♯7

 歓声。その気になった三人は、はしゃぎながら銀杏の木の前に横一列に並んで声をあわせて歌う。


三人 ♪新しい朝が来る/そしたらはじまる人生を/楽しく生きてくそのために/呪いの儀式をすませましょう/夜があけちゃうその前に あ、それ/みんなで楽しくいちにのさん。


 歌の終わりで三人は銀杏の木を振り向いて、歌のリズムにあわせタイミングを揃えて“コンコココン”と釘を打つ。打ち終わって笑顔を交わし丑の刻参りをやり遂げた喜びを分かち合う。ハイタッチしたり、肩を抱き合ったり。しばらくして。白々しい間。


中年男 さあ、もう一度。みなさんご一緒に。


三人 ♪みんなで楽しくいちにのさん。


 もう一度 “コンコココン”と釘を打つ。打ち終わって笑顔を交わす。けれど一度目より顔がこわばっている。上っ面に貼り付けたような笑顔。


みゆき えーとぉ……。

中年男 さあ、まだまだ。いいですかー、いきますよー。


三人 ♪みんなで楽しくいちにのさん。


 さらに “コンコココン”と釘を打つ。今度は気持ちを抑えきれない。「ちきしょう」とトシオがぼそりとつぶやいて俯く。それに気付いたみゆきは “コンコココンコンコココン” と余計に重ねて釘を打つ。


トシオ みゆきさん、みんなで揃ってっていったのに。ひとり打つ回数が多いじゃないですか。ずるいでしょ。

みゆき ……。


 詰め寄るトシオ。無言のオーラではじき返すみゆき。空気が緊迫する。それに気付かないマイペースな中年男はさらに盛り上がって指揮者のようにオーバーな身振りで促す。


中年男 ワンスモア!


三人 ♪みんなで楽しくいちにのさん。


  “コンコココン”と揃えて釘を打つ。けれど気持ちはおさまらない。トシオとみゆきは「ちくしょー」「何でよー何でなのよー」と狂乱してさらに一心不乱に釘を打つ。中年男も楽しげにそれを追って釘を打つ。打ち続ける。やがて疲れ果てた中年男、トシオの順で打つのをやめるが、みゆきはやめない。


“コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン”


 みゆきは藁人形に五寸釘で打ち込もうとトンカチを振るう。しかし非力なみゆきではいくら打っても五寸釘を木に打ち込むことが出来ない。力任せに延々とトンカチを振るっていたが、ついに五寸釘がはじけ飛ぶ。みゆきはトンカチを投げ捨てて藁人形を掻き抱き泣き崩れる。


みゆき そんな……無理よ。現実に押しつぶされそうなこんな時に、明るく楽しくお参りしようだなんて。このあふれ出る負の感情を抑えこむことなんかできないもん。それなのに……それなのに釘を打ち込むことすらできない……!どうして、どうしてあたしの人生うまくいかないの!……そうよね。これがあたしの人生。どんなに想いを募らせたって、駄目なものはダメ。もういいの。誰かを呪うことすらできないなら、もういい。もうやめた。あたしの人生なんて、もうどうにもならないんだから。いっそあたしが死んじゃえばいい!

トシオ みゆきさんのバカ!(平手打ち)

みゆき 何するのよ!

トシオ そんなのってみゆきさんらしくないです。みゆきさんはいつだって傍若無人で思い込みが激しくて人の話をきかなくて無駄に行動力があって。いつもいつもちょっとずつ方向性が間違ってる気がするけど、そういう一生懸命なところがみゆきさんのいいところじゃないですか!

みゆき ……あんまり褒められた気がしなくて嬉しくないんだけど。

トシオ さあ、トンカチを拾ってください。夜明けまであとわずかです。せめて一撃。藁人形に釘を打ち込みましょう。みゆきさんはひとりじゃありません。ぼくがいます。ぼくはみゆきさんがすることを全力で応援します。

中年男 応援するって呪いの儀式を?あるいはストーキング?

