ジャスミン茶がいい

@kuronekoya

最初にネギを刻もう

 冷蔵庫から缶ビールを取り出してまずは一口。

 包丁とまな板、シリコン製の保存容器をふたつ用意して、さっき買ってきた長ネギの束をレジ袋から取り出す。

 どうせ水洗いしかしないんだし、火を通すし、と生来の横着が発動して、水で濡らしたキッチンペーパーで拭くだけアリってことにする。


 グビグビッと更にビールを飲んで、ネギを小口切りにする。

 タタタタタッとリズミカルに。

 まずは縦に1本切れ目を入れておいて、丸いのが転がっていかないようにしておくひと工夫。

 切り終えたネギの半分ちょっとをシリコン容器に入れて冷凍庫へ。

 これはまた別の機会に使う用ってことで。


 もう一口ビールを飲んで、保温したままの炊飯器から朝食の残りを内釜ごとコンロの近くに持ってくる。

 冷蔵庫から卵1個と、瓶詰めの鮭フレーク。

 調味料入れから、赤い缶の中華風万能調味料と味塩コショウ、醤油、ごま油とサラダ油。


 コンロの下のストッカーからフライパン木べらを出して、ビールを飲み切る。

 そして、キッチンの隅に立てかけておいたタブレットに向かって尋ねる。


「そろそろ準備はできた?」


   ☆★☆★☆


 コンロにかけておいたやかんにお湯が沸いた。

 磁器製のティーポットに1/3くらいのお湯を入れて、ポットを温める。

 やかんは弱火にして、火にかけたまま。


 その間に、小分けして冷凍しておいたご飯をレンジでチン。

 そして包丁とまな板を出して、さっき買ってきた長ネギを水洗いしてキッチンペーパーで拭く。


 ポットのお湯を捨てて、ティーバッグと新しいお湯を入れてリビングに持っていく。


 ネギに縦に切れ目を入れてから、小口に切りにする。

 ちょうど切り終わるのと同時にご飯も解凍できた。

 なんとなくタイミングが合うのは気持ちがいい。


 冷蔵庫から、卵と鮭フレークの瓶。

 ストッカーから、鶏がらスープの素と胡椒、醤油、ごま油と菜種油。

 シンクの下からフライパン、シンクの壁にぶら下がっている調理器具から木べら。


 さて、と思った瞬間にキッチンの隅に立てかけておいたタブレットから声がした。


「そろそろ準備はできた?」

「バッチリ! グッドタイミング!!」

 と返事する。

「じゃあ、始めようか?」

 ふたりの声が重なる。


   ☆★☆★☆


サラダ油とゴマ油を半々くらいの割合で

だいだい合わせて大さじ一杯強


ガスコンロを火力最大で点火して

まだ温まらないうちに卵を割り入れる

木べらの先で油と卵を混ぜるようなつもりでかき混ぜる


黄身と白身が混ざりきった頃にはフライパンも熱くなっているだろう

そこにすかさず冷や飯を投入する

木べらで切るようにしてはいけない

鍋肌にそっと押し付けるように軽く押さえると

熱で自然とご飯はほぐれていく


それを繰り返しているうちにご飯と卵が程よく混ざったら

少しの間だけ弱火にして

顆粒状の鶏ガラスープの素/赤い缶のあの中華風味の調味料

塩コショウ

小口切りにした長ネギをたくさん

そして瓶詰めの鮭フレーク

それぞれ目分量で適当に投入する


そうしたらあとはもう強火に戻して混ぜ合わせるようにして炒める

炒める

炒める

炒める


最後に香り付けに醤油をくるっとかけ回して

軽く混ぜ合わせたら出来上がり


   ☆★☆★☆


「誰か見てるわけじゃないし、このままフライパンから食べちゃおうか」

「そうだね」

 リビングのテーブルに鍋敷きを置いて、その上にフライパンをドン。

 スプーンとタブレットを取りにキッチンに戻る。

「んー、飲み物はどうしよう?」

「やっぱりチャーハンにはアレでしょ!」

「ジャスミン茶!」

 ふたりの声がまた重なる。


   ☆★☆★☆


 冷蔵庫から、朝から仕込んでおいた水出しのジャスミン茶をコップに注いでリビングへ。

「あれ? そっちはホットなんだ」

「うん、こっちはまだけっこう朝晩は冷えるよ」

「こうしてると離れてるんだな、って感じちゃうね」

「ちょっと! そういう話はナシって約束したじゃん」

「ごめん、ごめん」

「ま、冷めないうちに食べようよ」

「そうだね」

「いただきます!」

 ふたりの声がみたび重なる。


「う〜ん、鮭フレーク入れすぎて、ちょっとしょっぱくなりすぎちゃったなぁ。

 そっちは?」

「うん……、こっちもちょっと……。

 赤いアレ入れすぎて、クドい感じ」

「お互い、ちょっと残念ってことで一緒だね」

「そうだね」


 ふたりでクスクス笑いながら、鮭チャーハンを食べる。


   ☆★☆★☆


 SNSでたまたま知り合ったふたりは、未だ互いの顔を知らない。

 知っているのは、声とキッチン、リビングの風景だけ。

 声から異性だということはわかる。

 会話の端々から、気候が違うくらい遠くに住んでいることもわかる。


 元々大勢で色々話していたのだ。

 正確には、コメントの応酬。

 映画、小説、音楽、料理。


 食べ物の趣味が合う、それじゃあ今度一緒に同じ料理を作ってみようか? と誘い、誘われるまで互いに相手のことを同性だと思っていた。

 それくらい、ナチュラルに会話をしていた。


 以来、時々休みの日に一緒に同じ料理を作るという、「オンラインのふたりだけのオフ会」みたいな説明しようとするとややこしい関係を続けてきた。


 でも食べ物だけじゃなかった。

 元々、映画や小説の趣味が合ったんだ。

 そして互いの会話のテンポが心地よく感じたんだ。


 最初に顔が映らないようにして以来、それがふたりの不文律になった。

 離れた場所だけど、一緒に同じ料理を作って一緒に食べる。

 非現実的でなんだか不思議な体験が面白かった。

 ただ、それだけの関係のはずだった。


 それでも、「会いたい」と思った時にすぐに会いにいける距離か否かは、思っていた以上にこたえた。 

 そしてついポロリと本音が漏れた。


「会いたいな」

「うん、会いたいね」

「手をつなぎたいな」

「キスもしたい」

「キスだけじゃなく……」


 少しの沈黙の後。


「今週末、会いに行くよ。

 どこにも出かけたりしないで、キミの部屋で過ごそう」

「……うん」


 とりあえず、ジャスミン茶のおかわりをしよう。

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