8・信夫は翼を手にいれた

 空き巣との待ち合わせまで、タイムリミットはあと6分。限界の三倍の力を出せばきっと間に合う。

 信夫は外階段を三段飛ばしで駆け下りた。スピードに乗って体を反転させた直後、後頭部に衝撃が走った。

 吐き気を堪えながら顔を上げると、赤モグラが真っ赤な金属バッドを振り下ろすところだった。

(1万ルピアがばれたのか――)

 薄れゆく意識の中で信夫は薄く舌打ちをした。赤モグラのダミ声がぼんやりと響く。

「衣笠のサインボールはどこじゃ。さっきまで間違いなくあったんじゃ!」

(そっちかよ……)

 これが今市信夫、人生最後の辞世のツッコミとなりそうだった。

 地面に突っ伏した信夫の思考が、うまく風を捉えてまっすぐに飛んでいく。同じ台詞を繰り返しながらぐんぐんとスピードを上げていく。

「ごめん、待った?」

 このペースで行けばきっと待ち合わせには間に合うだろう。


 寿荘から出てすぐの空き地で人知れず鈍く輝くものがある。それが未使用の合鍵であることが判明するのはもう少し先の話だ。

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そのとき合鍵が渡せた 大橋慶三 @keizo

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