〈囁き〉をもたらすものと語り合うとき、ぼくは真実を識る

「知識はちからなり」
作中で幾度も繰り返される、ある里の格言だ。
知識は文明の礎であり、人々の暮らしに恩恵を与える。
また同時に、欲望を具現化し、争いを引き寄せもする。

物語の序盤、初めに具体的に示される知識とは測量術だ。
ぼくっ娘でちびっこのウネンは極めて正確な地図を作る。
土地を持つ者にとって、地図は財産の大きさを映す鏡だ。
鏡像を見たい者もいれば、他者に見せたくない者もいる。

ウネンを再三の窮地から救うのは、旅する青年2人組。
彼らはウネンの師であるヘレーを探しているのだが、
笑顔が胡散臭い魔術師モウルも不機嫌な剣士オーリも、
隠し事だらけの上、口を開けば不穏で物騒な言葉ばかり。

「その知識は、本来お前が持つべきものではない」

ならば、なぜヘレーはウネンに知識を授けてくれたのか。
ヘレーが失踪したのは、その言葉に関わりがあるのか。
モウルとオーリがたびたび不自然に黙り込むのはなぜか。
ウネンが時折感じる〈囁き〉は何者によるものなのか。

胸に抱えた疑問を少しずつ言葉にし、語り合いが為され、
時にぶつかり合ったりしながらも、旅路は開かれていく。
健気なウネンはいじらしく、モウルの面倒臭さも可愛いし、
オーリの不器用な優しさもいい。登場人物が素晴らしい。

魔術とは何か、神とは何か、精霊とは何か、呪いとは何か。
世界に存在する八百万の何者かとの精神的感応の在り方を、
ウネンとモウルはたびたび議論し、確認し、真実を探る。
その概念を読者の前に示すやり方がスマートで感服した。

物語全体の雰囲気や文章の風合いは柔らかくて爽やかで、
その親しみやすさと謎解きのリズムのよさに惹き付けられ、
50万字に届こうかという長編なのに、ほぼ一気に読破した。
ああもう異世界ファンタジー書きたい! 封印してたのに!

ウネンもモウルもオーリも、旅に出る前も旅の最中にも、
幾度も苦しい思いをし、怒りや悔しさに打ちひしがれた。
謀反者の問題が解決しても、仕切り直して訪れる未来では、
今までになかった課題に直面していくことになるはずだ。

けれども、なんて清々しく力強く優しい読後感だろうか。
登場人物が愛おしくて、もっとずっと読んでいたかった。
声を大にして言いたい。
「すっごくおもしろかった!」


追記:個人的なことを付け加えると、
「知識の扱い方はいかにあるべきか」というテーマは、
研究界隈との付き合いがある私にとって身近なものだし、
何より、里の言葉がモンゴル語なので妙に嬉しくなった。

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