トシオ うるさい!ね、この呪わしい負の感情を乗り越えて、みゆきさんが新しい明日を迎えるために。今日の丑の刻参りはみゆきさんが新たな人生を踏み出すための通過儀礼なんです。……そうだ。これ使ってください。(舞台用ナグリを差し出す)

みゆき (受け取れない)そんな……それでトシオくんはいいの?もうすぐ夜があけるわ。夜があけたらあなたの呪いの一週間は終わり。もう五寸釘を打ち込めなくなるのよ。あなたがこれまで六日間やってきたことが全部無駄になっちゃうじゃない!トシオくんの想いはどうなるの?もうやめちゃうの?あきらめちゃうの?そんなのって……そんなのって……。

トシオ いいんですよ。それでみゆきさんさえ救われるなら。どうせぼくなんか何を願ったって叶いっこない。冴えないしょーもない人生を送っていくしかないんだから。

みゆき トシオくんのバカ!(ドロップキック)

トシオ ぐはぁっ!

みゆき 何を情けないこと言ってるのよ。ダメでしょうそんなんじゃ。さあ立ちなさい。

トシオ ちょっと待ってください。(ジタバタもがいている)まともに食らったもんで肋骨が……って、これ折れてんじゃないかな。

みゆき (聞いてない)コケの一念岩をも通す。信じる者は救われる!さあ、トシオくん立ちあがって。最後までやり遂げるのよ!あなたの想いを貫きなさい!五寸釘のその向こうに新しい一日がはじまるんだわ。

中年男 新しい一日。なるほど。ほらごらんなさい。空が白んできました。夜明けです。

みゆき ……え?


 夜明け。空が白み始める。三人は呆然と空の変化を見ている。

    

トシオ 朝に……なっちゃいましたね。

みゆき そうね……。きれい。

中年男 心が洗われるようです。

トシオ ……今度こそ本当に、タイムオーバーか。(五寸釘と藁人形を投げ捨てる)

みゆき (朝日の中、藁人形を抱きしめて)……あたしらしくない、か。そうね。(笑顔。藁人形に)ありがとう。やっぱり恨みつらみを木に打ち付けて、それでおまじないの結果を待っているだけなんて今時の女の子らしくないよね。

トシオ ……みゆきさん。

みゆき そんなんじゃ彼に告白ひとつできずおまじないしながら待ってるだけだったこれまでのあたしと何も変わりはしない。今夜あたしは変わったわ。これからは積極的に世界に働きかけていくの。(シェイクスピア張りの名調子で)新しい朝が来る。もうすぐ街が動き出して昨日までとは全く違う一日がはじまるでしょう。未知なるものへの予感に誘われて、あたしは新たなる世界に踏み出すんだわ。なんて世界は素晴らしい!あたしはオシャレして街に繰り出して、そして捕虫網を買うのよ。

トシオ  (途中まで笑顔でみゆきの話をきいていたが、思わず)は?捕虫網?捕虫網って虫を捕まえるアレですか?

みゆき そう。

トシオ 何で?

みゆき 何でって虫を捕まえるためでしょ? 他に何に使うのよ。

トシオ みゆきさん、虫が好きなんですか?

みゆき 好きなわけないじゃない。足がいっぱいウジョウジョしてて気持ち悪いでしょ。      

トシオ じゃ、なんで捕虫網を?

みゆき 虫を百匹捕まえなきゃいけないんだって。

トシオ 百匹?

みゆき 百匹捕まえたら壺で飼うの。

トシオ 壺?え?飼う?は?

みゆき でも家に壺なんかないわー。このガイドブック不親切よねー。今時の一般家庭に壺なんかあるわけないじゃない。あ、使っていないシチュー用のおっきな蓋付寸胴鍋ならある。それでいいかしら?うん、それしかないんだからいいわよね?ねえ、どう思う?

トシオ 何の話ですか?

みゆき これこれ。(「イマドキ女子のための簡単呪い入門」を示す。顔が近い)

トシオ (渡された本を読む)【蟲毒】動物を使った呪術の一種である。代表的な術式としてヘビ、ムカデ、ゲジ、カエルなどの虫百匹を壺で飼育し互いに共食いさ せる。最後に勝ち残ったものが神霊となるためこれを祀る。この神霊から毒を採取して飲食物に混ぜ人に害を加えたり思い通りに福を得たり富貴を図ったりする。人がこの毒に当たると症状はさまざまであるが一定期間のうちにその人は大抵死ぬ。ウィキペディアより引用。ってこれ、みゆきさーん。ちょっと方向が違うと思います。

