まじない銀杏の木の下で

武田壱郎

♯1

 深夜の神社の参道。舞台奥中央上手よりに注連縄の張られた立派な銀杏の木。その上手手前に二人掛けの木製ベンチ。下手舞台前に街灯がありそこだけやや明るくなっている。

 白いワンピースを着たかわいらしいアラサーの女、みゆきがキャリーバックを引いて登場。キャリーバックを開け銀杏の木の前にレジャーシートを広げ鼻歌交じりに何やら準備をはじめる。柄にひもを通したキティちゃんの手鏡を首から下げ、もじゃもじゃのウィッグをかぶる。王冠付きのカチューシャにサイリウムを三本括り付けて頭に装着。そこへ冴えない二十代の演劇青年、トシオが通りかかり、もの言いたげにみゆきを見る


みゆき (視線に気付き邪険な声で)なに?

トシオ ……いや……別に……。(煮え切らない態度で去る)


 トシオがいなくなるとみゆきはキャリーバッグから厚底サンダルを出して履き替える。「イマドキ女子のための簡単呪い入門」と表紙にタイトルが書かれた本を取り出して懐中電灯の明かりで読んでふむふむと頷く。女性用ムダ毛処理安全剃刀をベルトにさしヘアブラシを口に咥えると五寸釘の刺さった藁人形とかわいらしく華奢なトンカチを持って銀杏の木に歩み寄る。そこへトシオが戻ってきて意を決してみゆきに声を掛ける。


トシオ あのう。

みゆき (ヘアブラシを咥えているので喋れない)『は?またあんた?だからなに?』

トシオ 何をなさっているのですか?

みゆき 『あんたには関係ないでしょ。今忙しいから』

トシオ いや、実はお願いがありまして、話をきいていただきたいんですが……。

みゆき 『やぁね。変態?いま大事なところなんだからあっちに行ってよ』

トシオ いや、ここはどうしても譲れないんで、あのですね、話を……。

みゆき 『しつこいわね。あぁもうウザっ。あんまりしつこいと警察呼ぶわよ!』

トシオ 話をきいてください……ってか、なに言ってるかわからないんでまずはそれ(ヘアブラシ)をどうにかしてもらえませんか?

みゆき 『○×△○×△○×△○×△○×△○×△っ!』


 トシオ、みゆきの剣幕にたじろぎながらも踏みとどまって懐から藁人形と五寸釘を取り出しみゆきに見せる。おもむろにベルトに差していた舞台用玄能=ナグリを抜く。みゆき、藁人形とナグリを交互に見て身構えながら咥えていたヘアブラシを外す。


トシオ じゃあ、その……改めまして、あのう。

みゆき じゃあ、その改めまして。「は?またあんた?だからなに? 」

トシオ 何をなさっているのですか?

みゆき あんたには関係ないでしょ。今忙しいから。

トシオ いや、実はお願いがありまして、話をきいていただきたいんですが……。

みゆき やぁね。変態?いま大事なところなんだからあっちに行ってよ。

トシオ いや、ここはどうしても譲れないんで、あのですね、話を……。

みゆき しつこいわね。あーもうウザっ。あんまりしつこいと警察呼ぶわよ!

トシオ ……。警察……呼んでもいいんですか?


 トシオ、みゆきの持っている藁人形を指さす。沈黙。突然みゆきはばたばたとレジャーシートまで走って行き「イマドキ女子のための簡単呪い入門」を取って戻ってくる。


みゆき ほーらここに書いてあるでしょう。よくききなさい。(ページを繰り本の一節をトシオに示しながら勝ち誇った顔で読む)「丑の刻参りですが、日本の法律では不能犯とみなされるため呪いが成就して相手が死んだとしても殺人罪が適用されることはありません。呪っていることを相手に伝えて怖がらせたりすると脅迫罪などに問われることがありますが、人知れず木にあなたの想いを打ち付けているだけなら大丈夫。がんばって」って。ほーらほらほら。警察?呼ぶなら呼べば? (ふと疑問に思って)……フノウハンって何?

