JUMP1 ルナバスケ始める!!
① 月ってすげぇ
西暦2107年6月2日。
アメリカ領、月面都市〝ニューテキサス・コロニー〟南部、ブルーランド。
屋内ルナバスケットボール競技場〝アーク・アリーナ〟内、とある通路。
辺りにはたくさんの観客が三々五々、行き交っている。
試合開始にはまだ十分な時間があるにもかかわらず、通路を満たす人々の喧騒には熱気と興奮が満ちあふれていた。
しかしそれも当然だ。
なぜなら、これからこの場所で、今シーズンのプロ月面バスケットボールリーグの頂上決戦であるプレーオフ決勝戦〝LBAファイナル〟第1戦が行われようとしているのだから。
いわばこれは、月面だけでなく地球全体を含めた世界中を熱狂させている一大ムーブメント・ルナバスケの、今年度最大のお祭りなのだ。
しかしそんな中、たくさんの観客でごった返した通路の片隅で、地球育ち・日本人の少年、
「……はぁ」
(あーあ、なんか退屈だなぁ。
月のコロニーに着いてすぐ連れて来られて疲れたし、試合全然始まんないし。
ていうかおれあんまりバスケって好きじゃないんだよなぁ。
クラスで流行ってないし、ダブルドリブルとかよく分かんないし。
なのに、月面バスケなんて観たって面白いのかなぁ――)
などと、心の中で愚痴をこぼしながら人を待っている少年は、まだ11歳の小学5年生だ。
年相応に幼さを残した素直そうな面立ち。
やや茶色みを帯びた髪の毛は、ちょうどいい長さに整えられている。
体格は平均的ながら、腕や膝など所々に絆創膏を貼っているその姿は、少年の活発な性格をよく現していた。
そんなヤマトは、試合開始前にトイレへ向かった兄を待っている最中なのだが、ただ立ちつくして待つことへの暇を持て余し始めていた。
しばらくすると、退屈なこの時間に耐えられなくなってしまったヤマトは、おもむろに地面を蹴りジャンプをした。
ぴょーん――。
「ん?」
その瞬間、ヤマトは違和感を覚えた。
地球でジャンプするのとは違う、ふわっとした浮遊感が長く続く独特の間隔。
「お、お、おおお……!?」
ヤマトの身体は、自分でも信じられないほどに高く舞い上がり、なおも上昇を続ける。
まるで、全身が綿にでもなってしまったかのようだ。
(うわっ、まだ落ちない!)
辺りを行き交う多くの観客たちは、いきなり高く飛び上がったヤマトのことを、驚いたり怪訝そうな表情をしたりしながら見上げている。
その姿を見下ろしながら、ヤマトも驚愕の声を上げた。
「ははっ!!」
起こった現象への興奮と共に、《信じられない》という気持ちがヤマトの胸中で溢れかえった。
ただほんの少し地面を蹴っただけで、約2メートルほどだろうか、大の大人を見下ろすほどの高さにまで跳躍できてしまったのだ。
(――すごい。こんなに高く、こんなに長く跳べるのか!)
