200,000ポイント達成!

異端殲滅官の褒賞③


「幸せってなんなんでしょうね……」


 やぶからぼうに言うと、アメリアがため息をついた。

 表情の方は相変わらずのポーカーフェイスだが、心なしか声が暗い。


 何か今の現状に悩みでもあるのだろうか……むしろ悩みしかないか。

 年齢こそあまり変わらないが、俺はアメリアの上司である。悩みを解決するのもその職務の一つと言えよう。


 外は雨だった。外套である程度は防げるが、雨は体力を消耗させ、視界を悪化させる。今日藤堂達が外に出る事はないだろう。

 まとめていた資料を片付け、アメリアの方を向いて尋ねる。


「何かあったのか?」

「ポイント交換の品物が届いたんです」


 アメリアが頑丈そうな革で出来た箱を持ってきて、目の前で開ける。

 その箱には見覚えがあった。ダース単位で携帯食糧を購入した時についてくるものだ。


 異端殲滅官クルセイダーの報酬カタログから好きな物をプレゼントするという話をしたのが数日前。

 たった数日で品物が届くなんて本来ならば考えられない速度である。どういう仕組みになっているのだろうか……。


 箱の中には紙で包まれたブロックタイプの携帯食料が整然と並んでいた。ほのかに甘い香りが辺りに広がる。

 保存しやすく栄養価が高くおまけに食べやすい。とても優秀な食べ物であり、一本で普通の宿で取る食事一食分くらいの金額がする品だ。おまけに結構美味しい。

 俺も頻繁に世話になっているものだった。


 だが、ポイント交換の品物が届いた事と幸せの意味を考える事の間に関連性が見られない。

 アメリアが欲しいと言ったからプレゼントしたのに……。

 アメリアは丁寧な手つきで箱の中のブロックを一つ取り出すと、紙を剥いた。俺がおすすめしたココア味の携帯食料を持ち上げ、目の前で揺らす。


「実はここだけの話……私はアレスさんを労おうと考えています」

「アメリア。携帯食料は宿で食べるものじゃないぞ」


 確かに携帯食料は美味しいが、街に居る時ならば同等の金額でもっと美味しいものが食える。


「……ちゃんと話を聞いてください。後これ半分あげます」


 物欲しそうな表情をしたわけでもないのに、アメリアは目の前で携帯食料をぱきっと半分にするとこちらに渡してきた。遠慮するのも悪いので受け取る。


「アメリア、包装紙を剥くと携帯食料は劣化する。保存は紙に包んだまま、だ。説明書にも書いてあるだろ」

「ちゃんと話を聞いてください。アレスさんはこのブロックタイプの携帯食料に思い入れでもあるんですか?」

「話すと長くなる」

「話さなくていいです。ちゃんと私の話を聞いてください」


 四回も言われたので俺は黙ることにした。黙ったまま、貰ったココア味の携帯食料を口の中に入れる。

 アメリアは半分になった携帯食料を紙に包み直し箱に戻すと、咀嚼している俺にどこか冷ややかな目を向けて言った。


「幸せってなんなんでしょうね……」


 そこから仕切り直すのか。


「実はここだけの話……私はアレスさんを労おうと考えています」


 そこでピンときた。


 アメリアはあまり感情表現の激しい方ではない。が、何分長い付き合いなので見た目とは裏腹に気遣いのできる人間である事がわかっている。

 教会との通信の窓口を担当していただけの一異端殲滅官クルセイダーの俺を心配して魔王討伐なんて分の悪い任務についてきたくらいに。


 幸せの定義だとか、労おうと考えているとか……本人に言うのはどうかと思うが、つまり、そういうことなのだろう。

 感謝の言葉は人間関係を円滑にするのには重要である。おまけにタダときている。

 言葉を選んで感謝を伝える。


「アメリアから美味しい携帯食料を貰って俺は幸せだ。労われている」

「察しがいいのは大変結構ですが、割とずれてます」


