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異端殲滅官の褒賞④


 手紙を書いていると、ふと視界の隅でアメリアが雷に当てられたようにビクリと身体を震わせたのが見えた。

 珍しい事である。アメリアはいつだって石のように静かで動揺などほとんどしないのに。


 何事なのか黙ってそちらを観察していると、ゆっくりと視線を俺の方へと向ける。

 パッチリとした目、藍色の虹彩がまるで窺うかのように俺を見ている。

 しばらく無言で見つめ合っていたが、アメリアが満を持したように口を開いた。


「アレスさん……大変です」

「……どうした、いきなり」


 大変という割には声に抑揚が少ない。本当に大変な時は本当に大変な表情をするので話半分に聞いておいた方がいいだろう。

 アメリアは席を立つと、音一つ立てずにすーっと俺の側に寄ってきた。開いた状態の本を俺の目に見えるように置いてくる。


 それはポイント交換のカタログだった。またかよ。


 戦闘に必要ではないアイテムの管理は全てアメリアに任せているが、いくら何でも最近見すぎではないだろうか。


「アレスさん、大変です。これを見てください」

「……ん……」


 アメリアの開いたページを見下ろす。


 防具のページだった。全身鎧から薄手のローブまで、多種多様な品が存在する。僧侶プリーストは基本的に法衣を着ているものだが、教義で強制されているわけではない。

 現に俺は法衣の下の聖銀ミスリルのチェインメイルを着込んでいるし、教会直属の聖騎士ホーリー・ナイトのシンボルは全身鎧とタワーシールドである。


「防具がどうした? 今ので十分だが」

「防具じゃありません。これです」


 アメリアが指を差す。そこは防具というよりは衣類のコーナーだった。カタログのページを厚くして豪華にするためなのか、なんでもあるんだな、本当に。

 指を突きつけた先にあったのは一着の服だ。しかし、ただの服ではない。


「メイド服ですよ、メイド服。ねぇ、何でこんなのあるんですか?」

「……クレイオに聞け」


 内容決めてるの俺じゃねえから。


 アメリアが差しているのは貴族の家で働くメイドが着ているようなエプロンドレスだった。黒と白を基調としたデザインに丈の長いスカートは落ち着きがあり、高級感を感じさせる。見ただけで主人の格が理解できるかのようだ。

 メイド服に詳しいわけもないので推測になるが、高級ブランドの品らしく、金文字でポイントが記載されていた。

 全身鎧より高いんだけどなにこれ。


 それなりに頑丈なようだが、防具としての使用を想定しているものではない。多分今アメリアが着ている法衣の方が防具として優秀だ。


「ただの布だ、防御力はないに等しい」

「可愛いです」

「恐らく、どこかに潜入する必要がある際に変装に使う物だ。他にも一通りの制服は揃っているみたいだし」


 ページを一枚捲ると、色々な職種の制服がずらりと並んでいた。

 普通の手段では手に入らないようなものばかりだ。値段が高いとかではなく、純粋に市販していない物が多い。必要がなかったので今まで交換したことはなかったが……。

 アメリアがムッとしたように素早い動作でページを戻すと、表情を元に戻して言う。


「着てみたいです」

「……」


 何言ってるんだ、こいつ。

 非難するような目で見つめるが、視線に退く様子もなく、アメリアがもう一度はっきりと言った。


「着てみたいです」

「……何故?」

「可愛いからです」

「……」


 視線を落とす。高級品のエプロンドレスはデザインにも気を使っている。なるほど、可愛らしい事は認めよう、アメリアに似合うであろう事も。

 だが魔王討伐中である。魔王討伐中なのである。ポイントにはまだまだ余裕があるが、弱い装備をわざわざ高いポイントを使って交換する理由がない。


 何より目立つ。とても目立つ。こんなの着たアメリアを連れ歩いたらとても目立ってしまうし、どう考えても僧侶プリーストに見えん。


 だが、アメリアの表情からは冗談を言っている雰囲気は微塵も感じられない。

 俺はため息をつき、説得にかかることにした。


「余計なアイテムを持っていく余裕はない」

「服の着替えです」


 こいつ……メイド服を日常的に使うつもりか。只者じゃない。

 今更アメリアのポテンシャルにびびるが、動揺を隠して続ける。


「目立つ」

「部屋の中でしか着ません」


 部屋の中では着るつもりか。

 室内をウロウロしているメイド服のアメリアを想像すると変な笑いが出てくる。

 その反応をどういう風に受け取ったのか、アメリアが追撃してきた。


「私は考えました。アレスさんのサポートに必要な物が何なのか」

「なんだ?」

「メイド服です」

「会話が凄い頭悪いんだが!?」

「サポートには奉仕の心が必要不可欠です。とりあえず表面だけ取り繕いたいので制服を要求します」


 理詰めで説得しようとしているのだろうが、全然理屈が通っていない。というか、さっき可愛いからですとか言ってたし……。

 アメリアがとんとんと指先でメイド服の絵を叩く。そんなに着たいか!?


