3-9.家族
数多の鳥が空を覆う。空に輝く星が見えなくなる程に埋め尽くされ、その場はただの暗闇となる。空に浮かぶ鳥の塊はぐにゃぐにゃと動き、完全に赤ずきんと狼を攻撃の対象と捉える。
「くそ……ッ、この数で襲って来られたら」
と手に汗を握る赤ずきん。シンデレラは地の底へと落ちてしまった。もしくはこれらは誰かに仕組まれた罠だったのだろうか。様々な思考が巡る。元々戦いを好む性質の持ち主である赤ずきんは、どんなに相手が罠をはろうが、戦略を立てようが、その戦闘能力の高さで簡単にねじ伏せることはたやすい事であった。
しかし今回はどうであろう。何万を超える鳥が、赤い目を光らせ、こちらを見ている。狼がいる分、捕食の対象として捉えているのか不明だが、闘志満々の威圧的な何十万という赤い光が一斉に見てくるプレッシャーは強く感じていた。
そして、鳥の動きが完全に止まる。羽ばたいているはずの鳥の羽根音すらも聞こえてこないほど静寂に静まりかえる。
すると鳥たちは一斉に羽根をたたむ。まっすぐに、ひたすら風の抵抗を受けないような体制になると、少女と狼目掛けてまるで弾丸のように飛びかかってきた。
「チ……ッ! ふざけんじゃねェ‼」
赤ずきんが目の前を素早くなぞると、大量の狼牙が出現した。手掘りの鋭く尖った槍のような狼牙は、アヒルの子と戦った時とは比べ物にならない数である。
「貫け、狼牙‼」
赤ずきんの吼声とともに、狼牙の槍は鳥に向かって一斉に放たれた。一本一本回転しながら勢いを増し、鳥を確実に貫く。空中での相殺が始まった。
互いにただ一直線に向かっており、狼牙が鳥を次々と貫いていく。悲鳴のような鳴き声が響き渡る空。『アア゛ァ!』という声とともに、何匹もの鳥が狼牙の餌食となり、串刺しにされていく。
しかし圧倒的な数の差により、無数の鳥はそのまま赤ずきんたちに向かって砲弾のように降り注ぐ。赤ずきんと狼を負傷させることができる鳥もいれば、次々に地面へと向かって刺さり、勢いのまま潰れてしまう鳥もあった。つまり命をかけて、身を挺してでも鳥たちは赤ずきんたちを狙い続けているのだ。鳥が突き刺さるたびに、その重さと勢いで表面は浮き上がり、まともに歩くことすら困難な大地へと変貌していく。
「い……っつ!」
避けようにも降りしきる範囲が広すぎるため、思うように避けることが出来ず、赤ずきんは嘴によって腕を割かれ痛みを堪える息を漏らす。赤ずきんの腕から流れ落ちる鮮血で、衣服が赤く染まっていく。また「ギャイン!」という狼の大きな悲鳴が聞こえ、血が噴き出した。それを見て赤ずきんは泣きそうな顔で狼を抱き締めると、「よくも!」と叫び、休むことなく狼牙を出現させた。
鳥の雨はやむ気配がない。赤ずきんと狼はその豪雨のような攻撃から逃げつつも、何とか退けようと交戦する。傷は増える一方で、その度に真っ赤な血が空を染める。
「キリがねぇ! おい、どこか一旦身を隠すぞ‼」
腰に身に付けていたナイフで数羽の鳥を切りつけつつ、赤ずきんが狼に指示を出した。よそ見をしている間も、鳥は容赦なく赤ずきんを傷つける。
狼は空を舞いながら、近くの崩壊した建物の陰に隠れるため四本の足に気を溜める。そしてまるで瞬間移動するかのようにその場から消えた。二人がその場からいなくなったことに気付いた鳥はただまっすぐに飛ぶのをやめ、二人の姿を探し始める。
「ごめんな、俺のせいでこんな深い傷を……っ」
二人が隠れた物陰は、先程の場所からさほど遠くない建物の瓦礫の裏。初戦でアヒルの子と赤ずきんが交戦して後の爪痕である。
赤ずきんは少し落ち着いた場所へ逃げられた瞬間、狼の背から降りて傷を確認した。彼が負った傷はとても深いものであった。一直線に貫通しており、血が流れて止まらない。赤ずきんが負った傷も相当なものではあったが、赤ずきんは自分のことよりも狼のことを心配し、寄り添った。
病気の親を心配する子供のように、眉を垂らし、狼の傷をどうにかできないかとおろおろする赤ずきん。お婆さんを亡くしてから、赤ずきんの家族はこの狼ただ一匹。つらい時も楽しい時も、どんな時だって常に一緒に居た大切な存在。
「痛いよね……ごめん……ごめん」
と狼の毛に顔をうずめ、必死に謝罪の言葉を並べた。
すると、鳥の鳴き声が耳に入る。息をひそめ、気付かれないように気配を殺す二人。
重傷を負った狼を強く抱きしめる赤ずきん。
「カアァ」
その声は、つい耳元で聞こえた。
一匹のカラスが、瓦礫の影に隠れる二人の姿を上から眺め、一声鳴く。
――見つかった。
赤い瞳の奥に映る、赤い頭巾をかぶった少女と、少女よりも大きな狼。そこに映る少女の顔は、瞳孔が開き眉は垂れ、少し怯えた表情のようにも見て取れる。
一羽のカラスは次の瞬間、鼓膜をつくほどの鳴き声を上げた。それは仲間に知らせる合図。鳥たちの羽の音はどんどんこちらへ近付いてくるのが分かった。
「くそ……っ、キリがない! 一体どうすれば切り抜けられる!?」
狼の毛を握る手に自然と力が籠められる。
さっきの短時間でこれだけの怪我を負わされたのだ。間違いなく減っているはずの鳥の数は全く持ってそうはみえない。一羽一羽群れを成し、先程と同じく黒い巨大な雲のような塊が、確実に赤ずきんたちに向かっている。
