③ 振り向くな! 跳べ!!



 前半終盤、ミコトの作戦が見事にハマり、エリオット組の動揺を誘うことに成功したマルカチームは、その勢いのままに残り数十秒から立て続けに得点を決めていた。


【エリオット組 12‐18 マルカチーム】


 スコアはマルカチーム優勢のまま前半戦は終了し、1分間の休憩時間ハーフタイムに入った。


 コート端にあるベンチに座って身体を休めるアンドレとホセ。

 大粒の汗を流しながら息を切らす2人を見下ろし、エリオット・ワイズは怒号を上げた。


「お前たち! 何をやっているッ! 何だこのざまは!!」 


 その表情は怒りにゆがみ、青い瞳は激しく血走り、息は荒くなっていた。

 エリオットの憤りに、アンドレたちは大きな身体をちぢこまらせておののいた。


「あ……ご、ごめんなんだナ……」


「す、すまねえエリオット君。……でもよォ、あいつら普通じゃ――」


「口答えをするなッ!」


 エリオットは、2人の座るベンチを思いっきり蹴りつけた。


「……ひっ」


 ホセが小さな悲鳴を上げる。


「あんな地球人なんかに、舐められるわけにはいかないんだよ……僕はッ!」


 簡単に圧勝できると思って試合を受けた結果、前半終わって6点のビハインド。

 エリオットはこの状況にまったくもって憤慨していた。


 何も別に、エリオットは地球人に恨みがあるわけではかった。

 しかし、地球人に《負ける》ことだけはどうしても許容できない。

 

 それは、自分の中に何か1つでも地球人に劣っている部分を見つけたら、否応なく思い出してしまうからだ。

 あの男のことを――エリオットの兄である地球人、ブライアン・ワイズの存在を。


 優秀な兄へのコンプレックスを他者へぶつけようとするこの行動が、子供の駄々のようなものであることを、エリオットは理解していた。


 しかし、それでも少年は心に立ち込めるこの衝動を抑える事ができない。

 身体の大きなルナリアンに立ち向かっていく地球人――あの兄弟はまるで、ブライアンのようではないか。

 そんな奴らに負けることは、エリオットにとって何よりの屈辱だ。


 だからこそ、エリオットは容赦をしない。手段を選ばない。


「いいか、絶対にあいつらを叩き潰すぞ。どんな手を使ってもだ!」


「あ、ああ、わかったぜ」


「ボクも頑張るんだナ」


 2人の同意を得て満足げな笑みをこぼしたエリオットは、そのまま後半戦の策を手短に説明した――。

 非情とすら言えるその作戦を聞いて、アンドレとホセは、嬉しそうに口元を歪めた。


「へへへ、で、どうする? やっぱあのすばしっこくてうるせぇ野郎を狙うか?」


「いいや違う。狙うのは、あのパスを出している方だ。……ミコトとか言ったか? 向こうの流れを作っているのはあいつだ。あいつをつぶせ。徹底的にな――」



 一方その頃。マルカチームのベンチでは――。

 はぁはぁと大きく肩を揺らしながら、マルカがぺたんと床に座り込んでいた。

 たった5分間とは言え、全力でスポーツの試合をするのは初めてだったからだろうか。


「大丈夫? マルカ」


 ヤマトは、タオルを渡しながらマルカを気遣った。


「うん、大丈夫! こんなに楽しいの初めてで、ちょっと興奮しすぎちゃっただけ。まだまだやれるよ!」


 そう言って、マルカは向日葵のような笑顔を浮かべた。

 その様子を微笑ましく眺めながら、ミコトは言った。


「2人とも、前半戦はよく頑張ってくれた! おかげでうまい具合に相手の意識を攪乱できた。さあ、後半は縛りをなくして……全開で行くぞ!!」


「おー!」「うん!」


 調子も雰囲気も最高潮のマルカチーム。

 3人でルナバスケをする楽しさを噛みしめながら、足取り軽くコートへ向かった。


 再びコートに集まった両チーム6人。

 選手たちが配置についたのを確認したあと、審判のダニエルが笛を吹き、後半戦が開始された。


 最初はマルカチームのスローインからだ。

 マルカからミコトへスローインが出され、チームの攻撃がスタートした。


「いくぞ、ヤマト、マルカ!」


 ボールを保持したミコトがドリブルしながら指示を出すと、2人はゴールに向かって走り出した。

 あえてヤマトのみに攻撃を任せていた前半とは違い、ミコトのとれる選択肢は限りなく多くなっている。


 警戒されてはいるが突破力のあるヤマトにパスを送ってもいいし、逆にヤマトを囮にしてパスを回し、マルカに3Pを狙ってもらってもいい。意表をついてミコト自らが攻め込むのも有りだ。


