十六夜(弐)
木々が生い茂るけもの道を進む。
まさかここまでとは思ってもみなかった。
これはさすがに、遭難したら命を落としかねない。
さながら富士の樹海だ。
地図に無い村を目指し、私は山道を歩いていた。
車を置いて歩き始め、30分ほど経つと道らしき道は無くなってしまった。
代わりに出てきたのが、普段誰かが使っているのではないか? と思われる程度のけもの道だった。
そうしてとうとう、けもの道すら途切れてしまった。
まいった。
私はしばし逡巡したのち、引き返すことに決めた。
別の道があったのかもしれない。
それに、ここで道に迷ってしまえば、本来の目的すら果たせない。
振り返り、来た道を戻る。
道とは言い難いけもの道だが、来たばかりなのだしそうそう迷うこともないだろう。
と、思っていたのだが……。
私は自分の目を疑った。
数分歩いた後、突然開けた視界に小さな集落が飛び込んできたからだった。
あり得ない…。
思考から導き出される言葉は全て今の状態を否定するものばかりだ。
だが眼前にあるのは間違いなく集落であり、生活の匂いがした。
私はスマートフォンを取り出し、写真を一枚撮った。
その画像を確かめ、眼前にある集落が自分の目にしか映っていない幻ではないことを確認した。
ならば、と私はそのままスマートフォンで動画撮影を開始した。
村の情景を録画しながら、現在日時と自分がこの場所にたどり着いた経緯を簡単に言葉にした。
「木の板で作られているであろう民家は、明らかに現代の一軒家とは言い難い雰囲気を醸し出している。
よく時代劇で見かける長屋のような外観だ」
私は簡単なコメントを吹き込み終えると、撮影を中断した。
バッテリーは多めに持ってきているが、出来るだけ節約しておきたかった。
まずは、住民を探すべきだろうか。
それとも、噂を信じるとすれば、見つからないようにすべきなのだろうか。
どちらとも判断がつかぬまま、私はしばしその場に立ち尽くす。
遠目にだが、民家の扉が開くのが見えた。
私はとっさに、近くの木に隠れた。
その咄嗟の行動で、方針がはっきりした。
まずは見つからないように、村の住民がどのような人々であるのかを観察することにする。
民家から出てきた人物の服装は、ジーパンにTシャツといったごく普通に見かけるものだった。
どうやらシルエットからして女性らしい。
女は少し歩いた先にあった井戸らしき場所で水くみを始めた。
太陽の光が反射して相手に見つかることが無いよう注意しつつ、今度はスマホではなくデジカメを取り出した。
望遠で撮影する必要があるときに使うつもりで用意していたものだ。
ズームアップして、女を映す。
控えめに言っても、その女は美しかった。
目鼻立ちが整っているだけでなく、そのボディラインは痩せすぎてもおらず、太ってもおらず、程よい曲線を描いている。
おっと、話を戻そう。
井戸から水を汲み終えたのか、女は木の板を組んでつくったバケツを両手に持つと、私の居る方とは逆方向へと歩き出した。
向こう側に田畑があるのが見えた。
私は一旦撮影を止め、気づかれないよう後を追った。
女は右手へと曲がり、長屋の向こう側に消えた。
見つからないように場所を移動しつつ、長屋の向こう側が見える位置を確保する。
再び見えた女は、どうやら畑の作物に水やりをしているらしかった。女の日課なのかもしれない。
その畑の向こう側に、もう一軒の家を見つけた。30mほど離れているだろうか。
あれがいわゆる、お隣さん、という事になるのだろう。
都会とは明らかに違う距離感で人が住んでいる場所。
それを改めて感じた。
ガサッ…
それは、背後から聞こえた。
総毛立つ、という感覚を私は初めて体感した。
脳がマヒして動けないような感覚。
瞬間的に全身を恐怖が支配する感覚。
何かの気配を背後に感じながら、私は動けずにいた。
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