帰りにスーパーに寄ろう

 キーワードは「赤い服の女」。

 昔観た映画でそんなワンシーンがあった。

 向こうもその映画を見たことがあったようで、それじゃあこっちも何か目立つように赤いものを身に付けていくよ、と返事があって、本当はフロッピーディスクを持っていきたいところだけれど、今どきなかなか売ってないからね、とすぐにもう一通メールが来た。

 まあ、いよいよ見つからなければメールしてみればいいし、今日のために電話番号も教えあっていた。

 レーンから流れ出てくる手荷物の中から、自分のキャリーバッグをみつけて到着ロビーの出口に向かった。


   ☆★☆★☆


 なるほど、「赤い服の女」ね。

 もしもあれが白だったら、自主制作の映画のヒロインみたいなシンプルなワンピース。

 麦わら帽子にカントリー調のアクセサリ。

 ちょっとあざとすぎるんじゃないか?


   ☆★☆★☆


 なるほど、「何か赤いもの」ね。

 広島カープの野球帽を後ろ向きにかぶって、ダンガリーシャツの右のポケットには赤い縁のメガネ。

 あれは、伊達メガネかな。

 ちょっとキャラ作りすぎてるんじゃないかな?


   ☆★☆★☆


 まだ朝早い空港の到着ゲート。

 ふたりの目が合った。

 クシャッと笑って、軽く手を振りあった。

 一歩ずつ近づいて行き、そして向かい合い見つめ合った。


「君が……」

「あなたが……」


 ふたりの声が重なる。

 思わず笑い出す、その笑い声も重なる。


「うん、確かにタブレット越しに聞こえる声と一緒だね」

 ふたりの声がみたび重なって、また笑う。

「はじめまして」

 ふたりの声がもう一度重なった。


   ☆★☆★☆


「空港からはウチまでちょっと距離があるんだけど、途中どこかに寄って観光していく?」

「ううん、そのために来たんじゃないでしょ」

「じゃあ、ウチの近所のスーパーだけ寄ることにしようか」


 肩を並べて歩き出す。

 そっと手が差し出される。

 その差し出された手を握り返す。

 すぅっと手を離されたかと思うと、指を絡められた。

 絡められた指に力を入れる。


 どちらからともなく立ち止まる。


 ほんのひととき見つめ合う。

 もう一度、絡めた指に力を込める。

 そして手を繋いだまま空港の出口に向かった。


 じゃれあうように互いの手の甲をくすぐるみたいに指先で撫であったり、またぎゅっと力を込めたり。

 時々見つめ合ってはクスクス笑ったり。


   ☆★☆★☆


「なんだか君って、声から想像していたとおりの雰囲気なんだけど、その赤い服だけちょっとイメージと合わなくて……」

「それはお互い様かな。

 あなたのその帽子とメガネもずいぶんわざとらしいよ」

「まあ、目印って思ったからね」

「私も、そういうこと」


 ふと私はちょっとした悪戯いたずらを思いつく。

 私と同じくらい彼にもドキドキして欲しい。

 足を止めて背伸びして、彼の耳元に唇を寄せる。


「ちなみに今日は『勝負下着』」

「ちょっ!」


 私はそっと繋いだ手をほどいて、彼の頬をなでてみる。

 そして上目遣いに彼を見上げる。


 彼は少し困ったような顔をして、私の帽子を取って髪をクシャクシャにしてから帽子を戻してそっぽを向いた。


   ☆★☆★☆


 朝と昼の間くらいの中途半端な時間帯。

 その駅で地下鉄から降りたのは僕たちしかいなかった。

 ふたり並んでエスカレータに乗る。

 互いの手を探り合い、指を絡め合った。

 自然と見つめ合う。

 どちらからともなく顔が近づいていく。


 そのまま唇が重なった。

 軽く触れあい、すぐ離れる。

 その一瞬がとても長く感じた。

 そしてもう一度、ついばむように。


 それからエスカレータが登りきるまで、僕たちは何度もついばむようなキスを繰り返した。

 

   ☆★☆★☆


 ずっと手をつなぎながら家路をたどる。

 さすがにスーパーの中では手を離したけれど。


「昼ごはん、晩ごはん、それから明日の朝ごはん」

「何を作ろうか?」

「とりあえず、夜はワインで乾杯したいな、安いので構わないから」

「じゃあ、何かパスタと、……鶏肉のソテーとかでいいかな?」

「うん、あまり手の込んだものを作りたい気分じゃないから、それにレタスとベビーリーフでサラダってことにしよう」

「明日の朝も簡単に済まそうよ。

 近所に美味しいパン屋があるんでしょ?

 トーストと卵でも焼いて、リンゴかプチトマトでもあれば充分だよ」

「パスタにトースト……、じゃあ今日のお昼はご飯ものがいいかなぁ」

「……ご飯、一度にたくさん炊いて冷凍したりしていない?」

「してるけど……。

 あ!」

「そう! チャーハン作ろう!」


 そしてふたりはまた家路をたどる。

 手をつなぎ、指を絡めて。


   ☆★☆★☆


 1DKタイプのマンションに着き、鍵を開ける。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 ぷっと吹き出して、「今回はかぶらなかったね」と笑い合う。

 ドアに鍵をかけ、玄関で見つめ合う。


 そして抱擁。

 そして、口づけ。

 だんだんと、長く。

 何度も何度も唇を重ねる。

 背中に回した腕に力がこもる。

 ずっと会えなかった恋人たちのように。

 初めて会うのに、久しぶりのような懐かしさ。

「いつからだろう? ずっと君とこうしたかったんだ」


「私も、そう。

 それでね、こうやって会う約束をしたときから、ずっと言いたかったことがあるの」

「何?」

「あのね……

 おかえりなさい。

 ご飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し?」


 一瞬の間を置いて、ふたりで爆笑する。

 僕は目に涙を浮かべながら、


「そうだね、まずジャスミン茶でも飲んでひと休みしたら、一緒にご飯を作ろうよ」


fin

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ジャスミン茶がいい @kuronekoya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

作者

@kuronekoya

近況ノートウォッチャー  時々|🐾《足あと》つけたりします https://kakuyomu.jp/users/kuronekoya/news/1177354054883763436 自称読み専 …もっと見る

近況ノート

もっと見る

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!