 いかに相手の裏をかくかを考えながら、ミコトはセンターライン付近までボールを運んだ。

 ――その時、ミコトの前にアンドレが回り込み、壁となった。


「へへへ……」


 下卑た笑いを浮かべるアンドレは、先程までの劣勢など気にも留めないと言わんばかりに余裕の表情をしていた。

 その姿にどことなく不気味なものを感じたミコト。


 アンドレの挙動を警戒しながら、瞬時にコートの状況を確認する。

 どうやらヤマトにはホセが、マルカにはエリオットが、それぞれマークについているようだった。


(ならばここは、直接抜いてやる!!)


 ミコトがその選択をし、ドライブで切り込もうとした、その瞬間だった――。

 なんとアンドレが思いっきり勢いをつけて、肩からミコトに激しくぶつかったのだ!


(な、何っ!?)


「がっ……」


 180cm超の巨体に正面からタックルされ、ミコトは呻き声を漏らしながら後ろに吹き飛ばされてしまった。

 ボールは零れ落ち、それを奪ったアンドレは悠々とゴールへ向かって行った。


(くっ……こ、こんな乱暴なやり方で……!!)


 すぐさまミコトは起き上がり、審判の少年を見た。

 しかし笛を吹く様子はない。


 ラグビーのタックルのようなこのプレー、どう考えてもファウルである。

 本来であれば審判が試合を止め、マルカチームのスローインからゲームを再開するべきだが、気の弱そうな審判の少年は知らぬ存ぜぬだ。

 ミコトがあっけにとられているうちに、アンドレは得点を決めてしまった。

 

 そして、そこからエリオット組の、ミコトを集中的に狙った徹底的なラフプレーが始まった――。

 

 ことあるごとにミコトに肘や肩をぶつけ、執拗にダメージを与えようとするエリオット組の3人。


 そんな中、エリオットの放ったロングシュートが外れ、ゴール下にいたミコトがリバウンド(バックボードやリングにあたって外れたボールをとること)しようとした時だった。


 同じくリバウンドを狙ってゴール下で待機していたホセが、ミコトと同時にジャンプをした。

 ミコトは、なんとかホセよりも先にボールに手を届かせ奪取したが、しかし着地の瞬間、ホセに思いっきり足を踏みつけられてしまった――。


「……ッ……!!」


 3メートル近い高さから落下してきた大きな身体のホセに足を踏まれ、ミコトは苦悶の表情を浮かべた。そしてそのまま、せっかく取ったボールをこぼしてしまった。


 ホセはすぐさまそのボールを奪い取り、エリオットにパスした。

 悠々と得点を決めるエリオット。


【エリオット組 20‐18 マルカチーム】


 ついに、マルカチームは追い抜かれてしまった。


 リバウンド時に足を踏みつけるこのラフプレー。

 6分の1Gの影響でホセの体重も軽くなっているので、地球上で同じ高さから落ちてきて踏まれるよりは遥かに衝撃は少ないが、それでも危険な行為であることに変わりはない。


 だが、相変わらず審判は注意する素振りすら見せない。

 当然だ。あの審判も、エリオットの取り巻きの1人なのだから。

 おそらく、チームの不利になるジャッジはしないように言われているのだろう。


 それにしても、なんという卑怯な奴らか。

 いくら勝つためとは言え、まさかここまであからさまな反則をして来るとは、ミコトは考えていなかった。

 

 しかし、ここで屈してはいけない。

 下手に反論などすれば、さらに相手を増長させるだけだ。

 そう考えたミコトは、息を切らしてぼろぼろになりながらもプレーを続けた。

 再び攻守は入れ替わり、ボールを持ったミコトはドリブルしながら走り始める。


「速攻! 行くぞヤマト、マルカ!」


 しかし、その瞬間――。

『どんっ!』という強い衝撃が、ミコトの背中に走った。

 そのままミコトは、顔から地面に倒れ込んでしまう。


(な、んだ……何をされた……!?)


