十六夜(壱)

 その村は、人里離れた場所にひっそりと在る。

 外部の人間が立ち寄ることはほとんどなく、また村の住民が外部へ出ることもほとんどない。


 その村は、店と言う概念が存在しない。

 あるのは、村人同士の物々交換。基本的に自給自足が成り立っている。

 通貨の概念が無い訳ではなく、村役場らしき場所もあるし、村長らしき人物も居る。


 その村は、地図には載っていない。

 今のご時世、ネットで地図を検索すれば様々な場所の名前を知ることが出来るが、その村があるとされる場所を見ても森が広がるのみ。

 その場所が自治体として県に認識されているのかは不明だ。

 なぜなら、そもそもその村には名前が存在しないからだ。


 その村は、女しか居ない。

 アマゾネスの話か何かかと思う噂だが、嘘だと決めつけることは出来ない。

 何より、確かめもせずに決めつける訳にはいかない。




 私は友人からその村の噂話を聞いた後、何日も思考を巡らせた。

 結果、その噂を確かめる事を決心した。

 準備は1カ月かけて行った。


 まず、信頼のおける数人の仲間たちに調査に出る日を伝えて回った。

 1週間経っても私が帰らない場合は捜索願を出してほしい、という言葉も付け加えて。


 その村の噂を聞いた時にどうしても確かめたいと強く思ったのは、自身の出身地が同県であったことと、私自身が民俗学者であることが大きな要因だった。

 だが決定的であったのは、その村についてのものだと思われる歌を知ったからだった。




 ひとつ。みぎあしを、きりてはもやし。


 ふたつ。ひだりあし、きりてはもやし。


 みっつ。みぎてを、きりてはしょくし。


 よっつ。ひだりて、きりてはしょくし。


 いつつ。みぎめを、とりてはほうじ。


 むっつ。ひだりめ、とりてはほうじ。


 ななつ。かのみを、きよめしあとは。


 かみとつらなり、われらをたすく。




 全て読みだけしか分からないが、おそらくこうだろうと思う。


 まず、1日目から1日おきに、右足、左足、右手、左手を切り落し、足は燃やし、手は食すと読める。

 また、5日目には右目を、6日目には左目を、取り出して奉納すると読める。

 そして7日目に彼の身、男の全身を綺麗に洗い清める。

 最後の清めを終えた後、その男は神と繋がったと考えられ、そのことが村の人々を救うという事なのだろう。


 最後に、私が聞いた一番衝撃的な噂を挙げたい。


 その村は、子種の為だけに外部から男を連れてきて、監禁して村中の女と交わらせる。と言うのだ。

 ただ、監禁するにも一連の流れがあるらしい。ある種、儀式と言える。

 その儀式らしき内容が、先ほどのわらべ歌だ。

 はたしてこのわらべ歌が、村の女たちが子種を欲してまじわりに来るという話と繋がるのかは不明だが。


 ただこの歌が事実を述べているものだとしたら……

 なんと身勝手で、なんと残忍な仕置きなのかと思う。

 ここまでされてしまっては痛みでどうにかなってしまいそうだと思うが、果たしてそれが単なる噂なのかどうかも含めて真偽のほどは分からない。


 そもそも、村に女しか居ない事があまりに不自然だ。

 何故なら、こうやって子孫を残す為の行動に出ているとすれば、間違いなく男の子も生まれてくるはずなのだ。

 それが、女しか居ない。


 この噂が本当なのだとすると……。


 私は想像し、身震いする。

 そこにおぞましい何かを感じたからだ。


◆◆◆


 私は今、山道に踏み入ろうとしている。

 ここまで乗ってきた車は道の脇に駐車してある。何かあった時はと考え、車のフロントは坂道の低い方を向いている。

 1人で来た理由は、もしもこの噂が事実であったなら、連れてきた者の身の安全を保障できないからだ。

 もちろんその時は、私自身も無事では済まないだろう。

 それがあるからこそ、友人たちに1週間という期限付きで調査に行くことを伝えたのだ。

 それに、私が村の場所を間違えていた場合は、調査はそもそも空振りに終わる。


「よし」


 私は意を決し、山道に踏み入った。

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