第9話 北海道岩内郡岩内町野束 サンサンの湯

 岩内には何度か旅をしたことがある。どれも珍道中で、なんで私がこの人と? という謎旅ばかりだ。老年の歯医者だったり壮年のホテルマンだったり若手の歴史マニアだったり。

 岩内は北海道西部、積丹半島の西側の入り口にある海の街だ。和人による漁業の歴史は古い。また内陸を向けば隣の共和町に向けて農村地帯もある。北海道の町のなかでも比較的大きい部類だろう。


 歯医者と旅した時は12月だったと記憶している。すでに雪が降っていた。

 岩内はとても風が強い。さすが海の街といった感じだ。家の周囲に木立をめぐらせたり、壁の様なものを設置して風を防いでいる。その日の作業は古い蔵の中で行なうもので、風の寒さには直接曝されなかったけれど、作業の手が寒さで止まるほどだった。古い商店街にある、コンクリートがむき出しの床があるラーメン屋で一服。もうひと頑張り。途中コンビニで熱い缶コーヒーを買う。飲むためではない。

 歴史を紐解けば、この風が悪さをして街は大火を経験したという。昭和29年に市街の8割を焼失した。大風でポンプの水は霧状になり、また漁船用の燃料に引火爆発し、飛散したドラム缶が新たな火種となった。風向きが変わり安全な場所が危険な場所になった。時計回りに街が燃えたのだそうだ。

 木田金次郎というこの街の画家は、ほとんどの作品をこの大火で失ったという。けれども彼の作品は世にたくさん残されている。大火後に、また描いたのだ。描き続けたのだ。

 歴史オタクはこんなことも言っていた。

「ここの郷土資料室にはマリア観音と思しき観音様がある」

 不思議な話だ。本当ならば、いつどこで、誰が信仰したものなのだろうか。オタクに聴くのを忘れてしまった。


 オタクと旅した時、街から少し離れた高台にある温泉に行った。「グリーンパークいわない」という温泉ホテル。ここの泉質はいかにも海の近くの温泉といった感じ。濁った暗いオレンジ色のようなお湯。入っていて楽しいお湯だ。

 そこがとっても良かったので、ホテルマンと旅した時にも再び訪れようとした。

 くだんの岩内の高台には温泉が密集している。誤って「グリーンパークいわない」の手前にある「サンサンの湯」に車を止めてしまった。近かったから間違えたのだ。

 「なんか違うな」と思いながらも「ま、泉質は変わらんな」とか思って「サンサンの湯」へ。

 これが思わぬ出会いになる。まず、お金を払う時、カウンターの向こうの居間にやたらでかい犬が複数いた。謎。すげー。


 そしてお湯が熱い! ひたすら熱い! 熱い! 熱い! 


 風呂に入っていると、温泉を管理しているおやじが入って来た。さっきお金を支払った男だ。


「うーん今日はぬるい方だなー」


 おやじがのたまう。45度くらいある。ぬるい方で43度くらい(どこがぬるいのか?)。

 こういうエッジの効いた温泉のおやじは、どこか自慢げだ。それがいいのだが。だが風呂に入れねえ。ホテルマンと耐久勝負した。7秒で負けた。

 間違えて入った温泉だったけれど、謎のキャラ立ちをしていて、とっても楽しかった。


 風も歴史も温泉も、妙に印象に残る町。生涯のどこかで、まだまだ何度も訪れるだろう。

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