♯6

トシオ 見た目がきれいだと味もよくなったような気がしますからねぇ。

中年男 そのとおり。美しさを追求することでハーゲンダッツを食べるというこの聖餐とでも呼ぶべき儀式のクオリティをさらにさらに高めていく。これぞ夜中のアイスの醍醐味!

みゆき たかがアイスを食べるのにそこまでしなくても……。

中年男 おや、たかが人を呪うのに (みゆきの扮装を指して) そこまでやってらっしゃるあなたのお言葉とは思えませんね。

みゆき ……え?

中年男 アイスを食べたいという欲求を率直に満たす(トシオ)、味はもちろんアイスの最適な舌触りを楽しむために食べ方にこだわる(みゆき)、アイスを食べるという行為を儀式として探求する(中年男)。それぞれの願望に見合ったやり方があるのです。普段着でとにもかくにもしゃにむに釘を打ちに来たトシオさん、呪いのアイテムを揃えることに熱中して充足感を覚えるみゆきさん……。

トシオ ……。

みゆき ……。


 三人はアイスを食べ終わる。それぞれ想いに耽りながらコンビニの袋にゴミを片付ける。


トシオ おじさん。「式」という字には数式の「式」と同じで決められた手順を正しく踏めば定められた結果が得られるという意味があるっていってましたよね。

中年男 はい。

トシオ この世界には幸せになるための正しい「式」があるんでしょうか。

中年男 その答えは難しいです。正しい答えを出すためには正しく「式」を扱わなければなりません。でもそれ以前の問題として、使われている「式」がその状況にあわせて正しく選択されたものなのかどうか……この世界には正しい「式」と間違った「式」があるわけではない。ある「式」が正しく用いられたか間違って扱われたか、そこが重要なのではないでしょうか?

トシオ 丑の刻参りという儀式を選んだそれ自体が間違いだったかもしれないってこと?

中年男 あなたの人生の選択に絶対の正解や間違いなどあるでしょうか?そんなことは誰にもいえません。その場合において、その「式」が効果的である、効果的でないということならいえますが。

みゆき 「式」って絶対じゃないの?「式」の通りに計算すれば、いつだって同じ答えがでるはずでしょう?銀杏の葉っぱを贈れば恋が叶う、とか藁人形に五寸釘を打ち込めば呪いは果たされる、とか。まぁ、あたしの銀杏の葉っぱは失敗しちゃったけどさ。1足す1は必ず2じゃない?

中年男 相対性理論では光の速度1に光の速度1を足しても答えは光の速度1ですよ。

みゆき へ?

中年男 光の速度の世界では時間と物の長さ、つまり距離が0になります。速度とは距離わる時間ですから、1足す1、この足す方の1が0わる0になるんですね。0わる0は0除算で計算が成立しませんから1足す1は1足す0で答えは1。だから言ったでしょう。状況を見極めて正しいタイミングで正しい式を使わなくては正しい答えは出せません。1足す1が2である場合もあれば、1である世界もあるのです。

みゆき ……よくわからないけど。

中年男 わからなくてもいいのです。世界のすべてを理解する必要はありません。

みゆき なんかずるくない?

トシオ ねえ、おじさん。ぼくはわからなくなりました。ぼくたちは何がしたくて丑の刻参りをしているんでしょう。

中年男 そうですねぇ。トシオさんはその新人俳優に対する爆発しそうな想いを五寸釘にぶつけることで発散させに来た。みゆきさんは現実に対して何をしたらいいかわからないという不安を、丑の刻参りという儀式に夢中で取り組むことで紛らわしている。身もふたもないいい方をすれば、そういえるのかもしれませんね。

みゆき ……。おじさんはどうして丑の刻参りをしているの?

中年男 ……。(笑って答えない)

トシオ 呪いとかおまじないって何なんですか。頭がこんがらがってきちゃった。

中年男 薔薇の花の形をしたアイスは、なぜ細工されていない普通のアイスより高貴に感じられるのでしょう?それは薔薇の形をしているからです。

みゆき どういうこと?

中年男 薔薇の形に刻まれたアイスには薔薇の花の高貴な性質が付与されるということです。イギリスの社会人類学者、ジェームズ・フレイジャーはその著作『金枝篇』で類感呪術……類似したもの同士は互いに影響しあうという呪術の法則について語っています。似た形のものは運命を共にする。それを応用したものが厭味の術、丑の刻参りの人形です。呪う相手に霊的に繋がるそっくりな人形を傷つけることで、対象のその人をも傷つけることができるという……。神の姿仏の姿を模した神像仏像が人を超えた超常的な力を宿すと信じられているのも元をたどれば同じ考え方によるもの。人形を使った呪術は何も呪いだけではありません。逆に守り本尊、雛流しなど、自分によく似た人形にこれから起こる厄災をかわりに引き受けてもらうことで自らの災いを軽減する、という呪術もあります。変則的ですがこれも類感呪術の一種とみてよいでしょう。

みゆき へー。(自分の藁人形をまじまじと見る)

