第10話 北海道三笠市幌内町 幌内炭鉱跡
春になって気持ちのいい季節になったので、三笠市の炭鉱跡に行ってきた。三笠の市街から程なくして、幌内町という地域に入る。ここにかつて幌内炭鉱が操業していた。三笠市街地と幌内町は離れているイメージだったけれど、わりと近いところにあった。車ですぐ、だ。
幌内町の集落は、炭鉱が閉山してから静かにたたずんでいる。炭住とよばれる集合住宅が今でも立ち並ぶ。多くの住居は窓に板が打ちつけられている。いつ建てられたのか判然としない。意外と新しい住居のようにも思える。郵便局があり、薬局がある。人の営みは、今でもある。
幌内町に入る辺りから、平野が切れて急峻な山々が現れる。その奥。三笠の鉄道資料館のさらに奥。ここに幌内炭鉱跡地の公園がある。
最近、北海道の各地でジオパークの構想が立ち上がり、三笠もジオパークに設定されている。平成初期に建てられたと思しき古い説明看板と、新しいジオパーク説明看板が一緒に並ぶ。炭鉱跡のおなじみの巨きなコンクリート建造物……が苔むし半分崩れた状態。春の三笠の炭鉱跡は、各所からの出水でぬかるんでいた。長靴にはき替える。だれもいない。
桜は、まだ。
常盤口という出入り口がある。ここから石炭を出し、人も出入りしていた。ここは新しい出口で、長い採炭のために複雑化した坑内の搬出を一本化するための坑口。今はコンクリートで封ぜられている。坑口から延びて、選炭施設跡のコンクリートが続く。常盤口の手前に神社がある。入坑、出坑の際に参拝したのだという。
音羽口という坑口は、明治時代以来のもの。
常盤口・音羽口、どちらも小さな入り口と感ずる。ここで多くの人が出入りしていたとは考えられない。
コンクリートと、北海道にありがちな典型的な造成林。森の中にいるけれど、これは自然ではない。かといって人の営みは退いた。この空間をどう考えればいいのだろうか。廃墟、では不十分な気がする。
水音を印象に残しながら幌内を後にして、三笠の博物館に。ここにはアホみたいに大きなアンモナイトの化石がある。今では貴重なこれらの大きなアンモナイトは、かつては川沿いにたくさん産出したそうだ。でも採炭にはまったく役に立たない石の塊は、邪魔なものとして川に捨てていたらしい。
石炭の時代が去り、アンモナイトが比較的に尊ばれる時代になった。たった数十年のスパンで。不思議なものだ。今私が当たり前に思っているものも、すぐに当たり前ではなくなっていくのだろう。
三笠の博物館はアンモナイトの展示がメインだが、また一角に炭鉱の資料も展示されている。ここの説明があんまり詳しくなくてちょっと残念なのだが(特に、炭鉱で生活していた人々の様子が全然わからねえ)、一か所だけドキモを抜くところがあって、それは救護班の服装を着たマネキンだ。このマネキン、くそ怖い。ゴーグル越しに、マネキンの冷たい湿った目線を見ることができるのだ。
救護班が出動すると言うことは、炭鉱で何か不幸があったということ。そういうネガティブな展示なうえに、そのマネキンが醸す冷たいゴーグルの奥の眼。怖すぎ。北海道の博物館は結構行った方だと思うけれど、ここのマネキンが一番怖え。たいへん見ごたえのある怖さ。ここが見どころ。
炭鉱に生きた人々のことは、なかなか展示からはわからない。これは展示が悪いのではなく、たとえもし展示が充実していたとしても、その時代をガバっと掴むには程遠いのだろう。それほど、採炭が重要な産業だった時代とは隔たってしまったのだ。たった数十年なのにね。
旅の小川 小川茂三郎 @m_ogawa
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