第6話 兼業農家の憂鬱2

 売り物にならない、といっても食べられないわけではない。


 小さすぎたり、形が歪だったり、果ては着色が悪かったりするだけだ。そして、師井の父親は、変にこだわりがあるらしく、他の家では「規格品」になるものを「規格外品」としている。

 父曰く、「差別化」らしい。

 市場いちばに出せば、他の農家よりも高値で買いつけされるという。ほとんどが贈答品として個人的に頼まれるものが多いため、出荷されるものは少ない。

 師井が実家にいたころは「軸割れ」と呼ばれるものをよく食べていた。それから、ジュースに加工して家で楽しむくらいだ。

 さすがに実家を出てからは不揃いなリンゴしか食べていない。

 毎年多く貰うため、どうしようかと頭を悩ませていたが、一昨年あたりからは江井が、そして今年からは嘉内へおすそ分けが出来る。ダメにする分が減って、師井としてもありがたい限りだ。


 ……が、それをうっかり電話で言ってしまったのが間違いだった。

 実家からひと箱、おそらく出荷用と思わるリンゴが送られてきた。

『お父さんがねぇ、今年失敗したみたいだって。だから、感想も聞きたいらしいのよ』

 失敗したというが、師井は「成功した」という言葉を未だかつて聞いたことがない。

「分かった。他の人にも聞いてみるよ」

 仕方ない。仕事場に数個持っていくか。あきらめの境地で、師井は二つほど個別に持っていくことにした。


「へぇ。師井ちゃんの実家は農家さんか」

 同じグループのメンツがリンゴを見ながら呟いた。

「うん。うちは兼業」

「大変じゃない?」

「まぁ、ね。とりあえず食べてみてよ」

 各々にリンゴが渡り、シャリシャリという音が聞こえてきた。


 うん。いつもより味薄いな。酸味どこいった。

 それが師井の感想だった。


「うまっ。蜜が入りまくってるね」

「ってか、味濃いね」

「え?」

 なんですと!? これで味が濃いだと!? 蜜だっていつもより少ないよ? 思わず師井は目をぱちくりさせた。

「なんだろう。甘いだけじゃないよね。食い飽きしないっていうかさ」

「師井ちゃん一人、違う感想だね」

「というか、江井さんとしては?」

 ここ数年貰ってくれている江井なら違う感想が出るはずである。

「毎回いうけど、うまいよ。師井ちゃん宅では、これでもダメらしいからさ」

「うっわぁ、すごいこだわり」

 各々が好き勝手いうが、昔からこの味しか知らない師井は、どうしても基準が他者と違うらしい。

「毎度言うが、コレ買うとしたら結構高額だかんね」

「知らん。うちは卸値しか頭にない」

「さよか」


 これを機に、グループの殆どの人がリンゴを貰ってくれて、手元に残ったのは数個だった。


 そして、師井はふと疑問に思った。

 昔はここまでこだわっていなかったんじゃなかったかな、と。気づいたらこだわっていたため、すっかり忘れていた。

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