 ずれてない。俺が幸せだと言ったら幸せなのだ。部下に労われるなんて幸福以外の何物でも――って労うって同等以下の人間を対象にする言葉じゃ……。

 アメリアの表情を確認するが、そこには何も見えない。分かっていて言っているのか、それとも天然なのか。


 アメリアは一度目を閉じて深く深呼吸をすると、


「そこで私は考えました。さっさと魔王討伐の任務を終わらせる事がアレスさんの幸福に繋がるのではないかと」


 終わったら次の仕事が待ってるだけだが……。


 そんな言葉が頭を過ぎったが、それを口に出す程無粋ではない。

 何だかんだ気持ちだけでもありがたいのだ。ずれてない。

 もっともらしく頷いて見せる。


「なるほど……確かに任務が終わったら嬉しいな」

「ですよね。アレスさんと行く三泊四日の旅もありますし」


 何故か自信有りげにアメリアも頷く。


 ……あれ、本気だったのか。

 たちの悪い冗談だと思っていた、などとは言えず、視線を逸らす。果たして魔王討伐が終わった後に俺にそんな余裕があるかどうか……。

 アメリアはしばらくそんな俺を不思議そうに見えていたが、気を取り直したように立ち上がり、道具袋からカタログを取り出してくる。

 またそれ見るのか。


「そこで、ポイント交換で三つ選ぶ権利の最後の一つを使って私は武器の入手を求めます」

「……ほお……」


 カタログで武器を入手なんて正気じゃない――が、どうやらアメリアはポイント交換を楽しんでいるらしいな。そんなもので日々のストレスを解消できるなら何よりである。


 確かにポイント交換のラインナップには武器の類もある。槍、剣などの一般的な武具から刀、銃、鎖鎌のような一風変わった装備まで一通り揃っているのだ。種類だけならばポーションよりも豊富なくらいだ。


「藤堂さん本人の強化が簡単に出来ないなら武器を持たせればいいのです」

「なるほど、いい考えだ」


 ただし、一つだけ大事な事を忘れている。


 藤堂の持つ武器はルークスに伝わる伝説の聖剣だという事だ。それ以上の武器がカタログなんぞに載っているわけがないし、リミスとアリアの武器もまた曰くのある代物である。カタログにそれ以上の武器はない。

 本来、傭兵というのはその腕の向上に従って武器も強力な武器にしていくものだが、藤堂達はその工程をすっ飛ばしているのだ。

 そもそも、命を賭ける武器を実際に手に取る事もなくカタログから選ぶなんて正気じゃねえ。


 アメリアが穏やかな笑みを浮かべ、俺の目の前にカタログを広げてくる。


「で、どれが聖剣エクスよりも強いですかね……」


 ねぇよ。


「あれ? 武器交換に必要なポイント……なんかポーションよりも低い?」


 既製品の武器なんてそんなものだ。端的に言えばなまくらばかりだ。

 そもそも、傭兵はある一定以上の力量になったら武具はオーダーメイドするのが主流である。

 カタログに載っている武器は練習用の位置づけであり、種類だけは豊富だが、ここから選ぶならくらいなら街一番の武器屋で買ったほうが良い物が手に入る。聖銀ミスリルなど、希少素材で出来た武器がないのは勿論、魔法の武器などもない。


 異端殲滅官の間でも、カタログの武器は粗大ごみだともっぱらの評判である。ポイント交換よりも普通に教会に申請した方がいいものがよほど良い物が手に入る、数少ない例外だ。

 それでもカタログに武器の項目があるのは、夢見る若者に自らの命を賭ける武器はもっと真面目に選べと教えるための教訓だというのが共通見解になっていた。言葉で言え。

 ……そんなんばっかりだなカタログ。


 だが、新たな武器の練習用として使うのならば十分ではある。もしかしたら藤堂に剣以外の武器への適性がある可能性だってあるし。まぁそうなっても聖剣は剣なのでどうしようもないのだが、確認するのも悪くない。


