迫り来る戦争の足音を聞きながら。軍国日本に生きる人々の群像劇。
- ★★★ Excellent!!!
物語は大正年間に始まる。
主人公の2人、藍生蒼太郎は大正3年、間宮リカは翌4年の生まれだ。
2人は幼時に関東大震災を経験し、軍国主義の台頭を目撃し、
次第に高まる社会不安の中、儚くも強く青春時代を過ごす。
純文学というジャンルが具体的にどういった特徴を持つのか、
私は未だよく理解していないが、本作が純文学なのだろうか。
重厚である。緻密である。さらりと読み通すことはできない。
おもしろおかしくはない。けれども、確かに「おもしろい」。
本作のその「おもしろさ」の正体は、一体、何なのだろうか。
ひとつ確かに言えることは「一貫したリアリティの存在」である。
「何年何月何日に何が起こったか」が膨大な資料の上に構築され、
それだけではなく、「そのとき登場人物が何を思い考えたか」が
当時の世相と風潮を見事に反映させて、生き生きと描き出される。
昭和初期を舞台にしつつ、なぜ「生き生き」と表現し得るか。
2010年代の日本とは別の時代や国を物語として描くとき、
簡単なのは、現代日本人の感性と言葉で書いてしまうことだ。
無論、そんな手抜きの創作は、リアリティの破綻をもたらす。
その時代、その国の在り方を、如何にして現代日本人が描くか。
ただ資料を追うだけ、年号を暗記するだけの歴史のお勉強では、
優秀な解説文なら書けても、リアルな物語は決して創り得ない。
資料の隙間に隠された人間性の真実を見出さなければならない。
大正年間や昭和初期の日本、東京の情勢や文化、風物について、
私は少しも詳しくない。時代考証云々なんて、とてもじゃない。
けれども、資料的根拠に基づいて書かれるからこその盤石ぶりを、
圧倒的な厚みを持つ本作の世界観から感じ取ることができる。
登場人物のひとりひとりが、人生を持って、存在している。
蒼太郎はパイロットに憧れて海軍学校に入学するも、結核を発症。
療養先となった父の妾の邸宅では、妾への複雑な感情を経験する。
「文学など軟弱だ」と考えていた軍国少年が、胸を病んで初めて、
己というフィルターを通して身近な世界を筆に起こす意味を知る。
着目すべきは、「思想の変化」が如実に描き出される点だろう。
単なる思考や感情ではなく、世相に根差した「思想」がリアルだ。
21世紀の視点で前世紀を見るかのような超越的邪念を介さずに、
21世紀の読者にも理解し得る前世紀の「思想」がここにある。
どっしりと腰を据えて物語に向き合いたい読者におすすめしたい。
このレビューでは蒼太郎しか触れていないが、登場人物は多い。
多いけれども、重なり合う人生模様の群像劇は只「おもしろい」。
そしてペンの自由が保証されていることの本当の意味を痛感する。
読了後の、やるせなさと充実感。
その正体を今、じっと考えている。