 状況が理解できず、ミコトは這いつくばった状態で困惑の表情を浮かべた。


「おや、すまない。手が滑ったみたいだ」


 ミコトを見下ろしながら、エリオットが蔑むように囁いた。

 そう、エリオットは、ミコトを後ろから思いっきり押し倒したのだ。

 無様に這いつくばるミコトを尻目に、エリオットは悠々とゴールを陥れた。


【エリオット組 22‐18 マルカチーム】


 その瞬間――数々のラフプレーに耐え切れなくなったマルカとヤマトが、猛烈に抗議をし始めた。


「ひどい! 反則よ!」

「そうだ! こんなのバスケじゃない!」


 それに対し、アンドレとホセは、下卑た笑いを上げながら答えた。


「ああん? 何だって?」

「ひっひっひ、聞こえないんだナ」


 続けてエリオットが、悪意に満ちた涼しげな表情をしながら言った。


「おい審判……ダニエル! 僕は反則なんかしていないよな?」


 そう問いかけられ、メガネの審判ダニエルは怯えたような表情を浮かべた。


「え、あ、そ……その」


 エリオットの冷たい視線が、ダニエルをギロリと見つめる。


「……は、はい。していません」


 指でメガネを上げ、俯きながらダニエルはそう言った。


「あ、あいつらぁぁぁ!」


 憤慨するヤマト。


「ミコト、大丈夫?」


 ミコトに駆け寄ったマルカは、心配そうな表情でそう言った。


「あ、ああ、平気だよ」


「……え? ちょ、ミコト! あなた血が出てるじゃない!」


 ミコトは言われて初めて気がついた。押し倒されたときに顔を打ったからか、右の鼻からポタポタと血が流れ落ちていたのだ。

 鼻血を出してしまったミコトの姿を見たエリオットは、薄い笑みを浮かべながら楽しそうに言った。


「これは大変だ! 試合を中止するかい? まあもちろん、君たちの負けになってしまうけどね?」


 その言葉に、ヤマトの堪忍袋の緒が切れた。


「ふ、ふざけやがっ――」


 しかし――。


「ヤマト!!」


 ミコトは弟を静止した。


「み、ミコト……でも、こいつら……」


 ゆっくりと立ち上がったミコトは、ヤマトに『心配するな』と静かに伝え、腕で血を拭ってからエリオットに堂々と言った。


「中断だって? 冗談じゃない。やれるに決まっているだろう」


「ふん、強がりを。……いいだろう、ではこのまま再開といこうか」


 気に食わなそうに顔をゆがめながらエリオットは言った。


「ま、待って! ミコトは怪我してるのよ。いきなり再開だなんてあんまりよ!」


 慌てて割って入ってきたマルカは、そう言ったあと、血を止めるためにハンカチを出してミコトの鼻を押さえた。


「知らないな。君たちの事情に合わせてやる義理なんて、僕にはない」


「何、言ってるの! あなた男の子でしょ! 小さいこと言わないでよ!」


「そうだそうだー! 小さいんだよ! ルナリアンのくせにー!」


 エリオットの反応に猛反論するマルカとヤマト。


 と、その時――エリオットの取り巻きの少年たちの中で、くすくすと押し殺したような笑いが起き始めた。

 おそらく、自分より遥かに小柄なマルカやヤマトに、逆に『小さい』と罵られてしまったエリオットの姿を、滑稽に思ったのだろう。


 もしかしたら、このエリオットと言う少年は、取り巻き達から心の底では嫌われているのかもしれない。

 ギャラリーに笑われて顔を真っ赤にするエリオットを見て、ミコトはそう思った。


 舌打ちをするエリオット。


「……仕方ない。5分間だけ待ってやる。それで血が止まらなかったら、諦めて貰うからな!」


 その場の空気に耐えられなくなったのか、エリオットはそう言うと、ギャラリーを睨みつけながらコートを出て行った。

 試合はいったん中断することになり、近くのベンチにマルカチームの3人は座った。


「大丈夫か? ミコト」


「無理しちゃだめだよ」


「ああ、ありがとう。本当に大したことないから。すぐ止まるよ」


 ヤマトとマルカの気遣いの言葉に答えてから、ミコトは血が早く止まるように、ハンカチで鼻を押さえながらやや前傾姿勢を取った。

 そして同時に、この時間を利用して、ミコトはヤマトと話をすることにした。


「ところでヤマト。1つ提案があるんだ」


「提案?」


 ヤマトはきょとんとした。


「ああ。このまま何の策もなく再開しても、あのラフプレーには対抗できない。

 だけど、あいつらの意表をつくことのできる方法が、1つだけあるんだ。

 それを今からお前に教える。いいか――」


