09話 ミリアと偽の婚約者④
「勝負は模擬刀による試合。どちらかの剣が弾かれるか、負けを認めるかまで続ける。それで構わないかね?」
「ああ、いいぜ」
ということで色々あって現在、ミリアの彼氏に変装したリリィと、ミリアの婚約者である貴族の男性ロンダークとの決闘が始まろうとしていた。
なんでこんなことになったのやら。
「先輩ー! 頑張ってくださいー!」
ミリアはノリノリでリリィの勇姿を期待してるし、
「いやー、なんだか面白いことになったねー」
領主様は明らかに楽しんでるし、マジで早くこの件の決着つけてくれ。
「では――参る!」
舞台でにらみ合う両者だったが、ロンダークがそう宣言すると同時に動き出す。
構えた剣をまるでフェンシングのように突き出し、そのままリリィの手の甲目掛け、素早い突きを何度も繰り出す。
「! やるわね」
ロンダークが放った突きを瞬時に避けるリリィだが、その突きのスピードに思わず驚いた様子。
それはオレも同じ感想だった。てっきり貴族の坊ちゃんがなんちゃって冒険者やってるだけだと思っていたら、意外と強い。
さっきの突きもいくつかはオレの目では捉えきれないほど早かった。
「ふふっ、こう見えて僕は自分を磨くための修行を怠らない性格でね。冒険者稼業もやってみると案外楽しいものだ。どうせやるのなら、頂点を目指す勢いでやる。それが我が家の家訓でもある!」
薔薇を背に剣を構えるロンダーク。
だが、その姿はハッタリなどではなく確かな実力によって培われたものであった。
「いいわね。アタシも剣を交えるなら、アンタみたいな強者の方が楽しいわ」
リリィはどこぞの戦闘民族のような台詞を吐きつつ、その顔には強者と戦える喜びの笑みを浮かべる。
「先輩ー! 頑張ってくださいー!」
それをミリアは興奮した様子で応援している。
「それは結構。僕もライバルが手ごわい方が達成感がある。が、次の攻撃はそう簡単に避けられると思わないことだ!」
そのセリフと同時にロンダークの背後に存在した薔薇の花びらがリリィの方目掛け、吹き荒れていく。
って、あの薔薇実在の薔薇だったの!? とかツッコミを入れているうちに、その無数の薔薇の花びらに隠れるようにロンダークの突きが再び放たれる。
「奥義・百花繚乱」
「ッ!」
それは先程と同じ高速の連続の突きであったが、吹き荒れる薔薇の花びらによって突きがどこから来るか分からなくなっていた。花びらが目隠しの役割を果たしているのだ。
結果、先程は見えていた突きも花びらの裏側からだと予測がつかずリリィの腕や肩に突きが入り、その勢いによってリリィの体が後方へ吹き飛ぶ。
「リリ……リアン先輩ー!」
思わずリリィの本名を叫びそうになったミリアだが、そこはなんとかこらえながらリリィの身を案じる。
が、リリィはそんなミリアからの心配の声がまるで耳に入っていないように、その意識は目の前の相手、ロンダークのみに向けられていた。
「面白い技じゃない」
その顔はダメージを受けたことなどまるで気にせず、むしろ燃えたぎるような熱い炎が瞳に宿っていた。
「僕の魔術、薔薇の花びらを吹き荒す術と、この高速剣技とを合わせた奥義さ。今までこの技で仕留めきれなかった相手はいない。さぁ、降参するなら今の内だよ。僕はこの通り紳士だ。負けを認めた者をこれ以上、いたぶりはしない。どうかね?」
ウインクを一つを加えながら、そうリリィへと問いかけるロンダークであったが、それに対する答えは一つしかなかった。
「冗談。すぐにその不敗の奥義とやらを破ってあげるわよ」
自信満々に構えるリリィに対し、ロンダークもまた笑みを浮かべ構える。
そして、再びロンダークの背後から薔薇の花びらが吹き荒れると同時に、それに隠れるようにロンダークの高速の突きが放たれるが――
「――そこっ!」
ロンダークが放った一突き。それは完全に薔薇の花びらの後ろに隠れたリリィからは視認できないはずの一閃であったが、それに対しリリィは突きを放ちロンダークの攻撃を受け止めた。
「! まさか!?」
ありえない事態に驚愕するロンダーク。
だが、それはオレ達も同感だった。そんなオレ達の驚愕をよそに、リリィは受け止めたままの模擬刀に更に力を込め、ロンダークの突きをそのまま押し返していく。
「――はああああああぁッ!!」
渾身の掛け声と共に、右足を大きく踏み込む。その勢いに負け、ロンダークの手に持った模擬刀がリリィの模擬刀によって弾かれる。
押し返された勢いでそのまま尻餅をつくロンダーク。そんな彼の鼻先にリリィの模擬刀の切っ先が触れる。
「勝負あり、ね」
リリィのその言葉に対し、ロンダークは僅かに視線を落とし、静かに頷く。
「……ああ、僕の負けだ」
「やったー! 先輩、さすがですー!!」
ロンダークが負けを認めると同時に、ミリアがリリィに抱きつく。
オレもリリィの見事な勝利に彼女に近づき、肩を軽く叩く。
一方で立ち上がったロンダークは少し悔しそうな顔をするものの、リリィに対し先ほどの一閃に関する質問をする。
「なぜ、先ほど僕の剣を捉えられたのだい? 君の位置からは僕の突きは見えなかったはずだが」
「ああ、それね」
それに対し、リリィはさも当然とばかりに答えた。
「花びらに隠れていてもアンタの突きのパターンはどれも一緒なのよ。最初と二回目で、その癖も覚えた。だから、見えていようといまいとアンタの初太刀がどこから来るかは分かっていたのよ」
そのリリィからのとんでもない答えに呆気に取られるロンダーク。
だが、すぐさま噴き出し、その顔に笑顔を浮かべる。
「ははは、なるほど、そうか。いや、これは僕の完敗だ。ミリア、君の言うとおり僕では彼には敵わないな」
ロンダークのその発言に対し、ミリアは自信満々に胸を張って返す。
「当然です! 私の先輩は世界一すごいんですから!」
それに対しロンダークも納得とばかりに頷く。後ろでは領主様も満足されたのか拍手を贈っている。
オレはそんな彼らに気づかれないようリリィにそっと耳打ちする。
「お疲れ様。それにしてもお前、なんでまた決闘を受けたんだ?」
そんなオレからの質問にリリィはちょっと困ったように照れるものの、そっと耳打
ちをして答えてくれる。
「あのロンダークっていう貴族、見た目よりもやりそうなオーラが出てたから、ちょっと戦ってみたくなって……それに最近、アタシも運動不足だったから、ちょうどいい運動になるかなーって」
やっぱリリィは戦闘民族の血が流れてる系の女子だったんだなと思いつつ、こうして偽の婚約者騒ぎより始まった一連の事件は無事に幕を降ろし、オレもホッと一息をつくのだった。
異世界ですが魔物栽培しています。~ふたりの冒険者~ ファミ通文庫 @famitsu
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