トシオ (その隙に本を取り上げ別なページを読む)「ただし神社の中は私有地です。私有地に所有者の意思に反し深夜断りなく侵入すると不法侵入の罪に問われます。また神社の財産である木に勝手に釘を打ち付ける行為は器物損壊の罪にあたります。必ず神社や木の所有者に許可を取ってから健全な呪術ライフを楽しみましょう」取り扱い説明書を読まないタイプでしょ。あなた。

みゆき ……。

トシオ ……。

みゆき えっと。じゃあ、お坊さんにひと声かけて……。

トシオ 神社はお坊さんじゃなくて神主さんです。……って、あぁ今行っても無駄ですよ。寝てるにきまっているでしょう。何時だと思っているんですか。

みゆき (腕時計をみて)深夜二時三分。

トシオ ……。

みゆき ……。

トシオ 警察……呼んでもいいんですか?

みゆき ……え、待って。だって、だって。そんなこと知らなかったんだもん。じゃあなに?丑の刻参りって神社の許可を取らなきゃしちゃいけないことだったの?映画や漫画で釘を打ってた人たちは実はみんなお昼の間にちゃっかり手続きしてたわけ?「誰々さんを呪い殺したいので今日から丑の刻参りに通います。どうぞよろしく」とかって。そいで参拝料を神社に納めて入場券かなんかもらうの?

トシオ いやぁ、ぼくもそのへんの詳しいところまではわかりませんが。

みゆき そういう手続きをちゃんとしないと警察に捕まっちゃうの?やだどうすんのよっ。……ってことはあたし、警察に捕まるか、今日はあきらめて帰るか、どちらか選ばなきゃいけないってことじゃない。

トシオ そういうことになりますねぇ。大変お気の毒ですが。

みゆき ……どうしよう……。


 トシオはおろおろとパニック状態のみゆきをベンチに座らせる。


トシオ (やさしげに)大丈夫ですか?

みゆき え、あぁ、ごめんなさい。ありがとう。

トシオ (明るく元気づけるように)お気持ちわかります。いやぁ大変ですよねぇ丑の刻参りって。ぼくもはじめたばかりの頃は戸惑っちゃって。いざやろうと決心しても、誰にも相談することができないでしょう。いやあ、まいりました。(みゆきの扮装をあらためて見て)すごいじゃないですか。白装束(ワンピース)五徳(カチューシャ)蝋燭(サイリウム)蓬髪(ウィッグ)鏡(手鏡)守り刀(安全剃刀)一枚歯の下駄(厚底サンダル)……。ま、なんかちょっとずつ違うけど。呪いのアイテムをちゃーんと全部揃えて。しっかり下調べして準備したんですよね。

みゆき (鼻をすすりながら泣き声で)……うん。

トシオ よくお似合いです。

みゆき ……。 (赤くなる)

トシオ お名前、きいてもいいですか?

みゆき ……みゆき。

トシオ いい名前だ。……あ、ぼくはトシオっていいます。

みゆき ……どうも。


 間。


トシオ (わざとらしく)あれぇ?立派な藁人形ですねぇ。ご自分で作ったんですか?

みゆき (照れくさそうに)アマゾンの通販。五寸釘とセットで二千九百八十円。

トシオ わぁ、ぼくのもそうです。ほら、お揃いですよ。ひょっとして同じ店だったりして。 (藁人形を操って)「やぁ、こんにちは。ぼくは呪いの藁人形だよ。よろしくね」(みゆきが藁人形の手を振って応える)いやぁいい時代ですね。今はネット通販で何でも買える。

みゆき ……そうね。

トシオ いや、あなたの呪いにかける情熱、ひしひしと伝わって来ます。素晴らしい。尊敬します。だーかーら。ほら、泣かないで。(くしゃくしゃのハンカチを渡そうとする。みゆきはそれを断って自分のハンカチをだして鼻をかむ)そんなに落ち込むことありませんってば。ちょっと手続きを間違えちゃっただけでしょう?間違いなんて誰にだってあります。失敗を恐れてちゃ何もできません。負けちゃダメです。何度だってやり直せばいいんです。前向きにいきましょう前向きに。

みゆき ……あなたは神社の許可をとったの?

トシオ いや、ぼくは内緒でちょろっとやってるだけですから。見てください。このラフな格好。

みゆき ……なーんだ。じゃ、あたしも内緒でちょろっとやろうかな。

トシオ (慌てて)いやいやいやいや、これだけ入念に準備したんじゃないですか。勿体ないですって。そこはやっぱりちゃんとしなくっちゃ。

みゆき ……そお?

