第5話 兼業農家の憂鬱1

 師井の実家は、兼業農家だ。

 中学に入るか入らないかくらいまでは自宅で食べる米も作っていたが、大不作の時期に農機具が壊れたことなどが加わり、作るのを止めたという。

 現在は果樹を出荷していて、野菜は家で食べる程度(?)だ。


 母が仕事を辞めたあと、余ったものを市場いちばに出しているらしいが、師井が家を出たあとなので、よく分からない。


 数日前、母親から携帯に連絡があった。曰く「リンゴ食べない?」と。

 そろそろ米も尽きる頃だったので、米と一緒に送って欲しいと頼んだ。リンゴは少しでいい。


 ……が。送られてきた量を見て愕然とした。

 米はわかる。リンゴの量が半端ない。しかも品種は紅玉こうぎょく。最近では市場しじょうに出回らない品物だ。

「……どうしろっつうのよ」

 師井はそこそこ果物は好きだが、一個二個食べれば満足する質だ。十数個あったら間違いなく、腐らせる。

 一人暮らしに十数個、これ如何に。それが師井の気持ちである。


「ありがとう。届いたよ。でも多い」

『少な目にしたのよ。お父さんったらもっと送るって言ってたの止めたんだから』

「サンキューです。何とか消費します」

『そうしてちょうだい』


 仕方なく、同僚に話して、引き取ってもらうことにした。


「お邪魔しまーす」

 仕事場では比較的仲のいい、嘉内を自宅に呼んで紅玉を渡す。

 見る間に、嘉内の顔が明るくなった。

「これっ! 紅玉だよね! どこで買ったの!?」

「実家産。多めに送られてきた」

 一箱でないだけましだと思うことにしたのは、電話を切ったあとだ。

「ありがとー。市販のリンゴって甘くてさ。この酸味がたまらない」

「品種的問題だからねー。それに一般的には甘いリンゴが主流だし」

「へぇ」

「それに病気しやすいから、育てる手間もかかるんだってさ。そんなに喜ぶなら、全部持ってって」

「っいいの!?」

「うん。あたしは一個食べれば十分なんだ」

 こうして、リンゴの殆どを嘉内に押し付けることに成功した。


 それが、再度師井の手に戻ってくるのは翌日。ローズアップルパイに形を変えていた。

「あんたマメだねぇ」

「いやぁ、ジャム作ったり楽しい休日でしたわ」

 ほっくほっくと嬉しそうな顔で嘉内が言う。半日足らずでここまで作るとは……師井は嘉内を尊敬できた。

「もうすぐ他の品種も出回るけど、いる? うちのリンゴはそこまで甘みがない」

 薄っぺらい味というわけでもなく、土地の関係か何なのか、他の農家に比べると酸味が多い。

「いいの?」

「毎年売り物にならないのをもらってるから」

 そんなので良ければと、師井は言葉を続けた。

「あ、うちは他の家よりも収穫遅いから待ってもらうけど」

「構わないよ~。果物がそう簡単に手に入るとは羨ましい……」

「あ~~。当たり前にうちにあるものだから、そういう発想なかったわ」


 これが農家と農家でない家との差なのかもしれないと、師井は思った。

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