みゆき (ドヤ顔)積極的。

トシオ いや、積極的じゃなくて。

みゆき おじさん、これあげる。エリザベスちゃんのお友達に。(みゆきは自分の藁人形と五寸釘を中年男に渡す)

トシオ え?あ、じゃあぼくのも。(トシオも人形を拾って中年男に渡す)

中年男 ありがとう。エリザベス、お友達が出来たよ。これでもう寂しくないねぇ。

みゆき じゃ、あたしたち帰るから。おじさんも気を付けてね。

中年男 ごきげんよう。


 みゆきとトシオは連れだって去る。


みゆき (去りながら)さあ、これからいそがしくなるぞぉ。夜が明けたらとにかく虫を捕まえまくるんだから、あんた勿論手伝ってくれるでしょ?あたし虫に触るのはいやよ。

トシオ ぼくだっていやですよ。気持ち悪い。

みゆき えーっ何それ。男のくせに。

トシオ それ、男女差別ですよ。大体何でみゆきさんの恋愛にぼくが付き合わなきゃいけないんですか。

みゆき ひどーい!ひどいひどいっ!さっき応援する。ぼくにできることは何でもするっていった。

トシオ ……いや、それは確かにいいましたけど……。

みゆき 一緒に虫採りかぁ。楽しみね。


 退場。


中年男 (微笑みながら見送る)全く近頃の若い者は……。まあ、よかったじゃありませんか。あの若者たちが魔道に堕ちることなく朝を迎えることができて。(みゆきとトシオが散らかしたもの片づけながら誰にともなく)人を呪う、ということは呪う相手を魔道に堕としいれるものではありません。呪いという術式で自分自身を魔道に堕とす行為なのです。呪うことと言祝ぐことは同じこと。「おはよう」「こんにちは」そうやって人とのつながりを求め声をかけあうように、誰かを呪う、これもまた人と人との関わりに他なりません。自らを魔道に堕としてまでなお、私達は人との関わりを求め続けます。何故でしょうか。


 中年男はみゆきとトシオの藁人形をベンチに寄り添わせて並べて置き、それを満足げに眺める。


中年男 人はひとりでは存在できません。誰もが誰かを求めています。「君が知っているのに誰からも理解されないことなんかない。君に見えているのに誰にも見えないものなんかない。君が居たいと思っているのに居ちゃいけない場所なんてどこにもない。簡単なことさ」なーんて歌っていたのは誰でしたっけ。


 中年男は「はあっ」と銀杏の木に気合をいれる。銀杏の一部をぱかっと開けると何故かそこがクローゼットになっている。クローゼットから黒い上着とマントを取り出して着替える。魔人の扮装。


中年男 (人形を手にとって)エリザベス……さあ、はじめよう。


 中年男、人形に五寸釘を刺す。魔界をあらわす舞台変化。


中年男 呪いに効果があると信じている人なんかいません。誰もがこんなことしても何にもならない、ばかばかしいと本当はわかっているんです。それでも時として、人は誰かを呪い、迷信にすがり、まじないの術式を試します。それはままならない世界に翻弄されてちっぽけな自らの存在を見失わないために、何かをしないではいられないからです。たとえそれが何の意味もない行為だとわかっていたとしても……。


 くるりと客席を振り返り、観客に語りかける。


中年男 一緒にやらない?(笑顔)


 すぐその客への興味を失ったように虚空を向く。


中年男 (か細くうつろな声で歌う)♪みんなーで楽しくいちにのさん。


 中年男は人形に五寸釘を据えハンマーを振り上げる。ライトアウト。暗闇に軽やかな槌の音が響く。


 “コンコココン”

    

                            (幕)






=================

※文中で

 「やぎさんゆうびん」まどみちお作詞 團伊久磨作曲

 「All Need Is Love」ジョン・レノン&ポールマッカートニー 作詞作曲

 の歌詞の内容について言及しています。

    

参考文献

 ルース・ベネディクト「菊と刀」

 ジェームズ・フレイジャー「金枝篇」

 水木しげる「神秘家列伝」

 ウィキペディア「丑の刻参り」「橋姫」「蟲毒」他




アマゾン・ジャパンとハローキティとハーゲンダッツ社に敬意をこめて。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まじない銀杏の木の下で 武田壱郎 @ichiro_takeda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