-Epilogue-

エピローグ

『記者会見の模様が中継でつながっているようです』


僕は渋谷の街を歩いている。スクランブル交差点の向かいにあるビルに設置された街頭テレビジョンから大音量で流れているのは、世界が注目するヒューマノイドの臨床応用に関する記者会見の中継だ。


『では、産業技術総合研究所の門脇望主任研究員から、田邉重工製ヒューマノイド、イグジスティアと、その電子頭脳に搭載されているアヴィダシステムについて簡単に説明していただきます』


カメラに映し出されたのは、そう、まぎれもなく彼女。

――これでいい。君はこの世界で、しっかり生きている。それだけで十分だ。


『このアヴィダシステムは機械であるヒューマノイドに対して、無機質な情報ネットワークから自身で思考するために目的や意味を見出し、それによって、より感情表現が豊かになる、つまり、端的に言うと、機械に心を宿すことに成功しています。彼女は、人の苦しみ、悲しみ、痛み、それを自分のことのように感じ、他人と感情を同期させることができるんです。現在、東都大学病院の医療スタッフとして臨床の最前線で活躍しています』


彼女の横にはセフィラがいる。

沢山の人に囲まれて緊張しているのだろうか。

固く口を閉じ、目線が泳いでいるのがはっきりわかる。


「セフィラらしい……」


『単に医療に関する専門知識だけでなく、人の気持ちを踏まえたケアができるというわけですね?』


会場から質問が上がり始めているようだ。


『はい、おっしゃる通りです』

『実際、患者からの評価はどうなのでしょうか』

『それについては現在、患者満足度に関する横断調査を実施中です』


世界でも初めて、医療現場にヒューマノイドの配備を成功させた田邉重工と産業技術総合研究所の共同研究は、世界中のロボット工学、脳科学、情報工学の研究者が注目を集めた。


『機械に心はむしろ不要、そういうことはないでしょうか。医療現場では、効率的に作業をこなすことこそが、利用者のメリットにつながるように思います。このあたりのお考えをお聞かせください』


『臨床現場は人と人との関わりだからこそ、心が必要なんです。医療が人を救うんじゃない。人が人を救うんです。誰かの存在だけで生きていける、実際、患者の立場に立ってみたら……』


僕ははっとして、足を止める。

これは僕が三重の学会で批判的な質問を受けた時に答えた、あのコトバ……。


『……だからこそ、医療や介護に携わるヒューマノイドには、リスクやベネフィットの最適化演算よりも、より人とのかかわりを重視できるシステムの搭載が肝要だと考えています』


会場から拍手が上がっているようだ。


『なるほど、よくわかりました。ありがとうございます』


『最後に付け加えさせていただきます。臨床現場でセフィラができること、それは最新の医療を、最高の技術で提供することではありません。それは、患者の“今ここにある苦しみ”を否定せず、それを受け入れること。その苦しみに対して、何らかの希望を見いだせる選択肢を模索すること、彼女ができることは、人として、人を救う事の困難さを学び続けること、そういうことです。そして、私自身に心を宿してくれた一人の情報工学者の存在がなければ、アヴィダシステムは、この世に誕生しませんでした。この場をお借りして、改めて感謝申し上げます』


僕はしばらく、スクランブル交差点に立ち尽くしていた。

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エキヴォケーション 星崎ゆうき @syuichiao

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