やがて倫理を越えた先。

 一言で言って、衝撃的な作品だった。
 ここまで救われている救いようのない物語はそうそうお目にかかれないに違いない。

 人口増大に伴ってあらゆる資源が枯渇した世界で、日本という国家が選択したのは、人を資源として用いることだった。
 脳を計算資源として、
 骨を建築資源として、
 肉を食料資源として、
 皮膚や髪を被服資源として、用いることで、人が消費する資源を補う世界。
 それは文中で引用されるスウィフトの言葉通り、戦争や経済紛争による他者からの強奪を必要としない、国家の内側で消費曲線と需要曲線の均衡を解決する『穏健なる提案』だ。
 生きている限り投与された資源に似合う成果を発揮し続けるということはありえない。イメージしやすいのはスポーツだろう。例え天賦の才能があったとしても、年齢の経過とともに衰え、最後にはその世界から引退して余生を送らざるを得なくなる。どれだけ天才的な人間であっても、新しい事柄に追随できずやがて過去の人となる。
 その衰退期において、人は投与され続ける資源に似合う有用性を発揮し続ける事はできるのか。多くの人は、できないだろう。老いてなお盛んでいられる人は限られている。
 ならば、生産能力の限界に到達し、人間としての有用性が資源としての有用性を下回った人間を、資源として活用すればいい。
 正に人間版限界生産力逓減の法則ということだ。乱暴な言い方をすれば、「人としての価値がなくなったら資源にしてしまう」世界だ。
 人間を資源として扱い、実に合理的に、経済学的に考察した結果生みだされた世界が、この「適者」という作品の舞台となる。

 主人公はその世界にあって、資源としての肉体から魂を切り離し、保存する方法を探している。魂が保たれるならば、肉体はただの容器となる。それはこの人倫を逸脱した社会に齎されるただ一つの救いとなるだろう。
 一方で、その技術は研究の不足によりまだ完成していない。おそらくはその技術の完成までの道程こそこの物語の核となるが、この作品は物語でいうところの序盤、序破急の序にあって、そこまで到達していない。
 しかし、作者の持つ知識と考察力が描きだしたこの世界には、言いようがない独特の魅力がある。この資源豊かな素晴らしき新世界で、麻也際善次はどのような答えを見いだすのか。
 私はそれを知りたい。

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