 椅子に座り直してアメリアに尋ねる。


「で、どの武器の詳細が知りたい?」

「……その言い方、もしかして、アレスさん交換したことあります?」


 あるに……決まってる。俺は無精なのだ。武器がカタログで手に入ると言われたらカタログで手に入れようとするのも道理。

 まだ異端殲滅官になったばかりの時の事である。今はやっていない。

 自らの命を賭ける武器はもっと真面目に選べと……教えられたからな。


 アメリアが憐れむような目つきで俺を見て、手を握ってきた。同情なんていらねえ。


「載っているのはなまくらばかりだ」

「使ったんですね」

「武器は消耗品だ。どれだけ手入れしても劣化は免れない」

「劣化したんですね」

「場合によっては戦闘中に折れたりする」

「折れたんですね」


 折れたんだよ。


 カタログに載っている武器は鋼鉄製だ。決して悪い品ではないが、俺が相手にしている魔族などは特別な武器じゃないと傷つけられない奴も多い。

 炎を纏っている者、体表から酸を吹き出してくる者、祝福された武器でないと傷つけられない者、そりゃ折れるわ。

 そして戦闘中に武器が折れたら大体の奴は死ぬ。折れた瞬間の絶望は格別である。藤堂にはなるべく味わうことなく魔王を討伐して欲しいものだ。


 もっとも、神に祝福されている聖剣エクスならば戦闘中に折れる心配はあまりないだろう。あれが戦闘中に折れるような事態になったら終わりだと思う。


「アレスさんって……大体地雷踏んでます?」


 武器はロマンなのだ。

 僧侶は教義によって刃を持てないが故にメイスを持つが、異端殲滅官は例外的に許されている。俺は自分の目で確認しないと信用できない性格なのだ。

 カタログを眺めながら説明する。


「ナイフだとか投げ槍だとかは使えるが……どうせ持つならばカタログで貰うよりも武器屋で買ったほうがいいな」


 それに、どちらかと言うとナイフは対人向けだし、投げ槍を扱うには藤堂は力が足りない。藤堂に相応しいかというとかなり怪しい。


「難しいですね……あ、ナックルダスターとかどうですか? 剣を取り落とした時とかのために……」


 ナックルダスターか……。

 まだ藤堂と同じパーティだった頃、王都の武器屋で藤堂が興味を示していたのを思い出す。

 アメリアの発想、藤堂と同レベルだな……。


 奴は剣士だし、剣を取り落とした時にわざわざ装備を変える余裕なんてあるわけがない。ナックルダスター使う余裕があるなら予備の剣を準備した方がいい。


「一通り使ってみたが、今ひとつだな。正直、実用に耐えうるレベルじゃない」


 素材が鋼鉄なのが痛い。聖銀製の武器があったらまた使いみちがあるのに。

 カタログは一定期間で変わる。教会本部にいかなきゃ交換できないが、稀に一点物のレアな武器が載っている事もあるらしい。そういうのは早いもの勝ちで、俺達にはそんな暇ないが……。


「色々種類もあるみたいだったんで便利だと思ったんですが……うまい話には穴があるんですね」

「穴があるんだ」


 まぁ、使い方次第である。現に、武器の特性を理解するのには役に立った。異端殲滅官の敵は人間である事も多いので、無駄に種類を網羅しているこのカタログがなかったら今の俺はいなかっただろう。


 目を瞑ると昔の思い出が蘇ってくる。

 戦闘中に剣が折れた事。戦闘中に槍が折れた事。ナイフを急所に当てたのに素材が鋼鉄のせいで刺さらなかった事。鎖鎌の鎖が途中で千切れた事。酸を纏った魔獣に叩きつけたメイスが一瞬でどろどろに溶解した事。

 ……ろくな思い出がねえなあ。


「藤堂は幸せだな……初めから聖剣を持ってるんだから」

「……そうですね」


 聖剣がなければ藤堂の旅がもっと険しいものになっていたに違いない。ルークス王国は大国だったのでたまたま聖剣を所有していたが、他の国も皆強力な武器を所有しているわけではない。

 藤堂はルークスに召喚された幸運に感謝すべきだろう。……拉致も同然で召喚された時点で感謝も何もないかもしれないが、本人気にしてなかったから、まぁ。


 意見を全て却下されたアメリアが訝しげな表情で首を傾げる。


「……まさかこのカタログ……使いづらい?」

「いや、日用品とか交換するには便利だぞ」

「簡単に魔王討伐できるようなアイテムはないんですね」


 カタログ一つで魔王討伐できるんなら勇者なんて呼ばねえよ。だからこうして俺達が苦労しているのだから。

 アメリアはカタログを閉じると、深々とため息をついた。答えは分かっていたが、からかうように尋ねる。


「欲しいものは見つかったか?」

「……なんか疲れたので、欲しいものが見つかるまでとっておく事にします」


 そうだろうそうだろう。

 俺も最初は楽しく交換していたんだが、途中からアメリアのようになった。そうこうしているうちにポイントだけがたまり続け、今に至る。

 他の異端殲滅官も皆、似たようなものらしい。

 そもそも日用品を交換するにしたって、その辺の店に行って購入した方が早いのだ。誰が手間のかかるプロセスを踏もうとするだろうか。

 だが意気揚々とカタログに集中するアメリアはどこか昔の自分を彷彿とさせて面白かった。


「まぁ、あまり気を落とすな」

「むー……」


 机にぺたんと上半身を倒し、不満げにうなるアメリア。

 その視線がふと、机に置かれた携帯食料の箱に移動する。腕を伸ばすと、先程しまった携帯食料を取り出した。

 じっと見つめ、アメリアが半分になっているそれを口に入れる。


「うまいか?」

「……嫌いじゃないです」


 嫌いな人がなるべく出ないように作られてるからな、それ。

 もぐもぐと咀嚼しているアメリアを眺めながら首を振る。


「砕いて牛乳とか掛けても美味しいぞ」

「……保存がきいて持ち運びがし易いのが携帯食料のメリットなのに意味ないですよね、それ?」


 アメリアは労うだとか言っていたが、言ってもわからないだろう。

 くだらないやり取りだとか会話だとか、そんなマイペースな彼女に俺は救われているのだ。

 そしてきっとそれは、魔王討伐の旅が激しくなればなるほど必要になるものなのだろう。



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