トシオ そうですとも。ね、悪いことは言いません。ここは一度おうちに帰って心を落ち着けて、万全の支度をしてから明日、また来ればいいじゃないですか。夜が明ければ神主さんも起きだして社務所をあけていますから。きっと詳しく手続きの仕方とか教えてくれますよ。

みゆき そうなのかな、それがいいのかな……。

トシオ そうですよぉ。(爽やかに)大丈夫。銀杏の木は逃げません。

みゆき あ、うん。優しいのね、あなたって。そう……そうよね。

トシオ (みゆきをエスコートして送りだす)夜道は暗いですから、お気をつけて。


 打ちひしがれたみゆきは立ち上がって荷物を放り出したままふらふらと去っていく。トシオはそれを見送り周囲を軽く片づけると藁人形と五寸釘を取り出して決意の表情で銀杏の木を見る。


トシオ (独白)あー、やれやれ。どうなることかと思った。まさかあんな先客がいるとはね。……かわいい顔してたけど、丑の刻参りなんかするだけあって変な女。うまいこと追っ払えてよかったぁ。この一週間。この神社、この銀杏の木の下へ毎晩丑の刻参りに通い続けてついに今日が七日目、満願の日。ここはどうしたって邪魔されるわけにはいかない。(ナグリを振り上げる)

みゆき (いつの間にか戻って袖から顔を出しトシオの様子を覗いている。低く恨みがましい声で)みーたーぞぉーっ

トシオ うひゃぁっ。(藁人形と五寸釘を放り出して尻餅をつく)

みゆき (トシオにずんずん迫りながら)なーんか調子がよすぎて信用ならないと思ったら、やっぱりそういう魂胆だったのね。ひどいじゃない。あたしが先に場所取りしてたっていうのに、それを横取りしようだなんて。許せない。

トシオ 横取りだなんて、そんな人聞きの悪い……。

みゆき 横取りでしょお。お花見だってお月見だってお昼にオシャレなお店でランチだってバーゲンセールの入場制限だって、こういうのは先着順に決まっているじゃない。見たところあたしより年下とはいえいい大人がマナー違反よ。順番待ちの行列に横入りしちゃいけませんって学校で教わらなかったの?

トシオ いやだって、それをいうならこの銀杏の木は七日も前からぼくがお参りしてたわけで、当然優先順位は……。

みゆき 今夜はあたしの方が先!

トシオ (逆ギレ)そもそも何であなたが先にいるんですか。丑の刻参りなんだから、ぼくは深夜二時ぴったりにここへ来たんですよ。それなのにずるいじゃないですか。時間前に場所取りしているなんてフライングでしょ、これ。

みゆき 時間前行動は社会人の常識。

トシオ 今時、時間前の傍若無人な場所取りの方が社会問題でしょ。違いますか?

みゆき 時間前の場所取りが禁止だなんてどこかに書いてある?ほらほらよーく見て。(あたりを見回す)書いてないでしょお?だからここではそんなルールは適用されません。従って今夜はあたしに優先的な権利があるの。あなたはどっか別の場所に行きなさい。

トシオ (一転して哀願)そんなこと言わないで。お願いしますよ。毎晩お参りに通い続けて今日で七日目。丑の刻参りの満願の日なんです。ね?あなたも丑の刻参りしに来たんならわかるでしょ。同じ丑の刻参りをする仲間じゃないですか。ぼくは今日お参りすれば終わりです。明日からこの木は空いていますからいくらでもお参りし放題、釘の打ち放題ですよ。だーれもあなたの邪魔はしません。だから今夜だけ、ここはぼくに譲って下さい。

みゆき いーやーでーすっ!


 みゆきとトシオがぎゃあぎゃあ言い争いをしている間に、地味な上着を着た中年男が現れてさりげなく銀杏の木に近寄っていく。慣れた手つきで不気味なぬいぐるみを銀杏の木にあて五寸釘を定めるとハンマーを振り上げる。


トシオ (気付く)……え?あ、あれ!

みゆき (振り向いて)あ、こら……ちょっと待てーい!

中年男 (動作が止まる)は?


 みゆきは中年男と銀杏の木の間に割って入る。


(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る