② いったいどこが違うのさ
神凪ミコト・ヤマト兄弟の父親は、21世紀後半に建造された低軌道上にある国際宇宙ステーションに務め、主に月面コロニーと宇宙ステーション間の輸送機の副操縦士として日々活躍している。
2107年現在は、ヤマト・ミコト・母親の3人で東京に住んでいて、父親は宇宙に単身赴任をする形をとっているのでたまにしか会えない。
そんな中、かねてよりルナバスケットボールの大ファンであったヤマト達の両親が、今回のLBAファイナルを見るために、旅行をかねて子供を連れて月にやってきた――というのがことのあらましだ。
ヤマトもミコトも、普段はもちろん東京で小学校に通っているのだが、今回は特別に許可を取り、学校を休んで最長17日間に渡って行われるLBAファイナルを最後まで見ることになった。
ヤマトにとっては、この旅行で久しぶりに父親に会える上、その間、勉強しなくて良くてラッキー! という気持ちもあり、ワクワクする気分で月までやってきた。対して、もともと両親の影響でLBAファンであったミコトにとっては、生でルナバスケを観戦できる機会とあって、大興奮の状態だったのである。
そんな事情で、地球から月面都市へのたった半日の
収容能力2万人を誇るアーク・アリーナの観客席は、ヤマト達の周りの席を含め、そのほとんどがホームチームである〝ニューテキサス・パイレーツ〟のチームカラーである、赤色のTシャツを着たファンたちで埋め尽くされていた。
にもかかわらず、ビジターチームである〝ノースカルパティア・ソニックス〟のファンであるヤマトたちの両親は、堂々とソニックスの青いユニフォームを身にまとい、目をギラつかせながら孤軍奮闘、応援する気満々なので、ヤマトもミコトもなんだか肩身の狭い思いだった。
そんな中、試合開始までにまだ少し時間がありそうだったので、売店で買ったコーラを片手に、兄弟が雑談をしている最中の出来事だった。
おもむろに、ヤマトがミコトに対して問いかけたのだ。
「なぁミコト。
弟の問いに、兄は飲みかけのコーラを床に置き、コート内の《ある物》を指さしながら答えた。
「そうだな。大体のルールは地球のバスケと同じだが、一番違うのは
ヤマトは、ミコトの指の示す先にある物を見た。
その先にあったのは――。
「ゴール……?」
ヤマトは、『指の先にはこれしかないもんなぁ』と思いながら答えた。
「その通り!」
そう言って、ふっと笑みをこぼしてからミコトは続けた。
「なぁヤマト。あのゴール、地球のバスケットゴールと何か違うと思わないか?」
「まったくわからん!」
「即答か……」
ミコトは『まあ観客席からわりと距離があるし、分からなくてもしょうがないか』と思いつつ、説明を続ける。
「高さだよ高さ! リングの
「んー? あ……ホントだホントだ! いままで気づかなかったけど、言われてみれば全然高い!」
「ああ。そこが、地球のバスケと月のバスケの一番の違いだ。
ルナバスケのバスケットリングの高さは6.1メートル。
地球のバスケットリングの、ちょうど2倍の高さなんだ」
「……へぇ! そうなんだ!」
もの珍しそうにリングを見つめるヤマト。
改めてじっと見てみると、想像以上に高い。
ちなみに《6.1メートル》とは、地球で言えばビルの2階の天井に届く位の高さである。
とその時、ヤマトはあることに気がついた。
「ん? でもそれってさ、シュートしてもゴールが高すぎて、なかなか入らなくない?」
弟の素朴な疑問に、兄は再び笑みを浮かべながら答える。
「まあ
月面コロニーと地球、人間が生活できる環境という点は同じでも、決定的に違う部分があるだろう?」
「んんー?」
兄の問いかけに対し、『相変わらずミコトは難しい言葉を使うなぁ』と思いながら、ヤマトは少し考え、そして自信ありげに答えた。
「……体が軽い!」
「………………」
弟のざっくりまとめた回答に対し、ミコトは数秒沈黙したのち、一つ咳払いをしてから口を開いた。
「ま、まあ、うん、そうだな。言いたいことは分かるぞ? つまり、詳しく言うと、この月面は
だから、ゴールがあの高さにあってもシュートは入る、ってことなんだ」
「おおーなるほど納得!」
そう言ってぽんと手を叩き、納得した表情をするヤマト。
――本当に理解したかどうかは定かではない。
「ちなみにLBAの選手はすごいぞ!
体の大きさもさることながら、何よりジャンプ力が違う。
トップ選手になると、6メートル以上――
ミコトがその言葉を終えた、瞬間だった。
ヤマトの全身がぞくりと震えた。
「バスケットゴールの、さらに上まで……!」
あそこに見えるゴールよりもさらに高く。
まるで、背中に翼が生えたかのように跳ぶことが出来たなら、どれほど気持ちがいいだろう。
今いる場所よりも、もっと高く、もっと遠くへ。
そんなことを想像しながら、これから始まる試合への期待を募らせるヤマト。
気づけばその胸の奥には、今までに感じたことのない、奮えるような熱い何かが蠢いていた。
「ま、他にもゴールテンディングに関するルールとか、細かいところで地球のバスケと違う部分もあるが、後はほとんど同じかな」
と、そんな言葉でミコトが話題を閉めたのとほぼ時を同じくして、場内の照明が一瞬にして暗くなった。
同時に、アリーナを満たしていた喧騒が一気に静まり返る。
どうやら、そろそろ両チームの選手が入場してくるようだ。
いったいこれからここで、どんなことが起こるのだろうか――。
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