「今の格好も十分似合ってる」

「可愛いですか?」


 アズ・グリード神聖教会のシスターの法衣はデザインが何通りもあり、そのどれもが女の子の憧れの対象になっている。そうやってシスター志望者を増やしているのだ。アメリアの法衣も例に漏れない。


「可愛い可愛い」


 アメリアが俺の言葉に気づかないくらいに僅かに頬を染める。照れるなら聞くなよ。

 メイド服もデザインがいいが、やはりシスターはシスターらしい格好をするべきだろう。後でメイド服はカタログから外すように申請しておこう。

 説得の成功を半ば確信していると、アメリアが姿勢をピンと伸ばして言った。


「そんな可愛いアメリアちゃんのメイド服姿見たくないですか?」


 さすがジョークセンスのあるアメリアちゃんは言うことが違う。アメリアは俺がイエスとでも言うと思って聞いているのだろうか。

 なんかもう感心していると、


「今ならおはようからおやすみまでアレスさんがご主人様」

「可愛いから着てみたいだけじゃないのかよ」

「服装だけでは勿体無いのでご主人様をサポートします」


 冗談なのか冗談じゃないのかわからねえ。

 ご主人様と言うよりはどちらかというと俺はボスの方だろう。少なくとも主人ではない。

 別に俺に被害があるわけではないし、それはそれで面白そうだが、如何せん無駄過ぎる。

 アメリアが簡単に退きそうもなかったので、方針を変えることにした。

 肘をついて質問する。


「何をするんだ?」

「丹精込めてお茶を入れます」

「もうやってるだろ」


 頼んでもないのにタイミングを計ってお茶を入れてくれる。

 以前までは自分で入れてたのに、いつの間にかアメリアの仕事になってしまった。


「マッサージをします」

「もうやってるだろ」


 たまに唐突に背中に回って肩を揉んでくる。驚くから一声掛けてほしい。


「手紙を代わりに出したり」

「もうやってるだろ」


「アイテムの購入を代行したり」

「もうやってるだろ」


「ご主人様が忙しい時にクレイオさんへの報告を代わりにやったり」

「もうやってるだろ」


 アメリアは聡明だ。一度指示を出せば次からは勝手にやってくれる。

 全く変わらない俺の答えに、アメリアが一瞬沈黙して、ぼそっと言った。


「……まさか私ってもうメイドですか?」

「……」

「足りないのは……服だけ?」


 納得の仕方が独特過ぎて笑うしかない。

 が、残念ながらアメリアはメイドではないので少し考えて足りないものを教えてやった。


「掃除洗濯料理が足りてないな」


 一番初めに自己紹介した時に出来ないと言っていたもの三つだ。そして実際に彼女がこの三つをしているのを見たことがない。


 アメリアと言う少女は、家事以外は割と万能なのであった。

 だが家事が出来ないとメイドにはなれない。メイドに詳しいわけではないので真偽は不明だが少なくとも俺の中のイメージではそうだ。


 アメリアの表情が初めて曇る。


「……掃除は……頑張ればいけます」

「プロ並に?」


「洗濯は……宿屋の人に頼みます」

「職務放棄だ」


「料理は…………」


 以前雑談の中で聞いたことがあった。三つの内でアメリアが一番苦手なのは料理らしい。

 味に対する感覚がざっくりしすぎていて、何を食べても大体美味しく感じるためだとか。

 味見をしても他人にとって美味しい物なのかわからないのだ、それでは美味しい料理を作るのは難しい。


 アメリアは目を細め、自分のリュックからココア味の携帯食料を持ってきた。

 無言でザクザク砕き皿に入れ、スプーンをセッティングする。最後に牛乳を注ぐと、俺に差し出してきた。

 ……いや、確かに嫌いじゃないけど。


「料理です、ご主人様」

「これを料理と呼ぶのか、お前は」


 こんなの誰だって作れるわ。

 アメリア自身もそれはわかっているのだろう、瞳を伏せて呟いた。


「アメリアは……未熟なメイドです」

「だからメイドじゃねえって」

「お仕置きとかしますか?」


 しません。

 一体どんな反応を求めているのか、ちらちらと見上げてくるアメリアに宣言した。


「家事も出来ないメイドなんていらん。アメリア、お前は首だ」

「ご主人様は辛辣です。たった一つのミスで首だなんて……」


 だが、食事に携帯食料を出したら首にもされると思う。

