ボーイミーツガールなサイバーパンクもの。
まず印象に残ったのは、どことなくポエム的な文章で語られているところ。独特な世界観は幻想的ともいえる不思議な感覚をもたらしますが、この書き方はまさに作品にとっての一つの題材でもある「夢」との親和性がいい。最初は「掴みどころがなくてよくわからない」といった具合でしたが、物語の世界が明かされていくにつれて「なるほど」と腑に落ちる表現だったと感じました。素直に「うまい表現だな」と感心しました。
あと作中において、ウイルスの影響によって激変した世界を描いていますが、このあたりも現在猛威を振るっている新型コロナウイルスを彷彿とさせるものがありますね。感染症としてもそうですし経済や教育などあらゆる社会システムに強い影響を及ぼしている新型コロナウイルスは、SFの創作活動においても近未来像として避けては通れない影響力を与えました。そういう観点からこの作品を紐解いていくと、SFにおいてのポストコロナに真正面から向き合った作品といえるでしょう。そこにこれまでのSFで語られてきた定番なテーマと掛け合わせたことにより、王道でありながらも新時代的なSF作品に進化した、という感想を抱きました。時代とともに変化していくSFというジャンルにおいて、まさにSFらしいSFだと思います。
文芸作品としての秀逸さ、そして新しいSFへの挑戦。今の時代だからこそ響く確かなメッセージ性を感じました。とても面白かったです。
主人公は白昼夢を見ながら、友人と高校生活を送っていた。しかし、その平穏な日常は、突如として終わりを迎える。主人公が見ていた白昼夢も、高校生活も、全てはあるものによって見せられていた幸福な夢だった。そんな夢から目覚めた主人公は、一人の少女と出会い、世界の秘密を知る。その世界の秘密は、制御された「起きている人」と「眠っている人」を分けるモノだった。文字の集積物である本を焼く男。魚を釣っている男。本を託された女性。「起きている人」たちは、皆、死んでいくようだった。それに対して、「眠っている人」たちは、永遠に安全な場所で、幸福な夢を見続けていた。
少女は主人公と共に、母が所有していたデータを持ち出そうとする。しかし、そこで男の襲撃に会う。男はある事情から、そのデータと二人を狙っていた。二人とそのデータを狙っていたのは、男だけではない。夢の中で友人だった少年も、二人の認証とデータを狙って、銃を突きつけるのだった。
果たして、人間の幸せとは何か?
与えられた幸福と、掴み取った幸福が交差する。
全文が哲学的名文とも言える名作。
人間や世界について、ここまで深く考察できるのは、作者様の腕だろう。
是非、是非、御一読下さい!