〈囁き〉をもたらすものと語り合うとき、ぼくは真実を識る
- ★★★ Excellent!!!
「知識はちからなり」
作中で幾度も繰り返される、ある里の格言だ。
知識は文明の礎であり、人々の暮らしに恩恵を与える。
また同時に、欲望を具現化し、争いを引き寄せもする。
物語の序盤、初めに具体的に示される知識とは測量術だ。
ぼくっ娘でちびっこのウネンは極めて正確な地図を作る。
土地を持つ者にとって、地図は財産の大きさを映す鏡だ。
鏡像を見たい者もいれば、他者に見せたくない者もいる。
ウネンを再三の窮地から救うのは、旅する青年2人組。
彼らはウネンの師であるヘレーを探しているのだが、
笑顔が胡散臭い魔術師モウルも不機嫌な剣士オーリも、
隠し事だらけの上、口を開けば不穏で物騒な言葉ばかり。
「その知識は、本来お前が持つべきものではない」
ならば、なぜヘレーはウネンに知識を授けてくれたのか。
ヘレーが失踪したのは、その言葉に関わりがあるのか。
モウルとオーリがたびたび不自然に黙り込むのはなぜか。
ウネンが時折感じる〈囁き〉は何者によるものなのか。
胸に抱えた疑問を少しずつ言葉にし、語り合いが為され、
時にぶつかり合ったりしながらも、旅路は開かれていく。
健気なウネンはいじらしく、モウルの面倒臭さも可愛いし、
オーリの不器用な優しさもいい。登場人物が素晴らしい。
魔術とは何か、神とは何か、精霊とは何か、呪いとは何か。
世界に存在する八百万の何者かとの精神的感応の在り方を、
ウネンとモウルはたびたび議論し、確認し、真実を探る。
その概念を読者の前に示すやり方がスマートで感服した。
物語全体の雰囲気や文章の風合いは柔らかくて爽やかで、
その親しみやすさと謎解きのリズムのよさに惹き付けられ、
50万字に届こうかという長編なのに、ほぼ一気に読破した。
ああもう異世界ファンタジー書きたい! 封印してたのに!
ウネンもモウルもオーリも、旅に出る前も旅の最中にも、
幾度も苦しい思いをし、怒りや悔しさに打ちひしがれた。
謀反者の問題が解決しても、仕切り直して訪れる未来では、
今までになかった課題に直面していくことになるはずだ。
けれども、なんて清々しく力強く優しい読後感だろうか。
登場人物が愛おしくて、もっとずっと読んでいたかった。
声を大にして言いたい。
「すっごくおもしろかった!」
追記:個人的なことを付け加えると、
「知識の扱い方はいかにあるべきか」というテーマは、
研究界隈との付き合いがある私にとって身近なものだし、
何より、里の言葉がモンゴル語なので妙に嬉しくなった。