 そう言うと、ミコトはヤマトに驚くべき《策》を伝えた――。


「……え? そ、そんなことホントにできんの?」


「ふ、どうしたヤマト? 珍しく弱気だな」


「いや、だって、やったことないことだしさぁ」


 ミコトの話を聞いてみても、ヤマトはそれが本当に実行可能なのか、半信半疑の気持ちだった。

 しかしそれに対して、ミコトは確固たる決意を秘めた強い口調で言った。


「いいやできる! オレとお前が力を合わせれば、できないことなんて何もない。

いいかヤマト。オレはお前の力を信じる。だからお前も、オレのことを信じてくれ」


 ミコトは、真剣な眼差しでヤマトを見つめた。

 その決意を受け取ったヤマトは、へへっと笑みを浮かべたあと――。


「ああ、わかったよミコト! あいつら絶対、ぶっ倒してやろうぜ!」


 やる気に満ちた表情でそう言った。

 そして、それとほぼ時を同じくして――。


「おい、もう5分たったぞ。早くしろ!」


 約束の時間が来たことをエリオットが告げた。

 幸い、ミコトの鼻血は時間内に止まったようだ。

 怪我の影響もない。プレーに支障はないだろう。


「よし、行くぞ! 2人とも!」


 ミコトはそう言うと、勢いよくベンチから立ち上がった。


 再びコートに立った両チームの選手たち。残り時間は1分弱。

 スローインされたボールをミコトが受け取り、ゲームが再開された。

 ドリブルしながらゴールへ向かうミコト。

 しかし、すぐさまその行く手に、アンドレが立ちふさがった。


「へへ、わざわざ怪我を増やしに戻ってくるなんて、馬鹿な奴だぜ」


 そう言いながら、またもやミコトに身体をぶつけようとするアンドレ。

 しかしミコトは、アンドレの大きく開いた股の間にボールを通し、素早く身をひるがえしてタックルを躱した。


「そう何度も、同じ手にかかると思うなよ!」


「なっ、何だとォ……っ!」


 そうして、無傷でアンドレを抜き去ったミコトは、そのまま素早くゴールへ向かって行く。そしてそのまま、ここまでの鬱憤を自ら晴らすかのように、鮮やかに3Pシュートを決めてみせた。


【エリオット組 22‐21 マルカチーム】


 再開直後の隙をつき、見事にゴールを決めたミコト。


 だが、そこからの数十秒間は両チームとも点の入らない時間が続いた。

 エリオット組は流れを悪くしたのかミスが重なり、マルカチームはラフプレーが気になって攻めあぐねてしまっているのだ。

 こう着状態のまま、時間だけが過ぎ去っていく。


 しかし――残り10秒。ミコトがボールを保持したその時だった。


「行くぞヤマト!」


 例の《策》を使うため、ミコトは満を持してヤマトに合図を送った。

 それに頷いたヤマトは、ゴールへ向かって一気に駆け出した。

 続いてミコトも、ドリブルしながらゴールへ向かっていく。


「させるか! アンドレ、ホセ! なんとしてでも止めるぞッ!」


 そう言いながら、エリオットは必死の形相でミコトの行く手を遮った。

 2人の視線が交錯し、1対1の攻防が繰り広げられる。


 エリオットを抜こうとするミコト。

 が、エリオットも必死になって食らいつき、簡単には突破させないようディフェンスをする。

 そのまま3Pライン付近まで駆けていく2人。 

 

 ミコトが横目でコートの状況を伺うと、どうやらマルカがフリーのようだった。

 それを好機と見たミコトは、肩を使ってフェイクを入れ、エリオットを翻弄しつつマルカにパスを出そうとした。

 だが、その時――。


 猛烈な勢いでその場まで走ってきたアンドレが、横からミコトにタックルを食らわせた。


「ぐっ……」


 苦悶の表情を浮かべ、ボールをこぼすミコト。

 またもや反則によってプレーを止められてしまった。

 下卑た笑みを浮かべるエリオットとアンドレ。


 だがしかし、ミコトがこぼしたボールに追いつき、それを拾ったのは――マルカだった!

 倒れたミコトは最後の力を振り絞り立ち上がる。

 その瞬間、先行していたヤマトが、ミコトを心配して声を漏らした。


「み……ミコト……っ!」


 しかし――。


「ヤマトッ! 振り向くな! 跳べ!!」


 ミコトはありったけの気合を込めてそう言った。


「……っ!」


 その言葉を受けたヤマトは、迷いを捨て去るようにゴールへ向かって加速する。

 そして、3Pラインを通過した直後――。

 ボールを持っていないにもかかわらず、渾身の力を込めてゴールへ跳躍した!


 即座にマルカがミコトにパスを出す。

 そしてミコトは、受け取ったボールを空中にいるヤマトめがけて、そのまま勢いよく投げつけた。


「うおおおおおぉぉぉぉぉ!!」 


 ヤマトが気合の雄叫びを上げる。

 その身体はぐんぐん上昇し、やがてダンクが可能な位置にまで到達する。

 そして、ちょうどその時、ミコトの投げたボールはヤマトの手元に届いた。


 空中でミコトのパスを受け取ったヤマトは、そのまま両手でボールを掴み、上からゴールリングめがけて、思いっきり叩き込んだ――。


 ずがぁぁぁぁぁん!


 という激しい音を立て、ヤマトは見事にダンクシュートを成功させた!


「なっ、ば、バカな! アリウープ……だと……ッ!?」


 エリオットが驚愕の声を上げた。

 ヤマトとミコトが成功させたのは《アリウープ》――空中でパスを受け取って、それをそのままダンクシュートしてしまう高等プレーだ。


 ゴールを決め、4メートル以上の高さからゆっくりと落下してくるヤマト。

 スコアボードに2点が追加され、マルカチームは見事に逆転を果たした。


【エリオット組 22‐23 マルカチーム】


 その瞬間、エリオットの取り巻きであるはずのギャラリーの少年たちから、大きな歓声が巻き起こった。


「うおぉぉぉぉぉ!! すげえーーー!」

「アリウープなんて初めて見たぁぁぁ!」

「あいつらホントに小学生かよーーー!」


 その盛り上がりを愕然と見つめるエリオット、アンドレ、ホセの3人。

 ほどなくして、試合は終了となった。

 結果はもちろんマルカチームの勝利だ。


「できたっ……ははっ! 入った……やったぁぁぁぁぁ!」


 最後の策が見事に成功したことに、ヤマトが歓喜の声を上げた。


「ナイスダンク! ヤマト!」 


 弟の傍まで駆け寄ったミコトは、拳を突き出しながらそう言った。


「へへっ! ミコトもな! ナイスパス!」


 ごつん、と拳を合わせる兄弟。

 ミコトの講じた策は、見事にエリオットたちの意表をついた。

 しかし、そのプレーが本当に成功したことに、ミコトは我ながら驚いていた。


 アリウープとは《パスを出す側》と《ダンクを決める側》2人の息がぴったり合わないと成功しないとても難しいプレーだ。

 そもそも、ヤマトがダンクシュート可能な高さにまでジャンプできなければ、決して成立しないプレーでもある。


 しかし、それでもミコトは信じた。

 ジャンプのタイミングに合わせて正確にパスを出すための、自らのスキルを。

 そして何より、ヤマトがダンク可能な高さまで跳んでくれることを――。


 昨日の夜、ヤマトは『ダンクが成功した』とマルカに言ったらしいが、ミコトは正直そのことを半信半疑で受け止めていた。

 しかし、ヤマトは簡単に嘘をつくような奴ではない。

 ヤマトができたと言ったのだから、それはおそらく本当のことなのだろう。


 だが、一夜明けてもう一度ダンクをしようとしても、ヤマトはできなくなっていた。その原因がなんなのかはわからなかったが、ミコトはこう考えた。


《ボールを持った状態》で一度ダンクができたのなら、仮に《ボールを持たずに》助走をつけてジャンプすれば、もっと簡単に高くまで跳べるのではないか?

 当たり前のことだが、ボールをドリブルしながら走ったりジャンプしたりするよりも、手ぶらの方が動きは良くなるに決まっている。


 ミコトのその考えはまさに的中していた。

 筋力的には、やはりヤマトにダンクは可能だったのだ。


 今はまだ身体が出来ていないために、ボールを持ったまま簡単にダンクすることはできないのかもしれない。

 しかし、誰かがヤマトの跳んだ先にボールを投げてやれば、それは可能となる。

 そう――《ヤマトと完璧に息を合わせることのできる誰か》が。


 つまりあのアリウープは、ヤマトとミコトが2人で力を合わせたからこそ成功した、神凪兄弟だからこそできたダンクシュートだったのだ。


 相手のラフプレーに屈せず、見事なチームプレーでつかんだ勝利に、満面の笑顔を浮かべる兄弟。

 そんな中、ヤマトは勝利を分かち合おうとマルカの方を向いて言った。


「な! マルカ、昨日言った通りだっただろ! おれにもダンクができたって――」


 しかしその瞬間、ヤマトの目に信じられないものが入ってきた。


「……え……ま、マルカ……?」


 コートの中央で、マルカがうつぶせになって倒れていたのだ。

 さっきまで元気にプレーしていたはずのマルカが、ものすごい量の汗を流しながら、顔を赤くして苦しそうにしている。

 一体、どうしてしまったのだろうか――。

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