第10話 運送は鬱憤も運ぶ 1

 数年前に長らく勤めた会社を、会社都合で辞めた武久たけひさは、ハローワークで見つけた職種についた。

 職種は運送業。最大手の名前しか知らない、どうやら県内に本社を持つ中小企業のようである。

「……金額的にはこのあたりか」

 妻子を養うということもあり、あまり選んでいられない。


 妻はいい顔をしなかった。それは後々分かることになる。


「お疲れっす」

「おう、お疲れ様」

 土日が休みじゃないのは仕方がない。出勤時間がまちまちなのも、仕方がない。何せ、妻とてパートでスーパーに勤めている。

 何が問題かというと、ご飯を食べる時間がないのだ。


 相手方の時間に合わせて動く。上手く休憩が取れればいいが、取れない時のほうが多いのだ。

 これか、妻が嫌がっていた理由は。


 妻がおにぎりを持たせてくれるようになったのは、その状況を愚痴るようになってから。それまでは水筒だけだった。

「あの、一つ聞いていいっすか?」

「どしたい」

「皆さん、昼飯どうしてるんっすか?」

「……あーー」

 武久よりも前に入った同僚に聞くと困った顔をした。その同僚は毎日弁当持参だ。

「俺も他の人から聞いてやってんだよ。街中じゃ無理だけど」

「?」


 郊外の信号少な目な直線道路。そこで、最初の信号に引っかかった時に、弁当をハンドルの上に置いて食べるという。

「……そういえば、他社さんでやってる人見かけますね」

「俺の知り合いが大手のところに勤めてるから、聞いたんだよ。そうでもしねぇと飯食えねぇ」

「時間勝負っすもんね」

「おうよ。時間指定が細かくなればなるほど、こっちはきっついわけだ」


 時間までに運ぶ。今までその恩恵に預かっていたが、配達側になるとどれほどきついかが分かる。

「……多分、父はしていなかったと思うけど」

 妻の父も、定年退職するまでずっと、運送業務に携わっていた。だからこそ、大変だから反対したものだと思っていた。

「大変なのは、分かりきってたし。時々車で休んでるって言ってたから、そこまでじゃないと思うんだ。はい、今日のおにぎらず」

 子供の弁当ついでとはいえ、ありがたい。もっと言うなれば、毎日欲しいところではある。



 今日もトラックを運転しながら、おにぎりを食べる。上手く休憩時間が取れたら、目を休める時間と、ゲームの時間だ。

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