3-8.末路
「よくも……ヨクもよクもヨくモ。よくもグレーテルを!!」
少年は憤怒している。突如現れたナイチンゲールと自然の木々たちによってすり潰され、ねじ切られた妹グレーテル。たったひとりの妹を亡き者にされた恨みと怒りで感情が爆発する。
双子の子供、ヘンゼルとグレーテルは、双子であるが故片割れの状況、気持ち、痛み等を離れていても何となく感じとり、察することが出来ていた。だからこそのあの連携プレイ。相手に全く引けを取らない上手な駆け引き。ただの子供が楽しそうに遊び弾けていたのではなく、互いの動きを読み取った合わせることで相手を死に追いやるための動き。それは彼らだからなし得ることでありお菓子爆弾にも勝る最大の武器でもあった。
「人魚姫様、大丈夫ですか?」
「ええ……、申し訳ございません、ナイチンゲール様……」
怒り狂うヘンゼルを差し置いて、美女が二人手を取り、二人の世界に浸る。重症の人魚姫の手を取り、心配そうに瞳を潤ませるナイチンゲール。そして痛みに歪むその表情でさえも
「こっち向けよ!! 殺してやる!! お前らみんな僕ひとりで跡形もなく消してやる!!」
声を大にして感情のままに叫ぶヘンゼル。しかし人魚姫の耳元へスッと手を添えたナイチンゲール。まるで子供の戯言に耳を傾けるな、と言うように。そんなことをされてしまったヘンゼルは、悔しそうに歯軋りを響かせると、ポケットに手を突っ込みクッキー爆弾を両手にいっぱい鷲掴みにして美女たちに見せた。
「ああっ、何だよもう!! 無視するなよぉ!! 死ぬんだぞ。僕もお前らもみーんなこれで!!」
ヘンゼルが叫んでも全く相手にしようとしないナイチンゲール。
「聞いているのか!? 今から僕がこの爆弾を投げてしまえば、みんな一斉に死ぬんだよぉ!? お前も! お前もお前もお前もお前もッ!! どんなに遠くに逃げても、この爆弾をすべて投げればこの辺り、ううん、シブヤというこの世界だって滅んじゃうに違いない――」
ヘンゼルを無視をする者たちを次々に指差して、声を掠れさせながら叫び散らすまだ幼い子供。もうそこに冷静さはなく、両手いっぱいのクッキー爆弾はヘンゼルが動くたびにポロポロと地面へと落ち、それらを運良く踏まずに地団駄を踏む。
しかし――そんな駄々をこねた子供のような動作は、一瞬で変わった周囲の冷たい空気によって、完全に止まり動けなくなってしまった。
「え……あ……」
うまく言葉すらも喋れなくなり、ただその場の空気に耐え切れず泣きそうな表情になるヘンゼル。その正体は、ゆらりと腰を上げたナイチンゲールであった。
「キィキィと、うるさいですわね」
先程までの優しく柔らかな物腰のナイチンゲールから激変し、雪女のようにとても冷血な雰囲気を醸し出している。
「お前らが……、僕のこと無視するからだろっ!」
そんなナイチンゲールの雰囲気に押されながらも何とか声を絞り出すヘンゼル。しかしその口元は盛大にも震えており、カチカチと歯の合わさる音が響く。
ナイチンゲールはヘンゼルの言葉に「はぁ」と溜息を漏らす。
「お前のような小童、相手にするだけ無駄ですね」
ヘンゼルは涙を流す。手は大きく横に揺れ、手にいっぱい持ったクッキー爆弾がぱらぱらと地面へ落ちていく。膝は笑い、立っているのもやっとの状態。
それだけ重く、強い圧。聖女のようなナイチンゲールから感じる凄まじいプレッシャー。ヘンゼルは言葉を失い、その場でただ震えるだけの子鹿と化した。
ナイチンゲールは掌を天に向け、歌い始める。その歌声は目の前で怯えるヘンゼルでさえも魅了した。うっとりと誰もが聞き惚れる天使の歌声。
すると二人の爆弾によって吹き飛ばされた植物たちが、手足を動かすようにむくりと立ち上がる。至る所でまるで人形が動いているかのように、立ち上がった植物たちはそれぞれの歩き方でヘンゼルの元へと集まってくる。元気に飛び跳ねるモノや、折れた足を引きずるように歩くモノ。子供のヘンゼルよりも遥かに小さな彼等は、ゆっくりとヘンゼルの周りに集まってくる。
そしてひとつの花がヘンゼルの足に飛びついた。花といっても千切れてしまいボロボロの姿であるが。ヘンゼルの足に飛びついた花は、まるで急激に成長するかのようにヘンゼルの足に蔦を這わせていく。
「う、うわああっ!」