中年男 もうひとつ、感染呪術……一度接触したもの、あるいはもともとひとつのものであったもの同士は、遠隔地においても相互に作用しあうという法則もあります。例をあげるならこれはみゆきさんが贈った銀杏の葉っぱです。みゆきさんが想いを込めた銀杏の葉っぱに彼が触れる。そうすることで銀杏の葉っぱに込められたそのみゆきさんの想いが彼に感染する。

トシオ そんなバカな。

中年男 おや、ではあなたは千羽鶴を笑いますか?千羽鶴に込められた人々の想いを笑いますか?千羽鶴とみゆきさんの銀杏の葉っぱ。このふたつは本質的に同じものだと思いませんか。

トシオ 千羽鶴はおまじないや呪いじゃないでしょ?あれはなんというか……。

中年男 おやおや。どこが違うというのでしょう?みゆきさんが銀杏の葉っぱに想いをこめて彼に贈り続けたように、誰かの幸せを願い、その願いが鶴のように飛び立つことを祈って折り紙の鶴を折るという行為を千回積み重ねたものが千羽鶴です。病床の大切な人に「はやく元気になってね」と想いを伝える。これは言祝ぎ。よい結果を求めているという違いがあるだけで、やっぱり呪いに違いはないといえるでしょう。

みゆき コトホギ?

中年男 「おはようございます」「こんにちは」私達は日々挨拶を交わします。「こんにちは」は言葉として「本日は」という意味しかありません。あれは「今日は気持ちのいいお天気ですね。あなたは今日も素敵です。そんな素敵なあなたはこれから素晴らしい一日を過ごすことになるでしょう」と、言外に呪いをかけているのですね。このようによい方に働く呪いを「言祝ぎ」といいます。私達は毎日みんなが幸せになれるように、みんなで挨拶という呪いをかけあっているのです。

みゆき 「こんにちは」は呪い?

中年男 はい。ですから「こんにちは」という言葉自体に意味はありません。「今日はよい一日になりますように」から「今日で地獄に堕ちろこの野郎」まで幅広い気持ちをこめて交わされる言葉です。これは声の届く近くにいる人にだけ有効な儀式ではありません。遠くにいる人にはそういう想いを紙に文字で記して送ります。これぞ感染呪術の奥義。

みゆき それ、普通に手紙っていうんじゃ……。

トシオ ってか、ラブレターとかもろその感染呪術じゃないないですか。ええっ?ラブレターって呪いだったんですか?

中年男 そういう考え方もできるという話です。みゆきさんはおまじないとしてちょっと変わったラブレターを千六百八十七通送った。この認識で間違いはないでしょう?もっともそれで現実に想いが通じるか、願いが叶うかという点については全く違う話になりますが。白ヤギさんがお手紙かいたのに黒ヤギさんは読まずに食べちゃった、なんて歌がありましたね。

みゆき ……人に想いや願いを伝えるのって難しいし、大変なのね。

中年男 はい。送り手の問題、受け手の問題。色々複雑に絡み合っていまして一筋縄にはいきません。結局呪いというものも私達が生きている社会の複雑さをそっくりそのまま反映しているわけですから。だって、そもそも皆さんが社会生活を営む上で感じた様々な恨みつらみが全ての発端になっているのでしょう?

トシオ (ぽつりと)呪いの儀式なんて意味ないのかな。

みゆき どういうこと?

トシオ みゆきさんの想いのこもったおまじないの銀杏の葉っぱ、千六百八十七枚をもってしてもみゆきさんの恋は叶わなかったわけですよね。

みゆき ……そーね。

トシオ それなのに五寸釘のたった一本で、呪いなんかけられるんでしょうか。

みゆき ……え?……だって、あの、ほら。丑の刻参りは、そう五寸釘だけじゃないし、藁人形と……白装束に……五徳と蝋燭と……。(おろおろ)

トシオ 銀杏の葉っぱ、千六百八十七枚ですよ。いっくら呪いのアイテムを数えても、丑の刻参りは物量で負けています。

みゆき いや、ほら呪いには込められた強い一念が。

トシオ ストーカーしてた時のみゆきさんの思い込みの深さには……。

みゆき ストーカーっていうな。

トシオ ごめんなさい。一途な恋に邁進していた時のみゆきさんの想いの深さ激しさには敵わないでしょう?

みゆき ……そーね。

中年男 儀式の意味ですか?あなた方は結果を求めて儀式をはじめた。それは間違いありません。でもその根源にあるのは祈り、願いです。結果が全てですか?祈ることそれ自体に意味があると考えられませんか?儀式とはそれを行ったからといって確実にこうなるという確実性をもった決まりごとや法則ではありません。結果が約束されているわけではないのです。祈りとはやむにやまれぬ願いや想いが溢れてうまれます。誰かを心から愛し、その人のことを想い、想い人が元気でいるように、合格したり成功したり勝負ごとに勝ったりするように、そういう幸せにめぐりあえるよう誰かのために神社やお寺に祈りを捧げる。それはよくあることでしょう?。悪いことじゃありませんよね。それを表裏ひっくり返したものが丑の刻参りです。私達が生きる世界には祝福すべきことも呪うべきことも同じ分量だけ存在します。呪うこと言祝ぐことに本質的な違いなどありません。呪いと言祝ぎの違い?みゆきさんがすでに答えをおっしゃったじゃありませんか。「相手に想いが届けば一途な恋心。届かなければストーカー」大切なのは相手に及ぼす影響でしょうか?違います。術をかける者とかけられる者の心の問題……それだけのことです。


 みゆきとトシオは悄然と黙りこむ。間。


トシオ じゃあ、何のためにぼくらは呪いの儀式を?