「せめて、せめて……こいつだけでも……ッ」
赤ずきんがそう決意したその時――狼のざらりとした舌が、赤ずきんの頬を舐めた。
「……お前」
頬を舐めた後は、まるで母親に抱きつく子供のように狼は大きな顔を赤ずきんの体に顔に押し当てる。すりすりとすり寄ってくる温もりに、赤ずきんは応えるかのように腕を回し強く抱き締めた。
――『ありがとう』
「え?」
赤ずきんの耳に入る聞いたことのない、だがずっと傍にいてくれた
「今の……」
狼は赤ずきんから離れる。すると、空に向かって高く遠吠えをした。
「ちょ、そんなことしたら――」
居場所が余計にばれてしまう、と最後まで言い切る前に、狼は赤ずきんを残し空高く飛び上がった。すると、こちらに向かっていた鳥の羽ばたきが一層勢いを増し、狼目掛けて一直線に向かっていく。
「待て、お前たちの狙いは俺だろ!」
堪らず声を上げ、瓦礫の陰から姿を見せる赤ずきん。しかし鳥の群れは、赤ずきんには見向きもせずにただ空に浮かぶ巨大な狼目掛けて襲いかかろうとしている。
更に赤ずきんたちを見つけた一羽のカラスも、赤ずきんのことは無視し、群れの中へと戻っていった。
おかしい。本来であればこちらを主に狙ってくるはず。赤ずきんは疑問となった。
それがどんなに声を上げようが、姿を晒そうが、攻撃を仕掛けようとしているのは赤ずきんの跨っていた狼のみ。
まるで初めから、狼だけが狙いだったかのように――
そして鳥の群れは狼に近付くと、体形を崩し、狼を取り囲む輪となった。
「やめろッ‼︎」
そして鳥の瞳が強く赤色に光る。一斉に鳴き始めると、狼目掛けて嘴を尖らせ襲いかかった。
初め数匹は難なく交わしていた狼だが、圧倒的な数の多さに、その大きな体がどんどん貫かれていく。目の前に飛んできた鳥に噛みつき何とか回避しようとするが、「キャイン!」と痛々しい鳴き声が空に響き、同時に大量の赤い血が飛び散っていく。
「や、やめろ……、やめてくれ……ッ!」
空を飛べない赤ずきんは狼牙を出現させ地から応戦する。かなりの数は撃退できたが、残る鳥は攻撃の羽を休めることなく狼に向けられている。
「お願い……やめ……ッ」
赤ずきんの視界がぼやける。目の前で一方的で無残にやられていく赤ずきんの
やがて狼は鳴き声すら発さなくなった。空を飛ぶことすら敵わなくなり、地面へと音を立てて落下する。もうそれは、ほとんど原形をとどめない肉の塊であった。顔がどこなのかもう分からない。そこから溢れ出る血で、地面に赤い水溜りができる。もう、彼に息はなかった。
「あ……ああ……ッ」
赤ずきんはそんな狼から目を離すことができず、ゆっくりと近付いていく。
すると、一羽のカラスが肉の破片を突き始めた。そして次々と狼の肉をむしり始める。殺しただけに留まらず、餌として食事を始めたのだ。
赤ずきんの怒りと悲しみは限界を超える。
次の瞬間、涙ながらに叫ぶ赤ずきんの余りには数百、いや数千に至るほどの狼牙が出現した。
赤ずきんは吼えた。まるで、狼の如く。そして、狼牙は鳥たちを貫いていった。逃げ惑う暇も与えないほどの一斉射撃。すべてが、あっという間であった。
攻撃の槍が止んだ頃、辺りは静けさが残り、赤ずきんの息遣いだけが響いている。地面に転がる数多の鳥の死骸。空に残るものは一羽も残っていなかった。
未だ涙の止まらぬ赤ずきんは、狼の近くまで歩くとゆっくりと膝を落とした。もはや立つ力すら残っていなかったのかもしれない。
すると、狼の体が輝き始める。夜の世界に広がる美しい光。狼の体は薄っすらと消え、光り輝く星になった。
星は赤ずきんの周りをくるっと回ると、そのまま空へ向かって登っていく。「待って」と手を伸ばす赤ずきんだったが、それはもう届かないところまで上がっていた。そのまま夜空の星と帰った狼。
「う……っ、ううっ、うああああぁぁん」
赤ずきんはその場で声を上げ、泣き崩れた。一番信頼をして、片時も離れなかった赤ずきんの家族。お婆さんが亡くなり、狼が星に帰り、赤ずきんはひとりぽっちになった。寂しさと悲しさが故に、子供のように泣く赤ずきん。負傷した腕からは未だに血がした垂れ落ちている。赤ずきんは、身体的な痛みより、目に見えない心の痛みの深さを痛感している。守るべきものを守れなかった悔しさで、赤ずきんは地面に何度も拳を叩きつけた。
すると――赤ずきんのすぐ後ろで足音が聞こえた。涙でぐちゃぐちゃの顔であったが、動きを止め、その小さな気配に集中する。悲しみに明け暮れる暇も与えてはくれないのか、と怒りを込めて睨むように後ろを振り返った。
そこには、自分よりも幼い子供。まるで真冬を思わせる服装に、空っぽの籠。足元を包むブーツに縫われているのは、うさぎのアップリケ。目に光はなく、少女はただ真っ直ぐに赤ずきんを見入る。
「マッチ、いりませんか?」
少女の名は、
童話戦記 太陽 てら @himewakaba
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