またもう片方の足にも雑草が飛びつき、同じようにぐんぐん伸びる葉を巻きつけていく。
「離せよ、なんだこいつら!」
ヘンゼルは次々に飛びかかってくる植物を手で必死にむしり取る。恐怖心からか涙をこぼしながら、小さな手をたくさん動かし、免れようとする。
しかしそんなヘンゼルのスピードよりも圧倒的に多い緑の数。足に巻き付いた彼等を土台にし、別の植物が腕、胴体を覆い尽くしていく。
「やだぁ、やだああああっ‼︎」
大きく口を開けて助けを乞うヘンゼル。しかしそんなヘンゼルの口内にも植物は容赦なく襲いかかる。「あ゛あ゛あ゛あ゛」という声にもならない苦しむ叫び声。
植物はヘンゼルの口だけでなく鼻、耳からもその幼い体の中へと祟い、内臓を締め付け支配していく。
「ナ、ナイチンゲール……様……」
終始目の離せなかった人魚姫はここでようやく声を出す。
目の前にいるのは、さっきまで声高らかに叫んでいたヘンゼルの姿はもうなく、蠢く植物が作り出した造形物があった。
「これは命を無残にも踏みにじられた彼等の怒りと――」
ナイチンゲールがそう言うと、植物の中心部分から光が漏れる。
「私の大切な人を傷付けた私の怒り。子供といえど、容赦はしない」
するともぞもぞ動いていた植物たちが土台を失ったかのように、形を崩した。そして小さく星のような光が、その間を上手にすり抜け、空へと登っていく。中にはその星を掴もうと蔦を伸ばす植物もいたが、それはするりと交わされていた。
体内の臓器すべてが、ありとあらゆる穴から進入した植物によりその機能を失い、ヘンゼルは星に帰った。
ヘンゼルが登っていく先に、一段と輝く星が見える。
『待ってたよ、ヘンゼル!』
そう言わんばかりの眩しい星。
「綺麗……」
人魚姫は空を見上げて呟いた。
「なんと綺麗な光でしょう……あれが私たちの末路ということですか」
登る光は、くるくると回る。まるで家族と再会できた喜びを全身で表現する子供みたいに。
「人魚姫様、お身体は大丈夫ですか?」
「すみません、ナイチンゲール様……」
ナイチンゲールは人魚姫の肩を抱く。痛々しくも傷付いた、人魚姫の透き通るほど美しい体。深く抉られた箇所から流れ出る血は、未だ止まることなく溢れている。
「大事をとらねばなりません。さぁ一度建物の陰に隠れ、ゆっくり休まれてください」
「いえ、ナイチンゲール様。助けられてばかりではダメですから……」
二人の美女は体を寄り添いあい、互いの心配をする。
「私も少しは神様のお役に立てるようにならねばなりませんしね」
「人魚姫様はもう十分ですわよ」
古い時代より馴染の深い二人。創造主の生み出した数多くの作品に登場する人物たちは、神、アンデルセンの思いもあり、よく皆でテーブルを囲いお茶をすることも多かった。
楽しそうに談話する童話の登場人物。それもまた、彼女たちの予後の楽しみであり、また信頼のおける創造主と共に楽しい時間を過ごせることに、心の底から喜びを感じていた。
「ふふ。またみんなでお茶したいですわね」
「そうですわね、そのためにも神様に勝利を持って帰っ――」
人魚姫は自分の目を疑った。
錯覚ではないかと、目をこすりもう一度見入る。
あれは――林檎?
そう、間違いなく林檎である。
しかし妙である。
林檎という果物は、こんなに大きかったであろうか。
ナイチンゲールの背後より、巨大な林檎が大きく口を開け、ナイチンゲールを食らおうとしている。
気配も何も感じなかった。
人魚姫は、無意識にナイチンゲールの肩をどかし、前へ出る。
「人魚姫様……っ!?」
「――ナイチンゲール様」
前へ出た人魚姫が、少し首を傾け振り返り、親しき仲のナイチンゲールを見る。
その笑顔は、何とも暖かく何の穢れもない水のよう。
「後は、頼みます――」
次の瞬間、林檎の口が勢いよく閉じられ、人魚姫の片腕と、下半身のみが不可思議にその場に取り残されている。そして喰い千切られた断面より真っ赤な血が噴射し、辺りを染め上げた。
「人魚姫様ああああああっ‼」
ナイチンゲールの友の名を叫び上げる声は、夜空へ高く、響き渡った。
【敗北者】
ヘンゼルとグレーテル(グリム兄弟)
人魚姫(アンデルセン)
【残る主人公】
グリム兄弟 3-4 アンデルセン
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