中年男 トシオさんはその新人俳優に嫉妬している。でも、問題の本質がそこではないことにも気付いている。毎晩の丑の刻参りの傍ら眠い目をこすりながら、昼間はお芝居の稽古に出て頑張ってらっしゃることでしょう。芝居の稽古に集中するために、新人俳優と協力して舞台を作り上げていくために、溜まってしまった負の感情を丑の刻参りという形で吐き出している。そうやって稽古を真摯に重ねたお芝居はきっといい作品になることでしょう。この次はその新人俳優に役をとられないように役者さんとしてますます精進なさるがいい。応援しています。

トシオ ……どうも。

中年男 みゆきさんは現実世界で何をしたらいいのか、誰を呪ったらいいのかすらわかっていない。世界に働きかける有効な手立てをなんら持たぬまま、ただぽつんと置かれている今の自分の状況が不安で不安で仕方がない。だからとにかく何かをしたい。夢中になって何かしている間はその不安から解放される。それでいつも後先考えず突っ走って、そしてちょっとずつやりすぎてしまう……。

みゆき 誰かに呪いをかけたいんじゃない、自分が現実世界のつらいことから目を背けるために呪いの儀式に夢中になってるだけだってこと?……そうかもね。そんなんじゃダメだよね。神様に失礼だよね。(鳥居の奥に)ごめんなさい。

トシオ みゆきさん、そっちはお天気の神様、気象神社です。みゆきさんがお参りしているこの神社のメインの神様、スサノオノミコトはあっち。

みゆき あっち?ああ、どうりでお社がちっちゃいと思った。(あっちに向いてぺこり)ごめんなさい。えへへ。ダメね。(トシオに)色々と偉そうなこといったけど、あたしたちには丑の刻参りをする資格なんかないのかな……。

中年男 いや、いいんじゃないですか。すれば。

みゆき へ?

トシオ いいの?

中年男 いいんですよ。丑の刻参りしたければしちゃえば。負の感情にはち切れそうなときは全力で丑の刻参りをする。思いっきり呪わしい感情を吐き出して、夜があけたら気分さっぱりと社会復帰する。何がいけないんです?人は誰しも正しい美しい心と人に見せられない醜い暗黒の心を抱えて生きています。

みゆき えー?そんなんでいいの?

トシオ だって、それで儀式をして、もし呪いがきいちゃったら、誰かが不幸に……。

中年男 おや?あなたは呪いの儀式なんかが本当に現実化するとでもと思っているんですか?痛いの痛いの飛んでけーって唾つけるおまじないがありましたよね。子供の頃やりませんでした?あれでケガが治りましたか?『この恋が叶いますように』ってみゆきさんはこの神社にお参りしましたよね。それでその恋は成就しましたか?

みゆき ……いいえ。

中年男 呪いなんてそんなもの。究極的には相手を害するためにするわけじゃありません。自分から零れ落ちそうな気持ちと向き合うためにやるものです。おまじないや祈りに結果がついてきますか?お守り買ったら必ず幸せになりますか?そうじゃないでしょう?なのに何故呪いには確定的に結果を求めますか?

トシオ いや……そういうわけじゃ……。

中年男 幸い今は昼日中の健全な世界とは違う夜のとばりの中。こんな時くらい黒い感情に身を委ねればいい。私達は五寸釘を手にしたその瞬間から反社会的存在。そんな反社会的存在である私達、つまり社会の常識を飛び越えた超越的存在である私達が何を思い悩むことがありましょう?私達の行動・思想を制約する恥という概念に対して潔くけじめをつけて一線を画し軽やかにこれを突き破る。これぞまさに「破・廉・恥」!社会の既成概念から解放された全く新しい自由な人間としての在り方。それが丑の刻参りをするべく社会の規範から抜け出した私達の本質なのです。御覧なさい。この広がる闇を。今ぞその時、逢魔が時!

トシオ 逢魔が時って夕方6時くらいのことじゃなかったっけ?

中年男 ……うるさいですね。いいじゃないですか。それくらいは言葉の綾。ちょっとした時差です。細かいことにこだわりすぎると禿げますよ。

みゆき (トシオを見て)えー、禿はいやーっ。

トシオ やめてください。まだ禿げません。


 三人は笑う。


中年男 心置きなく間もなく来る夜明けを迎えるために。そう、これは魂の浄化。新しい人生を踏み出すための通過儀礼なのです。ですから明るく!楽しく!元気よく!呪いたいときは呪う。丑の刻参りしたい時はお参りする。そうだ。いっそこれから三人揃ってお参りしましょうか。仲良く人形に釘を打ちましょう。ね。



(続く)次回最終回

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