「あははっ! すごい……すごいすごいっ!!」
跳躍の頂点で声を上げたヤマトの身体は、想像よりも遥かにゆっくりとした速度で落下をし、静かに着地を終えた。
そのまま呆然と立ち尽くし、ゆっくり一つ息をついたヤマトは、ぶるっと大きく身体を震わせてから、両拳を突き上げ満面の笑顔で叫びを上げた。
「月って、月って、月ってすげぇぇぇぇぇーーーーー!」
少年の巨大な絶叫に、周りの観客がびくりと反応する。
と思ったのもつかの間、少年は再び、今度はさっきよりも強く地面を蹴り、さらに高く跳躍をした。
そのまま何度も楽しそうに跳躍を繰り返し、そのたびに歓喜の声を上げる。
「あはは! すごいすごいすごーーーーーい!」
それは、少年にとって、初めての感覚との出会いだった。
月の重力は地球の6分の1。月面コロニー内でジャンプをすると、高さも滞空時間も6倍になる。
普段よりも軽く感じる自分の身体。まるで超人にでもなったかのように高く跳ぶことができるこの現実に、少年は激しく興奮していた。
しばらくすると『なんだなんだ』とざわつきながら、ヤマトの周りにたくさんの人だかりができ始めた。
しかし、そんなことはお構いなしに、少年はぴょーんぴょーんと、夢中になって何度も何度も跳び上がった。
「あっはっはっはっは!」
周囲のざわつきなど気にも留めず、ヤマトは高笑いしながら無邪気に跳ね続ける。
しかし、少年が十数回目の跳躍をしようとした、その瞬間だった――。
「……うるさい!」
「ぐぇっ!!」
何者かによって、頭の上から『ずびしっ!』っとチョップが振り下ろされ、少年は空中で叩き落とされてしまった。
頭を抱えてずっこけるヤマト。
「っっつーーーーー!! いきなり何すんだよ! ミコト!」
「痛かったか?」
苦悶の表情を浮かべるヤマトの姿を見ながら、クールな表情で言うこの少年。
名前は
外見はヤマトと全く同じだが、どこか大人びていて理髪そうな雰囲気をしていた。
「痛いよ! ものすごいよっ! 当たり前だろっ!!」
ジャンプ中にいきなり手刀で撃墜されたことに憤慨する弟。
対して、兄ミコトはその姿を、腕を組み片手をあごに当てる
「……よし」
と小さくガッツポーズした。
「いやよくないよっ!! 何、冷静に確認してんのっ!? つーか危ないじゃないかー!」
「何を言っている、お前の方が危ないだろう? ……まったく、ちょっと目を離したらすぐ騒いで。周りの人にぶつかったらどうするつもりだったんだ?」
ミコトはヤマトに手を差し伸べ、ため息をつきながら言った。
「えー、ぶつからないから大丈夫だって」
「答えになっていない。ただでさえ人が多いんだから、気を付けないと大変なことになるかもしれないだろう?」
「……ちぇっ……はぁい……」
ミコトの手を取り立ち上がらせてもらったヤマトは、不服そうな表情で返事をした。
「ま、6分の1Gに興奮する気持ちもわかるけどな。生まれたのは月だったけど、物心ついたころにはもう地球暮らしだったからな、オレたち」
「そうそうすごいよなー。おれも驚いちゃってさ、この体の軽さ! なんていうか、生まれ変わった気持ちーっていうか、ここなら地球じゃできないすごいことができそうっていうかさぁ!」
と言いながら、興奮して再び跳ぼうとするヤマト。
『だから跳ぶなっちゅうに』と言わんばかりに弟を押さえつける兄ミコト。
「まあ落ち着けよヤマト。そんなに慌てなくても、これからもっとすごいものを観に行くんだからさ」
「もっとすごいもの?」
「ああ、LBAファイナルはすごいぞ。なんと言ってもルナバスケの世界頂上決戦だからな!」
きょとんとした反応をするヤマト。
対してミコトは、まるで自分のことを自慢するかのように誇らしげに言った。
「想像してみろヤマト。ものすごい速さで飛び交うボール!
選手の圧倒的なジャンプ力による空中戦!
すさまじい勢いで放たれるダンクシュート!
地球上では絶対に実現できないパフォーマンスが、そこにはあるんだ!!」
なんだかCMのキャッチコピーにでも出来そうなフレーズのミコトの熱弁。
嬉々としてルナバスケを語る兄の姿に、ヤマトは思わず拍手を送ってしまった。
「おおーなんか説得力あるー!」
「ふふふ、そうだろう?」
そこはかとなく満足げな表情のミコト。
しかし、普段は年齢の割に大人びていて興奮することの少ないミコトが、こんなにも熱くなるとは、ヤマトは少し意外だった。
そんな兄の姿を見て、ヤマトは頭の後ろで手を組みながら言った。
「へへへ、なんかおれも、ちょっと楽しみになってきたよ、ルナバスケ。ミコトがこんなに熱くなるなんて滅多にないしな!」
「……そ、そうか。じゃあもう行くぞ。早く戻らないと、父さんと母さんが心配する」
そう言ってから、ミコトは両親の待つ観客席へ向かって歩き出した。
その表情は少しだけ恥ずかしそうで、だけどやっぱり、とても楽しそうだった。
「あ、待ってくれよ! ミコトー!」
兄を追いかけ慌てて走っていく弟ヤマト。
ルナバスケットボール、LBAファイナル。
いったいどんな試合が待っているのだろうか――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます