんだ、有意味のせいでこっちは大変なんだよ!」

 一通り皆が惟斗にコメントしたところで、アイドル選抜オーディションは幕を閉じた。審査員だったはずの夕影がまさかアイドルに選ばれるなんて誰も予想はしなかっただろうが、この展開が一番収まりの良い展開であったということは言うまでもない。夕影はこれから旧友の光樂幽絲とステージの上でバトルを繰り広げることとなる。だが、夕影はこれからさらなる苦難が待ち受けていることを知らないのであった……

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