 くだらないやり取りだったがアメリアちゃんはメイドとしての適正が理解できただろうか。


 アメリアはしばらく俺が言葉を撤回するのを待っていたが、しないのを確認すると、一度大きく頷いて俺の方を見た。

 見て、言った。


「それはそれで置いておいて、メイド服欲しいです」

「話が巻き戻ったか」

「私はファッションの一つとして欲しいだけなので」

「ならさっきまでの茶番は何だったんだよ!?」

「届いたらスカート摘んでお辞儀したりスカートひらひらさせて回転したりしたいです」

「その行為に何の意味があるんだよ」


 アメリアはきょとんとした表情で首を傾げた。


「アレスさんが……嬉しい?」

「……」

「癒やしになります?」

「……」


 くそッ、確かに少し……ほんの少しだけ嬉しいし、見てみたいかもしれない。

 これが魔王討伐の任務中じゃなかったら交換するのも吝かではなかっただろう、アメリアにはそのくらいは世話になっている。

 だが今は魔王討伐中だ。メイド服を交換したことなんか知られたらクレイオに何を言われるのかもわからない。


 だってメイド服だよ? メイド服。普通は使わんわ。俺がクレイオの立場だったら評価下げる。

 部下に着せて癒やされたかったとかどう考えても弁明にしか聞こえないし何の弁明だよこら!


 だが、と、そこで俺は考えた。

 アメリアがここまで強固に欲しがっているのは珍しい。少しは配慮すべきだろうか……。俺の頭が固すぎるのか?

 眉を顰める俺を、アメリアは黙って見ている。


 そうだな……ちょっと交換するに足る理由を考えてみる、か?

 例えば……そう、本来の使用用途に使うとか。


 どこかのお屋敷に潜入するためにメイド服が必要だったとかどうだろう。今のところ予定はないが、いつ必要になるかはわからないし、メイドとして送り込むならある程度の所作は事前に仕込む必要があるだろう。

 準備はしておくに越したことはない。今までそうやって生きてきた、クレイオもその事を知っているし、この理由ならばクレイオもまぁまぁまぁ……まぁ?


「……苦しいな」 

「アレスさんは色々考え過ぎです。とりあえず交換してから考えましょう」


 至極真面目な表情でアメリアが進言してくる。

 その躊躇いのなさが怖い。後、慎みがないのはどうかと思う。まぁそれは長所にもなりうるけど。

 というか、まずはジョークなのか本気なのかはっきりさせよう。


「アメリア、お前本当にこれが欲しいのか?」

「はい」


「マジで?」

「マジです」


 マジ……かぁ。何考えてるんだろう、こいつ。

 アメリアの目には一切の曇りはない。曇り一つない澄み切った宝石のような目で俺に許可を乞うている。


 ……評価下がるかもしれないが、仕方ないか。

 アメリアの趣味はおしゃれらしいし、多少の我儘は受け入れるべきだ。

 俺も別に見てみたくないわけでもないし……。

 ため息をつき、アメリアに微笑みかける。


「仕方ないな……アメリアも頑張ってるし、交換を許可する」

「やったー、ご主人様大好き」


 棒読みで言われても虚しいだけである。後、人聞きが悪いからご主人様言うなよ。

 念のため条件をつけておく。


「ただし、飽きたら捨てるんだ。余計な荷物を持っていく余裕はない」

「法衣に飽きたので法衣の方を捨てます」


 それはダメだ。僧侶が法衣捨てんなよ。

 よほど欲しかったのか、アメリアはどこか嬉しそうだ。それを見ているとこっちまで嬉しくなってくる。 

 そして、そわそわしているアメリアに、最後の条件を言った。


「あ、あと一応、メイド服を手に入れたら、必要になった時にメイドに変装して潜入とかしてもらう。ちゃんとバレないように主人に対する動作を覚えてもらうからそのつもりで」


「……え!?」


 アメリアが瞠目し、硬直する。意外な反応に俺も硬直する。

 そのまま数十秒黙っていたが、やがてアメリアが言った。


「…………やっぱり交換しなくていいです」

「……何で?」

「……今の法衣でもひらひら回転できるので……」


 アメリアがその場で長い法衣の裾を摘んで、くるっと回転してみせた。

 ああ、癒される癒される、可愛い可愛い……って、今までの何だったんだよ!


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